ガーランド
ガーランド・クロノスは魔道王・英雄王とか大層な名前で呼ばれた人物だった。
彼の鍵魔法は世界を根底から覆そうような大規模かつ強力だった。
力だけでなく彼はこの世界の人間では思いつかないような様々な方法や知識を用いり、類稀な才能を大衆に見せつけながら数々の戦争で勝利に導き続け戦乱の中で国を作り上げたと伝承されている。
今現在も遺跡という形で彼の造りだした技術がロストテクロノジーや文献として残っている物も少なくはない。
学会でも新しく発表した新技術がガーランドが既に開発済みの技術だったと発覚する事が何度もあり絶望する学者は後を絶たないのだ。
彼の死因は未だに不明であり彼に関する物、身に付けていた物等本当の意味で遺産と呼べるような物は未だに発見されていなかった。
戦死したのか。力の強大さに暗殺されたのか。国を発ったのか。文献には残っておらず、現在は空白の歴史の中の戦争で彼は消えてしまったのだというのが今の学会の見解である。
彼自身には後世に技術を残すとか考えていなかった。
寿命で死んだわけでもなく自分の遺産を残そうと思うような子供もいたわけでもない。
自分にとって生活や都合が良くなるように知識を活用していたら王になっていたのだ。
(ガーランド?)
だがそんな稀代の有名人も1歳児のシロエールには知る由もない。
初めての話し相手となった存在でさえガラガラの玩具のほうに興味が移ってしまう位扱いは良くないのである。声だけだし対象としては薄かったらしい。
もっと食い込んでくるかと思った。自分だったらもっと警戒したり親しんできたり、もう一人の僕とか、裏人格とか色んなネタで盛り上がるかと思ったのにガーランドは拍子抜けだった。
(早すぎたんだ……ペドってやがる…………)
まだ知性らしい知性を見せない赤子なのだ、幼少期から思春期真っ盛りの時期だったら違ったのかもしれないが仕方ない。
ガーランドは知識譲渡を続ける。
この幼女の魂と融合してしまったせいか自分の知識を分け与える事ができたのだ。
譲渡してるからといって自分の知識がなくなるわけではない。
共有という方が言葉としては合っているかもしれないが一体となっている為、元から共有してる存在ともいえるから譲渡とした。
彼が眼が覚めたら幼女になってましたとか何て事だ。
それはそれでウキウキ女の子ライフが楽しめるのだが今回はケースが違う。
最初の頃は自分の意思で動かせたり思いのままだったのだが、1歳になる頃にシロエール自身の主人格が芽生えてきたのだ。
転生というより彼女の魂に混ざり合い仮住まいさせて貰っている状態だとガーランドは考えた。
身体の主従権が入れ替わり現在は会話が出来る程度、もしかしたら彼女が死ぬまでこのままか次の転生体に移動するか全くわからない状態である。
(――――)
不意にガーランドの視界が揺らぎノイズが走る。
知識譲渡は問題なく継続している。
一つの肉体に二つの意思がいっぺんに現れると負担がかかるらしい。
このノイズは段々酷くなっていくのを感じる。
余り長居していると自分の方はともかくこっちの子に何らかの負担がかかる恐れがある。
すぐ再転生になるか彼女が死んでからになるかは分からないが次の転生は問題なく進みそうだ。
次に会うときは何時になるか又は同じ世界で顔を合わせるかガーランドには分からないがこの時代は自分がいた世界であり沢山の月日が流れているのだけは分かっていた。
自分の知識がこの子にどんな影響を与えるかは分からないが魔法に関しては破格の物になるのは違いない。
次にこの子を見る事があるのならどのように成長しているのか見てみよう。
(―――お前に――知識――を―――楽し―――)
ガーランドの声が聞こえなくなってから数ヶ月が過ぎた。
普通の赤ん坊なら多分もう忘れるだろうけどはっきり覚えている。1歳児だがその眼は知性に溢れていた。
もう少し掛かるはずであろう人格形成も凄いペースで進んでいる。
私の名前はシロエール・ヴァイスカルトなのです。
白銀色の髪に碧眼、まだ丸みが残ってよりスタイルに関しては言及しない。
階段を上がるのはまだ難しいので2階が私が行き来できるテリトリー、問題はドアノブが届かないので開いている時しか移動できないのです。
パパの名前はクロノワール・ヴァイスカルト、私と同じ白銀色の髪の毛で黒い瞳。
背が高くて眼鏡をかけていてインテリを思わせるけど身体ががっちりしているのです。
メイドとかの内緒話をきくあたり誠実でいい領主らしくママとは仲睦まじいようです。
私が近くにいるのに気付いても会話は続いている、ろくに会話もできない私に聞かれてもさほど問題はないと考えているのでしょう。
私を見るとパパは抱き上げて高い高いしてくれます。ぐわーっと中に浮く感じが楽しいのでよく強請ってしまいます。
ママはグレーシア・ヴァイスカルト。私の眼はお母さん譲りでプラチナブロンドの髪の毛が綺麗です。
スタイルも均整がとれてて私も将来あんな感じになるのかなとか思うとそんなに悲観的にならずに済みそうです。
お父さんと比べると可也若々しく見えるのだけど森守種族というのは外見年齢が個人差はあるものの若い時期から非常にゆっくりになってしまうらしいのです。
手の掛からない子だからか基本的にママが私と一緒に過ごしている時間が一番長い。父の仕事に付き添う時以外は出来るだけ私と一緒にいてくれる。
時折パパとの会話の節々を聞いてあぁ弟か妹を作る算段かぁと分かってしまいこういう時貰った知識が疎ましく思う。
純粋無垢という単語が知識から出てきましたがそれからどんどん離れてく気がしますのです。
ある日、意を決して喋ってみようと思う。
子供が初めて話しかけると親は大喜びするものだと知識も言っているから。
後は発声の問題、喋れるようになれば意思疎通も出来るし魔法の練習もできるのだ。早く喋れる事は色々次のステップに進めるチャンスなのです。
意を決して何時もの様に優しく接してくれているママの指を小さな手で握りながらゆっくり声にしてみた。
「あー、うー、まーま」
うん、まだ発音が上手くできないけど上出来です?
確かに私はママと言えたと思う。ママは吃驚したのかこっちをみて目を見開きわなわなと震えだした。何か間違ったかな?
私をいきなり抱き上げたと思いきやドタバタとパパの執務室へ走りこむ。
「あなた!シロエが喋ったわ!」
「本当か!?シロ! ほーらパパにも喋ってみせてくれ」
ここまで効果があるとは思わなかったので、二人の大はしゃぎっぷりに私はびっくりしました。凄い大反響なのです。
二人の期待の眼差しを受けたのでパパにも挨拶しよう。
「うー、ぱーぱ、まーま」
私が二人を見ながらそう答えると更にテンションが上がってる。
やれ今日は宴会だとか盛大に祝おうとかケーキを買おうとか。
ケーキに関しては甘くて美味しいものらしいけどまだ食べられないので少し残念に思う。
二人を眺めていると私の中の知識が言っている、これが『親馬鹿』なのですね。