【間話】補習授業の時間
夏休み編をやると言ったな。あれは嘘だ(崖から手を放し
僕は今年からこのガーランド学園に入学した第七魔法学部1年の生徒だ。
今日は雲一つない良い天気だが地元じゃ天才とか神童とか呼ばれていた僕の気分はとても憂鬱だ。
周囲の同年代、いや大人なんて目じゃない。自分は特別だと信じ切っていたのだ。
それは大陸全土でも有数の名門校の入学試験の合格通知が届いた際に益々増長した。
だってそうだろう?卒業すればほぼ勝ち組確定といわれている所に自信満々、得意気に入試問題を解いていた上で、合格なのだから選ばれし天才だって思ってしまって何がおかしい所があるだろうか。
でも入学式の時、僕は壇上に上がれなかった。
まぁ、世界は広い。少しくらい上がいたっておかしくないとこの時、自分自身に言い聞かせていた。
魔法科新入生代表、7つの学部の1年のトップ。それがクラスメイトだと隣の女子達がひそひそと会話しているのを耳にしたのだ。
校長の長い話で退屈だった僕はその話を聞いてクラスメイトなら何時でも勝負ができる。なぁに直ぐにでも打ち負かして一番になってやると捕らぬ狸の皮算用をしていた。
校長の話が区切られ3人の生徒の中の真っ白な女の子が壇上に立つ。
あぁ、何て事だろう。彼女を見てしまった瞬間、僕は直観した。
彼女は正真正銘本物だ。アレに勝とうなんて自分は何て滑稽なのだと心の中で何かが折れる音がした。
これは少し前、成績上位組がバカンスで島にいっていた頃のお話。
上位組だけがバカンスを満喫できる中、逆に成績不審者達には補習授業と再試が待ち受けていたのだった。
「はい、席につけお前ら~」
気の抜けるような教師の言葉に従いそれぞれ適当な席に座る。
ここにいる50人程度の各学科から特に成績の悪かった生徒が集められ、その表情は全員が重く険しかった。
早々に1年の最初から退学のピンチを迎えたのだ。今此処にいる生徒達に留年何て優しいものは無い。
僕もあれから自分が井の中の蛙だと思い知らされ落ちこぼれにまで成り下がっていた。
「一部の生徒達がバカンスに行っている間、お前らは先生と楽しい補習授業だ。泣いて喜べ」
教師の軽口が今の生徒達には重くのしかかる。
その様子を見ながら何事もないかのように各自の出席を確認していく。
全員出席を確認した後、ボードにこの時間の議題を書きはじめた。
「さて、お前らに質問する。人間の三大構成とは何か答えてみろ」
「えっと……肉体と精気、霊気の3つです」
「そうだ、肉体と精気に関しては貴様等の少ない正解率の中に多く含まれていたから霊気について説明する」
「その前に……そこの貴様、そう、3列目の右から5番目のお前だ。霊気とは何か言ってみろ」
先生がボードに簡易な絵を描きながら生徒に質問する。
強面の肉体派にしか見えないのだがこの場にいる生徒の試験の解答まで全部把握しているらしい。
呼ばれた生徒は不安げに立ち上がりおずおずと答え始める。
「は、はい!霊気は人間の知識や魂を司る精神的要素であり……主に、技術?や記憶?に影響があります」
「ふむ、残念だが記憶は知識ではない。記憶は霊気ではなくココで判断していると考えられている」
そういって教師は指先で頭を軽く小突いた。
「人間の記憶という物は頭の中にある『脳』と呼ばれる場所にあるといわれる。例えば頭を強く強打された冒険者が記憶を失っているのに技術や魔法、日常生活に必要な知識を持っているというケースがある」
人体の絵を描き頭の眼の上あたりを円で囲む。
この世界には人体解剖図なんて本は出回っていない。
何処からか流れてきた話しによって、人体の構造や内臓の性質を口伝や書物に書かれている程度である。
医学の進歩が遅れているのはあまりにも光霊魔法の利便性が高いからだろう。
「これは霊気にはダメージは少なく脳の方のダメージが深刻だったという場合だと言われている」
「先生、記憶喪失は光霊魔法では治せないのですか?」
「そうだな……頭の怪我が治っても元に戻るわけでもないし、急にふとした事で思い出す事もある。何が原因でどうすれば明確に治せるのか分からないのではっきりとは言えないが……多分ランクの高い回復魔法なら治癒はおそらく可能だと思う」
外傷や病気と違い、記憶喪失の治療法がわからないので強力な回復魔法を使えば何とかなるというゴリ押しの理論であった。
「先生、視力が悪い人や大きな古傷がある人は霊気にダメージがあるということでしょうか?」
「視力の低下に関しては霊気がそれを正常だと認識しているからだ。古傷は霊気にここに傷があったという認識がそのまま身体に影響がでて痕が残っているのだろう」
「特に生れつき眼が見えない、歩けないという人間は霊気が目や脚を最初から無い物としてみていると考えられている」
「じゃあ、光霊魔法で霊気を治せれば五体満足にできるってことですか?」
「可能ではあると思うが、おそらく霊気を治すのは霊級でも極一部だろうからあまり現実的に考えないほうがいいだろう」
霊級、それはこの学園の生徒達の到達目標ともいえる。
その極一部となると人数も限られる。もし、依頼が出来たとしてもその金額は膨大だろう。
教師の言葉を聞いてメモを取る生徒達、あらかたの生徒が書き終えただろう頃に教師は次の話に移る。
「通常、腕を損失したら霊気もそう長くない期間で腕がないのが普通と認識するようになる。しかし、腕がないのに霊気があると認識し続けたら幻肢痛に苦しむ事となる。これは先天的に腕がない場合でも起こり得る現象だ」
「幻肢痛とはどれ位の痛みが伴うのでしょうか?」
「そうだな、下級でも雷鳴魔法を断続的に流し込まれるような痛みに苛まれる位だそうだ。日常ならともかく戦闘中じゃ致命的だな」
治療するのが困難で突発的に発生するその痛みは戦闘を行う職業には致命傷であろう。一部の生徒は自分の手や足を摩ったりしている。
その様子をみて教師は苦笑しながら補足する。
「だが、幻肢痛があるって事は損失した腕を治せば元通りになる。元々の腕があればくっつけるだけですむから中級の良いとこでも可能だ。生やさせるなら一部の上級でも治癒可能だからむしろ損失した時に限ったら運が良かったかもしれないな」
確かに中級、上級なら学園の生徒の中にもそれなりの数はいる。
痛みの代わりに腕が治せる確率が高いなら安いものとも言えるだろう。
「さて、次にゴーストと呼ばれる幽霊系のモンスターは知っているな?奴らは通常の武器では攻撃する事は出来ないから大体は魔法を使って討伐する。元々は人間であり肉体と精気と切り離され霊気に陰気が混じり合った結果というのが定説だ」
ボードに描かれるのは脚のない幽霊のような絵。
何処となくアニメによく出てきそうなキャラクター風な絵なのは気にしないでおこう。
この先生はやけにファンシーな絵を上手に描くなと生徒一同思った。
「先生、霊気と記憶は無関係だと言っていましたけど自縛霊といった類や上位幽霊系モンスターには生前の記憶や魔法を使えるのもいると聞きました」
レイスやペイルライダーと呼ばれる魔物の中には生前の名前を口にし、同じ言動をとるなど記憶を持っているような行動をしてくる魔物がいる。
無念や後悔が強く表れているというのが昔ながらの定番だ。
「そうだな、では全員に質問しよう。お前は自分がどんな人間で普段も何時に何をしているか、学校ではどう立ち回っているとか戦闘のスタイルとかすぐ言えるか?」
中にはちゃんと言えるものもいたが殆どは言い淀み、悩んだりするものが殆どだった。
いざ自分を細かく説明しろと言われても中々難しい。
「自分の事を客観に把握出来ている人間。毎日事細かく日記を書いている奴。英雄様みたいに、自分の事が書籍になってそれを読んだことがあるとか、そういう人間が自分の事を客観的知識として記憶する事ができると考えられている」
授業は終盤に差し掛かろうとする頃。教師は落ちこぼれ集団にはやや辛い内容を説明しだした。
「さて、親同士が優秀だと子も優秀なのが産まれる、血筋だ等と言われているがこれも実は有る意味間違ってはいない。子供が出来る際、血肉と僅かながら霊気受け継いでいると言われているからだ。無論、それとは関係なしに優秀な奴は優秀だがな」
この場の生徒達には耳が痛い。
親が優秀な者もいれば、自分は優秀だと思い込んでいたものすらいるのだから。
「半獣種族(ワ―ビースト)では親同士の優秀性や同一種を選ぶ傾向が特に強く、体術や魔法、技術を知識として無意識下に受け継がせて優位性を得させる。これを『血統』とよんでいる」
『血統』、半獣種族(ワ―ビースト)は他の種族とは違い、姿形が違う沢山の科が存在する。故に同一の存在のみでかつ、互いに優秀な者だけが子をなし優秀性を高めていくのが昔から言い伝えられている伝統でありもはや一種の錬金術といっても過言ではないだろう。
ふと、話を聞いた生徒が一人手を挙げ質問する。
「先生、僅かでも効果があるなら仮に客観的に自分を認識できる人の霊気を100%引き継いだらどうなるんですか?」
教師は口元に手を置き考える。こういったケースは前例がない。
様々な議論はあるが定まった事がないため自分が知っている中で最も信憑性を感じているものを口に出した。
「そこら辺は私から何とも言えんが……そうだな、前世の記憶があるといった人間は先祖や残留していた霊気によるものだと言われる。だが、知識としての記憶はどうあがいても只の知識だ。記憶の引き継ぎは恐らく不可能だと思う。仮に、出来たとしたら既にそれは何者だったかの霊気による肉体の乗っ取りではないだろうか?」
「私なりの見解だが記憶を差し引いた話なら優秀な奴の霊気を全て引き継いだ奴がいればそいつの魔法知識や技術全てを生まれた時から身につけている存在になるな」
霊級魔法師の膨大な知識を丸ごと引き継いだ人間なら生まれたときから真のエリートだろう。
もし、自分の前世が英雄で現実その力を引き出して強くなる。そんな夢お伽噺が本当のものになってしまう。
だが、現実はそうはいかないと教師は語る。
「しかし、仮にそういった事が起きたとしても精気の属性を違えばその魔法は使えないし、身体を鍛えなければ技術、体術に追いつけず振り回されるのがオチだ。結局のところ今、鍛えなければ宝の持ち腐れなのだから貴様らも肝に銘じておけ」
チャイムと共に先生の言葉に頷く生徒達。今鍛えなければ宝云々どころか退学だよと頭を抱えていた。
すみません。つい書いてた話を入れさせてもらいました




