アーレス帝国戦線・上
夏休み編はじまります
「ふふふ、これがアーレスの私が誇る大水田よ」
「こんなに沢山大変じゃないですか?」
「まぁねぇ~……でも魔法もあるし国家プロジェクトだから人員も予算も十分にあるわ」
年端もいかない少女が真っ先に国の食糧事情を考え、自分の領地で稲作プロジェクトを開始した。
無論、子供のやる事だと他の王子王女からは馬鹿にされ議会からも懐疑的な声があがった。
貯蔵に限らず米のブランド化による輸出の向上。領民だけでなく、浮浪者や職がない人格的に問題ない人間を積極的雇用し着々と発展させていった。
田園作りもアカネは積極的に参加するなど民と共に汗を流し笑いあう姿は民達の心を動かす。
距離の近いアカネは領民だけでなく国民からも慕われている。
しかし、王宮の大人や他の王位継承者からは疎まれ蔑む人も多い。それでも国民の支持は無視できない。
アカネは早々に王位争いは無頓着を決めているが第一王子と実兄であるレイヴンを除く兄弟たちから警戒され続けていた。
今回ご紹介するのは五大陸の一つ、東側に存在するタカマガハラ大陸です。
かつてこの大陸には聖竜『炎極帝ヒノカグツチ』がその浄化の神炎で世界を赤く染め上げたと言われる。
聖龍とは精気を取り込み続け神格化した龍のことである。
逆に陰気を取り込み魔物化すら超えた存在を邪龍と呼ぶ。
少なくともタカマガハラの竜人種族はヒノカグツチから産まれたという伝承も存在し、一種の神格化されている存在と言えよう。
故に、子供聞かせるお伽噺の何れかに必ずその名は出てくるだろう。
他の大陸とは可也異文化的発展を遂げており、家屋の構造からして完全に別系統だ。
屋敷に入る際、玄関で靴を脱ぐ事や畳と呼ばれる床に布団を敷いて寝るスタイルを初めて体験した人は驚いたのではないだろうか?
火山帯が多い為、地震が他より起きやすい傾向にあるためか耐震性に優れ外観、機能性に優れた木造建築は芸術や職人の域と呼べるだろう。
沢山の見どころがあるタカマガハラだが、私は温泉と和食呼ばれる料理に注目したい。
温泉は大陸の至る所に存在し秘湯めぐり等も人気の一つだ。
また、タカマガハラの由緒正しい温泉では霊気を癒す働きがあると昔から言い伝えられており古傷や持病を患う人々が湯治に来る。
秘湯の中には精気を多く含むものもあり、雷鳴の精気を含んだ電気風呂なるものも存在するらしい。
深い旨みのある和食の数々は他の大陸からもファンが多く、本場の味を楽しむ為だけに態々渡航する人も多いだろう。
特に西のゲルボルグ大陸の塩コショウ等の単純な味付けに慣れている人間にはとてつもない衝撃を受けることは必至だろう。
私も箸の使い方に苦戦はしたが、和食の味わいは一度食べたら忘れられず今では虜になってしまった。
私のおススメの甘味のミタラシ団子だ。この団子というのは和食の主催であるご飯と同じ、米で出来ている。※一応もち米という別の品種であるらしい。
他の大陸でもメジャーな菓子にも米粉を使ってアレンジするなど米が特別視されているのがよくわかる。
ここ近年アーレス帝国の第七王位継承者であるアカネ王女主導で開発された姫米が有名だ。
彼女は王から分け与えられた所有地を農業へと特化させる事で一大ブランド米を築き上げ、品質も良く流通量も安定しているから帝国内の有名店なら何処も姫米を出しているので大変人気を博している。
アーレス帝国。
最古の国の一つであり、竜人種族の単独国家だ。
現アマツガハラ大陸でも最大規模でありその歴史の長さから貴重な遺跡や建築物が数多く残っている。
首都アマテラスの大通りには桜並木が存在し、道路一面がピンク色に染まる。
この四季桜を他の大陸で咲かせようとするプロジェクトが存在しているが現在尽く植林は失敗している。
本来春にのみ花を咲かせるらしいがアマテラスにあるのは四季桜と呼ばれる1年中美しいピンク色の花びらを吹雪かせる特別な樹が彩っている。
しかし、住民からは美しくても毎日掃除が大変だと愚痴を零す者もいるらしく有難味が余りないらしい。
観光地としても名高いものがあるが明確な証明書や手形が無い人間はアマテラスに入れない。
立ち入りが許されるのは交流区のみであるがそれでも十分に価値がある。
『世界渡航のススメ第十四版』 著者、ルミア・クロウフォード。
「……で、此処何処?」
数秒の沈黙を断つフレイヤの第一声がこれだ。
シロエールが造った扉を通るとその先は一面桜色だった。
無論、彼女はこんな景色を見た事はない。
「ようこそアマテラスへ!」
「アマテラスって……はぁ!?ここアーレス帝国なの!?」
「あらぁ……まぁまぁまぁ♪」
アカネが笑顔で皆にこの場の名を告げる。
動揺するのはフレイヤだけでなくリーゼロッテも驚きを隠せないでいた。
彼女達は学園の拠点におり、そろそろ学園都市退去時間も迫ってきていたのでシロエールが鍵魔法を使いゲートを作ったのだ。
2人はシロエールの実家なり何処かを経由して何度か移動するものと思っていたのだ。
国や学園の鍵魔法師達が各大陸の首都まで何度も移動と休息を必要とするのをリーゼロッテは去年、フレイヤも昔体験した。
それに対して少人数の移動とはいえシロエールはまるで近所に買い物に出かけるような感覚でアマテラスまで移動したのだ。
彼女の特異性は謎の宝物庫と扉を召喚する形で鍵魔法を行使する力しか知らなかった二人には彼女の異質さを更に知らしめる結果となった。
「確か此方はアカネ様の屋敷でしたね。でも正規ルート通らなくてよかったのでしょうか?」
エクレールが少し嫌そうにヒュッケの入った棺桶を引きずっている。
ガゴガゴと棺桶が揺らされ時折グエッと中から聞こえいるが気にする素振りはない。
「あぁ、首都の結界を無視して入ったのはまずかったのですね」
「あー、そっか、流石に公式記録に残さないといけないしシロ一度、管理区の魔法陣までいこうか」
シロエールは鍵を開き再び道を開く。
その先は幾つもの魔法の結晶と陣が引かれた結界であり結界唯一の綻びである。
鍵魔法を含む全ての移動制限、それがこの魔法結界の力であり偶然産まれた未完成品である。
しかし、シロエールはこの結界を意に介さない。
何故彼女にはこの結界が通じないのか?
恐らく他の鍵魔法師(キ―ウィザード)が普通の扉にある鍵穴へ鍵を差し込み開くプロセスを基盤にこの結界は出来ているのではないかと予想される。
管理区のゲートに出ると兵士達がアカネの姿をみた途端駆け寄り敬礼する。
彼らは大分若いがこれでもアーレス帝国近衛部隊所属の強者揃いだ。
近衛部隊はアーレス帝国の特別校『登龍門学園』と『ガーランド学園』の卒業生が殆どを占める。
登龍門学園。
竜人種族のみ許された竜人種族の為のだけに特化した学園で有り、他の最古の国にも似たような学校が存在する。
門外不出の技術も数多くあり、卒業生はアーレス帝国のエリート部隊への配属が約束されていてアーレス帝国第一王位後継者のアドルフ・ロートフェルトも在学中である。
その卒業生の彼らと公平な勝負をすればエクレールですら勝つのは難しいだろう。
『おお!御帰りなさいませ、アカネ姫様』
『ええ、ただいま。みんな元気にしてた?』
『そりゃあ勿論ですよ、国民一同アカネ様の帰省を喜ぶ事でしょう』
兵士達の心から嬉しそうにアカネに話しかけているのを横目でみるリーゼロッテ。
公爵令嬢の立場にある彼女はアカネに近からずも遠からずであり、兵が自分達にこんな風に声をかけてきたりしたことは無かったなと記憶の中を探る。
『確か鍵魔法師(キ―ウィザード)の方が出られたのは3日程前だったはずですが……』
『あー、うんそこら辺は気にしないでいいわ』
『畏まりました。既に御所車の手筈は整っているでしょうからどうぞ外へ』
お荷物をお持ちしますと兵士が荷物を抱え上げ歩き出す。
シロエールの荷物だけはエクレールが自分の仕事だと頑なに拒んだ。
「別に之くらいいいと思うのですが?」
「いいえ、お嬢様。これは私の仕事ですので」
一連のやり取りの中、静にしていたリーゼロッテとフレイヤの二人。
リーゼロッテは考えるように、フレイヤは頭を抱えていた。
「……ねぇ、言葉分かる?」
「私は片言ですが少しくらいは分かりますねぇ」
「竜人語なんて分からないわよ……」
「それを言ったら鉱人語や森人語も同じようなものですよ」
一般的に自信の種族の言語と普人種族の言語の2種類を覚えるのが外交社会の最低限知識である。
国の外に出ない。閉鎖された空間であれば自種族語だけで問題はない。
リーゼロッテもフレイヤも二カ国語しか分からない為、完全にアウェイな状態だ。
「どうなされましたお二人とも」
「エクレールは竜人語分かるの?」
「そうですね日常会話程度なら全種族語把握しております」
「流石メイド」
「ですが、お嬢様は全種族語を完璧にマスターしておられます」
「ふえぇ……能力以外もハイスペックね、本当に」
牛車と聞いて遅いイメージがあるがこの牛は赤王牛と言い、これでも安定した速度をだせるし性格は温厚だそうだ。
ガラガラと車輪が回り城へと向かう途中、煌びやかな御所車をみて住民達の視線が集まる。
大通りに差し掛かったあたりでアカネが皆の前に姿をみせ手を振る。
すると、沢山の声が一斉にアカネの帰省に声を挙げて喜ぶ。
「うー、……」
「うわぁこれは凄いね」
中まで響く歓声に軽く耳を押さえるシロエール。
この歓声は城内に入るまで途絶えることは無かった。
「いやー、サービスって大事だからね。うるさくしちゃってごめんね」
「本当にお姫様なんだなぁ……」
「騒音反対なのです」
廊下を歩いていると臣下が次々と頭を下げる。
離れの客間に向かう最中目の前にアカネの姿をみて驚きを隠せずにいる男が一人。
竜人種族にみえない脂肪の塊のまるで豚頭人科のような見た目だが身に着けている服は高級素材であり何人もの従者を連れていた。
「な、アカネ!?……ふんっ、貴様随分早いご帰還じゃないか早々に退学にでもなったか?尤も貴様のような王族の風上にもおけんやつなら仕方ない事かもしれんがなぁ」
アカネに対しイライラを隠す素振りもなく嫌味ったらしい態度をとるこの男は第二王位後継者のドルジ・ロートグリンだ。
「んー?私は普通に早く帰り着いただけですよ。ドルジ兄さんこその登竜門学園で落第点幾つかとられたと聞きましたけど大丈夫なので御座いましょうか?」
アカネの言葉に顔を真っ赤にしながら何かを言おうと口をパクつかせるドルジ。
この男、第二王位後継者ではあるが評判はあまりよくない。
文はギリギリまともな位であるが武はからっきしである。
性格も捻くれて醜悪な体格をしているため影では血筋だけ立派な存在として扱われている。
「ふ、ふんっ、貴様みたいな小娘はいつか痛い目を見るんだよっ」
捨て台詞を吐きながらドスドスと音を鳴らして去っていくドルジ。
通り過ぎる瞬間、シロエールを見て舌打ちする。
アカネの友人というだけで嫌い、更に他種族である2人に対して露骨な態度をとるのだ。
その行動は昔からなのでシロエールもエクレール共に眼中に入れず、アカネはやれやれといった目でその姿を見送った。
「いやー、ごめんねぇ見苦しいところ見せちゃって」
「今のって王子の一人っぽいけど……色んな意味で大丈夫なの?あれ」
「私はあの人嫌いなのです」
「好きという方のほうが物珍しいと思われます」
客間にフレイヤと棺桶の中のヒュッケを残し4人は皇帝がいる謁見の間へと向かう。
フレイヤは自分の現状の立場的に遠慮し、ヒュッケは棺桶から出たくないというどうでもよい理由であった。
門の前に歴戦の猛者のオーラを醸し出す2人が立っている。
一人は大柄の男で既に初老に近いが背丈は軽くシロエールの倍はあった。
もう一人は細い感じの女性で妙齢の色気を醸し出していた。
「アカネ様、御帰りなさいませ。そしてご友人の方もよくいらっしゃいました」
「さっきドルジ坊とすれ違ったのではないか?」
「あー、うん、すれ違った。何時も通りだったわ」
「まったく、あのハナタレ坊主は何時まで経っても変わらんな」
「ライガ殿。陛下からお許しがでていたとしても弁えてくださいと何度言えばご理解していただけるのでしょうか」
「フウカ、お前は頭が固すぎる。ドルジ坊はどうみてもドルジ坊ではないか」
ライガと呼ばれる大男は現帝王が産まれた時からこの国の近衛兵として仕えている身であり帝王の武の師でもある。
過去に近衛隊長も務めていたが現在は息子にその座を譲っている。
女性の方はフウカ。彼女も近衛兵の中でもずば抜けており妙な縁でライガの相棒を務めている。
「ところで今、謁見は大丈夫かしら?」
「ええ、問題ありません。と、言いたい所ですが陛下は只今外出しております」
「ドルジ坊も先ほど陛下にお目通し叶わなかったから悪態をついておったよ」
「あらあら、また次の機会にお会いするしかないですねぇ~」
「うーん、アポ無しだしねえ。すみませんリーゼロッテ先輩」
フウカ、ライガと話をしていると何やら騒がしくなってきた。
床を響かせ、息を荒げながら走る一人の兵士がいた。
アカネはその兵士を知っている。
その兵士がここにいるというのが問題なのだ。
だって、その兵士は本来、自分の領土の管理を任せている兵の一人なのだから。
「何事か!」
「はぁっ、はっ……皇帝陛下に、伝えなければっ……」
「父は今いないわ……だけど、私がいる。いったい何があったの?」
「お、おお!?アカネ姫様っ。まだご帰還には早いのでは!?」
「そこはいいからっ。何があったの!?」
片膝をつき、息を整えてまっすぐにアカネの目を見つめる。
アカネは彼の表情から自体は深刻だと悟る。
「アカネ様、ツクヨミの地が敵に攻撃を受けております」
最近シロエールが影薄いので頑張ります




