世界樹の夏Ⅶ
銃口から出た火花と猛烈な銃声。
キルヒの魔法が土竜の咢なら、これは竜の咆哮だ。
銃声で耳鳴りを引き起こしてしまい観衆は次々と耳を押さえる。
グレイヴの牙は一瞬で粉々に砕けシロエールは床に着地する。
崩れる様子もなく悠然とシロエールは突き刺さっていた牙を引き抜いていく。
彼女のドレスの所々に出来た穴の先。普通なら向こう側が見える程の傷があるはずなのだ。
しかし、そこには彼女の白い肌があった。
貫かれたはずなのに傷らしい傷がどこにも見当たらない。
流れる血も今は止まっている。
シロエールの赤く染まった手が『ブリューナク』の機関部下側にある用心鉄兼、レバーを起点に本体ごと一回転させるように回す。
カシュン!と音を鳴らし、薬室から熱を帯びた空薬莢が排除され次弾が装填される。
「な、なななな」
「――このドレス、祖母から頂いた大事なモノなのですよ?」
ガギンッと再び轟音を響かせ、硝煙と火花で思わず眼を瞑るキルヒ。
一瞬の静寂――。
シロエールが元来両手で扱うブリューナクを無造作に向けて撃ったからそれだけで済んだ。
眼を開き様子を確認すると……。自分の右足が膝から先がなくなっていた。
一瞬何が起きたのか理解できない。少し離れた所に原型が残った自分の脚だったモノが転がっていた。
痛みすら感じなかったキルヒが自分の脚に気付き耐え難い痛みを襲う。
今度こそキルヒも周囲も麻痺していたものが解けたように声を上げる。
阿鼻叫喚の絶叫の中ローゼンや一部の人間だけがそれを平然と見ている。
「ひぎぃぁぁあああああ!」
「大丈夫なのですよ。後でしっかり付け直してあげるのです」
シロエールの表情は変わらない。
まだ年端もいかぬ少女が眉一つ動かさずに再び銃を向けてくる。
その様子を見て彼女をこう形容する。無機物の冷血動物、例えるなら蛇の化物と。
シロエールは怒っていた。
自分の不注意でドレスがボロボロになった事がとても悔しかった。
だから原因のキルヒをボコボコにする。
どうせ治せるからと子供だから残酷すぎる行動で。
再びリロードしたシロエールは引き金を引いた。
響く轟音、凶弾はキルヒに当たらなかった。
キルヒの前で何かが飛んでいる。小さな盾のようなそんな物体。
緑色の光を照らしながら揺ら揺らと浮いていた。
シロエールは銃を無造作に放り投げ、『フレーズヴェルグ』を鞘から抜いた。
「止まりなさい!」
フレーズヴェルグも薄らと光っているようにも見えた。その刀身を見たアリスは眉を顰める。
誰かの言葉を無視して、浮いている物体を避けるようにキルヒに向けてその刃を振り下ろす。
翠の残光を
フレーズヴェルグの刃は何処からか飛翔してきた小盾のような物によって防がれていた。
正確には盾に触れてすらいない。例えるなら磁石の同じ極を合わせたみたいに押し返されている。
「止まりなさいっていったでしょう?」
カツン、カツンと音を響かせ金色の髪の重装騎士が二人の間に割って入きた。
彼女の周囲にはシロエールの攻撃を止めた盾らしきモノが飛びまわる。
翠の残光が彼女の存在感を際立たせていた。
彼女を見た途端、周囲から安堵や黄色い声、一部落胆の声が聞こえてきた。
「ヴェネリス様よ!」
「よ、よかった。ヴェネリスがきたからもう大丈夫そうね」
「あ~あ、アルテミス最硬の騎士様のお出ましかぁ」
「ふぅ~ん……行くよー。もう終わったし後の処理はリーリエに任せー」
聖白百合騎士団七曜騎士が一人、翠光盾騎ヴェネリス。
ヴェネリスの名は七曜騎士としてのコードネームである。
守護騎士、守護神、絶対防御……数々の賛美を受ける少女。
彼女一人で国を護れる程の存在と語られているらしい。
真偽はともかく彼女はそれ故にアルテミスから出た事がないと噂される。
「シロエールさん。ストップです。ダメです。いけません。この方にはもう戦意は残っておりません」
ヴェネリスは手甲を外し、その手でシロエールの頭を撫でる。
シロエールは突然現れたヴェネリスの行動に呆気にとられた。
この国に来て身内以外でこんな風に優しい声をかけてきたのは彼女が初めてだった。
何か毒気を抜かれ怒りが霧散していくのを感じ、武器を仕舞うシロエール。
決着を確認し興が冷めたのかアリスは既にこの場にいなかった。
とある貴族のメイドだけが知っている。
隣にいた犬耳のメイドが『ぎるてぃ』とブツブツ呟きながら殺気立っていたと。
祖母やリーゼロッテの母も私の元に集まってくる。
身体は大丈夫なのかと心配してくれる。
私は怪我はもう治してるけど衣類を直す術はない。
「あらぁヴェネリスちゃんったら空気読めないんだからぁ」
「アルディ……こほん、フィーアさん。もう結果は見えているのですよ?この場合は一番近くにいた貴女が止めるべきではないのですか?」
「だってえ、アリス様からそんな指示でてないもの~」
クスクス笑うフィーアに眉を顰めるヴェネリス。
ローゼンの兵士達数名がキルヒと無残なキルヒの脚を回収し連れて行く。
シロエールは二人のやり取りを後目にその後を追いかける。
一応キルヒの脚を治さないといけないと思ったからだ。
「シロエールちゃん」
「早く治さないと……いけないのです」
シロエールをリーゼロッテが呼び止める。
リーゼロッテは首を横に振り、ここには専門の治療職がいるから大丈夫だと伝える。
シロエールなら無詠唱で即座に治療できるだろう。
だが、リーゼロッテはそれをよしとしない。
シロエールも検査が必要だと現場検証や騒ぎを鎮めるために来たリーリエの下位騎士達に伝え、別室へと連れてゆく。
シロエールはどうしてあれだけの傷を負っていたのに平然としているのか?
原理は至って単純。
無詠唱で光霊魔法中級・上級の回復魔法を間髪入れず連続使用していたに過ぎない。
突き刺さった瞬間から引き金を引き粉々に砕き、塞ぐまでずっと痛みがくる暇もなく絶え間なく。
そんな使用方法をすれば常人ならすぐに精気切れを起こすだろう。
シロエールの総量から見れば殆ど消費していないに等しかった。
シロエールが何かしたという事は理解できても単純な異常だからこそ種は見えてこない。
今はそれでいい。彼女の価値は今だけで十二分にあるのだから。
「ねぇねぇ、リーゼ。本当に原石通り越して結晶よねこの子~」
不意には以後からヴェネリスを片手で引き離しながらフィーアが話しかけてきた。
二人はどことなく似ている。
「やっほー、リズ、アルこんばんはー」
気怠そうにもう一人蒼い髪の騎士がやってきた。
リズとアルという名前にシロエールは聞き覚えないがどうやらフィーアとリーゼロッテを指している事は理解できた。
「リズ、アル?」
「ああ、リーゼロッテとアルディアの事よー」
「ジュリエッタ。多分私の事フィーアじゃないと分からないと思うわよぉ」
リーゼロッテ、ジュリエッタ、アルディアの3人が並ぶ。
その髪の色といい胸部の膨らみといい良く似ている。
「シロエールちゃん。二人は私の従姉妹でローゼンのフィーアことアルディア・マイヤ・ベルフラウ」
「よろしくね~」
「そしてリーリエのメルクーリェことジュリエッタ・ワーテゥル・ベルフラウ」
「よろしくー」
「シロエール・ブランシュなのです……」
ぺこりとお辞儀をするシロエール。
3人が集合してくるので視線が集まっている。
ベルフラウの家系が勢ぞろい……。
ヒュドールを頂点にマイア、アクア、ワーテゥルの三家を入れた4つがベルフラウ家である。
現在ヒュドール家には跡継ぎがいない。
この3人のうち誰かが次期公爵になるベルフラウが互いに優劣を競い合い入れ替わり公爵の座を引き継いでいる。
大衆の下馬評一番手はジュリエッタに軍配があがっている。
聖白百合騎士団の七曜騎士が一人。
アイドル的なリーリエの頂点の一人というだけでカリスマ性がある。
方やアルディアは聖薔薇騎士団の十三騎士が一人。
広い人脈と一般市民と触れ合う機会が多いため総合的な人気なら彼女が上だろう。
一方、リーゼロッテ・アクア・ベルフラウ。
彼女は今現在ただの学生に過ぎない。
留学という形をとっているため補佐的な立場を狙っていると専らの噂だ。
二人の従姉妹に追いつける要素は少ない。
ただ、現大公のアリスに大変可愛がられているという点だけは考慮すべきだろう。
そして、いまの彼女には状況を一変させるほどの手札がある。
……彼女等にはシロエールがどう映っているのだろうか?
そんな背面下の事情に無頓着な少女は自分を止めた金髪の盾騎士へ視線を向けていた。
シロエールが出会った中で一番強いとさえ感じ取っていた。
これは直感であり確信でもある。
「おやおや、ヴェネリスちゃん期待の新星に早速興味を持たれたっぽい?」
「え、私ですか?」
「優しい人」
「え、えっと」
「少し気分が良くなったのです」
そういってシロエールは彼女の手を握った。
シロエールの手にヴェネリスは少し驚きつつもシロエールの本質の一部を感じ取った。
(この子、表に出ないだけで何か年相応に子供っぽいのかもしれない)
「私はヴェネ……」
「それは知ってるのです」
「あー……こほんっ。私はアテナ・アスビダ・ブークリエです。よろしくお願いしますね」
「シロエール・ブランシュ・ヴァイスカルトなのです」
シロエールは彼女にはフルネームで答えた。
アテナも自分は大分気に入られてるのを感じ取った。
ついでに背後のメイドがギルティと呟きながら殺気だっているのも……。
(ギルティって何だろう……)
「やー、あれはそこそこ余興だったじゃねーですか」
カツンカツンと静かに足音だけが響く。
アリスの周辺には七曜騎士5人が囲うように歩いている。
「あの子凄かったよー、武器が凄いってだけじゃ片付かないよねー」
「あれ、何だったんですか?私が見る限り絶え間なく傷口が塞がっていくようにみえたんですが」
「そういえば、吸血種族がいたよね。あれが何か手回ししてたんじゃない?」
「私はあの武器がヴェネリスのと同等に近い階位のものの可能性も考慮している」
「えー?確かにあれは神話級はいってると思うけど無いと思うなー」
それぞれが各々の感想を言う中、団長である白き騎士が呟いた。
「あれは……光霊魔法だった」
「ほほー。ソリス、貴女にはそう見えやがったですか」
「……ずっと、絶え間なく……回復してた」
「バカな、そんな人間ありえませんよ」
「いや、可能性はゼロじゃぁーねーです」
白い騎士の無機質だった表情は少しだけ微笑っていた。
その顔にジュディやマーティスは団長笑うの初めて見たと驚く。
その白い騎士の表情とリーゼロッテの豪運にアリスはケラケラ笑うのだった。
ここでアルテミス編は一時終了となるっぽい
総合評価が1000を突破し少し胸がキュンっとなりました。
皆様ありがとうございます。




