乙女達のバカンス~3日目~Allラスト
ホテルにある卓球台は全部で4台。
アカネからみた感想はホテルなのにまるで日本の昔ながらの旅館に出てきそうな情緒溢れる光景だ。
この世界ではまだ卓球自体が余り普及していない。
それ故、利用客も物珍しさに軽く遊ぶ程度だそうだ。
普及していない理由を揚げるとすると端的にいえば資材不足。
この世界の人間の能力を基準に、多彩な魔法にも耐え揺るピンポン玉に近い物体を作るのは難しい。
無論ラバーとなる素材も難しい。
現在、貸出されてる玉もラケットも幾つもの危険種や希少素材を用いている。
何かの弾みで紛失してしまったら嗚呼、一般人が見たら涙を流すしかない代償が生まれるであろう。
カンッと軽快な音が鳴らし、アカネの打った玉は回転しながらスピードを増していく。
まだ軽く打ち合いをしてるはずなのに既に時速120kmに達している。
シロエールもその玉にちゃんと反応しながら打ち返す。
更に速度が上がりだした頃に彼女の打ち返した球は明後日の方向へ飛んでいってしまった。
僅かなタイミングやラバーの回転等、肉体面は十二分に備わっていてもそれを制御する技術がなかった。
「少し難しいのです……」
「まぁ初めてだろうしもう少しゆっくりやろうかー?」
軽く手首をスナップさせてラケットを振る。
フォームは悪くないのだが当てるタイミングが難しいらしい。
一方でラケットに当てることすら出来ないものもいる。
「あらあら、中々上手くいきませんわねぇ」
「多分フォーム以前の問題だと思うわ」
「スポーツなんて武芸科で十分よ……」
クノンやリーゼロッテ達は色々フォームを見真似しながら振るう。
他の人達も簡単に打ち合いを続けている。
カンコンと適度に軽快な音が響きあう中、一つだけ異質な台が現れた。
玉の行き来が徐々に激しくなり下手すると軌道がほぼ見えない程加速していく。
打ち合いをしているのはメーレとエクレールの二人だ。
同じ武芸科ではあるが森守種族と狼耳尻尾科。
生まれもっての身体能力の差でエクレールが勝る。
ヘルブラウ家のサポートを主体とし、メーレは指揮をとりつつ前線に出るため騎士学部に在籍している。
エクレールはメイドであり、シロエールの要求を完璧にこなしその身を護る為の戦闘技術。
出自から成り立ちに至るまで守護するという一点を除き別物だ。
単体での戦闘にはエクレールに分配が上がるだろう。
しかし、メーレにはエクレールが持っていない数年分の技量があった。
拮抗し、白熱する二人のラリーをフルーツ牛乳やコーヒー牛乳を飲みながら観戦しだした。
不意にポツリとフレイヤが呟いた。
「ねぇ、すごいわね」
「そうですねっ二人とも凄い動きです」
「それもだけどさ……ほら凄い揺れてるじゃない」
「あぁー」
浴衣が着崩れ、激しく動くたび揺れる一定の箇所にに一同の視線が注がれる。
メーレもエクレールもしなやかで細い身体だ。
メーレの方がエクレールよりも此方に関しては圧倒していた。
エクレールも背丈と胸の均整がとれており年不相応だ。
「メーレ、先輩らしい所見せなきゃダメですよー」
「解っております!」
リーゼロッテが発破をかける。
軽口にみえるようで実は中々の負けず嫌いだ。
欲しいものは手に入れる、その為に色々考え行動に移す。
上に立つ人間としても十二分に才があると仕えながらメーレは思った。
「――汝、我が声に応えッ――鋼を纏わせなさいッ『付与鋼』」
打ち返した瞬間、玉の一部に鋼の重しをつけて一気に軌道を変化させた。
精気によって
ありえない軌道でグンッと変化する玉は台に触れた瞬間。
一部に高圧縮、定着した鋼の重みでバウンドできずに玉がめり込んだ。
魔法で一時的に造り上げたこの鋼は本来は城壁の補強に用いられる。
重さは魔法によって多少すきなように変化できるがメーレのこれは可也重く仕上がっている。
「これは……」
「ルールには魔法も跳ねないようにしてはいけないと無かったはずですが?」
「あ、うんドロップショットっぽいからアリかなー……」
エクレールは不満そうに元に戻った玉を手に取りブツブツと呟く。
軽快な音を響かせラケットの上で玉を器用に転がしたり跳ねさせる。
エクレールはジッとメーレの方に視線を向ける。
向こうが使ったのは初級の魔法だが精度が可也高い。
だけど初級までだ。
エクレールの視線が鋭くなり小さく魔法の詠唱を呟きだす。
そして自分の持つ中で最も信じられる最高の最善の魔法の名を唱えようとした瞬間。
「ダメなのですよ」
詠唱が終わる前にシロエールが声を掛け、そして人差し指をクロスさせて×印を作る。
『飯綱神威』を使えるのは今現在、エクレール唯一人だけであろう。
唯一というのは他人に知られると、噂となり瞬く間に広がってしまう厄介なものだ。
故に、相手が喋れない状態にしてしまうか記憶を消さない場合は使用を禁止されてしまう。
「……かしこまりました」
どうやらシロエールはあの二人とメーレを含むリーゼロッテの従者達にも内緒にするつもりなのだ。
今ラリーを再開したエクレールは自身の身体能力によるゴリ押しで戦っている。
一方、アカネは雷鳴魔法の使い道を色々と思い浮かべている。
前にシロエールに『知識』について色々聞いた事がある。
内容はアカネが元々いた世界に関する『知識』。
普通は有羽種族の翼で空を飛ぶなんて事は不可能としか言いようがない。
他にも魔法による電気の流れや氷の空中停滞に土の自在変化等、この世界の常識は別なのだ。
それでも科学や物理はこの世界でも適応可能だ。
しかし、魔法がその範疇を超えているだけでやろうとすれば出来る。
この世界に配水管や水車に造船技術等、この世界に流れ着いた人間によるものだと思われる。
どれもこれも過程がなくて完成されたものが流出し過ぎている。
『付与鋼』は精気の消費量や使い手の技量によって強度が変化する事がある。
探検などで即席の刃物や調理器具を作る時に用いられる場合が良く見られる。
が、基本的に初級の魔法なので戦闘での活躍はあまり見受けられない。
制限時間もあるので長期の防衛にも向いていないのだ。
何度か速攻とラリーが続き、勝負より肌蹴る浴衣と揺れる部分に眼が行っている人が数名。
エクレールは若干ムキになっているがメ―レの方は落ち着いていた。
互いに不慣れな卓球では適応力と自力の差が出てくる。
もっとも、メーレはリーゼロッテと庭球の経験もあるのでそこで差が出たのかもしれない。
「これは年の候って奴かなぁ?」
「そんなに年の差はないですからメ―レ傷つきますよ~」
「まぁ、そうだけどさ、エクレールって執事のメ―レさんに元で戦闘とメイドの仕事を学んでて生半可に強いから実戦での格上の戦いってないんだよねぇ」
「これを実戦、と言っていいのでしょうか?」
「互いにガチなんだし実戦じゃないかな」
最後のラリーが続く中、メ―レが『付与鋼』を唱えた。
先ほどの光景と同じようにネットを越えた途端、重みで急速落下する玉。
しかしエクレールは落ちる前に無造作に思いっきり打った。
ガンッと大きな音をたて玉が跳ね上がる。
既に魔法が解け元の状態になった玉を再び『付与鋼』打ち出した瞬間に付与する。
今度の金属は更に重く、更に衝撃を吸収する金属を作り出した。
さぁこれはどうでしょう?とメーレはエクレールを見つめる。
メーレの表情が一瞬、刹那の瞬間で強張る。
「――――……―――……――」
エクレールは魔法の準備をしていた。
シロエールが禁止したのは『飯綱神威』のみ。
つまり、それ以外であれば何を使っていいということだ。
そう判断したエクレールの手元に身体に電気が走る。
静電気で髪の毛が所々逆立ちバチバチと音が鳴り響く。
その瞳は狼耳尻尾科にふさわしく
雷鳴が粒子がラケットへと収束・圧縮そして……爆ぜた。
『ライトニング・ストライク!』
収束したレーザーと比喩出来る光が金属に包まれた玉を弾丸として打ち出す。
金属を纏わせたことが裏目となり強力な電気と回転のかかった玉は加速した。
ここにいる誰の眼にも留まる事無く、眩い閃光と轟音だけを残した。
「どうなったの?」
「むむ……」
「……あーあ」
確かにあの一撃は打ち返せる威力ではなかった。
あの状況で上級魔法を使う人間は早々いないだろう。
しかし、威力が高すぎるというのも問題である。
電磁誘導された玉は見事に卓球台は焼き焦げ抉られて金属の骨子まで変形させていた。
「うわぁ……凄っ……」
「今の上級魔法ですよね、何時詠唱してたの?」
「他の台で再開は……やめた方がいいよねぇ」
「エクレール、これはナンセンスなのです」
「申し訳ございません」
物音を聞きつけた係員が白目をむいて硬直していた。
その後、他の係員やスタッフが申し訳なさそうに請求書を提示する。
値段をみたルーチェやエミーニャ一般組がその修理費の額に驚愕した。
普通の冒険者が1年そこら毎日ダンジョンに必死に潜り込んで稼げるかどうかの額だ。
しかし、その金額を顔色変えずあっさりと支払うブルジョア組に二重に驚く羽目となった。
そんな中で騒がしいまでのバカンスはその後も続き幕をとじたのであった。
もうすぐ夏休みが始まる。
「エクレールは躾が必要なのですね」




