乙女達のバカンス~3日目~
朝、早い時間にシロエールの眼が覚めた。
普段から軽いトレーニングをする為旅行先でもその習慣は変わらない。
起き上がりベッドを降りる際、ピクッとエクレールの耳が反応した。
エクレールは眠っていても何かの変化があると直ぐに警戒体勢に入る。
そういう技をメリーに叩きこまれていたからだ。
私だと分かると耳を垂らし寝息を立てる。
そんなエクレールの頭を軽く撫でてからベランダへと歩む。
空はまだ薄暗く、外から見える景色もまた違って見えた。
家から見渡す海も好きだけどここの海も私は好きかな。
太陽がゆっくりと水面に顔をだして世界に色が付き始める。
ふと、足元に引きずった後が続いている。
「ヒュッケ?」
隅に置いてあった筈の棺桶が蓋を開けたまま置いてあった。
微かな臭いを感じたがエクレールが起きてないという事は害はない。
棺桶の中を軽く調べるとボロボロになったヒュッケの服があった。
何かに刺されて出来たような破れ方だった。
私は気になって浴室のドアを開ける。
予想通りヒュッケが入っていた。
溢れないように湯を張りその中に身を沈めている。
これなら流れないので大丈夫らしい。
「あ、おはよーなのじゃ」
私は眉を顰めた。
不可解な臭いが風呂場、ヒュッケから溢れてきている。
笑ってはいるが彼方此方から硝煙や生臭い臭い。
特に手から嗅いだ事の無い人間の血とは別の臭いがする。
「ヒュッケ」
私は無言で浴室の鍵にロックを掛ける。
「な、なんじゃ?」
「遠泳漁業から帰ってきたばかりのおじさんみたいな臭いがするのです」
「何か……具体的過ぎて嫌じゃなそれ」
浴槽のスペースに座り、ヒュッケの顔を覗き込むようにスンスンと臭いを嗅いでいく。
ヒュッケが頬を赤らめ困ったような顔で固まっている。
微かに手を隠してる素振りを感じた私は彼女の手を引っ張り上げる。
血の臭い。
でも人間の血じゃない。
『知識』から該当するものが浮かび上がる。
「……魔族の血です?」
「いや、何故分かるというか魔族なんて見た事ないじゃろて」
「ボロボロの服もありましたし、戦闘したのです?」
「あー……ちょっとのう」
苦笑しつつ悪戯が見つかってしまった時のような笑顔を見せるヒュッケ。
ヒュッケの身体には傷一つないから本当にたいした事は無かったんだとは思う。
しかし、あの格好を見るに刺されているはずだから心配なのです。
私はヒュッケの口へ自分の指を突っ込んだ。
「んぶっ!?」
「ほら……血、欲しいですよね?」
『知識』から吸血鬼が喜びそうな事を引き出す。
彼女の歯を、尖った牙を、歯茎を、指でなぞり、擦り、歯磨きのように指を這わせる。
「んぐっ…んぅっ」
「まだ噛んじゃだめなのです」
此方を上目遣いで恥ずかしそうに見つめるヒュッケを眺める。
私は彼女の舌をなぞってみたり摘んだり裏側もカリカリと爪で刺激させヒュッケの口内を弄くる。
モノ言いたげなヒュッケの目をみて舌を指で挟みながら少し引き抜く
「もふ、らめ……」
「その割に無抵抗なのです」
どうしてかしら?と私が首傾げるとモジモジするヒュッケ。
指を彼女の牙に押し当て許可を与える。
我慢していたと言わんばかりにカプッと指に噛み付き、血を啜っていく。
ヒュッケは際限無く血を求める事がある。
だから少しフラッときたら其処までと指を引き抜く。
ヒュッケは名残惜しくしつつも血の味で恍惚となっていた。
私は噛まれた自分の指をぺろりと舐めてみる。
自分自身の血の味は至って普通だと思うのですけど。
ヒュッケが大胆じゃなぁと言ってきたけど何のことかな?
鍵魔法で空間を開き『倉庫』を開く。
『倉庫』は武器だけじゃなく道具も沢山ある。
私はそこから『知識』を便りに消臭に使えそうな薬草を幾つか取り出した。
「お風呂だけじゃ臭いが落ちそうにないのでこれを使ってみましょう」
「なんと言うか便利過ぎるじゃろ」
軽く手もみで磨り潰しお湯の中に入れる。
するとお湯の色が無色が翠に蒼に変化していく。
魔物、魔族の血や臭いがまるで浄化されるように消えていった。
「良い香りがしてきたのう」
「甘い匂いがしますのです、これなら問題なさそうですね」
私が浴室を出るとエクレールが立っていました。
ヒュッケの棺桶を隅に片付けておいたらしく引きずった後も綺麗になっていた。
「おはようなのですエクレール」
「おはようございますお嬢様……あの」
ヒュッケがチラッと浴室の方に視線を向ける。
多分臭いの事気付いていたのだと思う。
私は背伸びしてエクレールの頭をなでてあげる。
「大丈夫、エクレールが心配するような事はないのです」
「んぅ……なら良いのですが」
エクレールは嬉しそうに尻尾をパタパタと振ってくる。
本当にうちのメイドは甘えん坊なのです。
私は満足するまで彼女を撫でてあげた。
朝――海岸。
「一体どうなっているんだ?」
彼は何時ものように島の一部を巡回していた。
ホテルの従業員である彼は、一部の海岸から森にかけてを管轄として受け持っている。
するとどうだろう海岸の『 魔法罠 』がごっそり消費されているのに気付いた。
本来なら罠が発動した時点で従業員には察知できるはずだ。
しかし、それが無かった事に戸惑いを感じつつも思い海岸を調べる。
一通り海岸を調べると岩や壁に無数の傷跡、戦闘痕らしきものを発見した。
微かに血の臭いもある。
直ぐに彼は走り出し森や道の罠を確認するが、此方には手付かずだった。
誰かが侵入者を撃退したと考えるべきか否か、彼はとりあえずホテルへと向かうのだった。
昼――ホテル近くの浜辺。
アリア達は貝殻を集めたりして遊んでいる。
それを遠目に眺めている男が一人。
レイヴン・ロートフェルト、アカネの兄である。
「ふむ……今日も仲良くしているようだな」
「お前本当にシスコンだよな」
「だな」
「異議なし」
部活のメンバー達によくネタにされるが彼の妹想いは周知の事実である。
レイヴンは首をかしげ、貴様は何を言っているのだ?という顔をしていた。
「我のたった一人の血の繋がった妹だ。大事にして何が悪い」
「いや、悪くはないけどさ、普通ならそろそろお年頃だしなあ」
彼にも妹がいるが最近仲が悪いわけじゃない。
だが、兄貴ウザいとか邪魔者扱いされる事が多くなってきた。
しかし、レイヴンの妹は兄を見かけると走り寄ってきて甘えてくる。
現に今もレイヴンに気づいたのかアカネが元気良く手を振ってきた。
レイヴンも軽く手を返す。
そして仲間達も手を振る。
するとアカネは満足気な顔をしてシロエール達と貝殻集めに戻った。
「いいよなーアカネちゃん」
「やらんぞ」
「まだ言ってねえ」
「お姫様なのに凄いフレンドリーだよな」
レイヴンも時折考える。
正直、自分達王位後継者の中で民に人気があるのは間違いなくアカネだ。
第一王位後継者である長男の奴は正直に言うと小物だ。
武芸も学問も凡人の域を出ない利私欲しか考えてない男だ。
正直に言うと我も軍を率いる才能はあるとしても民を率いる才能があるとは思っていない。
アカネには武も知も民を率いる才能全てを備えていると思っている。
仮にアカネが王位を目指そうというのなら自身はソレを全力で手伝うつもりだ。
夕方――卓球場。
卓球台で壁打ちをしながらダイキ・トゥーサカは待つ。
反射神経から身体能力まで向上している彼はものすごいスピードで打っている。
軽快な音を響かせながら時間が経つとコソコソと後ろから誰かがやってきた。
「ダ、ダイキ上手くいったよ」
「お、おう……」
もじもじとスカートを抑えるカノンの姿があった。
どう見ても女の子の為、ダイキは焦るがこいつは男だと心で念じながら正気を保った。
服はルーチェから拝借したものでありカノンは無事に任務を果たしたらしい。
「これで最大の条件はクリアした」
「だけど一番目立つと思うんだけど……」
カノンに女装をさせたのには理由がある。
男には出来ないが女なら簡単に出来る事。
「言われたとおり女子風呂内部の鍵のある扉記憶してきたよ……」
そう、鍵魔法師であるカノンに女子風呂の鍵がついてる扉などを記憶させる。
そうすれば、そこから侵入または覗きを容易に行うという計画だ。
実際に中に入った際、温泉の清掃スタッフには忘れ物をしたとカノンが言う。
するとスタッフは簡単に中に入れてくれたのだ。
適当に探すフリをしたカノンは鍵があるものを数箇所把握しそれを記憶したのだった。
これにより彼の計画は可也前進した。
「よし、後は打ち合わせをして一番狙い目の時間を絞り込むぞ」
「ダイキはなんでそこまで熱心なの?」
「そこに浪漫があるからさ」
ダイキの屈託のない笑顔にカノンは少し顔を赤らめた。
「あー、困りましたねぇ」
教師アメリア・モードレッドは椅子をギシギシ軋ませながら天井を見上げている。
机にはホテル側と学園側の報告書が乗っていた。
数人の職員と従業員による調査及び検査報告書である。
硝煙や一部の魔法の痕跡により何者かの戦闘は確実で在る事。
海底にサハギンと深海歌姫らしき死骸が発見された事について記されていた。
「この程度じゃ生徒達は風紀強化に協力してくれないでしょうねぇ」
彼女は学園側、ホテル側に対し今後の対応を書き記す。
今回の件は生徒側に告知せず内密に処理の方向で進める。
戦闘を行ったのは当学園の生徒の確率が極めて高く二つ名持ち、又は相当な実力のある生徒と断定。
しかし、生徒の割り出しはしない方針とする。
理由は証拠を探し出すのに時間がかかる事。
そして、貴族や王族だった場合話が拗れてしまうから。
アメリアは全部の書類を纏め終えるとベッドにダイブする。
広いベッドにゴロゴロ転がりながら働きたくない、仕事したくないと愚痴を叫ぶ。
最低限の仕事で最大限の堕落を求めていた。
「もっと暴れてくれたら良かったのに、使えない魔族でしたねぇ~……」
「どうせなら、もっと暴れてくれればよかったのに」
「そうすれば、ホテルの責任にまわして学園からの無茶な要望も叶いやすかったのになぁ」
他者の被害より自分の利益を天秤にかけてしまうのがこのアメリア・モードレッドであった。
アメリア先生はきっと巨乳です(真顔




