表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄伝説  作者: かなたみ
四章
32/57

黒歴史

 その後、利戸那はすぐに帰った。変わってしまった笑みを残して。

食事を摂った後、なちは自分の部屋のベッドの上で考え事をしていた。

「温海、利戸那」

 彼女の言葉がなちには引っかかっていた。新しく自分を始める、と決めた日からこれだ。彼女の言葉に、自分の中にある、誰かさんはひどく反応していた。

「えい、ゆう」

 英雄とは一体? 言葉通りの意味で捉えても仕方が無い。何かの隠語? ヒーロー、なんて言葉は些細なことで簡単に使われるし、町内会のヒーローなんてのだったら、数多だ。


 けれども、なちは利戸那からそういうのとは違う何かを感じ取った。

 英雄になる。それは単なる発言とかじゃなく、決意表明のような気がした。

「全部、私が未来――昔に置いてきたもんなのかねぇ」

 なちの記憶は中学生時代半ばで止まっている。覚えているのは、跳ね返りだった自分と、何も出来ない無力さを否応無しに味あわされたことだった。

 意味不明。全く持って意味不明である。中学生には荷が重い。英雄だとか何とかよくわからないことを言っている(元)友人は出てくるわ、髪は長くなってるわ、体は成長しているわで、本当、訳わからない。

 おまけに、自分の胸を見ると大平原がそこには広がっている。なんだこれは。大人になれば叶姉妹のようなボンキュッボンになれるのではなかったのか。日増しに成長する同級生の胸を眺めながら、未来に夢を託し、牛乳を飲み続けた日もあった。

 はーやく大人になりたいなー。なんて言った奴はどいつだ。大人の階段を強制ステップアップされた自分は、ひどく不幸なことになっている。

 昔もとい未来の自分は、少しづつ現実を受け入れていったのだろう。しかし、夢見る乙女に無理やり現実を見せられた自分は、ただただショックを受けるしかない。

「はぁ……ヤドカリになりたい」

 いっそのこと、これが全て夢であればどんなに楽であったのか。目が覚めると、自分は中学生に戻っており、友達は……そんなにいなかったが、それでも仲の良かった友人と将来を語り、一緒の高校にしよう、などとうつつを抜かしていたい。

 しかしそんな希望も、カーテン越しにかかった制服を見て落胆する。少しだけ見覚えのある、近くの高校の制服。それだけで、自分が今は高校生なのだと思い知らされてしまう。

 ――明日から学校に行かなければならないのか。場所はわかっている。けれども、それ以上は? クラスは? 席は? 何より、知識は?

 中学生の自分では全く持ってついていけない自信のある自分がいる。連立方程式で止まった頭で、微分積分など出来そうも無い。

「はぁ……」

 何度目かも忘れたため息を漏らし、のろのろと立ち上がり、勉強机に座る。

 とりあえず、一度見てからでも判断は遅くない。なちはカバンからノートを取り出し、念のため筆記用具を出そうと、いつものノリで上段の引き出しを開けた。

「ん?」

 そこには、筆記用具が確かにあった。しかし、その下。文房具に埋もれた一冊のノートが、そこにあった。

「なんだろ」

 一度文房具を全て取り出し、ノートを取り出す。表紙には何も書かれておらず、しかし見た目はひどく汚れている。だいぶ使い込んでいる様子だった。

「……ま、まさか。これは噂の……」

 なちも噂でしか聞いたことが無かった。まさか自分もその素質があるとは思わなかった。

 黒歴史ノート。

 主に中学生時代に思いのパトスをぶつけるために作られると言われる、自分以外は見たら抱腹絶倒もののノート。しかし本人は至って真面目に書いているので、見られて笑われた日には首を吊るしかないほどの破壊力を秘めているとか。

 主な内容は自作ポエムや、自分に宿った真の力の設定資料集。自己陶酔ノートと言っても過言ではない。

 そんな代物が、自分が書いたとしか思えない場所に置かれたノート。

「こ、これは……」

 過去の自分が作り出した、負の遺産……!

 いけない、これは見ずに焚書するべきだ。見たら、きっと悲しい気分になる。

「で、でも……」

 私は、生まれ変わったんだ。これは昔の畠瀬なちが書いたノート……今の私が書いたノートじゃない……ッ!

 つまり、彼女と私は赤の他人! したがって、どんな恥ずかしいノートだったとしても、私は受け入れる必要が全く無い! むしろ笑っていい! そうだ、これは他人が消し損ねた物だ。もしこれが面白い内容だったとしても、私は、一ミリもダメージを受けない!

 震える指先で、ノートの一ページを開く。さあ、彼女はどんな自己陶酔ポエムを? どんなイカしたカッコいい設定を考えていた――――!?

 文章の冒頭には、ある男女たちの名前が書き連ねられていた。そして、その名前全てに斜線が引かれていた。

「な、なんだこれ?」

 バトルロワイアル? 誰も生き残ってないんですけど。

 しかし、次のページを見てなちは、ノートを取り落とした。

 パサ、と音を立てて机に落ちる。文字の羅列。ひどく現実から乖離した単語。

 脳裏によぎる強烈な叫び。

 復讐する。

 それだけ、ただそれだけなちは理解した。このノートの内容を。

 全ては復讐するため。

 男たち、女たち全てに同じ思いを、それ以上を味あわせるために、作られた復讐ノート。

 誰のための復讐? 決まっている。全てを作った彼女。全てを守ろうとした彼女。壊された彼女。

 だがそれは、単なる言い訳でしかない。

 やりたいからやった。したいから行動した。畠瀬なちは、彼らの人生を、壊したかったから、

 その体を取った格好の、言葉。復讐。なちの復讐。

 同じように、苦しめ。

 胸の動悸が、激しくなった。




 二時間前



 利戸那は一人息を整えていた。

 ――これから君が行うことは、全てを変える行為だ。それは、人間を、自分を否定するということ。その気が無くとも、君は奔流に呑まれるしかない。なら、最後にもう一度、人間を辞める覚悟を整えてきて。もし覚悟が出来たなら――。

 一時間後に路地裏で。そう彼は言い残し、利戸那たちの前から姿を消した。

 しかし、彼女の中の腹はもう決まっていた。

 なちを救う。自分の尻拭いをさせることになってしまった中学時代。変わってしまった彼女。そこに、どんな過去が隠されているのかなど自分にはわからない。

 それでも、彼女は確かに自分のために何かを為そうとしてくれていたのだ。立ち止まっていた自分の前の道を確かに開けていてくれた。

 ならば自分は、彼女の為なら何だって為してみせる。

「なーちゃん……」

 いつかの公園で、空を仰ぎながら時間が過ぎるのを待つ。

 語ることは無い。私は変わらなければならないのだから。

「……ちゃん、……ーちゃん!」

 そんな時、遠くから声がした。利戸那が顔を向けると、帽子を被った女の子が声を出しながら歩いている。

 様子からして、結構焦りがあると利戸那は感じた。

「誰か探してるんですか?」

 利戸那は声をかけることにした。このままだらだらと時間を過ごしてしまうのもしょうがない。暇をつぶすなら、せめて人のためになることをしよう。

 すると帽子を被った少女は、利戸那を見て少し焦った様子を見せたが、すぐに受け答えする。

「は、はい! えと、その、人を探してるんです。こう、髪がすごく長い人、見ませんでした?」

「髪が……?」

 思い当たるのは、ただ一人。

「はい。なんか、腰まで髪が伸びてて、前髪とか、すごいことになってる人なんですけど……」

 利戸那は、彼女の、赤い瞳を見る。

 珍しいとは思ったが、このご時世だ。瞳の色なんて、カラーコンタクトでも変えられる。

 だから、帽子から少しはみ出てる白い髪も気にしないことにした。

「……名前は、なんていうんですか?」

「え、あ、はい! 私は井美イマナで……」

「いえ、あなたではなく、その探してる人の」

「ご、ごめんなさいぃぃ!」


 イマナと名乗った少女はひどく慌てる。恥ずかしさを振り落とすように手を振り、心を落ち着けようとする。ずいぶんと面倒くさい女だと、利戸那は感じた。

 けれど、と利戸那は思う。こんなにも必死になれる彼女が羨ましかった。

 体で表現できるのが羨ましかった。そんなにも彼女に思われるその人が、羨ましかった。

「えっと、その名前はなーちゃ……畠瀬なちって言って……」

「……え?」

 瞬間、利戸那の頭が一瞬真っ白になる。

 この子、今なんと言った? なち? 髪の長い畠瀬なち?

 なーちゃん?

「……あのぅ、もしかして何か知ってますか?」

「……いえ、特に何も。髪が長い、畠瀬なちさんね。わかった。何か分かったら教えます」

「本当ですか!? やった!」

「じゃ、そういうことで。用事を思い出したので」

 そう言って、利戸那はイマナの横をすり抜ける。もう顔は見ないと決めた。

 きっと嫉妬。自分以外がなーちゃんを知っているという、自分以外がなーちゃんという言葉を使うという、嫉妬。

 けれど、面白い情報も手に入れた。畠瀬なちは今行方が知れない。しかも、あの焦りようだと一日という単位じゃないだろう。

 ならば、

「なーちゃんは、私が助ける」

 あの子より先に。自分の場所にすり替わっているあの子より。

 後ろから呼びかける声がしたが、無視をした。はなから連絡先を教えるつもりは無かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ