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英雄伝説  作者: かなたみ
一章
2/57

出会い

 井美(いみ)イマナは白い。

 何かの比喩表現というわけではなく、体が全体的に白い。

 瞳は鮮やかな赤で、髪の毛はプラチナブロンド。一見日本人には見えない。

 それは彼女がアルビノという病を患っているからだ。

 アルビノ。別名白子症とも呼ばれる、皮膚のメラニンが足りない病気だ。

 メラニンが足りないと、人は体から色を失う。

 そして、色を失った皮膚は白へと変化し、瞳は毛細血管の色がそのまま透過され、赤に変わる。

 アルビノになった人は、紫外線など太陽の下に対策を立てない限り出られなくなる。簡単に言えば、皮膚が弱いので、安易に外に出ると皮膚がんになってしまうのだ。

 アルビノを患っていたイマナは、小さい頃から外に出られなかった。

 友達と、ロクに遊ぶことも出来なかった。

 次第に友達はイマナの元を離れていき、イマナは一人になった。

 その頃からであったか、彼女は小説を書くようになった。

 初めは簡単なもの。勧善懲悪でみんなが幸せになるような話。

 次第にキャラクターの感情なども考え始め、本格的に小説書きに凝り始める。

 読者は誰もいなかった。誰も彼女に近づかないし、彼女自身も、あまり友人を作ろうとはしなかったからだ。

 だからなのだろうか。高校に入ってから、イマナは自分がいじめに遭った。

 すぐには気付くものではなかった。初めは陰口くらいで、イマナ自身には耳に入らなかったからだ。

 しかし、気がつけば陰口はイマナにも聞こえるほど大きくなっていた。

 なぜ彼女たちが自分をターゲットにしたのかわからない。

 ただ、自分は迷惑になりたくないだけなのに。

 イマナは気付かないふりをした。陰口も、自分が相手にしなければ、自然と治まるだろう――それが間違った判断だとも気付かずに。

 イマナの行動は相手の行為を助長させるだけだった。

 いじめはエスカレートしていった。陰口はどこでも聞こえる上に、気がつけば自分の物が隠された。

 初めは自分のシャーペンや消しゴム、教科書の類であった。

 しかし彼女は気にしなかった。それらは、自分の中であまり重要なものではなかったから。

 しかしある日、イマナにとって恐るべき事態が発生してしまう。

彼女が大切にしていた、小説のノートが隠されていた。

 その日、いつも陰口を叩いていた主犯格の女子から呼び出しを受けた。

 放課後、呼び出された場所に行ってみると、そこには呼び出した本人、そして四、五人の同級生がいた。

 全員が全員ニヤついている

「これがそんなに大切なのかい?」

 主犯格の女子が懐から、ノートを取り出す。ボリューム8と書かれたそのノートは自分が書いている小説ノートに間違いは無かった。

「は……はい。返して、ください……」

 イマナは震える声でそう言った。早く、そのノートを返して欲しい。一刻も早くここから立ち去ってしまいたい。二つの思いが今のイマナを動かしていた。

 主犯格の女子は、にやりと笑みを浮かべた。

「そんなに大切なら返してやるよ」

 そう言って、彼女はノートの端と端を摘み、

「ほらよ」

 真っ二つに、引き裂いた。

「―――――っ!」

 何が起こったのか、一瞬わからなかった。

 しかし、起こったことを理解した瞬間、目に涙が溢れた。

 引き裂かれたページは宙を舞い、床に落ちたところで踏みにじられた。

「こいつ泣いてるよぉ!」

 周りからの嘲笑が上がる。

 嗤いが、彼女に突き刺さる。

 なぜこんなことをされなければならない? 自分は何もしていないのに。

 何で。何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で、

「――してよ」

「あん?」

「返してよ! 私のノート!」

 イマナは初めて憎悪する。友達が離れたのは自分のせいだ、仕方がない。そうやって、諦めることが出来た。

 けれどもこれは、完全な悪意の塊だった。

 故に憎悪する。どこにも捨てる場所の無い怒りに対して憎悪する。

「ふざけないでよ! 私が何をしたって言うのよ! 私は、私は私は私は!!」

 主犯格の女子の胸倉を掴み、憎悪をぶつける。

 どこにも居場所が無かったから、自分で作ったのに。

 なぜ、踏みにじられる。不可侵なのに。

 入ってきちゃ、いけないのに。

「んだよ……うっぜえなぁ」

 そう言われた瞬間、イマナは息が出来なくなっていた。

 イマナの鳩尾に、拳がねじりこまれていたからだ。

「あっ……ぐ……けほっけほっ」

 そのままへたり込み、むせびこむイマナ。

 しかしイマナへの攻撃は終わらない。

「おらぁ!」

 側頭部に蹴りが入る。衝撃とともにイマナの体は人形のように吹っ飛んだ。


 そこからは傍らにいた連中と寄ってたかっての蹴りの入れ合いだった。

 イマナは何も出来なかった。元々外にもロクに出ることも出来ず、ずっと本を読んでいるか小説を書いていることしかなかったのだ。勝てる道理もない。

「この、寝暗女が! お前がいなくたって! 何も変わらないんだよ!」

 ……そうなのだろうか。

 そうなのだろうな。

 イマナがいなくても、世界は変わらない。何一つとして、変化は起きない。

 それが普通なのだ。歯車は一つ欠ければ周りに損害を及ぼすが、螺子(ねじ)は一つ外れただけではすぐには影響は無い。

 イマナは、螺子だ。それも、ボロボロの螺子だ。

 そして、その螺子を巻いてくれる人間は、どこにもいない。

「こっちはちょっかいかけようと思っただけなのに、マジギレなんてさ……ほんと、お前って出来そこないだよな。その体とおんなじで、親もお前と同じで出来そこないじゃね?」

 …………。

 今、なんと言った?

 出来そこない。それはイマナの体のことだろう。それは自分でもわかっている。けれども、なぜそこで親が引き合いに出される?

「こんな体に産んだ親だって出来そこないだ」

 それは、昔自分が両親に吐いた言葉だ。

 小学生の頃、何をするにも制限がかけられた自分を呪い、そしてそういう風に産んだ親に対しての、呪詛。

 愛してくれていたのに。罪深い自分はそんな言葉しか吐きださなかった。

 こんな暴言をなぜ許す? なぜ自分の体は動かない?

 なぜ自分はここで倒れている?

 全身が痛い。何故も糞もない。蹴られているからだ。

 自分が弱く、相手が強い。

 覆すことが出来ない、圧倒的な差。

 けれど――――

 抗うことは可能だろう?

「どう? 少しは謝る気になった? 今ここで私たちに謝ってくれればさっきのはチャラにしてあげるよ」

 蹴りの連打が止み、女子生徒の声が聞こえる。軽く息がはずんでいる。イマナは痛みに少しだけあえぎながら、首だけ女子生徒の方を見上げる。

 蔑みと嘲りの表情。イマナは静かに目を閉じ、その顔に向かって唾を吐きかけた

「ファックユー(くそやろう)」

 最大の笑顔で、最高の蔑みの言葉をくれてやった。

 瞬間、女子生徒の顔から表情が消え、その顔は鬼のように変化した。

「ああ、そうかい! なら、そのまま死ねよ!」

 そう叫び、イマナの顔面へと足が伸びた。





「そうだ。抗うこと、それは決して忘れちゃいけない」


「!?」

 足が止まる。一瞬、男性の声かとまで思ってしまうほどの低い声が聞こえた。

声の先、閉めていたはずの扉は開いていた。そこに、一人の少女がいた。

前髪はぼさぼさ。目元まで完全に隠されており、どのような表情をしているのか伺えない。

しかし後ろ髪はきっちりと束ねられており、服装も皺一つない。まるで裏表がある人間というのを体現したかのような人物だった。

「諦めちゃいけないんだ。諦めたらそこで試合終了だって、安西先生も言ってたでしょ?」

先ほどの声とは対照的に少しだけ明るい声。どことなく、茶化すような言い方に感じられた。

「……んだよ、てめぇ」

 蹴ろうとした足を収め、乱入者に体を向ける。

「同じクラスメイトだよ。もちろん、キミともね」

 ゆっくりと指を前に伸ばし、イマナを、そして取り囲む三人を指す。

「ちょっとやりすぎなんじゃないのかな?」

 軽く首をかしげる少女。可愛さは全くない。

「……んで? お前は止めに来たってワケ? 先公も呼んでんの?」

「いいや」

 少女は首を振る。

「あいつらは邪魔だ」

 言って、吐き捨てる。

「一時の緩衝材としては最高だが、私は摩擦を減らしたい訳じゃない。私は、」

 一拍置いて、口元をゆがめた。

「私の憎む対象を、潰しに来ただけだ」

「はっ! お前が? 一人で?」

 少女の言葉を聞いた三人は、途端に笑い始める。

「ばっかじゃねーの!? お前一人に何が出来るんだよ!」

「出来るさ」

 少女は前髪をめくりあげ、いとも簡単に言い切った。

「この両腕と、両足。そして、意思さえあれば何でも出来る」

 群青色の瞳が、三人を射抜いた。

「群れなきゃ何も出来ないんだね『救えない、救わない、救われない』」

 呪文のように呟き、鼻で笑う。それが彼女たちの逆鱗に触れた。

「やっちまえ!」

 言葉とともに、三人は少女を、イマナと同じように取り囲む。

 少女は余裕の表情を崩さない。

 一人の蹴りが少女に飛んだ。少女はいとも簡単に崩れ、倒れこむ。そこからは先ほどと同じように少女を蹴り続ける。

 イマナは見ていられなかった。痛みで、声は出ないが少女に駆け寄って変わりに痛みを肩代わりしてあげたいほどだった。

 現実はアニメのようにはならない。強ければ倒せるし、弱ければ、負けてしまうのだ。

「ははっ、何だこいつ! よえーじゃんか!」

 一人が笑い声をあげる。つられて残り二人も笑い始める。笑って、人を蹴る。

 少女は何もしない。何もせずに、頭を抱えて倒れこんでいるだけ。

(……えっ)

その時、イマナは信じられないものを目にした。

――笑っている。

 少女は笑っていたのだ。その体を足蹴にされ、それでも何故か笑みを浮かべていた。


「はぁ……はぁ……」

 少女を蹴っていた三人は全員肩で息をしている。それもそうだろう、かれこれ十分以上は蹴り続けていたのだから。

 少女は動かない。

「はぁ……おい! 起きてんだろ!」

 主犯格の女子生徒が少女に声をかける。

少女は動かない。

「ね、ねえ……もしかして、『やっちゃった』の?」

 取り巻きの一人が、少しだけおびえた声を出しながらリーダーに声をかける。

「そ、そんなわけないだろ!?」

「け、けれど全く動かないよっ!?」

「わ、わかってるよ!」

「ひぃ!」

 遂に一人が怖気づいて尻もちをつく。

 少女は動かない。

「に、逃げるよ!」

 イマナのことも忘れてそう叫び、その場から走り去ろうとした。

 しかし、

「えっ?」

 リーダー格の女子生徒が何かに足をひっかけられたかのように転倒する。

「な、何……?」

 恐る恐る、といった風に自分の足を見る。

「おや、逃げるのかい」

掴まれていた。先ほどまで蹴っていた少女に。満面の笑みで。

 そして、信じられない力で彼女の足は持ち上げられた。

「え? えっ?」

 取り巻きの二人もリーダーが近くにいないことに気付いたのか引き返してくる。

 そこには、先ほどまで痛めつけていた少女が自分たちのリーダーの足だけを掴み持ち上げているという異様な光景だった。

「な、なんで……」

「ん? ああ、ちょっとね。軽く気絶していたみたいだ。いやぁ、痛い痛い」

 少女は垂れ下がった前髪を揺らしながら、まるで世間話をするかのように軽く笑う。

「それで、ようやく君たちがやり終えたみたいだから、私もその分やり返そうと思うのだけれど、いいよね? 反論は聞いてないよ。聞こえないし。さっきから耳がガンガンしててね、聞きにくいんだ。君たちの声」

「な、何で立っていられるんだよ!?」

 足を掴まれてもなお、まだ叫べるのは頭が混乱しているからなのだろうか。少女は彼女を見下ろし、

「意地」

 それだけ答えた。

 にっ、と笑う。

「まあ、正直立っていられるのがやっとなんだよね。けれど」

 その笑顔は、悪鬼のそれとなる。

「ここで一人の足をねじ切るくらいなら簡単だ」

「――――ッッ!!」

 その表情を見て、女子生徒は気絶した。




「ほら」

 少女は気絶した女子生徒を取り巻きたちに放り投げる。

「次に手を出した時は、死ぬ覚悟をしてきた方がいいよ」

 それを聞いた取り巻きたちは、コクコクと首を動かし、リーダーを担ぐと逃げるように走り出した。

「――やれやれ」

 少女は、ため息を一つつくと、イマナの方に近寄る。

 ビクッと、イマナは肩を震わせると、少女をおそるおそる見やる。

「ほら。立てる?」

 前髪を上げた少女は、笑顔でイマナに手を差し出していた。

 その姿は、本の中でしか出てこないと思っていた英雄(ヒーロー)そっくりであった。


「ねえ、なーちゃん」

「うん?」

 昼休み、イマナはなーちゃんと呼んでいる少女と二人で食事をしていた。

 相も変わらず、前髪は垂れているのに、後ろはきっちりとされているアンバランスさだ。

 あれからいじめも全く起きていない。

「なんであの時、私を助けてくれてたの?」

 イマナはなーちゃん(仮)と共に行動をすることが多くなった。しかし、それ以前まではなーちゃん(仮)のことはクラスメイトの一人として位しか知っていなかった。

 イマナを助ける義理は、なーちゃん(仮)には無かったはずだ。

「んー、そうさなー。どう言ったもんか」

 なーちゃん(仮)は少しだけ悩んだ後、口を開く。

「井美が正しいと思ったからだよ」

「へ?」

 なーちゃん(仮)は続ける。

「あの連中が井美に突っかかってきたのは井美に協調性が無かったから。正直餌食になったのは仕方ないと思ったさ」

「も、もしかして知ってて見捨てようとしてたの……?」

「うん。あ、このクラスの事情は大体知ってるよ」

「お、鬼ーっ! 悪魔ーっ!」

「あー、はいはい」

 イマナの抗議の声を軽く聞き流しながら、なーちゃん(仮)は続ける。

「だからさ、手を出すつもりはなかったよ。あいつらだって、教師共に目を付けられたくはないと思っているから、ほどほどに済ますと思ったし。けどさ、」

「けど?」

 なーちゃん(仮)は、表情の見えない顔でにっと、笑みを浮かべた。

「抗ったじゃん。あそこで、あの時点で。終わりに出来たはずなのに、諦めたら終わったのに、唾まで吐きだしちゃって」

「あー……うう……あんなのイマナじゃないよぅ」

 耳をふさいで、うーうーとうなり始めるイマナ。そんなイマナをなーちゃん(仮)は頭を優しく撫でる。

「けれどさ、私は好きだよ。あん時の井美。あれがなきゃ私も助けに入んなかったさ」

 そう言って、なーちゃん(仮)は自分の頬をかく。彼女の頬には巨大なばんそうこうが貼られていた。

 それだけじゃない。彼女の足や腕にもばんそうこうはたくさん貼られていた。イマナも少しだけしているが、その比ではない。

「……大丈夫なの? その傷」

「ん? 痛いよ?」

 全く痛くなさそうな素振りで、真逆のことを言うなーちゃん(仮)。

「けれどさ、これでもう何も解決したんだから。安いもんだよ。あっ、そうだ」

 何かを思い出したように、突然ポケットをあさり始める。

「はいこれ」

「これ……」

 それはテープで留められたノートの断片だった。

「ところどころ読めない場所はあるけど……まあそんだけあればまた新しいノートに書き写せるんじゃないのかな」

「あ……ありがとう」

 表情の見えない顔で、口だけ笑みを作ったなーちゃん(仮)に、小さくお礼を言う。

 破られたノートは後で回収していたが、破られた個所はほぼ諦めてしまっていたため、こんな形で帰ってくるとは思いもしなかった。イマナは優しく、大事そうにその断片を抱きしめる。

「…………」

「うん? どったの井美?」

「怪我までして私を助けてくれて、ここまでしてくれるなんて……なーちゃんは私にとっての英雄だよ!」

「そんなもんじゃないよ。英雄なんて……」

「そしてなーちゃんに感じるこの胸の高鳴り! ラブ! なーちゃん! この気持ち、まさしく愛だよ!」

「そんな訳ないだろ! それにそのなーちゃんって呼ぶのをいい加減にやめろ!」

 なーちゃん(仮)にダイブするイマナを、休み時間にもしたように再びアイアンクローをかます。

「あにゃー! やめてやめてなーちゃん! 身が! 身が出ちゃうからあああああ!」


イマナの悲鳴が木霊する。しかし、もう悲しい悲鳴ではなかった。

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