先生
体罰指導資格試験。
これに合格した者は生徒に体罰を行うことを認可される。
しかし、生徒に重篤な後遺症を残すような”暴力”は禁じられる。
ニコニコ笑顔で廊下を歩く、180以上ある長身の男。
縁の無いメガネをかけて黒髪の、さっぱりした印象があり、虫も殺しませんといった優しい顔つきをしている。
夏なのに手には革手袋をしていた。
彼はここに赴任してきたばかりの先生である。
その前を歩く30代男性は、彼を案内する先生で名前を斉藤という。
後ろの存在に、気味悪いぐらいに感じている斉藤は、ごほんと咳払いを一括して、少しだけ顔を後ろに向けた。
「いいですか? 阿田内先生くれぐれも、問題は無いように」
言われた長身の男、阿田内は、満面の笑みでもって答えた。
「大丈夫ですよ。我々はプロですから」
「いや、そういうことでは」
とは言え斉藤に続く言葉は見つからなかった。
なにせ相手は、体罰のプロ。自分みたいに軟弱な普通の先生とは、わけの違う存在なのだ。
しかし斉藤も教師である。人としてあまりに真面目な彼は忠告をせずにはいられなかった。
「先生。あなたが担当するクラスの前任者がどうなったかをご存知なのですか?」
「確か、通り魔に、ボコボコにされて、頭はぱっくり割れて、全身打撲の包帯人間になっているとか」
あまりに陽気に言うので、斉藤もますますこの阿田内とか言う先生の印象が、不安になってきた。
「そうです。ですから、注意をしてください」
「今の御時世、物騒ですからねぇ」
「いいえ、そうではなく。あなたは、体罰をする教師だ」
「はい、そうですが?」
「先生という職業はどんなに公平にしても、生徒にどう思われるかは分からない。意に介さないところで、恨まれることだってある。体罰とあってはなおさらです」
「そのことなら大丈夫です」
阿田内は、自信満々に胸を手で叩いた。
「わたしは生徒を愛しに来ましたから!」
これはだいぶ手遅れかも分からない。
斉藤は、これ以上悩んで胃に穴を開けたくなかったので、考えるのをやめた。