世界樹の夏Ⅲ
「明後日、宮殿にてパーティがあります」
「そうなのですか」
「何を他人事のように言うのですか貴女も行くんですよ」
「……やっぱりです?」
「勿論、貴女の正式なお披露目も兼ねていますからね」
シロエールが眠りから覚めると既に夕方になっていた。
リーゼロッテとヒュッケはあの会話の後屋敷を後にしたらしい。
どうやら二人はべルフラウ家の方で過ごすようだ。
残ったフレイヤとエクレール、そして祖母とシロエールは
夕食の際、祖母達からこう告げられた。
この時の彼女の気持ちを簡単に一行で纏めるとするとこうなるだろう。
もの凄く胃が痛い。
今まで美味しくいただいていた食事が逆流するんじゃないかと冷や汗をダラダラ流す程である。
ご存じの事だろうが彼女ことシロエール・ブランシュ・ヴァイスカルトは大衆の視線が苦手だ。
落ち着いていて物静かな雰囲気。
白い肌、銀色の髪、まるで雪景色の様な浮世離れした存在。
浮世離れした窓辺の令嬢といった単語が羅列されそうな少女。
あながちそういった感想自体は間違いとは言い切れないだろう。
しかしながら幼い彼女は子供故なのだろうか後先考えずに行動する事が何度もある。
そうした結果、爵位を継ぐ事となったわけだからこれは自業自得なのだ。
それに鍵魔法を使えばその場を凌ぐ事は十分可能である。
実際、入学式や決闘の際はそれで上手く切り抜けることが出来たのだから。
しかし、残念な事にメリットだけではない。
効果が解除されれば麻痺させていたものが一気に押し寄せてくるのだ。
今回は他者の視線の質と言うべきか可也つらいものになるのは必然だろう。
何せ駆け落ちして男との間に産まれた彼女を次期伯爵として認める森守種族がどれだけいるだろうか?
そんな中にシロエールを放り込んだら何時もの様に巧く立ち回ったとしても後が怖い。
軽く胃にデカい穴が開いたりするのではないだろうか?
もっとも、彼女の元来の魔法属性である光霊魔法による治癒魔法を使えば治るのだが。
「……承知いたしましたのです」
「えぇ、ドレスに関しては私たちの方で用意してますから安心しなさい」
「お母様と妹を連れてきて良いでしょうか?」
せめてもの防衛策として家族を連れてくる。
二人がいるだけでもダメージはそれなりに軽減できるだろう。
彼女はそう思考を張り巡らせた。
「……シロエール。グレーシアの方は構いませんが妹、シルヴィアの方はいけません」
一瞬、ほんの少しだけシロエールはカチンときた。
祖母達の言葉は森守種族でも半森守種族でもないシルヴィアはダメという事だ。
でも、仕方がない事なのだろう。
宮殿でのパーティに他種族排他的な森守種族が、それも貴族達が身内だろうとも招き入れる事はあまり良しとしないはずだから。
いや、冷静に考えると他種族を招き入れる位は本当なら問題はないではないだろうか?
何故ならエクレールやフレイヤも宮殿に入る許可を得ているのだから。
では、妹のシルヴィアがダメな理由は何だろうか?
シロエールにとってその答えは然程難しくはなかった。
半森守種族というマイナスイメージのある自分のお披露目の際に普人種族のシルヴィアがいると此方に敵意のある貴族たちが付け込む隙になるかもしれない。
それに自分だけならまだしも妹にもこんな胃の痛い思いをさせるのはシロエールとしても避けたい。
むしろ母ですら駆け落ちした不埒者と陰口を叩かれるかもしれない。
ならどうするか、シロエールの頭の中は既に決まっていた。
「そうですね……二人はまた次の機会に連れてきたいと思うのです」
「御免なさいねシロエール」
「いいえ、むしろお祖母様方を我が家に連れてきた方が良い気がしてきたのです」
「ふふふ、そうねそれも良いかもしれないわ」
(……か、会話に入りづらい)
家族の団欒、そんな会話の波に乗れないフレイヤは邪魔しないよう黙々と食事を口にするのであった。
アカネは自国に、ヒュッケとリーゼロッテはベルフラウ邸にいるのだから可也気まずいのだろう。
そんなフレイヤを若干不憫だなと思いつつエクレールはシロエールの後ろで待機している。
「ところでフレイヤちゃんでしたっけ」
「は、はひ!」
急にシロエールの祖母に声を掛けられ声がどもるフレイヤ。
カチャンと食器を大きく鳴らしてしまい更に慌ててしまう。
「貴女は錬金術を学んでいらっしゃるとか」
「は、はひ、主に金属に関して学んでいます。そ、それと他の国の芸術品とかも興味あります」
「うちの書物庫にも幾つか錬金術の本があるから後でメイドにお部屋に持ってこさせましょう」
「い、いいんですか!」
ガタッと椅子から立ち上がってしまうフレイヤ。
期待と喜びに胸を躍らせていたがハッと我に返り顔を赤くしながら座りなおす。
その仕草に二人はクスクスと笑みを浮かべる。
「フレイヤさん、貴女って錬金術が本当にお好きなんですね」
「は、はい。それが私の夢ですから……」
好きなのは嘘じゃない。
子供の頃に交わした約束から始まったこの夢はもう叶わないかもしれない。
でも追いかけ続けていたら何時かまた、出会えるかもしれないから。
フレイヤ・エストレア・ブラウニーの錬金術はエレノア・ブラウニーとの残された絆だから。
一方その頃……ここは貴族区の最奥に位置する場所。
最も古くから世界樹から与えられた領地であり民からは『エルダー特区』と呼ばれている。
今現在は王侯貴族のみ居住を許されている神聖な場所だ。
建物自体が少なく、殆どが特区入口で門前払いを食らうためそれ人の気配が殆どない。
その一角にベルフラウ侯爵邸が存在する。
シロエールの家やキュリディーテの家とは比べものにならない敷地を誇る大豪邸だ。
エーテルライト光が少ない場所を数匹の蝙蝠が夜のエルダー特区を飛び交っている。
人といえば各屋敷の門番や警備の私兵とは別に白い鎧を身に纏いし騎士達が周辺を徘徊していた。
彼女達は聖白百合騎士団の准騎士達だ。
聖白百合騎士団はアルテミスが誇る貴族だけが入れるお嬢様騎士団である。
警備をしているのは基本的に新参者や階級の低い者達の中で腕利きの者が選ばれている。
お嬢様騎士団――。
その言葉だけを聞いたら名目だけのお飾り騎士団だと思うだろう。
だが名前に反して彼女等の実力は本物だ。
歴史の中で敵の侵入を許さなかったノウハウは代々彼女達に引き継がれており防衛線においては無類の強さを誇るといわれている。
「明後日のパーティの警護うちの正騎士様等が集合するんですって」
「あー、私ら下っ端貴族には関係ない事だわ」
「貴女、先輩達の前ではその喋り方絶対しないでよね」
「分かってるってばー……」
何年、何十年、このエルダー特区で事件らしい事は起きた事がない。
その為、巡回にも覇気は無く夜の散歩とすら思われるほど覇気のない雰囲気だ。
中には貴族なのに夜に巡回する事すらアリエナイと考えている子もいる。
最も、彼女達が油断しるせいで何かを見逃した所で本当に怖いのは入った後かもしれない。
ベルフラウ侯爵邸の屋敷の中。
一室では豪華な食事が振る舞われているが人の気配が少なく屋敷全体が静かだ。
部屋の入口は信頼のおけるメイドによって閉鎖され徹底した内密の会合の場となっていた。
「それにしても吸血鬼の真祖の血筋に会うなんて何十年ぶりかしら」
「さぁ、妾ではないのは確かじゃが数はめっきり減ってしまってのう」
食事を口に運ぶヒュッケ。
吸血鬼は過去の大戦以降その姿を目撃するものは少ない。
ヒュッケの入学も当時は話題になった。
行方不明になった際は学園側の必死な捜索を他所に吸血鬼側からはこんな返答がくるほどである。
そのうち復活するだろう。
それ以降連絡はとれなかったので何時しか学校の怪談と化していた。
吸血鬼が減った理由は不死性故の楽観視と弱点の多さにあるだろう。
実際海に沈められたリ川に流される等で死亡しても何れ体の一部が陸につけば長い時間をかけて復活するtすら言われている。
無論何百年かかるか分かったものではないが。
「お主等の要望通り、吸血鬼との交渉のテーブルは妾が用意しようではないか」
ただし交渉の結果に関しては保証はせぬぞと念を押しつつ再び料理を口に運ぶヒュッケ。
ん~っと表情を緩める様子から高級そうな料理は彼女の口に合ったようだ。
「ええ、失敗したとしても吸血鬼と連絡がとれるツールをもっているという事実だけでも十分に此方にとって有益ですから」
「お主等は中々、……侯爵という立場にすら甘んじておきたく無さそうな素振りを見せるのぅ」
「そんな事はありませんよ。只々、ベルフラウ家の安泰の為にですから」
軽い笑いを入り交えながら食事はすすんでいくがヒュッケの内心は少し警戒していた。
リーゼロッテに関しては食えない娘程度に思っていたが親はそれ以上である。
ゆるりと相手を誘い込み、喰らうか籠絡するか……棘のある薔薇や毒蛇といった形容をしたい。
笑顔の裏に別の表情が見え隠れしている辺りが一層怖い。
その点を差し引いても彼女等と利害が一致、味方である間はとても頼もしいともいえるだろう。
夜は段々と深まり、蝙蝠は静かに根城を造っていく。
思ったより話がのびています。




