誰かを助ける覚悟
切欠は単純だった。
初等科1年の半分を過ぎた頃、プライドが無駄に高そうなドリルヘアーの森守種族の先輩が私の前に出てきた。
「ねぇ、貴女ってエレノア・ブラウニーの妹でしょ?」
私は、母方の姓で学園に通っていた。
学園は私の事を知っているけど、学園の主義なのか普通に受け入れて貰えた。
最初は我慢して人違いですと早く逃げようと思ったのにしつこく突っ掛かってくる。
取り巻きの人達のせいで威圧されるし、周囲に人もいる。
「下賤な反逆者の妹だなんて言えないものねぇ、姉が狂人ってどんな気持ちかしら?」
かっとなった、お姉ちゃんはあんな事をする人じゃない。
巻き込まれたか、絶対何か理由があるんだって今でも信じている。
だから私は、もっと賢く強くなってもう一度会おうと思っていた。
私は、お姉ちゃんの侮辱を許せなかった。
だから、全力で彼女を殴りかかった。
炭鉱種族の女子は他の種族より発育が遅いか早いかだ。
私は遅いほうだったけど誰よりも怪力だった。
でも、あの女には届かなかった。
私が殴りかかるほんの数秒で大地魔法のゴーレムを作り出しブロックさせた。
勿論ぶっ壊してやったわよ。
自慢のゴーレムを素手で破壊された時のあの女の表情は少しだけすっきりしたけど結局ボコボコにやられた。
それだけで済めばよかったけど、噂は一気に広がった。
反逆者の妹である事と、あの女のせいで友達達も全員離れていった。
それだけならいい、一人でも勉強はできるし実力主義の臨時パーティは余計な詮索しないでくれる。
でも、最近じゃあの女の部下が動きまわって私に陰湿な嫌がらせをしてくるからそれすら出来なくなってきた。
そろそろちょっと心が折れそう。
目が覚めると机で眠っていた。
破られたノートは何とか張りなおせたけど新しく書き直したほうがいいかもしれない。
ここは二人部屋だけど今は一人だけになっている。
私と一緒にいるといやな目にあってしまうからむしろ其れでよかったと思う。
そういえばこの間、私に話しかけてきた子がいたっけ。
あの女と同じ森守種族だったからついかっとなったけど、心配されたのは久しぶりで心の奥で少しだけ嬉しかった。
けど、どうせ事情がわかれば私を避けるだろう。
ああ、今日も学校だ。
「それは多分フレイヤ・エストレア・ブラウニーにゃよ」
シロエールは部活『長靴の猫』のギルドマスタールームにいた。
軽い溜息をつきながら話すマハ・エネコロは彼女の事を心配しているようにも感じた。
「彼女をご存知なのです?」
「優秀な錬金術師ニャよ、ブラウニー家はヘスティア首長国でも有名な鍛冶師ニャ」
元だけどにゃ、と付け加える。
数年前にヘスティアで彼女の姉が祀りの踊り巫女に選ばれた。
そして、祭の当日。
他の踊り巫女と近衛兵の死体だけが残っており奉納されていた国宝である神話級の斧と一緒に行方不明になったという。
当然、彼女の姉が殺して奪い去ったと判断されてしまった。
それ以降、ブラウニー家は反逆者の烙印をおされ両親は彼女だけでも、と国から遠ざけるようにこの学園に入学させたという。
「ちょっと性格がきついけど根は素直で良い奴にゃーよ」
「でも、相手が悪すぎるにゃ、キュリディーテ・グーデリアン先輩はアルテミス大公国の伯爵家の出ニャ」
「……そうですか」
シロエールは眉をひそめる。
何故ならアルテミス大公国は自分にとってもう一つの故郷なのだから。
「アカネ姫様なら対抗はできるかもしれにゃーけど国も違うし、この学園は表向きは生徒同士のいざこざに親の権力は使わないようにしているにゃ」
表向きは実力主義が表立っているけど後のパイプやコネを重視している為か結局の所、貴族と一般人の格差は存在している。
「一番の問題は学園第十位の超大手ギルド『艶麗の貴婦人』のギルドマスターということにゃ」
「つまり、一桁ギルドのマスターかアルテミスの上の貴族の方しかキュリディーテ先輩を止められないということなのです?」
「一人心辺りはあるけど今は迷宮にいるにゃ、それに彼女の件はキュリディーテ先輩をとめたところで治まる事は無いと思うにゃ」
もう、キュリディーテという元凶を止めるだけじゃ済まない。
彼女の姉の事も関係しているため炭鉱種族との確執は特に深い。
シロエールからすると彼女自身は悪い人ではないと分かる。
「この間の情報規制は出来なくて申し訳ないにゃ、今回の件も何かお手伝いできれば手伝うにゃよ」
マハのご機嫌取りを受けつつ、シロエールは情報料をテーブルに置いてギルドを出る。
『清麗の蛇』というギルドの再来とも言われている彼女に果たしてシロエールが勝てるのだろうかとマハは天秤を揺らした。
キュリディーテの本当の凄さは階級でも学年でもギルドでもない。
誰もいないのを確認してから鍵魔法で扉を開き行き先は我が家。
そんなに経ってないのに家を見ると、シロエールは懐かしい気分になる。
庭に目をやるとローエンが何時ものように庭の手入れをしていた。
シロエールに気づき吃驚したのかパイプを落とすローエン。
そんなローエンをみて少し笑いながら手をふった。
「久しぶりなのですローエン」
「お嬢、一体どうなさったんです?」
「お母様に用があって、所でゴルディとシルヴィアはどうしています?」
「いや、今丁度クロノワールと街に出かけています」
「お母様はいるってことですね?」
ローエンにありがとうと告げ屋敷へと入るシロエール。
すると、中で掃除などをしていたメイド達が彼女の姿をみてお帰りなさいませと一斉に頭を下げる。
「シロエお帰りなさいっ」
グレーシアが小走りで駆け寄りシロエールを抱きしめる。
久しぶりの母の抱擁はシロエールの心を少し暖めてくれた。
グレーシアの部屋に入り椅子に腰掛ける。
シロエールが二人きりでお話したいと伝えると、グレーシアはメイド達を下がらせた。
「シロエ、学校は順調?」
「はい、新しい友達や同居人が増えたのです」
以前教えてくれた怪談の真相であるヒュッケと今一緒にいること、クラスメイトで仲がよくなったミルクの事を喋るシロエール。
グレーシアは楽しそうに話を聞き、時折自分の頃の話をシロエールに聞かせてあげた。
そして一区切りついた時、グレーシアの声のトーンが若干変わる。
「それで、シロエはわざわざ帰ってきたのには他に理由があるのでしょ?」
「分かってしまいましたか?」
「勿論、貴女の母親だもの」
シロエールはやはり、お母様には適わないのですと苦笑いをしつつ本題に入る。
「グーデリアン伯爵家をご存知でしょうか?」
「グーデリアン?ああ、あそこね、どうかしたのかしら」
グレーシアはその名前を聞いて嫌そうな感じで相槌を打つ。
どうやらあまりブランシュ家とも関係がよくないようだ。
彼女がある少女に陰湿な嫌がらせをしている事。
それを止めさせたいと思っている事。
しかし以外の理由でも虐めが拡散している事。
全部包み隠さず母に相談する娘。
「ねぇ、その子ってシロエにとって何か関係があるの?」
「いえ、関係のない人なのです」
「イジメは他人が手を出したらそれに巻き込まれるけど、シロエはその女の子の事どう思っているのかしら?」
そうだ、確かに私は彼女をどう思ってるのだろう。
エクレールの時もそうだったが、私は無条件に助けようとする傾向があった。
「そうですね、綺麗な茶色のツインテールさんで泣いている顔をみたら、何故か助けてあげたいって思ったのです」
「シロエは余り目立ちたくないって何時も言っているわよね」
「はい…」
「もし、助けるなら相応の覚悟をしなさい。自分も何かしらの不利益を被るのは確実だから」
母の言葉は重く私にのしかかった。
今迄も自分に降りかかってきた事を払うだけだったし、相手が悪人だから倒すだけで済んだけど今回は違う。
「シロエ、中途半端な優しさは周囲を傷つけるだけに終わってしまうわ」
「やるなら、徹底的に…です」
シロエールから徹底的にという言葉をきいて、グレーシアは頭をわしゃわしゃと撫でてくる。
彼女はその行為を髪の毛が乱れるから少し嫌がった。
「もう、シロエの考えは決まっているじゃない」
「後は実行する勇気を出すだけ」
「勇気を出す…だけ」
私が頷くと母は箪笥の引き出しからネックレスと指輪を取り出した。
「グーデリアン家に一泡ふかせたいならこれを使うしかないわよ?」
「分かっているのです」
彼女はそれを受け取り、身につけた。
シロエールは母に礼を告げて学園へと戻る。
数刻後、クロノワール達が家に帰ってきた。
「お帰りなさい、先程シロエが帰ってきていましたよ」
「お姉様帰ってきてたの!?だったらお出かけしなきゃよかった~」
「挨拶もなしにいっちゃったのか姉さんは…」
「君だけずるいなあ、俺もシロと話がしたかったよ」
シルヴィアは姉に会えなかった事を凄く残念に頬を膨らませ、ゴルディは少しだけ寂しそうだったけど其れを表に出さずむしろ良かったみたいな態度をとっていた。
わが子3人とも全員性格が違うのでついつい笑ってしまう。
今日も気が進まない、これなら故郷で家族と怯えて暮らすのと何が違ったのだろう。
靴箱を開けると靴がない、誰かの仕業だろうけど探してもきっと無駄ね。
仕方ないから古いのを部屋からもってきて通学する。
まるで私が居ないかのような素振りを見せる。
もう、慣れてしまったけどやっぱり辛い。
登校すると校舎の前であの女の部下が屯っていた。
確か、今日のホール近くの保健室の先生はラミー先生だったはず、あの人は見た目は変だけど可也信用できる人だから休ませてもらいましょう。
私は見つからないようにそそくさと保健室へ移動する。
「何だまた君かね。まぁ、好きにしたまえ」
何時もどおりめんどくさそうに対応しながら一番奥のベッドを使わせてくれた。
無造作にベッドに倒れこみシーツに包まり目を瞑る。
まだ起きて間もないけど、精神的にまいっているせいかいつの間にか眠っていた。
「んー、その先輩をとめても解決はしないかぁ」
「そういうことになるのです」
お昼、ヒュッケが木漏れ日でも死ぬので拠点でお昼を取ることにした。
今回の虐めの件に関してはアカネは真っ先に乗ってきた。
イジメという行為が許せないらしく熱心に話を聞いている
ヒュッケはサンドイッチを一かじりしながら不思議そうに聞いてくる。
「何故御主らは身も知らぬ者にそこまで必死になるのじゃ?」
「だって見過ごせないでしょ?」
「出来れば助けてあげたいとおもっているのです」
「其処がおかしいのじゃよ、自分にデメリットしか起きかねない事を平然とやろうとする」
「私は、お嬢様に救っていただきました、だからお嬢様がそうお考えになる事はわかっています」
ふむ、とヒュッケはサンドイッチを一つ食べ終わり提案した。
それは判り易く、たぶん最も手っ取り早い方法だった。
「ならばシロエールかアカネがキュリディーテとやらを大衆の前で倒して強さをアピールしつつ、苛められておる女子を庇護下におけばよい」
「いやいや、まずどうやって戦うってのさ」
「ギルドを作ってリーダー同士の決闘を申請すればよいのじゃ年に何度かあるしのう」
上位のギルドは下位のギルドからの決闘を断ることは出来ない。
ただし、負けた場合はギルドを吸収され、ギルドマスターが卒業するまで抜けることは出来ない。
つまり下手をすると半奴隷のような状況になるかもしれない。
「ベットは妾ら全員、報酬はフレイヤとやらの学園生活の保障じゃな」
「その賭け乗った!」
「お嬢様の敗北などございませんので依存はありません」
アカネかシロエールかでギルドマスターを決める事になるだろう。
だが、3人とも真っ先にシロエールを指差した。
シロエールは、アカネの方が向いていると思っていたのだがアカネが申し訳なさそうに答えた。
「あの先輩の実力を聞く限り私じゃ勝てない」
悔しそうだったけど相手は上級生のトップクラス。
シロエールなら勝てるでしょ?という期待もこめられていた。
「ギルド名はアカネさん達に任せます。私は少し確認したい事があるので少し出かけてくるのです」
シロエールは行き先も伝えず、鍵魔法でどこかへ移動してしまった。
残された3人は何処へ行ったのかと思いつつも言われたとおりギルド名を考えることにした。
「で、どうするどうする?」
「やはりお嬢様には白が似合いますね」
「後、蛇じゃな」
「どうして蛇?」
「知らぬのか?魔法学部にはそれぞれ象徴とも言える動物がおるのじゃ、第一から順に獅子、亀、麒麟、イルカ、鷹、豹、蛇とのう」
「じゃあ『清楚の白蛇』にしよう!」
「まぁ、気に入らなければ改名するなり再結成しなおせばいいしのぅ」
やけにあっさりとした流れでギルド名が決まる。
アカネは申請書と決闘の申し込みを書きに学園へと向かった。
現在拠点にはヒュッケとエクレールというペアとなり、若干気まずい雰囲気となっていた。
「なぜお主はカーテンを開けようとしておるのじゃ」
「いえ、折角だから換気しようかと」
目が覚めるともうお昼だった。
お腹はすいてないし流石に寝すぎても仕方がなかった。
ラミー先生が誰かと話している、誰かは分からないけど静かにしなきゃ。
あれ、ラミー先生が部屋から出ていっちゃったじゃない。
足音がコッチへと来る、誰よ。
失礼しますと声が聞こえ、仕切りのカーテンを開かれた。
其処にはこの間声をかけてきた森守種族がいた。
「な、なんなのよあんたっ私何か用なの!?」
本当は謝りたかった、この間は心配してくれたのに嫌な態度をとったから。
でも、嫌われてでも遠ざけないときっとこの子まで酷い目にあうから。
「こんにちはフレイヤ先輩、私シロエールといいます」
少し緊張気味で初々しい子は少し微笑んで挨拶してきた。
何よちょっと可愛いじゃない。
でも名前を知ってるって事は当然あのことも。
「えっとですね、近々『艶麗の貴婦人』さんと決闘することにしました」
は?と一瞬ぽかんとしてしまった。
だってこの子1年生なんでしょ?何でいきなり…
この状況だと私があいつ等に酷いことされてるのを知ったからとしか思えない。
「ば、馬鹿じゃないの!?相手は学園でもトップクラスなのよ!」
「でも悪い人です、だから懲らしめるつもりです」
「私は!私は別に助けてなんて頼んだ覚えもないし!あんた何がしたいのよ!馬鹿じゃないの!?」
訳が分からない、この間ちょっとあっただけの私を助けようとしてる。
年下の何も知らない女の子に助けなんて求められるわけないじゃない。
本当は嬉しいのに口は罵ってしまう。
「だって、先輩が泣いていたから」
「っ」
「だから、助けたいって思いました」
この子、大馬鹿だ。
でも何だろう、絶対勝てないって思ってるのにこの子を見てるともしかしてと思ってしまう私も大馬鹿だ。
「先輩はどうして欲しいですか?戦うかどうか先輩の返答次第です」
さっきの初々しい感じから私の目をはっきりと見てきた。
なんだか急に恥ずかしくなってきた。
御伽噺の王子様が虐げられた姫を今助けようとしてる場面に感じたから。
頬を熱いのが通っていった、指で触れてみると私は泣いていた。
年下の女の子の言葉に私は縋ろうとしてる。
ダメよ私、この子がもし負けて酷い事されたらもっと後悔する。
「先輩、私ですね実は友達が少ないのです」
「へ?」
「だから先輩を助けて私の友達にしようと思っているのです」
何よこの子、わけわかんないっ。
でも、我慢しなくてもいいよね?
信じてもいいんだよね?
「お願い…私を助けてっ」
「はい、頑張りますのです」
私は、今まで我慢していた分一杯一杯泣いた。
女の子を助けるのに理由はいらない




