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ハジメテノホンキ

 ガキが一匹逃げ出した。


 俺達の計画の妨げにはならないだろうが、不安要素は消しておきたい。

 逃げ出した穴を更にぶち壊して入り込む。

 鼻の効く奴が先導してガキが通った道を追跡していく。

 この国の下水は魔法で処理されている為、澄んでいるのだ。

 つまり臭いがない。だからガキの臭いが簡単に分かる。

 他の国で逃げてたなら、運がよければ逃げれたかもしれないのになあと。

 悪い笑みを浮かべながら角を曲がると、壁だ。

 正確には柵だ、運河の停泊所の下側にある場所だ。


「おい、行き止まりじゃねえか」

「へ、へぇ兄貴た、確かに臭いはこっちにきてましたぜ」


 この環境での追跡で間違える事は殆どない。

 他の連中も全員が確かにこの道筋であっていると頷く。

 他に小路があったか?いいや無かった。

 そして匂いも個々で途絶えていた。


「あの、兄貴…」


 何かに気づいたのか、先導していた狼頭人科ウェアウルフが柵の間に顔を押し込み向こう側の匂いを嗅いでいる。


「おう、何か分かったか?」

「ガキの臭いが消えた代わりにエルフ…少し人間っぽい気もしやすがエルフの匂いがここにあります」


 誰かと接触したということか。

 あのガキは共用語は話せないはずだが、もし俺達の計画を聞いていて、それをエルフに伝える事ができていたら。

 チクショウ、下手すると計画がパーになっちまうかもしれねぇ。


「お前等、明朝に予定を変更する」

「ま、まだ準備だって完ぜ――」


 喋りきる前にアホの顔面に蹴りを入れる。

 鼻の骨が折れた音がしたが、元々そのつもりで蹴りをいれたから問題はない。


「ガキが逃げてのんびり準備してたら騎士様が流れ込んできましたじゃ意味ねぇだろうが!」


 ガキが逃げてドレくらい時間がったのか分からないのも苛立たせる原因でもあった。

 腹の中の物を掻っ捌いて取り出すのと、逃走経路や仕上げの打ち合わせをしていたせいでガキ共を注意深く見ている奴がいなかったのだ。

 だが、逆に穴を開けておきながら、他のガキや俺達に聞こえなかったってことは掻っ捌いてたガキの声で聞こえなかった可能性が高いってわけだ。

 時間にして3~4時間といった所か…。

 拠点に戻ると男は掻っ捌いたものを手に取る。

 粘土状の物体であり、中に魔法の雷管を詰め込んである。

 組織の錬金術師が魔法金属や液体を混ぜ込んで作った魔法爆薬、通称M2。

 破壊力はこれ一つで劇場丸ごと吹っ飛ばせる位わけない。

 検問だと魔法で反応してしまうから気づかれてしまうが、人間の体内にいれておけばその条件はクリアされる。


 まぁ、最もこれは人体に有害な物質なわけだがな。

 弱りきってて売り物にならねぇ産廃が役になってくれたわけだ。


 総数約20、全部使えば王都は火の海だ。

 こんな退屈な世界を俺達がぶっ潰す。ああ、楽しみだとも。



 夜、最終点検後各地へ設置する前に周辺の見回りをしていたウェアウルフがいた。

 結局逃げたガキは見つからず、リーダーはピリピリしている。

 どうせ、あのガキ共もここで爆発に巻き込まれて死ぬんだから今更どうだっていいじゃねぇかと、仕事が増えて休憩時間が減った事に苛立っていた。


 不意に匂いがした。

 昼間に嗅いだエルフの匂い。

 そこは丁度昼間にガキの匂いが消えた場所である。

 夜目はそこそこ利くほうで周囲を見渡すが見当たらない。

 ふと、後ろに気配を感じた。

 誰もいなかったはずだ、俺だっていっぱしの暁の牙だ。

 こんな簡単に背後をとられるとは予想すらしていない。


 カチリッ という音とともに後ろにいた奴は声をかけてきた。


「貴方が悪い人の一人なのですね」


 どんな相手かと思ったら声を聴いた瞬間、ぐらっときた。

 子供の声だ。

鈴の音と形容するような、本当にまだ幼い、女の子の声に恐怖した。

 こんな時間に、こんな場所で、こんなに落ち着いた声で、俺の背後をとって声をかけてくる。

 普通ありえねぇだろ。ガキの皮を被った悪魔って言われた方がまだ実感がわく。


「振り向いてはだめなのです」


 動かない、今振り向こうと思った瞬間、その言葉をかけられた事にも冷や汗がでてきた。

 肉体が動かないのではない、心が言うとおりにしないといけないと思っているのだ。

 な、何の魔法だ、これ。


「なるほどなのです。爆弾を使って王都を火の海にするのが目的なのですね」


 ガチリッ ガチッ ガチャリ


 音がする度に心が抉られ、曝け出され、弄繰り回されていく感覚に飲み込まれる。

 正気を保てそうになかった。

どんな拷問や肉体的苦痛も比べ物にならない。

 知らない奴に自分の心を好き勝手されていく感覚は、自分という存在を消されてしまいそうになる。


「アッあっ、あっ、アアアア」


 恐怖と苦痛で顔を歪ませ、紺色だった毛は真っ白に染まっていった。

所々毛もはらりはらりと散る。

 ウェアウルフの男は足をがくがくと生まれたばかりの子羊の様に揺れている。


「大丈夫なのですよ」

「へ?」

「私の言うとおりにしていれば大丈夫なのです」


 さっきまで恐怖の対象の声は心を何と落ち着かせ安らかにさせるのだ。

 そう受け入れてしまった瞬間この天使のような甘い声は何と心に響くのだろう。

 圧倒的な恐怖を受け入れればそれは絶対的な崇拝へと変化していった。

 今、この男の顔は極上のケーキを口にして喜ぶ乙女のような顔をしていた。


「証拠になるようなものを集めて詰所に自首してきてください。出来れは奴隷の人達も助けてあげて」


 ウェアウルフは頷きながらも予想外の事を口にした。


「もう、全部ばらしちまいやした」


 証拠隠滅ということだった。つまりあの子は本当にギリギリだったんだ。


「じゃあ、自首する前に奴隷さんのお店で今日逃げ出した女の子の奴隷登録を解除してほしいのです」


 本人と一緒じゃないとダメとかないよね?


「は、はひ、問題ありませんいうとおりにいたしやす」


 良かった問題なさそう。


 男の心の錠前から、鍵を引き抜くシロエール。

 心の扉の鍵を無理やり作り上げ、開錠するという行為は、今現在鍵魔法の文献には載っていない。

 マインド系は、カウンセリング等により信頼関係を築き、相手の同意を得て、初めて出来る鍵魔法だと思われているからだ。


 普通に洗脳だって出来ますよってかいてたら絶対警戒されるだろうし載ってなくて寧ろ正解ですね。

 それとも、この知識しか知らないのかもしれない。

 そうするとガーランドは洗脳を使って国を?


 ないない


 変な事を想像してしまい首をふって今やる事に専念する。

 今、この付近には悪党の人達しかいないってことだよね。

 じゃあ、こうしましょう。

 私はゆっくりと口ずさむ初めての鍵魔法


「禍々しい地獄の業火を咆哮せし番犬よ全てを喰らい、全てを灰塵に帰せ―」


 詠唱と共に現るは赤黒く禍々しい扉。

 鎖がじゃらじゃらと音を鳴らし、中にいるソレは今すぐここから出せと言わんばかりに重々しく唸りをあげる。


「ケルベロス」


 私は鍵を差込、開放した。

 勢いよく開いた扉から出てきたのは、およそ3m程の三つの頭を持つ犬。

 ガーランドの知識の召喚獣の中でも上位に君臨するこの化け物は、本来はガーランドの空想の産物の一つだ。

 本来はもっと大きいのだけど、この下水で十分動き回れる程度に抑えてある。

 門は一つしか開けれない為、召喚獣を出している間は魔法が使えない。

 扉を閉めれば召還獣は消え、再び使えるようになるのでさほど問題はなかった。


 しかし、召還獣はいいけど精神操作については扱いづらいというのがシロエールの見解である。

 何故なら、間近に近づかないといけないし、不意をつかないと鍵を開けれない。

 相手の心を覗き見るのも内容によってはストレスになるからである。


あ、奥で悲鳴が聞こえた。始まったみたいですね。


 シロエールには、いや、この世界の人間には悪党にかける慈悲を持つ人間はほぼいない。


 今回召喚したケルベロスは天炎獄級の炎を平気で吐いてくる正真正銘の化け物。

 マナの消費は大体6割使いましたが、むしろ6割で使える私のマナ総量は今どれくらいなんだろう。

 こんな時間まで起きてるの初めてだから眠い…




 ちくしょう、なんなんだこれは。

 計画を前倒しにした瞬間にこれだ。

 今、目の前には化け物がいる。伝承にあるレベルの化け物ケルベロスだ。

 こいつはいきなり壁をぶち破り突っ込んできた。

 この瞬間にまず一人、爪で引っ掻かれてバラバラになっていた。

 振り下ろされた爪はまるで死神の鎌の如く命を摘み取った。


「な、なんだよこれぇ」

「ば、化け物だぁああ」


 口に出した瞬間、そいつ等は左側の頭から吐き出された炎に包まれ、吐き出し終えたころには骨すらまともに残っておらず消し炭になっていた。

 そして、俺の腕もだ。もはや完全に原型を留めていない。

 爆薬は全て燃えている。この爆薬は燃やすだけじゃ起爆しない。

 全部パーになっちまった。

 呆然としてる俺を尻目に、逃げ出そうとした奴が目の前で頭から食い千切られている。

 冗談じゃない、他の奴等が食われてる隙に他の出口から逃げ出した。

 少しの距離を稼げただけですぐに追いかけてきた。

 足手まといになるやつは蹴り飛ばしケルベロスの生贄にした。ソレも焼け石に水だったが。

 一人になってもひたすら下水を走る。

 幸い、やつは追ってこない。何でもいい、早くこんな所から抜け出したい。

 出口が見えてきた。

 

 下水の出口にぽつんと、何かが立っていた。

 小さな子供は薄らと開けた蒼い目が何かを見透かしたように見てる。

 まるで、動物に例えるなら蛇だ。

 こんな状況じゃなければ只の眠たそうな子供にしかみえない。

 

「貴方がしゅはんさんですよね?」

「てめぇが化け物の親玉か」




 片腕だけに主犯さんがいる。

 既に息は上がってて、武器も手にしていない。

 さっきのウェアウルフさんの心の中だと魔法を使えないみたい。

 ケルベロスは既に鍵を閉めて消しておきました。

 下水が蒸発して、水蒸気が凄い事になってたので、水蒸気爆発とかいうのが起きたりしないか冷や冷やしたのです。

 

「平和が嫌いなのです?」

「ああ、だいっきらいだね」


 あ、そういえば隠しナイフを投げるとかありましたね。

 犯人さんが腕を動かしたの見た瞬間 カチリと 自分の真下にある扉を開く。

 斜め後ろ辺りに着地し私がいた場所をみるとナイフが刺さってました。

 落ちるより早く飛んできてたら死んでたんじゃないかなこれ。

私が移動したことを驚かずに受け止め、冷静に此方を見てる。


「怖いですね、あたったら痛そうです」

「なら見逃してくれや」


 眠い目をしっかり開き私は答える。

 彼女の涙をみた時から私の答えは決まってるのですから。

 後ろに手を回し主犯さんに笑顔で答える。

 

「ダメですよ」


 カチリと静かに鍵を回す


「そうかい、残念だ…なっ!」


 男は身体を捻り、先程より更に早いスピードでナイフを投げる。

 先程の移動からしてこの速度では逃れられないと悟っていた。

 確かに避けられない。少女がナイフをじっと見据えていた。

 丁度、シロエールの心臓辺りへと飛んできたナイフはその身体に触れる事なく、消えた。

 そして、主犯さんがうめき声をあげ膝をついた。その腰にはナイフが刺さっていた。

 シロエールは扉の入り口を透明なガラスのように作り出しその存在を消していたのだ。


「何、なんだよ貴様はよぉ」

「夜更かしの真っ最中の女の子ですよ」


 カチリッ


 主犯の男は一瞬無重力を感じ落下する。

 何が起きたのか分からず周囲を見るが真っ暗だ。

 室内にいたはずなのに上は満天の星空。

 風圧や重力でバランスがとり辛く、下を見ると王都だった。

 男は必死に身体をばたつかせるが既にもう遅い。


「チクショオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 男は騎士団の詰所の入り口で石畳に直撃した。

高度から叩きつけられ、激しい音を響かせながら、身体が四散しクレーターを作り出す。

 宿直の騎士達があわてて詰所から出て落下物に注目する。

 見るに耐えない状態になっていたソレを、今年入ってきたばかりの新人は間近で見てしまい奥で吐いていた。


 王都を脅かす大惨事が一人の子供の気まぐれであっけなく崩れ去った。

 よく考えなくても可也残虐な事をしてるかもしれないが、シロエールは定番の悪者を退治する正義の味方のお話みたいな感覚なのだ。

 悪い人がいて泣いている人がいるだから懲らしめたのだと。

 子供は純粋すぎて残酷なのである。

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