アーレス帝国戦線・中
最近、雨が酷いですね。
ツクヨミ。
それは皇帝が各王位後継者に渡した領土の一つであり、アカネが受け取った場所である。
側面を同盟国が隣接するアーレス帝国からすると可也端になる。
所謂、田舎に分類されるが広い土地と農地として優秀な地質であった為、アカネによりアマツガハラでも1、2位を争うアーレス最大の米の生産地となった。
「つまり、敵の侵攻ルートからして同盟国の『イセニア』が裏切ったみたいねぇ」
「はい、そう考えるのが妥当かと」
「アーレス帝国に同盟を結んでおきながら反旗を翻すとは身の程知らずよのぅ」
「問題はツクヨミまでの距離ですね」
事が起きたのは5日前。
今から軍を準備して救援に向かうまで、急いでも3、4日はかかるだろう。
イセニアが裏切った今、近隣の同盟国が必ずしも同盟国としてちゃんと機能しているのか確証が得られない。
イセニア含む近隣は長きに渡り同盟を結んでいた縁の深い国なのだ。
それにも関らず裏切ったという事は悪い事態を想定しておいて損は無い。
「確かツクヨミとイセニアの間に砦がございましたなぁ」
「えぇ、古い砦だけど防衛するだけなら十分現役だと思うわ」
「しかし、アカネ姫様、ライガ様。奴ら山は兎も角、何故森林を抜けないのでしょうか?」
綺麗に整地された街道に砦はある。
無理に砦をせめ落とす位ならその左右の森を抜ければよいのでは?と若き兵士が質問する。
確かに籠城している砦を落とすより山を越えるか森を突っ切ったほうが早いかもしれない。
しかしその問いに対しライガは首を横に振る。
「あの森はち~っと厄介でのう。精気が異変の濃度があちこち狂っておるせいで通称『迷いの森』と呼ばれる」
「森は可也広いから迂回を前提に考えたら可也のタイムロスになるはず」
「つまり、敵は絶対に砦を突っ切ると?」
「まともな指揮官が敵にいればね」
迷いの森に入って遭難するか森ごと焼き払うなんてアホみたいな事をしない限り
正攻法で砦を落とすしか道はない。
大地魔法で掘って移動するのも考えたけど流石にあの砦にはそれくらいの対処策は講じられているはずだ。
現在。アーレス帝国の鍵魔法師(キ―ウィザード)は学園を出たばかりだ。
その間を見計らっての計画だろう。
今、ここにはシロエールという鍵魔法師がいる。
しかし、シロエールに助力を求める事は許されない。
これは個人的なお願いでは済まされない、明確な軍事目的なのだから。
もし、アルテミスとクロノスに貴族として籍をおくシロエールを利用すれば国際問題に発展しかねない。
極秘に兵を運んで貰ったとしても有耶無耶にするのは時間の問題だろう。
「すぐに騎兵隊の準備。馬を馬車に乗せて交互に走らせれば時間は有る程度短縮できるでしょ?」
「成るほど、ではすぐにとりかからせます」
「我々の中でも精鋭を何人か用意いたしましょう。」
冷静に対処しているように見えるアカネ。
はっきり言って予想外であり、混乱しっぱなしである。
鍵魔法師(キ―ウィザード)の件は学園の行事日程さえ分かれば逆算は出来る。
裏切りに関しては全体ではなく内部に手引きをした奴が居る可能性もある。
まずは敵を退けて、改めてイセニアに話を聞けばいい。
敵の規模も編成も未知数。編成予定の兵士は実力的にみても有る程度の人数差なら物ともしないだろう。
民の命と農園が無事である事を祈らざるにはいられない。
最低でも民と種さえ無事ならやり直せる。
はやく、早く準備ができないかと声に出さない悲鳴をあげる。
前、誘拐されたけど一緒にいたシロエールのお陰で何もなかった。
むしろ、シロエールとの出会いで何のマイナスにもなってない。
今の今までが順風満帆だったのだ。
他の人達に変な眼で見られていたけど民からは愛してもらえている。
定番の自身の事しか考えていない政治家みたいな連中がこの世界でも蔓延っている。
そんな奴らに嫌な眼で見られるという事は、私が良い事をしている証しだ。
当然、姫だろうが妨害もされるし外からの攻撃だって受ける。
もし、私を慕ってくれたあの人たちが死んでしまったらどうしよう。
あの笑顔が無残な姿になっていたらどうしよう。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。
胃の中の食べ物が今にも口から出て来そうだ。
吐瀉物を撒き散らし鼻水や涙を撒き散らし喚き散らしたくなる。
私は強くない。
自信をもっていたとしても元々は只のいじめられっ子だ。
神様、もしあなたが存在するのなら、不憫に思った私をここへ連れて来たのでしたらどうか御救い下さい。
ふと、気がつくと何か足りない。
何かが、誰かが居ない。
誰が?そうだ、シロエールとエクレールがいない。
リーゼロッテの方を向くと察したのか首を横に振る。
「……そういうことか。後でお説教しないといけないなぁ」
顔を伏せぐしぐしと袖で顔を服と少しだけ笑顔になった。
今さっきまで自分を苦しめていた不安や重圧はアカネに一切無かった。
「フウカ」
「どうなさいましたかアカネ姫様」
「この戦、多分……私達がつく頃には決着がついているわ」
「どういう事でしょうか?」
「……理由は言えないけど多少遅れても補給物資を確り用意させて」
「御意」
お願い私の女神様――。
兵士達が砦の手前で陣取る。
この最後の砦を落とせばツクヨミの地は眼と鼻の先だ。
この土地を蹂躙でもしてみれば世界の食糧に可也のダメージが起こるだろう。
無論、全ての国がただでは済まない。
だが、ここを畑だけ無傷で占領すれば米生産のラインも奪える。
今後の戦争にも重要な拠点と言っていいだろう。
しかし、この砦は思いのほか堅牢であった。
かつて、まだ同盟国でなかったイセニアとの戦時中に築かれた物なのだ。
年代モノであるが当時の大地魔法の精鋭が組んだ品物だ
土やレンガだけに見えて中には相当なモノが入っていると伺える。
「まぁいいまだ時間はあるんだ。一度落しちまえば軍が駆けつけても最悪大火災を引き起こせるぜ」
砦の中にミスリルや硬い金属が素体として使われていたお蔭で攻撃に対し可也抑え込む事に成功していた。
そして何より、農業の為に大地魔法と水氷魔法が使える人間に、傭兵崩れだが戦闘出来る者が多かったので壁の補修や水攻めなどによる妨害活動もあって抵抗することが出来た。
しかし、それも遠くないうちに崩壊するであろう。
こちらはいつ攻撃されるか分からずろくに休憩もとれないし心労が重なっていく。
向こうは本物の兵士でこっちはただの農民。既に怪我人も出ているような状況だ。
もし乗り込まれたら良くて捕虜、最悪死体になるだろう。
アカネ姫様のおかげで生活は潤い、生きがいが出来た。
彼女の為にも家族の為にも何としてもここを死守したい。
「隣国に救援を求めにいった奴はまだ帰ってこないのか?」
「確かにもう救助が来てもいい頃だけどな」
「どうなっちまうのかねぇ俺ら」
「さぁな嫁たちは今のうちに避難させているし俺たちがねばれば他の領地まで逃げ切れるだろう」
「俺はまだ独身だけどな、チクショウ最近やってきた酒場のチーちゃん狙ってたのに」
「マジか?お前勇者だな」
男たちは年齢こそ別々だが同じく訳ありでこの地で農業をする事にした傭兵あがりだ。
最初は食い扶持のためにここへ来てみたが命のやり取りをせず平和な暮らしをして充実感を得た彼らはここが好きになっていた。
だからこそ逃げるという選択肢を捨ててこの砦の防衛に加わったのだ。
夜になっても小競り合いを仕掛けてくる敵兵たち。
完全に遊ばれていると分かっていても抵抗しなければ忽ち本気で攻め落とされてしまう。
あと少し、あと少し待てばきっと助けがくる。そう思えば彼らは今日も戦い続けられた。
アカネ達が返ってきたその日。
彼らは今日も同じ争いが続く、そう思っていた。
だが奴らは朝から何も仕掛けてこない。
不思議に思ったが今日はある程度休憩できそうだと安堵する。
しかし、その楽観的希望はすぐ壊れる。
「マジかよ……」
太陽が沈もうとしたその時。敵の数が増えていた。
今まで戦っていたのはは先発隊だったのだ。
本隊との合流、それまでの間攻め落とすわけじゃなく戦力を削ぎ落とすだけで十分だったのだ。
この人数差では均衡はすぐに崩れるだろう。
もう、ここまでかと心がポッキリと折れてしまった。
一人の青年が茫然としたまま上を見上げる。
ふと、砦の天辺に誰かいる。あんな目立つ場所に一体誰が?
そもそも、『あんな小さい子』がこの砦にいるはずがない。
青年は上へと駆け上がる。
それを見た他の仲間もどうした?と付いていく。
屋上まできたが姿がなかった。
すると敵の方でざわめく声が聞こえてくるので上から頭だけを覗かせ様子を見る事にした。
「――ただちにここから去れ」
狐を模したような仮面から少女の声が漏れる。
見慣れた角と尾があるから同じ竜人種族だ。
服装は細部が所々違うが儀式に使われる巫女装束で間違いない。
ただ、何処から出てきたのだ?
ふっと、現れて関所の屋根から我々を見下ろしている。
「おいおい、お嬢ちゃん何のつもりかは分からないがさっさと帰るんだな」
「俺だって人の子だ。こんな小さな場違いな子供に手をかけたら目覚めが悪い。まぁ、尤もそんなお嬢ちゃんにいきり立つのを突っ込みたい変態もいそうだけどなぁ」
ゲスな笑みを見せつけるこの隊長各の男は軽口を言いつつも半分警戒していた。
外見が既にオカシイし下手したら触れちゃいけない何かの可能性だって十分にあると。
「立ち去る気……ない?」
「当然だぜ、お嬢ちゃん。俺たちは遊びでやっているわけじゃねぇんだからよ」
「お前等、このガキから血祭にしたてあげろ」
何人かの兵士は若干嫌々しつつも弓を構える。
構えた中の一人が仮面から溜息がもれたのを感じた。
普通に考えたら自殺行為にしかみえない行動なのに何故そこまで平然といられるのか正気の沙汰じゃない。
そう考えた瞬間背中にゾクッと氷を流し込まれたかのような寒気を感じた。
「何やってるんだ!はやく中へ!!」
上から様子を見ていた青年は思わず叫んだ。
何を喋っているのか聞き取れなかったが敵の声から察するにあの子を助けなければと思った。
自分たちに気付いても奴らは見向きもしない。それくらいチッポケな存在だけど必至で声をあげる。
しかし、その瞬間彼女は自分たちの遥か上にいた。
「な、なんだこれ?」
「門……なのか?」
兵士も農民も全員がその存在に騒めく。
大きさは10mを軽く超えるであろう、赤い、紅い、朱い、赫い、今にも燃え上がりそうな赤き門
門には何重にも重く、硬そうな鎖が巻き付けられている。
何かを守るのではなく何かを出さないよう必死に抑え込んでいるように見えた。
その門の上に先ほどの少女がいる。
「開け炎極の門よ、全てを灰燼に帰せなさい――」
カチリっと確かに聞こえた。
ジャラジャラと鎖が地面をと落下する。
落下の衝撃は軽く大地を揺らし、皆をよろめかせ扉が勢いよく開かれた。
その瞬間、炎が、焔が、火の粉が、前方を赤く染め上げている。
それは、恐怖と、畏怖と、絶望。
この世に存在しうるだろう阿鼻叫喚をとにかく手当たり次第ぶちまけた地獄の釜。
「なぁ、俺たち悪い夢でも見ているのか?……」
精一杯搾り出した、擦れた呟きさえ目の前のソレの咆哮に紛れて消えた。
この仮面の少女はいったい誰なんだ(戦慄




