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鍵魔法師のシロエールには秘密がある  作者: 木下皓
学園編【1年夏】私たちのサマーウォーズ
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アーレス帝国戦線・下

久しぶりにペースアップできたかなと思います

『ねぇ、お婆ちゃんカグツチ様ってどんな感じなの?』

『そうだねぇ、領主様のお屋敷の何倍もの大きなのよ』


 今、目の前に見えているのは軽く領主の屋敷の2倍くらいの高さのナニかだ。

 足元の大地は奴の自重のせいか、ひび割れその足は地面にめり込み重量感と存在感を鮮明にしている。


『カグツチ様の声は天まで響くほどでねぇ』

『近くにいたら耳が痛くなりそうだね』


 今響いている咆哮は、鼓膜が弾け、骨が軋み、内臓が破裂しそうになる。

 ビリビリと手が痺れ、中にはへたり込む者もいる。


『カグツチ様の炎は世界を包み込むほどの凄いものだったそうじゃよ』

『それはうっそだ~。だって炎で包まれていたらもう世界なんてないよ』


 むせ返るような口を、喉を、肺を焼く熱波の臭いに、兵士達は目の前の現実を理解し始めた。

 燃えているのは大地。

 ドロドロの液状に溶けて赤い火の海と化したマグマが煙をあげ、自分達を近寄らせないと一面に満たしていく圧倒的な熱気。

 太陽が沈み、暗闇がマグマの存在感を一層引き立たせた。

 高熱がチリチリと皮膚を炙るかのように今も身体を焼いている。


 これ以上近づけば命はないと思え――。


 この赤い絶望的な線はそう答えているように見えた。

 いや、実際そうであろう。この場にいるすべての兵士がそう思っている。

 誰が好き好んで自ら断頭台に頭を乗せるような行為をするだろうか?

 自殺願望者であろうと燃えながら死ぬなどと選ぶ事はそうあるまい。

 

 否、選ぶ権利すら目の前の圧倒的な存在の前には既に存在しない。


「え、炎極帝……」


 誰かがありえない有り得ない事を口にした。

 だってそうだろう?

 炎極帝ヒノカグツチなんて大昔に登場する御伽噺の中だけの存在なのだから。

 言う事を聞かない子供はヒノカグツチ様が怒って食べちゃうぞ。

 なんて常用句を聞かずに育った奴はこの大陸にはそうはいないだろう。


 例え大昔にいたとしてもこんな所に現れたりはしない。

 こんな現実を受け止めるわけにはいかない。

 受け止めたくないのにチリチリ己を焦がす熱波に、目の前に移る巨大な龍を無視出来ない。


 肘や膝にある炎を具体化したような棘が何時爆発しようかと抑え込むように鈍く点滅しながら輝いている。

 アマツガハラの竜人種族ドラグーンの一般的ともいえる形状の角が生えている。

 自然とこれがオリジナルなのだと何の疑いもなくそう思ってしまう。

 瞳だけが金色に輝き、遥か上にあるのにその輝きが暗くてもはっきりとわかる。

 こちらを見下ろしている。その瞳を見ただけで全身から汗が噴き出る。

 この熱波だけでも汗が出ているのに一瞬で脱水症状を引き起こしかねない。


 10数メートルはあるだろう巨大な体躯が羽を広げれば更に巨大さを感じさせた。

 

 ただ、でかいだけ。


 通常のモンスターならそれだけで済ませられる。

 でも、そう思う事が出来ない。

 そのオーラとも呼べる気配が己の霊体アストラルに警告させている。


「ふ、ふざけるな!よりにもよってヒノカグツチ様の紛い物等を出すなど侮辱にも程がある!」


 兵士の一人が声を荒げ皆より1歩、2歩と前に出た。

 炎極帝は始祖たる存在、一部の信仰深い者にとっては創造主として崇められている。

 彼は信仰深い方の人間だった。

 この状況でアレを目前にして尚、2歩でも前に出たこと自体が他の兵士からしたら勇者、蛮勇、無謀と称賛と非難の嵐だ。

 無論、溶岩と化した地面に立つ事はできない。

 それでも熱気に耐えながらギリギリまで前にでてきた。

 チリチリと前髪の一部が焼き焦げ、深呼吸すれば肺が焼けきってしまいそうだ。


「――――」


 ほんの一瞬だった。

 多分、瞬き一つする間だったと思われる。

 龍の瞳が輝き一層増した瞬間、軽い火柱が起こった。

 ほんの1~2秒も経っていない僅かな時間の出来事。

 気が付けば先程まで奴らに吠えた兵士がいなくなっていた。

 静かに、一切の痕跡もなく、確かにそこに居たはずなのに何処にもいない。

 いや、足元に謎の炭が残っていた。

 皆頭が認めようとしないだけで理解している。

 あの瞬間の出来事で一人の男の人生が呆気なく終わってしまったのだと。

 熱風で墨が飛び散っていく。

 その光景を兵士も農民も関係なくただ茫然と眺めるしかできなかった。


「な、なぁ……ばあちゃん。俺悪いことしちまったみてぇだ」


 一人の男が呟いて膝をついた。思い浮かべるのは母や祖母の姿。

 子供の時ですら信じてなかった存在が今目の前にいる。

 お世辞にも今までの自分の行いを良いと思った事は少ない。

 信じていないのに嫌でも悪い事をしたからヒノカグツチ様が現れたと思ってしまう。


「も、申し訳ありませんでした!反省しています、どうか命だけは!!」

「お、おいお前ら何言っている!やめるんだ!」

「嫌だ、死にたくない!!死にたくない!」


 ある者は跪き、土下座をして許しを請う。

 ある者は頭を抱え、座り込んでブツブツと呟きながら現実から逃げだす。

 ある者は後ろを振り返らず一心不乱に逃げ去ろうとする。

 隊列を乱すなと上官らしき人間が必至に止めようとするが叶わない。

 もはや有象無象と化した兵士に成す術もない。


 羽を広げてから微動だしなかった炎極帝らしき龍が空を見上げだす。

 いきなりの龍の挙動に兵士達は警戒する。


 開かれた龍の顎門から空へと赤い一筋の光が放たれた。

 この日、この光景を見たものは一生忘れない事だろう。


 閃光の後、夜の曇り空が真っ赤に燃え上がり雲を巻き込みながら拡大していく。

 夜がまるで夕暮れのような真っ赤になってき、昼間の様に明るくなった。

 遅れてやってきた爆発音が響き振動が身体を突き抜けていく。

 少し強くて心地よい風が吹いた後、空には雲一つない満天の星空だけが残っていた。

 誰一人一言も喋れず、只々呆然と眺めることしか出来ない。


 今の光景は余りに圧倒的で非常識で幻想的だったから。


 静寂の中、コンコンと反響するような音が聞こえてきた。

 龍が現れた門の上に立っていた仮面の少女が石を叩いている。

 それが音響石だと直ぐに察しがついた。

 仮面越しに鈴のような声で皆に一言発した。


「――帰れ、次は無い」


 彼らはまず耳を疑った。

 あれだけの力を見せつけられたのだ。この後罰と言わんばかりに燃やし尽くされると思っていたからだ。

 絶望の淵にいた自分達に発せられたたったの一言が、まるで血の池地獄の中にいる自分達に神様の慈悲として上から垂らされた蜘蛛の糸のようだった。

 大人しく帰れば死なずにすむのだ、何を迷うことがあるか?

 兵士たちは土下座をし、有難う御座います等と泣き叫びながら圧倒的感謝を浴びせる。

 そして憑き物が落ちたような表情で必死に帰路へと歩んでいった。


 その姿が見えなくなるまで立ちふさがる巨体。

 護られた側もあの光景に呆気にとられたままだ。

 仮面の少女が砦の方を向く。

 まだ、奴らを退けてくれただけであって味方と確証したわけではない。

 何か機嫌を損ねるようなことしたらどうなるか分かったものじゃない。

 体を強張らせながら皆、仮面の少女を見つめる。


 ゴクリと唾を飲みこみ相手の出方をみる。

 すると仮面の少女は軽く手を振ってきたではないか、一瞬反応が遅れてしまったが釣られて手を振りかえした。


 カチリ、カチリと何かの金属音が鳴る。

 龍も門も少女も姿かたちも無く蜃気楼の様に消えた。


「なぁ、俺たち夢をみていたのだろうか」

「んなわけあるか、あの地面みてみろ」

「だよな……」


 赤々と燃えるマグマと足跡がはっきりと夢ではなく存在したのだと主張するように痕跡として残っていた。




「終わったぁ……疲れた胃がキリキリするのです」


 少し離れた丘でシロエールは仮面や飾り角を外す。

 待っていたエクレールと二人丘の上で先ほどの余波で綺麗な夜空を見渡す。

 龍という隠れ蓑を使っても視線は十二分に自分にも向けられてきたので気分は優れない。


「お嬢様、アカネ様に後でお叱りがあると思いますよ?」

「……憂鬱なのです」

「悪い事をしたわけじゃないですからあまり気負いしなくても」


 シロエールが横になろうと座り込む。

 エクレールは寝転がる前にシロエールを静止する。


「お嬢様、白いお召し物で草の上に寝転ばないでください」

「わかったのですよ」


 色の付きにくい黒い服を取り出し着替えようとした瞬間。

 後ろに異様な気配を感じて後ろを振り向くとシロエールにとって初めての体験をした。

 閉じたはずの炎極の扉がいつの間にか自身の背後にあったのだ。

 驚きで一瞬息が詰まり冷や汗をかいたがゆっくり深呼吸する。

 エクレールの方を見ると扉に気付いている様子はない。

 目を凝らすと薄らと透けているのだ。

 身体から少しずつ魔力が抜けているのがわかる。


『我を呼び出したのは奴以来だな』


 脳内に直接語り掛けてくるように響く重く年季のある声。

 扉からは先ほど呼び出した炎極帝ヒノカグツチが此方を見ていた。

 私はアレを知識でしか知らない。ただ、クロノスが呼び出せるから自分も呼び出したに過ぎない。

 だからこそ『知識にない』今の状態に困惑する。


『聞こう、貴様は何だ?』

『何と聞かれても私は私なのです』

『質問を変えよう。貴様はクロノスであってクロノスとは全く別物だ』

『私はシロエール。クロノスとは他人なのですよ』


 そうだ、自分はクロノスと会ったこともあるし『知識』を貰っただけでシロエールなのだと彼女は主張する。

 ヒノカグツチは彼女の存在に興味を示す。


『シロエールか覚えておこう。そうだ一つだけ忠告しておいてやろう』

『忠告?』

『水極帝の奴を召喚するだけして開錠しなかっただろう?あ奴相当虫の居所が悪くなっているぞ』


 シロエールは思い出した。

 入学試験の時に出すだけ出してそのままにした奴の事を。


『……あ、はいなのです』




 イセニア領土内部。

 1人を除き怪我らしい怪我なく逃げる事が出来た兵士達。

 無事に帰ったら家族に会おう。そういった気持ちが膨れ上がっていた。

 地獄からの生還に安堵しきっていたのだろう。

 囲まれていることに気付いたのは一人が矢で射ぬかれてからだった。

 飛んでくる沢山の弓と魔法。

 急襲に気付き大地魔法オシリスで防壁を張るまでに何人もの兵士が負傷する。


「……無能どもが」

「な、貴様らイセニアの連中か!?俺たちはお前らに手引きされてきたんだぞ!」

「こいつらイセニアの連中じゃねえっ!」


 剣を抜き、銃を構え、魔法を詠唱し、弓を放つ。

 囲んだ敵全てが手練れであり戦意を失っていた彼らの意識を戻す暇も与えず蹂躙していく。


「お、お前知っているぞ……アーレスの……」


 男は言い切る前に脳天に剣を突き立てられ絶命する。

 折角助かった命がここに全て潰えかけている。

 中にはまだ息がある者もいた。


「隊長、これで全員です」

「まさか名高き炎極帝が出るとは予想外だったな」

「個人的にはいい体験だったと言えますね」


 放っておくと魔物を呼び寄せる事があるし魔物化するので死体を集めて火を放つ。

 悶え苦しむ声が響く、僅かな生き残りの最後の断末魔。

 折角燃え死ぬ事が避けられたかと思えば結局燃やされる。

 一瞬で燃え尽きるヒノカグツチの炎よりも残酷な普通の炎によって。


「今回の件、イセニアの一部の貴族共が謀反として行ったとして適当な貴族を見繕うように伝えておけ」

「畏まりました隊長殿」


中盤が少しアレだったので近々書き直しするかもしれません。

ペースを戻しながら連載できたらと思います。


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