暗雲の学園
この学園には二つ名を持つ生徒がいる。
『交響楽団』『絶対零度』『鎮魂歌』『不可視』『魔術工房』『完全破壊』『死者大祭』『暴風域』等、様々な分野で実力を発揮するものに周囲から付けられるようになっている。
そもそも誰が何時何処でつけているのかも定かではない。
噂によると二つ名をつけてそれを広める部活が存在するらしい。
最近、その二つ名に関する話題といえば二つ名を持つ一人、キュリディーテが負けたという事だ。
『交響楽団』は圧倒的なゴーレムの数による人海戦術を使う彼女が、その指示にレイピアをタクトのように振る様からつけられた二つ名だ。
『不可視』最初はその存在自体怪しまれていたが、クラスメイトやその他の証言により存在を実証された希な人物である。
その、スズノ・パストーリは今日も街を歩く、誰にも気づかれず悠々としていた。
彼女は決して他人と話す事は嫌いではないし、むしろ気さくな方であった。
部活に所属しておらず、彼女は授業には出ているのだが姿を隠している事が多い。
だが、彼女も普通に姿を現す時がある、それは昼休み、とある和食の料理屋だ。
彼女は大抵そこでキツネうどんを頼んでいる。
「スズノ様、少し宜しいでしょうか」
眼鏡をかけた文学少女という感じの普人種族の子がスズノの向かいの席に座る。
彼女は店員にザル蕎麦を頼むとスズノの方に視線を向ける。
スズノは大事そうに大きな油揚げを、少し齧り汁を啜る。
油揚げはスズノの大好物でありここの油揚げが一番だという。
「宜しいも何も、君は私の返事を待たずに席に座っているではないか」
「でも構わないのでしょう?」
「まぁそうだね、私は、食事は静かなのが一番という人間ではないしね、リノ君」
ずるずるとうどんを啜りつつ狐特有のぴんっとした耳で話を聞く。
リノと呼ばれた少女はそうでしょうと言わんばかりの表情で話しに移る。
彼女は頻繁にスズノに逢いに来ては世間話をしてきたり偶に仕事の依頼をしたりもする。
羽振は悪くないし嫌な依頼は持って来ないのでスズノ自身も個人的に重宝しており数すくいない話し相手となっていた。
「我々、部活『渾名診断』はここ最近、一年生の活躍に眼を見張っているわけですよ」
『渾名診断』彼女等が二つ名を作り広めている部活だ。
二つ名というのは相手を象徴するものであり、気に入られれば卒業後も使われる。
武勲を挙げて家紋に二つ名をモチーフにする人だっているほどだ。
これには希有なセンスが必要であり、さり気無く世界各国に二つ名をつける専門職が国家公務員にいるほどである。
つまり、将来性の高い人物に卒業後もその二つ名を使ってもらえた人物はそれだけで評価が上がるらしい。
代々、この部活は解散しては次の後継者が同じ名で新設するという古い風習があるほどの学園で一番歴史のある部活と言っても過言ではない。
「うむ、知っているよ。この間ダイキ君に会っているからね」
「ええ、彼も二つ名候補に挙がっていますが、一番の優良株はここです」
リノが鞄から調査ノートを出して広げる。
其処には『清楚の白蛇』のメンバー全員が記載されていた。
「なんとギルドメンバー全員に二つ名が出来るほどの人材が揃っているのですこれはもう急がないといけないわけでして」
「私もあの試合は見ていたよ、キュリディーデ先輩相手に手加減していた位だしね」
「へ、今なんて?」
最後の汁を啜りきりうどんの器は空となった。
そして、スズノはリノに何だ、君なら気付いていたのではないのか?という眼をしていた。
「彼女やろうと思えばもっとスマートに勝っていたよ。理由は知らないがわざわざ辛勝にしていたけどね」
「てっきり運も兼ね備えた大逆転かと思ったのですが」
「ところで、私に一体何の関係があるのか?裏でコソコソと個人情報の収集なんて話ならお断りだ」
スズノ自身にそもそも彼女等とつるむ理由はない。
ただ目の前の生徒リノが『不可視』の名付け親であり、自分という存在にいち早く気付いた目聡い生徒だという事だ。
リノは眼がいい。それは視力という意味だけでなくマナやオド等、霊的なモノを見るのに長けていた。
スズノの秘匿技術を見破ったのも一概にその眼のお陰だろう。
「あはは、流石に其処まで差出がましい事は出来ませんよ、隠密行動については肯定ですけどね」
「では、何だというのかね?」
リノは眼鏡をずらし、目を細めて裸眼で周囲を見渡す。
マナの流れを読み盗聴の恐れはないか等を探っているようだ。
どうやらそういった危険はないらしくお茶を少し飲んでから本題に入った。
「この間の変質者の件、どうやら狩猟禁止、使用禁止の材料で精製された薬を使った可能性が極めて高いと判明しました」
「何処かの過激派か密売組織か?しかしこの学園に持ち込むのは至難だと思うが」
「つまり、鍵魔法師が手引きしている可能性があるという事です」
成るほど、流通、運輸を無視して好きな用に出来る破格の魔法。
内通者、もしくは潜入した組織の人間の調査というわけか。
「無論、彼女も候補に入ってしまったというわけか」
「ええ、可能性は可也低いですが0ではありませんからね」
「学園からは何と?」
「現在生徒達に知られている鍵魔法師だけ調査。全員シロの場合はこの依頼の推薦を受けた生徒のみ、名簿の開示を許可するとのことです。勿論その前に鍵魔法師以外の経路があればその場で打ち切りとなります」
どうやら学園直々の依頼らしく、スズノ自身も流石にこれを断るわけにはいかないと感じたようだ。
スズノは元々正義感があり、自主的に素行不良の生徒を退治をこなしている。
それ故に単独の彼女にも学園からお呼びが掛かっているのだ。
「然し、解せないのだが何故、君が学園の依頼を私に持ち込んでくる」
「それは貴女が伝書梟に見つからない事と、お昼を過ぎていましたし私なら貴女を見つけられると思ったのでしょう」
「あー……成る程ね、本当に君は優秀だよ」
席を立ち店員にお勘定を支払い、店の暖簾を潜った時には既に彼女の姿は無かった。
店員達も既に慣れっこなのか追求も何もしない、彼女はこの店の常連なのだから。
「ご馳走様でした、お勘定いくらですか?」
「ん?ああ、スズノちゃんが既に払っているよ」
「……全くあの人は」
リノは別に眼の力を使ってスズノを見つけたわけじゃない。
ただ、綺麗な人だなぁと見惚れて頻繁に彼女を見ていただけなのだ。
学園の一部ではスズノ自身が暗躍しているグループの一人なのでは?と勘ぐる連中もいる。
だが、リノは彼女が絶対にそういった類の人間ではないと確信を持っていた。
スズノは街を歩く、今も誰も自分に振り向かないし気付かない。
この間あの日、ダイキ達と別れた後、屋根の上を移動していた際にアカネと同じ、いや、魔法か何かで屋根から屋根を瞬間移動していた白くて仮面をつけていた少女をスズノは目撃していた。
離れた所で魔法の光が見え、注視するとダイキが戦闘しているのがわかった。
助けに行こうとしたが仮面をつけた少女は随分遠い位置から弓を構え、見事に敵の膝裏に命中させた。
あれは誰だったのだろうか、あのような弓を持っている人間に心当たりはない。
そして一番気になっていたのは彼女のフリフリの衣装だった。
機能性を怪しむ所だが見た目がよく美しいドレスとはまた別の女の子らしさを惹きつけさせるそんな感じの服装だった。
薄暗い地下の一室に数人の人間が集まっている。
種族もバラバラで統一性もなく、学園の制服を着た人間やフードを身に纏い顔まで隠している輩もいる。
複数の檻には通常では見つからない秘境の生物やら、植物があった。
これは全部各国全てから定められた法律で禁止されているもの達であった。
「首尾はどうなっている」
「被検体が思ったより早く捕まってしまったな」
「去年のうちに計画を実行しておけば良かったかも知れん」
「予定は変えられん、このまま事をするしかあるまい」
「「「我ら『大いなる炎』の為に」」」
『大いなる炎』主に密売や密輸、毒物ら薬等を扱う過激派グループの一つだ。
成り上がりたい庶民を薬の実験に使い、完成品を中級貴族に売りつけている。
薬漬けになった生徒は最終的に洗脳を施し勢力を上げていく。
年々、少しずつ内通者を作り上げてきた彼らは武力より裏工作を生業としていた。
しかし、大々的に活動を始めようとした所、披験体の一人が暴走。
そのせいで1年生に捕まり薬の存在を嗅ぎ付けられてしまったのだった。
倉庫の中には既に薬の完成品の箱や洗脳済みの生徒達が座り込んでいる。
そして、奥で一つの宝石が鈍く光っていた。
シロエールは伝書梟を受け取り内容をみる。
鍵魔法師全員が容疑者の一人となった事を知らせるものであった。
差出人はマハであり、これは学園側からの情報なので眼を通したらすぐに処分して欲しいと書いてあったので、シロエールは燃やして廃棄する。
この間の件も考慮し、学校に不穏な空気が流れているのは確かなようだ。
下手に動くと捜索している生徒と鉢合わせしたら面倒な事になるし、このまま見過ごしても後で何かあったらそれも嫌だなと思いつつ思いふける。
一先ずはアカネが考えたあの作戦は確かに使えそうだと思った。
その名も魔法少女大作戦というものである。
アカネが作った衣装に髪形を変えたり仮面をつけて魔法少女という謎の存在として名乗りとインパクトで有名になっても本来の自分に影響がでないようにするというものであった。
皆アカネの作る可愛い衣装に興味津々だったしシロエール自身も正直可愛いと思っていた。
この間もちょっと試しにやってみたけど今の所効果はありそうだった。
武器も『ガーンディーヴァ』というマナの補正で狙ったところを射る便利な弓を使い自分との違いを作っていた。
「魔法少女、当分の間始めてみましょうかね」
スズノはちょい役だったはずが出番ましましです
魔法、ロリといったら魔法少女ですよね?




