昔の彼女、今の彼女
「やっぱりなーちゃんだった。変わってたけれどすぐに気付いたよ」
「よく、気付いたな。あれから二年は経ったっていうのに」
近くの公園で二人はブランコに揺れる。
髪の間から覗く視界の中の彼女は昔となんら変わっていない。今も、英雄利戸那の姿のままだった。
「髪、伸びたね」
「ああ」
小さく返答して、利戸那もそれ以上話を膨らまそうとしない。ゆったりとした時間が二人の間を流れる。
「斎の奴がお前の家に行っていたみたいだな」
「うん、会うたびいつも謝っていたよ。もう終わったことなのにね」
そう言って、小さく苦笑する。そうじゃないだろう、となちは思う。
「……終わってないだろ」
聞こえないよう、小さく呟いたつもりだった。しかし利戸那はその返答をする。
「ううん、終わったんだよなーちゃん。過ぎたことはみんな終わるの」
笑顔を見せる利戸那に、なちは何も言えなくなる。
「…………学校は、行ってるのか?」
「当たり前だよ。私たちはまだ十六だよ?」
「義務教育は終わった」
「社会に出るのはまだ怖いよ」
「そうか」
子供っぽく、柔らかく笑う利戸那。全く、何も変わっていない。
なちの中にいる、中学の時の彼女と、今の彼女は何一つ変わっていない。
「なーちゃんは、変わったみたいだね」
「…………」
「変わっちゃったのは、私のせいなのかな」
「……違うよ。私は変わっていない」
ただ、戻っただけ。昔の自分に、少しだけ。
「……利戸那は、いつもこの時間に?」
「ううん、目が覚めちゃったから軽い散歩。きっと、なーちゃんもそうなんだろうね」
「よくわかったな」
「なーちゃんの目を見てれば……うん、わかるよ。今はちょっと見にくいけど」
人の仕草、行動、表情。気持ちの揺れ動きでそれらはすぐに変わると、利戸那は言っていた。他人を理解するというのが、彼女の強みだった。だからこそ、彼女は英雄となった。しかし、
「断言、しないんだな」
「…………」
なちのことを見ていた瞳が閉じる。
「ちょっとだけ、わからなくなっちゃったんだ」
「…………」
「昔はね、はっきりとわかってたんだけれど、だんだんとわからなくなってきたの」
薄く、笑う。
「唯一の取り柄だっただったんだけどなぁ。最近はちょっと勉強も苦手な部分が増えてきちゃって。なーちゃんはまだ勉強得意なの?」
「得意というより、好きだ。好きだからやっている」
「そっか。羨ましいなぁ」
そう言って目を細める彼女は、なちの目から見ても寂しげだった。
朝日が昇ってきた頃、二人は公園を出た。公園の出口でなちと利戸那は向き合う。
「それじゃ、なーちゃん。ここでお別れだね」
「ああ」
「また機会があったら、話そうね」
「うん」
「じゃあ、ね」
「バイバイ」
利戸那はなちの返事を聞いた後、後ろを向く。その背中に向かって、なちは問いかける。
「なあ、利戸那。弱い奴と強い奴がいたとして、味方するならどっちにする?」
利戸那はその場で立ち止まる。そして一度逡巡とした後、発声した。
「私には、答えられないよ……」
「そうか。私は断然強い方に加担するよ」
そう返してなちも後ろを向く。
一度背後から視線を感じたが、振り返ることは無かった。
『大人』は私に様々なことを求めた。運動しろ、勉強しろ、女らしくしろ。私も目の前にいる人の形をしたものも、同じモノのはずなのに。
自分では何もしない癖に他人には何でも強要する。まるで自分が出来ないから、私に全てを投影させたいかのように。
熱は冷めない。舌が熱さを帯びている。
言いなりだった。コレの自己顕示欲を満たすために、私は何でもした。私は、奴の操り人形だった。
ああ、もし私がもう少しでも賢しくなければ、父と呼ぶべき物体に心酔していれば、ここまで苦しまなかったはずなのに。
気だるい熱さが、続く。
あいつの言う、子供らしさが私にあれば、幸せだったのに。世界を知らない蛙は井戸の中で満足出来ていたのに。
けれど無理だった。不可能だった。私は、賢くなってしまった。海を、見てしまった。
そして同時に、自分がどこまでも子供だと言うことも思い知ってしまった。
子供は何もできない。世界を変えることは不可能。子供は親を選べない。配られたカードでしか勝負できないのだ。
だからこそ、必死にカードと睨めっこした。何か打開策は無いのか、世界を変えずに内部を変える方法を。
そして、ようやく見つけ出したのだ。私のジョーカーを。
運命を打開するというのはこういうことを言うのだろう。私はようやく、人形じゃなくなる。
いつの間にか熱さは消えていた。いや、慣れただけなのかもしれない。




