暴力という名の先生
阿田内がやって来たのは、学校から離れた町の中である。
ビルとビルの間を通り、空き地に出てきた。
昼間なのに建物に囲まれて、鬱蒼として暗い。
廃材が重なって、この場所に放置されていた。
土管があり、その上に慧の姿があった。
慧は、制服ではなく私服姿をしている。
ズボンに腰にベルトがあり、横しまの半袖を着ている。
ふぅと嘆息する慧。
「先生ったら、何回電話させるんだか」
「土地勘の無いわたしには、マニアックなスポットでしたので。
それで何があったんですか?」
「先生さぁ、今回の一件あたしのせいだと思ってる?」
具体的な質問を投げられた。
阿田内も、遠回しに言うつもりもなかった。
「通り魔は、大曽根さんが演じていたもの、だったんじゃないかと思ってるタイプですね」
「確かに通り魔は、あたし、だったよ? 去年はね。
そうでもしないと、イジメは終わらなかったからね。
でも、今年のイジメはあたしが加害者なんだよ?
あたしが通り魔だったとして、何であたしが自分を追い詰めるんだか、意味分からなく無い?」
「ええ、なのでこれで」
「やっぱ説明する」
「ええ?」
阿田内は、軽くショックを受ける。
拳を出して、殴り(かたり)合おうと、そう思っていた。
そんな阿田内の胸中など知らずに、慧は説明を始める。
「あたしさぁ、後継者が欲しかったんだよ」
「後継者?」
「そう。イジメっていう暴力はさぁ、力で押し潰す存在が居ないと、どこかしらでまた始まるんだよ。
あたしが助かって、また誰かを助けても、その無限の連鎖を断つのは難しい。
だっったら、後継者を創りだして、通り魔の連鎖を続けた方がいいと思わない?」
「それは、荒井先生をずっと巻き込み続けるということですか?」
「そうだね。あの男は救い続けるしかない。
イジメが生まれて、指導されて、通り魔が生まれる。
その通り魔がまたイジメを生み出すの。
工場みたいな生産ラインの完成、やったね」
「あなたは、荒井先生を憎んでいるんですか?」
「憎む? まさか、あたしは救われてるよ。
暴力の頂点、凄くない?」
そう言う慧の目は冷め切っていた。
阿田内は、メガネをくいっと動かす。
「それは間違っています」
「はは、何で? イジメなんて受けないよ?」
「あなたは暴力を排除したわけではないです。
暴力を断ち切れなかったんです」
「詭弁だよそんなの、暴力を止めるには暴力しかないんだから」
「暴力を止めるために力が必要なのもまた事実ですね」
「ほら、先生だって分かってるじゃない。
あたしはね、笹倉さんの武術の才能が分かるの。
他人に哀れみが深くて優しいせいで、才能が生かされてない。
その理由をあたしが与えてあげるんだ」
「さぞ悔しかったでしょうね」
「は?」
「笹倉さんが、あなたの意のままにならなかったこと。
彼女は、すべてを受け止め、暴力を止めようとしました。
自分のせいではないのに、自分のせいであるように受け入れようとしました。
それが許せなかったんですね?
容赦なく責め立てて、それでも恨まない彼女を、理解したくなかったんでしょう」
みるみる不機嫌になる慧。
「いい加減なこと言わないでくれる?
あの子が弱虫だから、あたしが苦労してるだけ」
「あなたのしていることは、暴力を止めようとした笹倉さんの気持ちを、暴力の鎖で無理やり留めようとしているだけです。
笹倉さんが終わらせようとした時点で、あなたも、終わりにするべきだった。
それが暴力を断ち切る理由として十分だったんです」
「十分? どこが? 何も十分じゃない!」
慧の声がビルに反響して木霊する。
阿田内は、目を細めて言う。
「大曽根さんは、ブレーキの壊れた暴走車みたいですね。
わたしが、大曽根さんを止めましょう」
阿田内が構えを取ると、慧は、土管から降りる。
「先生ってさぁ、本当に体罰教師なの?」
「何を突然」
「特別な階級って何? 聞いたこと無いし。
何か知ってる体罰教師とも雰囲気違うし」
「それは特別は特別なわけでして、雰囲気はただの性格なわけで」
阿田内は、ぎこちなくも苦笑する。
慧は、眉間にしわを寄せつつ言った。
「なぁんか怪しいなぁ。
本当に免許証持ってるの?」
「当然ですよ」
そう言って、阿田内はスーツの上着の内ポケットから、一枚のカードを取り出した。
阿田内はこれを少し上に掲げる。
「どうです。これがわたしの免、あいたぁ!?」
阿田内の手に、何かが思いっきりぶつかって弾かれた。
持っていたカードはひらりと空中に舞って、地面に落ちた。
これを、慧が拾う。
「ふふ。先生、不用心だね」
慧の手には、ムチではなく、ベルトが握られている。
どうやら、腰に止めていたベルトを引っ張りだしたようである。
目をぱちくりさせて驚く阿田内。
慧は、得意げな表情で言った。
「体罰指導資格を持つ先生たちは、この免許証が無いと、指導を行うことが難しくなるって知ってるよね?」
「それは、学校外で警察の方に提示を促されたならばそうですが、基本的に手元になくても、体罰実行に障害はありません」
「でも紛失したら?」
体罰指導免許証を紛失したら役所に届け出を出さないといけない。
再発行をされるのは早くとも一週間後。
その間、学校外での体罰指導の権限を失うことになる。
紛失の届け出もせずに、体罰指導を行うことは、体罰指導法上、違反であり、厳しい罰則が課せられる。
「指導資格、また教員免許の剥奪、最悪、裁判かけられて、懲役だってあるんだよね?」
「どこでそんな知識を?」
「あたしにはお友達がいるの。学校外にもね」
これを合図としたのか、廃材の影から人が数人現れた。
同時に、阿田内が通ってきた通りの道にも、ガラの悪そうな連中が、ぞろぞろと出てきて、出入口まで塞がれてしまう。
「先生さぁ。邪魔なんだよね、死んでくない?」
「やはり、元一年B組担任だった五十嵐先生を襲ったのは、大曽根さんだったんですね?」
「そ。笹倉に救いなんて必要ない。
あの子は、絶望の底に居ないと意味がない」
「そこまで……やるわけですか」
阿田内は、下を向きながら、メガネを手で掴んだ。
空気感の変わりようを悟った慧は、即座に免許証を見せつつ言った。
「先生。おかしな真似しても、これを折っちゃうから。
ここに居るのは学校の人間でもなければ、学生でもない一般人が含まれる。
手を出せば、それこそ大変なことになるよ?」
「どうぞ? ”そんなもの”でよろしかったら」
慧には、阿田内の言葉が、ハッタリには思えなかった。
免許証を見る。
(あれ?)
よぉく見ると、免許証の端が、ぴらっと部分的にめくれている。
両手で持ってから、その端を爪で引っ掻いた。
すると、簡単に剥がせてしまった。
アクリル板に、安いシールが両面に貼り付けてあるだけなのだ。
「何これ!?」
「裏を見てしまいましたね」
「はぁ? 先生、あなた本当に、何?」
阿田内は、メガネを取り外すと、内ポケットから銀のメガネケースを取り出した。
これをケースの中に入れて、ぱくっと閉じて、また内ポケットにしまった。
「ご存知ですか? 体罰指導教員には、裏面があることを」
「裏面?」
「体罰指導には足りないものがあるんです」
慧は、状況が悪いと判断し、合図を送る。
周囲の人が、阿田内に向かい、ナイフやらスタンガンやら警棒やらと、武器を取り出しながら、構えを取った。
対する阿田内は一切動じないで言った。
「熱心な子たちですね、そんなに授業を受けたいですか?
いいでしょう。今から、暴力の時間です」
……時間にして三十分後。
その場所に、立っているのは、阿田内だけになっていた。
周囲には、小さく呻きながらうずくまる人の姿があるだけである。
皆、阿田内が一撃において戦闘不能に陥らせた。
阿田内は、土管を背にして追い詰められ気味に腰を落としている、慧を見た。
彼女にはまだ何もしていない。
阿田内が、わざと最後に残したのである。
慧は、ぎぎ、と口を噛み、阿田内を睨んだ。
「……さっさと、やれば、いい。
何が体罰指導だよ。
先生だって暴力するしかないんでしょ?
あたしのしてることと何も違わない!
暴力は誰も否定できないんだ!!」
阿田内は銀のケースを取り出し、くぱっと開いてメガネを取り出した。
メガネを装着しつつ阿田内は言った。
「確かに、大曽根さんが言うように、暴力は否定できませんね」
阿田内は、素早くすっと右手を出してきた。
殴られる。
とっさに慧は目を閉ざした。
だが、何も起きていない。
ゆっくりと目を開けると、阿田内は、銀のメガネケースを閉ざして、内ポケットに入れていた。
耳元に違和感がある。
触れて、取ってみると、紫の花、リンドウがあった。
「なんでこれを」
「あなた残したものだからです。
思うに、大曽根さんは、弱虫だった自分の過去と決別したかった。
だから、大好きな花にあなたは、思いをぶつけたんですよね?」
「知らない。花が嫌になっただけでしょ」
「そうでしょうか?
大曽根さんが、リンドウの花を残したのは偶然ではないと思います。
あなたの心の内にはまだ、リンドウがあるからですよ」
「臭い」
「リンドウの花言葉には、正義とあります。
大曽根さんは、イジメという不正を許せなかった。
だからあなたなりに戦ったのでしょう。
その思い事態は間違いではありません」
「また詭弁?」
「リンドウにはもう一つ、悲しんでいるあなたに寄り添う。
と言う花言葉があります。
大曽根さん。あなたは強くなり、支配者になったわけではありません。
むしろ、強くなったことで孤独になったんです」
「キザ、くっさすぎ。
そんなので落ちると思ってんの?」
「いやはは。古武術を習っていたせいか、センスまで古いので。
最後にこれだけ言わせてください。
本来、山に一本だけ咲き、群生しないこの花を、あなたは、花壇に一緒にさせました。
それは、大曽根さんの中に、人と交わり、語りたい言葉があるからではないでしょうか?」
「妄想ばかりして楽しそうだね」
「はい。まだぼくは、大曽根さんのことが分かりません。
出来るなら、ぼくといっしょに殴り(かたり)合いませんか?」
阿田内は、手を差し伸べる。
慧は、阿田内の目を見ながら言った。
「分かってるの?
あたしは諦めたわけじゃない。
先生に隙があったら、どうなるか分からないよ?」
「生徒の挑戦はいつでも受け入れます」
「先生さぁ、そんな風に安請け合いしてたら、いつか潰れるよ」
「それが体罰指導教師の役割です。
どうぞ遠慮なく。全力で来てくだされば、全力で応えます」
「そんなの……身が持たない」
慧の中でもまだ、わだかまりが消えたわけではない。
それでも一旦は、観念するしかないと言えた。
慧は、阿田内の手を握った。
ぐいっと引っ張られて立ち上がる。
すると何故か、すとん、と落ちるように、何かわかった気がした。
(そうかあたし、こんな風に)
一本しか咲かない花を、寂しい花だと思った。
その花を、誰かが見つけてくれるなら、それだけで、良かったのだ。




