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最強先生  作者: 兎原 月彦
通り魔編 表
10/15

相談


 阿田内は、通り魔、というか弓子を避けるために、別の道を通って帰ることにした。

 夜中の道ながら、なるべく表の明るいところを通れば、通り魔も現れようが無いのである。


 ただ、阿田内は、まだこの土地にかなり不慣れである。

 自宅であるマンションにたどり着くのに、無理な細い道を通っていた。


 少し開けた場所に出た。

 深々として、虫の音だけが鳴り響き、田んぼがあって建物は少ない。

 まっすぐ続く道に、点々と並ぶ街灯のあるところ。

 明滅を繰り返す街灯が見え、その下にフードを被る人物が居た。


 フードの人物は顔を上げているが、覆面をしている。

 よく見れば以前に着ていた服と、色とデザインが違う。


(オシャレさん、なのかな?)


 同じ服では飽きるというのなら、その通りである。

 女子なのだから、当たり前だろう、とか、阿田内は妙な納得の仕方をしていた。


 阿田内は参っていた。

 内部事情の調査は始まったばかりで手探りだ。

 まだ、通り魔として捕まえるわけにもいかない。

 これで被害者が出るなら即効で捕まえている。

 なまじ自分しか狙われていないし、半端なやり取りしかしていないので、なおさら、捕まえ辛いのである。


 阿田内は、くるっと百八十度回転して、一目散に逃げ出した。


 走りは得意というほどではなかったが、体力には自信があった。

 三日間ほどぶっ通しで走っても平気である。

 これでマンションの入口付近で待ち構えられたら終わりだが、要は相手に諦めて欲しかった、というのがある。


 ある程度走り込んだ。

 一向に迫り来る気配が無い。

 阿田内は、小走りになりながら、後ろを振り向いた。


 誰の姿も無い。


(諦めた?)


 目を細めてから、ほうっとして前を向く。

 ちょうど曲がり角に差し掛かっていて、暗がりのせいか、前に突然現れた存在に気づけなった。


 ぶつかる寸前で足を止めて、相手もまた立ち止まる。

 背も小さい相手なので、これは失礼したと思い、阿田内は謝ることにした。


「「ごめんなさい」」


 同時に謝罪したが、阿田内は相手の声に聞き覚えがあり、確認する。

 そこには、同じように顔を合わす笹倉弓子の姿があった。

 あれ? と思い阿田内は口にしていた。


「……笹倉さんが通り魔では」


 はっ、として馬鹿な真似をしたと思い直すも、手遅れである。

 弓子は見るからに、目が泳ぎ始めた。


「っっ違います」


 ですよね、と内心思う、阿田内。

 彼女からすれば、こう答えるしかない。


 弓子は上目遣いに阿田内を見る。


「どうして、そんなことをぉ、言うんですか?」


「いやぁ、笹倉さんに、投げ飛ばされたとき、かなりやり手だと思ってまして」


 下手くそな誤魔化し方をしてしまった。

 弓子の、シャボン玉みたいに柔らかな心を、枝で突いて割ってしまったみたいな罪悪感が残る。


 これに弓子はきっぱりと言った。


「柔道の授業で習っただけです」


 柔道の授業というのは本当かもしれない。

 ただ、通り魔として出会った彼女は、それだけで済むものではなかった。

 明らかに師がいなければ得られない体術を身につけている。


「先生。会ったんですか? 通り魔に」

 

 と、弓子が言って阿田内を見てくる。

 弓子の大きな瞳は、まるで阿田内の心の内を、覗きこむような心境にさせた。

 

「いいえ。勘違いだったみたいです」

 

 

 阿田内は考えていた。


 あの通り魔は、別人だった?

 そもそも通り魔は、弓子ではない?

 阿田内の中で少し混乱が生じる。

 

 だが、すぐに結論が出た。

 最初に、二度ほど出会った通り魔は、やはり弓子だ。

 拳から伝わる、エネルギッシュな情熱は、唯一無二のもの。

 真似できるものではないのだ。


 ということは、さっき会ったのはやはり、別人。

 むしろ、本物の通り魔?

 拳を合わせなかったことが悔やまれる。

 どんな相手も殴り合いかたりあいの前では、丸裸も同然なのだ。


 しかしいったい誰が?

 阿田内に心当たりは無かった。

 

 まだ通り魔は、うろついているかもしれない。

 このまま弓子を一人で帰すのは、危険であると阿田内は考えた。


「夜も遅いようですから、近くまで送ります」


「それは……分かりました、お願いします」


 とことこと、二人は並び、夜道を歩いた。

 会話の無い時間がしばらく続いた。

 珍しく、涼しい風が舞い込んで、思い出したように弓子は口を開いた。


「先生はぁ、体罰教師なんですよね?」


「そうですよ」


「やっぱりぃ。暴力で問題を解決するんですか?」


「言ってしまえばそうですね」


「だから暴力は無いといけないですよね」


 弓子の表情に陰りが見える。

 阿田内は、メガネを少し手で動かした。


「暴力で、誰かを傷つけていい理由なんて、誰にも無いです。絶対に」


 弓子は阿田内を見た。

 阿田内は、真顔なのに、奥底で静かな炎が揺らめいるように弓子には見えた。


「先生は、体罰教師なのに暴力を否定するんですか?」


 急に阿田内は、ニコッとして、軽い雰囲気に戻る。


「はっはっは、まさか。そんなことが出来る人間。

 もはやこの国に存在しませんよ。ただ」


「ただ?」


「ぼくは、暴力から逃げたく無いだけです」


「逃げる? 先生はぁ、強いのに?」


「ぼくは弱いですよ。

 だからこそ、ぼくは、体罰教師になりました。

 暴力と体罰、その堺に存在する門番にでもなれば、逃げ出せないと思ったんです」


「やっぱりぃ先生は強いです」


 そう褒められたものではない、と阿田内は思っていた。

 弓子は立ち止まる。


「ここまででいいですぅ。ありがとうございました」


「いいえ。何かあれば電話でもいいので連絡してください」


「はい、それとぉ先生」


「ん?」


「わたしもぉ、逃げないようにします」


 その意味を阿田内が問いただす前に、弓子は去ってしまった。


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