バカンスの裏側
0時ごろ投稿使用と思ったら エラーで出来なかった私です
シロエール達がバカンスに到着した1日目の早朝。
ホテルがある島の近海――。
まだ空は暗く、星空と月明かりだけの漆黒の海を船は行く。
貧乏くじを引いた見張りの男は大きな欠伸をした。
眠気を抑えながらラバーズホール(見張り台)から周囲を見渡している。
昨日はギャンブルに負けて酒を浴びるように飲んだため二日酔いで頭も痛い。
「あの野郎ぜってぇ如何様使いやがった」
ぶつくさと自分の不運を他人にせいにする。
実際に如何様されているのだが気づかない限り証明は出来ない。
男は再び大きな欠伸をする。
此処近辺の海は深く、座礁の心配も障害物もない。
更に魔物も低級かつ数少ない安全な場所であった。
そんな海で見張りなんて意味がないと言わんばかりにやる気がないのだ。
男は煙草に火を付け紫色の煙を漆黒の空に吹きかけた。
「――――――――」
透き通るような異質な歌声が船の周囲から聴こえてくる。
甘く、優しく、眠気を誘うように頭に響き渡っていく。
「あ、何か……もういいや、寝よう」
眠気に対して何の抵抗も出来ずに見張りの男も船の中にいた船員達も深い、深い眠りに付いてしまった。
歌声も途絶え、船がギィィコと軋む音だけが響いている。
すると、ピチャ……ピチャ……と海から船へと這い上がる異形のモノ達が現れた。
異形のモノ達はギャギャギャと不快な鳴き声をあげ船内へと入り込んで行く。
グシャリ、グチャリと鈍い音が船内に響く。
人を抉る音、人を切り裂く音、人を喰い散らかす音。
しかし誰一人、悲鳴も叫び声もあげることもなく眠りながら死んでいった。
もし、この船が危険な海域を通る船であったのなら。
もし、強い人材と武装、警戒を確りしてあればこんな事にはならなかっただろう。
デッキの上に異形とは別の人の形をした何かが笑っていた。
船中から魂と呼ばれるモノがソレに集まりソレは集まった魂を食らった。
朝日が昇る頃、ソコに確かにあったはずの船が姿かたちも無く、静寂が包んでいた。
バカンス2日目の昼――。
ホテルの会議室に何人かの生徒達が席に座っている。
上からの命令で渋々招集をかけたのは今回の引率の一人。
魔法科第五種魔法学部総担任。狸耳尻尾科のアメリア・モードレッド。
内向的で気だるそうな彼女の周囲からの評価は良くも悪くも教えるのだけが上手な教師だった。
嫌々やっているんだよ?というオーラを撒き散らしながらアメリア先生は席に座る。
「あー皆思うところあるっぽいけど、学園側からの召集だから、そこの所わかってほしいかなー」
「で、折角のバカンスなのに一体何なのよ」
不貞腐れながら青緑色の髪を指に絡めている少女。
白くて長い耳が片方折れ、ピンクの瞳は片方多重の魔方陣が施された眼帯で覆われている。
兎耳尻尾科のネルティア・エルミッテ。
「しかし、我々を招集するとはどういう理由なのだ学園は」
「とりあえず話を聞かない事にはわからぬな」
黒獅子と呼ばれる風貌の獅子頭人科と竜人種族の青年がアメリア先生の方を身ながら内容を待つ。
武芸科魔法複合学部高等部2年スウェン・ガーロウとレイヴン・ロートフェルトだ。
「然し、私達は全員所属も学年も違うのだから何をさせようにも上手くいくとは思えんがねぇ」
「チキン食いながら喋らないでよこのデブ」
「そうとも、私はデブだからこうやってアイデンティティとして肉を食べているのではないか」
ニヤニヤと笑いながらレストランから持ってきたのだろうチキンを貪っている贅肉たっぷりの男。
不快感を露にしたネルティアが彼を蔑むが意に介さなかった。
魔法科第六種魔法学部高等部1年モンティナ・マクスウェル。
顔立ちは良く背は高くも低くもないが横に大きい、所謂デブである。
こうみえて一国の王子らしく、大半の生徒に関わりたくない存在として扱われている。
アメリア先生がパンパンと手を叩く。
「はいはい、こうやって二つ名を6人も集めた理由を説明しますねー」
「あれですかね。昨晩1年生が何かをしていて『 魔法罠 』に引っ掛かった件?それとも今朝方近海で輸送船が行方不明になった件ですか~?」
黒い羽と赤茶色の髪に金色の瞳の少女は甲高い声でケラケラ笑いながら手にしたメモ帳に何か書き込んでいる。
ジェイミィ・クロウフォード。
部活『烏天狗』のギルドマスターである。
「どこでソレを調べたのかは聞きませんがソレも含めてになります」
「6人?」
「私とスウェン先輩、ジェイミィ先輩、レイヴン王子、そこのデ……モンティナ王子で5人では?」
「そうそう、今回の召集にあの『不可視』が来てらっしゃるとか」
「『不可視』とはまた希少な奴を連れてきたものだな」
「あいつ一回も出てきた所見た事ないけど」
「最初からここにいるのだがね」
全員が声の方を向く。
誰もいなかった筈の席にきつねうどんを啜るスズノ・パストーリの姿があった。
ズズズと最後の汁を吸い空になった器をテーブルに置く。
「で、自己紹介といくべきなのか?スズノ・パストーリ、『不可視』と知り合いにつけられている者だよ」
「本当に姿が消えるのね……」
「是非その魔法を伝授していただきたいものですねぇ」
「それは断るよ」
「……全員いる事だからそろそろ話を進めて頂きたい」
マイペースなスズノに対し呆れる者もいれば気にせず彼女の魔法に興味を示す者のもいる。
「あー、では学園からの要望なのですが、貴方達を含め幾つかの生徒に風紀を守る組織を結成して頂きたいということなのです」
「嫌よ」
「断る」
「却下だな」
「ないですね~」
「むしろ我々が守る気が無いと思うがね」
「用がそれだけなら帰っていいかな?」
「ですよねー……」
ため息をつきながらどうせこうなると思っていましたよとアメリア先生は資料を直す。
学園の為だけに、時間や反りの合わないのと組む事を拒む。
単独行動派、むしろ騒ぎが起こす人間の多くが成績優秀者である。
その為、学園から出る恩恵と言われても余り興味が無い。
自分の成績だけで十分国の色々な機関からオファーが来るのだから。
「そんなに作りたいなら学園のコネが欲しい連中にでも頼めばいいじゃない」
「そのレベルの人たちが上位者や貴族に注意とかできると思いますか?」
「思わないけどね」
話は済んだと判断した面々がゾロゾロと席を立ち部屋をあとにする。
レイヴン・ロートフェルトとネルティア・エルミッテは机に顎をおき項垂れるアメリア先生を見ていた。
「我々のギルドでなら多少、目を光らせる位はしておきますよ。アメリア先生殿」
「あはは、そう頂けるとありがたいですねぇ。ネルティアさんなんて私の教え子なのに冷たくて」
「確かに先生はもう何年も私の担任をしているけど、それだけの事じゃない」
ヨヨヨと泣いているアメリア先生に対しネルティアは呆れはてる。
何年も顔を合わせているからか彼女の怠惰的な考えや行動を察知しやすくなっている。
上手だが所詮は泣き真似である。
泣き真似が通じないと分かるや否やチラッとこっちを向きつつ呟く。
「でも、貴方の魔法をここまで効率化したのは私の恩恵だと思いますけどね~」
「まぁ、確かに教えるのだけは上手いけどさ」
「でしょ?だから先生を救うと思って手伝ってください」
「どうしてそうなるのよ」
最終的にネルティアもある程度は協力する事となった。
ネルティアは貧乏くじ引いたなーと思いながら部屋を出る。
すると後にいたレイヴンから声をかけられた。
「貴殿がこのような事に協力するとは思わなかったな」
「何よ皮肉いってるの?」
「いや、意外と義理堅い人間なのだなと」
「はぁ?アメリア先生に無理やりやらされただけでしょう」
眉をひそめヤレヤレといった感じでネルティアはスタスタと小走りで去っていく。
なら無視して帰ればよかったではないかとレイヴンは苦笑しながら彼女を見送った。
「困りましたねぇ~」
部屋に一人ぽつんと残ったアメリアは書類と睨めっこしている。
書類には×印がかかれているものが殆どだ。
実は先ほど集めたメンバー以外にも他の組もあったのだが全部同じような結果となっている。
「まぁ、何かが起きたときは誰かがきっと何とかしてくれるでしょう」
彼女は机に突っ伏して昼寝を開始した。
スズノが再び姿を消してロビーを歩いていると不意に腕を掴まれる。
誰かはスズノには分かっている振り向くと案の定その人物だった。
「スズノ様、随分早かったですけど勝手に抜け出したとかじゃないですよね?」
「随分な言いがかりだね、殆どのメンバーも一緒に出てるはずだけど」
リノはスズノを待っていたのだろうか通路にある椅子に座っていたのだ。
スズノは彼女が何故、何時も自分に構うのか分からなかった。
「どうせスズノ様は昼寝とかするつもりでしょうから何処か遊びに行きましょう」
「どうして言い切るのかね……否定はしないけど」
人気の無い海辺の日陰で寝ようと思っていたスズノは諦めて引っ張られる。
スズノはその存在ゆえ部屋は普通のランクだがシングルに泊まっている。
「スズノ様はお友達いないのですか?」
「……考えた事ないな」
クラスで会話くらいはしているが自分が『不可視』だといった事もない。
彼女等は上位組では無かった為今も一人で行動している。
無論、彼女達もこちら側だからといって一緒に行動していたかといえば悩みどころだった。
リノに引っ張られてながらスズノはこういうのも悪くはないなと思いつつ流れに身を任せた。
海の中、異形のモノ達が食事を終えていた。
あの船の人間は一人残らず餌になってしまったようだ。
食欲旺盛な異形のモノ達は普段は魚介類を貪っている。
滅多に岸辺に上がることがないが司令塔となる謎の存在の命令により行動している。
コレらは群れで行動するが統率されているわけではない。
目的をもって移動する事は彼らの知能ではありえないだろう。
向かっている場所は現在ガーランド学園のバカンス地となっている島だ。




