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英雄伝説  作者: かなたみ
一章
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片身斎

「止めてください!」

 裏通りに響く絹を裂くような女性の悲鳴。

 その声の主は今、数人の男たちによって囲まれていた。そのいずれもが、下卑た笑みを浮かべている。その中には、ナイフなどの殺傷物を持っている人間もちらほらいた。

「誰か!」

 もう一度彼女は叫ぶ。しかしその声は誰にも届かない。届きはしない。

 聞こえている。しかし誰も手は出さない。

「あー? んな声が聞こえるとでも思ってんの?」

 リーダー格と思われる男が含み笑いを浮かべながら近づく。その手にナイフをちらつかせて。

 彼らは地元では有名な不良グループの一派であった。

 やりたい放題。その言葉しか見当たらないほど、彼らは本当になんでもやっていた。

 しかし、誰も彼らを咎めようとはしない。なぜなら、彼らのリーダーはこの地方の大地主の息子だからだ。

 この地方では封建的な風潮がまだ見られ、地主に逆らえば、村八分の状態にされ、ひどいいじめを受け、やがては追い出されていた。

ここでは警察は役に立たない。なぜなら、被害者が存在しても目撃者が存在しないからだ。誰も彼もが、地主を怖がり、喋ろうとしなかった。

 この地主がまた、息子をひどく溺愛しており、彼に好きなようにさせていたからだ。

 誰も彼には逆らえなかった。それが、例え倫理に反することをしていたとしても。

 誰もが地主に目を付けられたくなかったからだ。

 だから彼らは思う。『お気の毒』と思うだけ。

 リーダー格の男は、震える女性のブラウスを掴む。そして、思いっきりナイフを引いた。

「ひぃ!」

 裂けたブラウスから女性の肉体が見え隠れする。

 そんな彼女の耳元で彼は囁く。

「だーれも助けないぜ。ここじゃ、俺が王なんだからなぁ」

 そして彼女を思い切り引き寄せると、そのまま唇を奪った。

「んーっ!」

 彼女は絶叫を上げる。しかしふさがれた口では思うようにも声が出せない。

 誰も聞こえない。聞きたくない。

「早くやっちまいましょうよう!」

 取り巻きの一人がうずうずと体を動かす。

 そこで男は口を離し、彼に顔を向ける。

「まあ待て。メインディッシュは後だ。まずは前菜だ」

 少女の顔が真っ青になる。

 まだ続く。誰も助けてくれない。なのに続く。

 終わらない。

「たすけ……」

 嗤い。嗤い。

 誰も彼女に好意的な表情は見せない。

「たすけて……」

 そしてまた一人、世界に絶望する――。


「やめなよ」

 そうして、絶望は絶望のままに終わらない。

 誰もが、声の方に振り返る。

高い声。聞いた人によっては女性と勘違いしたかもしれない。

 しかしそこにいたのは、一人の小柄な少年だった。

 表情は笑顔。学ランのポケットに手を突っ込み、悠然とそこに立っていた。

「あーん? 誰お前?」

 取り巻きの一人が少年に近づく。

「こっからは大人の時間だよ。ガキはさっさとおうちに帰っておねんねしておきな!」

 そして、間髪いれずに少年を蹴り飛ばす。

「!?」


 しかし止められた。

 いつの間にか少年のポケットに突っこまれていた手は、外に出て足を掴んでいた。

「お、あ? 離しやがれ!」

「うん」

 笑顔を崩さず、彼は頷く。しかし、離さない。

「え? あ? ぎ?」

 そこでようやく男は気付く。

 自分の足の違和感を。

「はい。離したよ」

 気がつけば、

 彼の足は歪な方向にねじれていた。

「あ、ぎゃあああああああああああああああ!」

 悲鳴。

 少年の顔は笑顔のままだ。

「こ、この餓鬼……!」

 男たちは少年の周りを囲むようにして陣取り、殴りかかる。

 しかし、少年は笑顔でそれを受け止めると、同じようにして握りつぶした。

 悲鳴。悲鳴。

 悲鳴が飛び交う。誰も衆目を気にせず泣きじゃくり、裏路地から走り出す。

 異界から逃げ出そうとする。

「逃げちゃだめだよ」

 しかし、少年がそれを許さない。

 逃げ出そうとする男の肩をがっしりとホールドする。

「た、頼む……ばらさないから……お願いします……」

 先ほどまでバカにしていた対象だとわかっていても、彼らは涙が止まらない。

 素直に許しを請う。

 少年はそれを笑いながら受け止め、

「うん、それ無理」

 一瞬で。

 一瞬で彼の生命を絶った。

 顔面を掴み、骨ごと、脳を打ち砕く。

 到底人では出来ない芸当だ。

 しかし彼は現にそれを行っていた。

 悲鳴は上がらない。

「あはっ」

 少年は笑う。

 笑って、笑いながら執行する。

「みんな死刑だよ。婦女子に対する性的暴力。反吐が出るね。未成年っぽいから捕まっても長くて三年? バカみたい」

 誰もが顔面を潰されていく。

 誰もが裏路地に入ったことを呪う。呪いながら逝っていく。

 いつしか、

 残ったのは女性とリーダーの男、そして少年の三人だけになった。

 少年が一歩進む。

「ひぃ!」

 先ほどまでの威勢など、当に無くなっている。

 恐怖。場を支配する恐怖に完全に呑まれていた。

 怖い。怖い。

 彼が怖い。その手が怖い。仲間たちを肉塊に変えたその手が怖い。

「た、頼む! もうこんなこと……こんなことやらないから!」

「駄目ですよ」

 吐き出すように出した命乞いは、先ほどと同じように一瞬で消し飛んだ。

「腐ったみかんの話、知ってますか? 一個腐ったら、周りにある物全部腐っちゃうんです。全部捨てなきゃいけないんです」

 ほら、と少年は後ろに首を振る。

「だから駆逐しました。なら後は腐った本体を摘まなきゃ」

 右手が、伸びる。彼の頭へと。

 ゆっくりと、撫でるように胸から首へ、顔面へ。

 セット。

「お、俺を殺したら、親父が黙っちゃいねえぞ!」

 苦し紛れに出したその声は、彼を止める。

「そ、そうすればお前はまともな生活が送れなくなる! いいのか! お前は追いつめられて、みじめに死ぬんだよ!」

 しめた。そう思い、男はマシンガンのように言葉を紡ぐ。

 死なないために。まさに必死に。

「今見逃せば、このことは誰にも言わない! 親父にも言わない! だから、ここは見逃してくれ!」

 嘘だ。逃がせば誰でもこのことは他人に言う。

 親でなくても構わない。警察に。

 素手で顔面破壊したなんて言っても笑われるだけだろうが、死体を見ればすぐにわかる。

 少年の失敗は、この後のことを考えずに行動したことだ。死体の処理なんて全く考えていないだろう。

 死体は残る。必ず。

「それは、困るな。ここにいられなくなるのは、困る」

 そこで、少年がぼそりと呟く。そして、顔面から手が下りていく。

 男に笑顔が戻る。希望が見えたことを喜ぶ。

「そうだろう! だから――」

「だから、殺しちゃおう。どうせ八人も九人も、同じだよ」

 群青色の瞳が、輝く。

 ぐきりと、歪な音がした。

 男の目が、ぐるんと回った。

 隣で、甲高い悲鳴が響く。

 少年は声の方向を見る。

 女性がいた。ブラウスは切り裂かれ、腰が抜けたのか尻もちをついている。

 そこでようやく少年は当初の目的を思い出す。

「はい。もう大丈夫だよ」

 彼は自分の上着を脱ぎ、血が付着していることに気づきインナーを脱いで渡す。

「それ着て行きなよ。僕は他の奴からもらうから」

 そう言って他を物色し始める。

 そして、リーダーの男の上着が一番きれいだったのでそれを拝借した。

「それじゃあね。あまりここでのことは言わないでいてほしいな」

 それだけ言うと、少年はそのまま立ち去ろうとする。

「……んで」

「うん?」

「なんで、こんなことを……」

 少年の背中に女性が問いかける。

「正しいことだからだよ」

 彼は速答した。

「僕は、英雄なんだ。だから、みんなを守るんだよ」

 それだけ言うと、今度こそ立ち去る。

 姿が見えなくなったところで、彼女は絶叫を上げた。誰もそのことを気にしなかった。




 片身斎のいじめはあっという間に消えた。彼女のおかげだった。

 まだちょっかいはかけられるが、それでも斎の地獄は消え去ったのだ。

 斎は彼女のことを心底尊敬した。決して出られないと思われた地獄から助け出した彼女を。

 英雄と、思い始めた。






「――ねぇ、なーちゃん」

「……えっ?」

 帰り道。

 一瞬だけなちは自分が何をしていたかを忘れ、そしてイマナとの帰り道だということを思い出した。

 手紙を読んで以来、なちはずっと上の空であった。授業も、まなかとの小競り合いも、イマナとの会話も、何もかもが抜け落ちている。

「どうしたの? なんだか、怖い顔している」

「――そんなことない。これは地顔だ」

 顔を覗き込もうとするイマナから目をそむける。

 なちはいつも感じている。

 イマナはまるで魔女のようだと。

 いつも人の心に入り込んでくる。気を許してしまいそうになる。

 甘えを捨てたはずなのに、また他人に甘えたくなる。

「……なーちゃん?」

「ごめん、イマ。ちょっと、寄りたい場所があるから……」

 分かれ道で立ち止まり、なちはそう言う。

 我ながら下手な言い訳だなとつくづく感じた。

「――うん、わかった。それじゃあ、また明日ねなーちゃん」

 そうして、そこで二人は分かれた。




 別にどこに行く予定も無かった。

 ただ、一人になりたかった。自分がいかに弱い人間なのかということを再確認してしまったから。

(変わらない)

 小さい時の自分と何一つ変わっていない。無駄に背だけ伸びてしまった気がする。

 両手を目の前で広げる。血色の良い、健康的な手だ。

 しかし、この中には莫大な力が溢れている。俗にいえば怪力だ。

 単純に、重いものを持ったり、大の男一人くらいなら拳一発で気絶させることも可能だ。

 しかし、その力に反してなちは非力である。これは冗談でも何でもない。

 殴られれば痛いし、足は胸までしか上がらないし、なにより筋肉が無い。

 それなのに、彼女は超人的な力を宿していた。その手に。その手だけに。

「…………」

 しばらくの間、なちはその場で立ち尽くしていた。

数分後、止まっていた時が動き出したかのように、なちはくるりと背を向けて来た道を戻り始めた。

「あっ、見ーつけた」

 その背中に、声がかけられた。その声を聞いた瞬間、なちは凍りつく。

 忘れもしない、その声の主は。

「久しぶりですね。ずっと会いたかったです、英雄」

 仇敵、片身斎その人だったのだから。

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