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最強先生  作者: 兎原 月彦
通り魔編 表
3/15

初対面


 斉藤先生と別れた阿田内は、目の前にドアがあり、その上に、1-Bと書かれた札を確認した。

 そこが今日から阿田内の担任するクラスであった。 

 扉の奥からは、生徒の声がよく聞こえてくる。

 ワクワクした気持ちを踊らせながら、勢いに任せて扉を開けた。


 ガラガラと、扉が開く音と同時に、波の引くように声が静まり返ってしまった。

 阿田内は自分に、熱い視線を浴びて、興奮する自分を押さえた。

 注目が集まるというのは何よりも嬉しいものだ。

 それが自分の生徒となる人たちからなら、なおのことだ。

 

 阿田内は、教団に立つと、生徒を見回した。

 全員着席して、静かに見守っている。


(なんていい子たちなんだ)


 静かになった生徒の生真面目さにまた感動する阿田内。

 しかし、実際は、いったい何をするのか? と不安げで警戒しているとも言えた。


 生徒の一人が手を上げたので、阿田内はその生徒を手で促す。

 立ち上がったのは、真面目そうな男子生徒。


「あの、先生は本当に体罰指導資格を持っているんですか?」


「もちろん」


 阿田内は、黒いスーツの内ポケットから、一枚のカードを取り出す。

 体罰指導資格者にだけ与えられる証明証。

 ぴらっと表の写真つきを、クラス全員に見せる。

 別の女子生徒が手を上げて、阿田内は促して立たせた。


「先生の階級は?」


 体罰資格には、一級二級と存在するのだが、阿田内のカードには書かれていなかった。

 阿田内は説明する。


「特別階級です」

 

「特別って凄いんですか?」


 阿田内は照れ笑いを浮かべる。


「いえ。ちょっとした裁量が与えられてるだけです。説明が難しいのですが、指導技術の特別枠と言いますか。

 まぁ言ってしまうと一級と大差ありません」


「それって何をするんですか?」


「先程も言いましたが口で言うのは難しいですね。受けてもらえれば分かります」


 生徒らは、阿田内の話を聞いて、互いに話をし始めた。

 自分のことを知りたがる生徒に阿田内は、快感すら覚えて僅かに身震いするほど、呆れるほど脳天気。

 だが、生徒らが思っているのはそんな阿田内の思いとは裏腹に、この先生本気で大丈夫か? 自分たちは助かるのか? と物騒なものだったが、等の阿田内の耳に入らない程度の小声だった。


 はっとした阿田内は、後ろにあるホワイトボードに、マジックを使いすらすらと書き綴った。



 阿田内あだうち 直生すなお 独身



 最後のはいらなかったような、何でこんなことを書いちゃったのか。

 自爆というよりかは、自虐的なユーモアのつもりがあった。

 でも最大限の茶目っ気ぶりに満足しきった阿田内は、生徒らの方を再び見た。

 が、生徒らは、未だに話し合いをしている。


「えーあのぉ」


 生徒らの議論が激しいせいか、阿田内の声すら届いていない様子であった。


「し、静かにですねぇ」


 しかし、ヒートアップしまくっている生徒には、阿田内の声は耳に入らない様子であった。

 怒号を響かせるのは初任早々、宜しく無い。

 いくら体罰指導だからといって、イメージを崩したら最悪だ。

 生徒らとコミュンニケーションが取れないのは、阿田内にとって最低なことだった。

 廊下を歩いて避けられる人生なんてのは、実に悲しい。

 

 幸いにも、このクラスには教卓がある。

 この教卓を、どんっと足で横に一撃を加えれば、鳴り響く音で注目が集まることは必至であった。

 昔、自分が学生だった頃、先生がやっていたのを思い出したのである。

 注目が無いからこそ、一撃の音にびっくりするだろう。

 阿田内は、そうと思えばと教卓を蹴り飛ばした。


 ドンッ バコッ

 

 がくっと崩れた教卓。

 見れば教卓の足の部分が、ぐにっと曲がってしまっている。

 空き缶を潰したみたいに凹んでしまったヤワな部位に、心底驚いた。

 阿田内は慌てた。

 初任早々、問題を引き起こすだなんて、最低だ。

 クリーンなイメージアップのために、スーツもクリーニングに出しておいたのに、と、そんなつまらないことを考えてしまうぐらい慌てた。

 学校の共有財産を、一撃粉砕した教師だなんて聞いたことがない。

 あられもない暴力教師の噂が蔓延する想像をして、汗が出てきた。


 阿田内は何を思ったか、教卓を片手で掴んで持ち上げると、その曲がった部位をもう一方の手でもって掴み、ぐにっと曲げて元に戻した。

 そして再び教卓として立たせると、これが見事に水平に保たれている。

 一瞬だけ、ひやっとした汗を、革手袋でふきふきすると、やっとのことで、まとわりつくような視線に包囲されているのに気がついた。


 やってしまった。


 阿田内が考えていた、生徒らとのキャッキャウフフな学校ライフの夢が、絶望の底にしわくちゃぽいである。

 何を持ってしてもこの状況を打開する策が思いつかない。


「すご」


 聞こえてきたのはそんな感嘆の声。

 阿田内は、ズレたメガネをかけ直す。


「今何と?」


 すると、生徒らが、どっと吹き返すように騒ぎ立ち始めた。

 阿田内の周囲に集まって、


「先生ってどんな資格受けたの? 命がけって本当?」


「どうしたらそんな大きくなれたんですか?」


「何流なの? 先生、どこで強くなったの?」


 質問攻めである。

 てっきりドン引きになるかに思えたが、すべて杞憂に終わった。

 目をキラキラして、興味津々な様を見ていると、子供というのは、自分には想像もできない原石があるのだと、阿田内は思った。

 

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