入学試験の蛇
クロノス王国王都の一画に、年に一度のガーランド学園入学試験会場が設置される。
ここの卒業生は上下の圧倒的差はあるが、殆どが毎年優秀な人材だと評判だ。
初等部、中等部、高等部の各三年過程と二年過程の大学部に分けられる。
殆どは高等部で卒業だが研究等で施設を使う人間は大学部まで出ている。
基本9年過程のこの学園は1学年、全学部総数約2400名もの人数になる。
この学園は全大陸の人間に受験資格があり、毎年、各国の要人が入学する。
つまり、9年間の内にコネクションやパイプを作れるという事だ。
貴族や商業学部の人間にこの傾向が強い。
これがこの学校最大の強みとして毎年沢山の生徒が王都にやってくる最大の理由ともいえる。
だが、余りにも受験者数が大人数の為、各学科・学部の試験の日程をずらし、各国で1次試験に受かった者が2次試験を受験できるシステムとなっている。
最も、身分の高い人間や寄付金を出している大富豪の子供は1次試験をパスしている。
こういった上流特権というものは何時の時代も切っても切れないものだ。
逆にここまでお膳立てして落ちる貴族は笑いものだが。
この日は、魔法科の入学試験日である。
魔法科の定員は850名。各属性によって更に定員が割り振られている。
会場に一人の少女が立っている。
130前後の身長に銀髪の髪を揺らし、その碧眼は少し不機嫌そうに細めていた。
周囲の人間には試験が不安なのだろうと憐憫の笑みを浮かべている子もいる。
ライバルが一人でも減るのは歓迎なのだろう。
少女の選んでいるのは第七種魔法学部。
光霊魔法を専門とするこの学部は定員100名と、学園内でも少ない定員数だ。
回復魔法を主体とするこの魔法のマナを有する者が、元からやや少ないのも原因だろう。
ここで目立ちたくないなぁ。
之が目を細めている少女の感想である。
筆記試験の方は体裁よく数問わざと書き間違えておいた。
これで1番だったら仕方がないとは思っている。
実技の光霊魔法は初級さえしっかり出来ていれば落ちる事はまずない。
これに関しても全く問題なくクリアした。
次の試験内容が問題である。
マナの数値化という内容の試験は下手すると面倒になる。
目の前で試験を受けている子のマナが規定値以下で不合格となっていた。
涙を流しながら走りさる。ちゃんと習練してればこの程度の数値なら合格楽だったろうに。
何人かギリギリ合格して喜んでいたりしている。
そして、少女の順番が回ってきて静かに測定用の魔方陣の上に立つ。
「はい、ゆっくりとマナを魔方陣に循環させて」
試験官も緊張していると錯覚しているのか優しい声で説明する。
「……質問があるのです」
不意に試験官に声をかける少女。
何かな?としゃがんで顔を近づける試験官。
彼は既に20年試験官を担当しているベテランだった。
子供の喜ぶ顔悲しむ顔を見てきた彼だが、初めて聞く言葉だった。
「手加減すれば目立たなくてすみますか?」
「は?」
少女は真顔で試験官に質問してきた。
先程、隅で不安そうな顔をしていたがまさかこんな事を言ってくるとは。
「どうなのです?」
「あ、ああ…多分本当にできるならだけど」
「そうですか」
彼の言葉を聞いて少し安心したのかマナの循環を始める。
足の魔方陣はすぐに光を増していく。
この色と光は十分合格ラインどころか歴代でも優秀な部類に入る数値だ。
だが、子供たちには分からないだろうが試験官には歪さがわかる。
足元の色と外周の魔方陣の色が違うのだ。
この子は本気でマナを無理やり抑え込んで調整しているのが視認できた。
末恐ろしい子だ。
この場で本気を出さないのも、今後の身の振り方の為だろう。
流石、貴族の子なのか貴族の子らしくないのか判断に困った。
「どうですか?」
「あ、あぁ大丈夫、次の試験に行ってもいいよ」
そうですか、と少し微笑んで次の試験へ向かった。
あの子は将来大物になると確信した。
少女は、その後一通りの試験が終わった。
張り出される合格者100人の中に問題なく自分の受験番号が載っているのを確認し、もう一つの試験を待つ。
実は学園合格者の鍵魔法師候補には試験終了後もう一度別途試験があるとの通達が試験案内と一緒に添えられていた。
受験を申請する際、鍵持ちかどうか記入しなければならないので向こう側は誰が鍵持ちかは分かっている。
受験番号を呼ばれた候補は、各自別々の場所へと移動する。
部屋に入ると1人の男がいた。
担当者も鍵魔法師らしく、扉に鍵をさし別の場所へと連れていく。
扉をくぐるとそこは広く、幾つもの扉があるドーム状の場所だった。
「ここで君の鍵魔法を見せて貰おう。何、心配する事はない君位の年齢の子が出来る事は初歩的な事くらいだからね」
眼鏡をかけた男はやや選民思考が高く、鍵魔法をうまく扱える人間は上に立つべきだと、そういった上から目線な人間であった。
「ここ、誰もいないんですよね?」
「何を言うかと思えば…見てわかるだろう。さっさと始めたまえ」
試験だというのに周囲を見ながら質問する少女に視線に弱いのか?と若干、小馬鹿にしたような態度で見ていた。
少女は男の態度関しては一切気にせず軽く深呼吸をして後ろに手をまわす。
「じゃあ、少し本気を見せますので驚かないでくださいね」
少女の後ろに大きな門が聳え立つ。
竜骨を晒したボロボロの巨船の様だがしっかりとした蒼く威厳のある門だ。
男は息を飲んだ。
門自体を造りだすなんて、宮廷鍵魔法師クラスの実力者じゃないか。
この時点で彼女は自分より格上となりかけていた。
冗談ではないとその門を睨みつけるが、まるで鋼鉄の処女で全身を刺されるようなプレッシャーが門の奥から発せられた。
少女が錠前に鍵を通すと、少しだけ開いたのか奥に巨大な蛇の目のようなものが見えた。
男の膝は震え奥歯をガチガチと鳴らし、少女の顔を見る。
目を細め、見透かしたような瞳でこちらを見ている。
一度だけ見た事がある上級種の蛇の魔物、エルダーサーペントに見つめられている様な畏怖を抱く。
「も、もういい、わかった君の実力は本物だ!だからその門を仕舞いたまえ!」
男は精一杯声をあげ、少女に閉じるように訴える。
少女は何事もなかったかのように門を閉じ試験官の男に近づく。
プレッシャーが消えたせいか膝をついて半場放心状態の男の前に立つ少女。
カチリッ と、男の胸のあたり音がした。
「お願いがあるのですが、この件は見なかった事にして、先生にとって優秀なラインの報告をして欲しいのです」
何を言っているのだ?この少女は。
だが、不思議とその通りにしなければならない。
そんな気持ちで一杯になり、むしろ絶対的使命感すら覚えた。
「わ、わかった言うとおりにする」
「ありがとうございます。絶対内緒ですからね?」
少女が指を唇へと伸ばし しーっ と可愛らしく仕草をする。
男は完全に屈服した。自分が鍵魔法で精神操作を受けたとも気付かずに。
その後は何事もなかったかのように少女が試験会場から出ると入口でずっと立っていたらしいメイドが気付き小走りで少女の元へと向かう。
「お嬢様、お疲れ様です!どうでしたか?」
「問題ないのですよ」
メイドには主が落ちる何て事は微塵も思っていないが様式美というものだ。
「明後日は貴女の試験もあるんだからしっかりするのですよ。エクレール」
「分かっております、シロエールお嬢様」
少女の名前はシロエール・ブランシュ・ヴァイスカルト。
後々この学園のいろんな意味で有名になる少女である。
学園編の開始 まずは入試から




