イヌモハシレバハーフエルフニアタル
足の鎖がじゃらじゃらと不快な音を立てる。
何時ものように母親の手伝いをしていたら、悲鳴と叫び声と近くの家が燃えていた。
行き成り集落を襲われ、目の前で家族を、友達を奪われ自身も捕らえられて異国に運ばれた。
何度も移動を繰り返し、日に日に檻の外から聞こえる言葉が聞き慣れた半獣種族語が聞こえなくなり聞き取れない言葉になった。
少しだけわかったのはこの言葉は共用語とよばれる言葉だ。
一生を森の奥の集落で暮らすような存在には無縁の言語である。
私は奴隷になったのだ。私を檻に閉じ込めた獅子頭が言っていたから多分そうなんだろう。
幼い子供は特定の趣味の輩に高値で売れるらしい。
そんな話を誰かからか聞いたことがあるが、誰だったか葉覚えていない。
大きな街に入る前のキャンプで在る事が起きた。
過酷な扱いを受けて既に後先短いと判断されてしまった売れ残りの先輩奴隷達の口に何かを胃の中へ押し込んでいたのだ。
少なくとも食べ物じゃない、嫌な臭いをさせていた。
大きな街の何処かの地下に運ばれた私たちは檻に放り込まれ鎖に繋がれている。
今、奥では本当に生き物の叫び声なのかと思うくらい悲痛な絶叫が響いてくる。
怖い、怖い、怖い。此処にいないのは胃の中に押し込まれていた人達だ。
助かった者たちは耳を塞ぎ己の声で遮りこの声が消えるまで待つしかなかった。
すぐ隣の部屋の扉が開いているのか、知らない男達の話し声が聞こえる。
「争いの火種を我等の手で」
「戦争を、殺戮者が望んだ戦争をもう一度俺達の手で」
「我等、『暁の牙』の為に」
何のことかさっぱりだけど、これだけは分かる、私が住んでいた集落と同じような事をこの大きな街でやるのだと。
逃げたい、逃げ出したい、今もてる力を振り絞って鎖を引っ張る。
鎖は壊れない、びくともしない、足首から血が出る、普段だったらきっと泣きだしそうな痛みなのに奥から聞こえる叫び声のせいで麻痺していた。
お腹も空いて、目を瞑ると集落の出来ごとを思い出して、ろくに眠れない日々を過ごしていた私の身体では限界なのかもしれない。
でも、声の数が減る度に次は、私が同じような目に逢うかも知れないと思うと身体が無意識にでも動いてくれた。
繋がっている壁を怨めしく思ったのか全力で体当たりすると、壁のブロックが崩れた。
子供がぎりぎり通れる程度の小さな穴、その先は下水だった。
何の躊躇もなく私はこの穴を通って走った。
朝、日差しが差し込み街はゆっくりと賑わいを見せ始める。
身体が動かない、首を横にむけるとアカネが抱きついていた。
アカネの身体を揺さぶると、寝ぼけているのか私の耳を甘噛みしてくる。
くすぐったくて少しむずむずする。
少し唸るような声をあげていると、気づいたメイドが助けてくれた。
今のうちにお着替えするのです。
私がいなくなって、抱きついていたものがなくなったせいか着替え終わる頃にはアカネも起きていました。
「今日はお見送りなのですね」
「そーだよー、王都少し位見て回れるといいね」
既に用意されていた服に着替え終えて、朝食を食べながら喋るアカネ。
食事もルームサービスで毒味済みらしい。
朝のモーニングティーを飲んでいるとノックが響く。
そろそろレイヴン王子の出発みたい。
トールマンさんと精鋭8人の護衛に囲まれながら朝の散歩となった。
アカネはレイヴン王子と仲が良い兄妹だったらしくお別れの時寂しそうにしてる。
「レイヴン兄、いってらっしゃい。頑張ってね」
「ああ、アカネも身体には気をつけるんだぞ」
二人の会話は素っ気無かったけど互いの言葉は暖かかった。
少し羨ましかった。私もシルヴィアとゴルディの二人とこんな風な関係を築けるだろうか。
船が進み少しずつ遠くなっていく。
アカネと私は手を振りながらレイヴン王子を見送った。
トールマンさんが一番泣いてた気がする。
この後の打ち合わせをしていると運河から下水へと入る柵の隙間から手が伸びてた。
手だ、小さな手が必死にもがいてる。
私は階段を降り手の主と対面する。
見覚えがある、この子は王都に入る前に眼があった半獣種族の女の子だ。
聞きなれない言葉を掠れた声で私に向けてくる。
いや、知識がカバーしてくるのか理解できた、半獣種族語だった。
多分彼女は共通語を喋れないんだろう。
「助けて…」
と、彼女の必死の言葉に私は動いた。
奴隷が助けを求めてるってことは脱走したんだと思う。
それはきっと悪い事の筈なんだけど、ここで助けなかったらきっと後悔すると思った。
「――少しまってて」
私も半獣種族語で語りかける。通じたことにもだけど私が同じ言葉を喋ったことに驚いたんだと思う。
少しだけ眼に生気が宿っていた。
目と鼻の先に扉を作ることくらい造作もない。
扉を此方と向こうに作り上げて、錠前に鍵を通す。
カチリッ
「其の扉を潜ってください」
私の言葉に素直に頷いてから扉を潜り私の隣に出てきた少女は吃驚していた。
多分鍵魔法を知らないのかもしれない。
知っていても多分驚くかもしれないのですが。
「シロー、何してるのー?」
「あ、ちょっと川にお魚さんが見えたのです」
私が階段を降りたのに気づいたアカネが上から覗き込んでいる。
先ほどの女の子が見えないように隠しました。
よく考えると無断で階段を降りたから、急にいなくなったと心配にさせてしまったかも。
新しく扉を作り彼女をそっちに誘導した。
「そこで少し待ってください」
「う、うん」
彼女は少し不安そうにしていたけど大人しく私の言うとおりに従ってくれた。
扉の先は実家の備蓄庫だ。
鍵がかかっているので用がある時以外は、誰も入ってこないので匿うにはいいと思う。
馬車馬用の乾草を貯蔵している辺りに開いた為、彼女は今乾草のベッドに横たわった状態になっている。
まだ警戒しているのか此方を不安そうに覗いている。
門を一旦閉じると私はアカネの所に戻っていった。
急にふらふら行っちゃダメと頬を膨らませたアカネに怒られました。
「一杯あって何処をどう見て回るか悩みますね。」
「試合観戦もいいけど長時間だしなー」
今、私達は5つのメインストリートの一つを歩いている。
歓楽街といわれるこの区画は娯楽や飲食店に溢れている。
試合というのはサッカーの事だ。
ガーランドが冷戦時、訓練ばかりでストレスの溜まっていた兵士達に提唱し、人気を博した球技だ。
基本的なルールはあるものの、魔法の使用が認められているため、随分派手な事になっているらしい。
球技よりは甘い食べ物の方に目線がいってしまう。
アイスクリームにクレープ屋さんだ。
屋敷にずっといるシロエールはスイーツを余り食べた事がない。
ケーキはあるけど、甘い香りに誘われてしまう。
「こっちにはアイスとかあるのね。食べよう!」
アカネの故郷は食文化が違うのでアイスやケーキはないらしい。
なのに、どんな味なのか知っていて力説してくる。
アカネ曰く、チョコミントこそ正義らしい。
私はバニラの方が好きかなぁ。
アイスクリームを食べつつ店員さんにお土産用をお願いした。
水氷魔法の初級が使える店員が保冷用のスライムジェルを凍らせて箱詰めする。
この時、こっそり追加のアイスと飲み物を購入し手受取って、お手洗いに行くふりをして扉をひらく。
急に扉が開いてびっくりしたのか、暗い所が苦手なのか彼女は弱々しくも警戒を止めなかった。
パリパリと少し彼女の周囲に静電気が走っていた。
多分彼女には雷鳴のマナが巡回しているんだと思う。
「アイスクリーム食べます?」
「アイ……ス?」
飲み物と一緒にアイスを彼女に手渡す。
不思議そうにアイスを見つめる。
ああ、そっか、多分アイスを知らないんだ。
「甘くて美味しいから少しは落ち着くと思うのです」
恐る恐るアイスクリームを食べると、目を丸くしてから一心不乱にアイスを食べ、飲み物を喉へと通して行く。
よほどお腹が減っていたんだなと、私にすら分かった。
後でお腹にたまる食べ物も持ってきてあげよう。
「眠れないなら、身体から出ているビリビリを全部使い切るまでやってみればぐっすり眠れますよ」
大分警戒心が解けてきた彼女の目を見ながら私はそう伝える。
自分が電気を出している事に気づいたのかゆっくり頷いた。
扉を閉めて、アカネの元に戻った私は王都観光を再会した。
ブティックなどの子供向け服も可愛らしいのが多く、何故かアカネは自分より私に服を色々着せようとしてくる。
私も対抗してアカネの服を選ぶとしますのです。
二人で遊ぶと時間が経つのが早くもう夕暮れ時だった。
ホテルに戻ると併設してるパン屋さんで幾つか見繕い扉にいれておく。
異次元の扉を開いて倉庫にするという知識は前々からある。
実は、ガーランドの武器庫やレアアイテムの倉庫が同じ原理で存在するのだ。
開ける方法もわかってはいるけど、今の私には必要ないと思っているせいかまだ開けた事がない。
夜寝静まった頃、幼いながら眠気をおさえこみ扉を開ける。
乾草に包まれ眠ってる彼女を見つめる。
気配を感じたのか、耳をぴくぴくさせ目をゆっくりあける。
「お腹すいてます?」
パンと飲み物を取り出し彼女に差し出す。
ばっ、と半ば奪い取るように包みをとりパンと飲み物をほお張る。
そんな彼女を見ながら乾草に座り、食べ終わるのを待つ事にした。
「……ぁ、」
「ん?」
彼女の方から声をかけてきた。
俯きながら擦れた声で喋るのでうまく聞き取れない。
「あり…が……と…」
何かが、彼女の中で崩れたのかわんわん泣き出し抱きついてきた。
私はとにかく背中をさするように抱きしめる事で精一杯だった。
泣き止むのに十数分位経ったか、目を真っ赤にしながら私の質問に答えてくれた。
住んでいた所が襲われ奴隷にされた事、街の地下で何か危ない事をやろうとしている人達がいる事。
王都にまだ滞在する私にとって黙って見過ごせる事態ではなかった。
とにかく彼女を街にある騎士の詰所に連れて行ったほうがいいかもしれない。
でも、奴隷の身分は変わらない。
そしたらどうなるんだろう。
やってみるかなぁ。
少女は起き上がり扉を開ける。
犬耳娘が耳長娘に何処へ行くの?と聞いた。
するとこんな言葉が返ってきた。
ちょっと悪い人達を懲らしめてきます。
まだ互いに名前もしらない




