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49.赤毛のルーチェ


「ア、アルンバート」


 呆然と目の前のひとの名前を呼ぶと、魔導師はニコリと笑って応えた。


 どうして、彼がここに?


 疑問に思うことはたくさんあるが、悠長に問答している場合ではない。

 わたしは自分の横に倒れた赤毛の女を見た。

 うつぶせに倒れたままの女はぴくりとも動かない。見た目には外傷がなさそうだが……

 壊れた鎧で動きが制限されつつ、わたしは起き上がって赤毛の女のもとへ行き、肩を押して身体を裏返した。

 やはり外傷はないが、死んではいなさそうだ。白目をむいて気絶している。


「再会のあいさつは後回しにしよう。アルンバート、すまぬが、この女を捕縛してくれるか?」

「いいですよ」


 容易いことだとうなずいて、アルンバートは無造作に女に手をかざした。

 周囲の地面が盛り上がり、木の根が出てきて女の身体に巻き付く。

 それを横目で確認しながら、わたしは自分の鎧が取れないか確認した。

 もともと最低限の手間で装備できるような簡易な鎧だったが、引き裂かれたせいで金具が歪んでいる。


「っ!?」


 金具に手をかけようとしたときに、もはや聞きなれた風切り音に気付いて、わたしは急いで地面から跳び上がった。

 アルンバートの腰に抱き着くようにぶつかり、彼の身体を地面に押し倒す。

 ドスッ、と鈍い音がして、短く太い矢が近くの地面に突き刺さった。その角度から、やはり魔導師を狙っていたものだと確信する。


「アルンバート、下がれ」


 驚いた顔のアルンバートに短く告げて、わたしは素早く起き上がって腰の剣を抜いた。

 鎧が邪魔だ。脱ぎたいが、その暇がない。

 前方から駆けてくるのは、カシウス隊長の馬と、ランスの馬だ。

 矢を射たのは当然、ランスだろう。


「同じ武器、同じ魔法……」


 妙な違和感を覚えた。

 ランスも赤毛の女も仲間同士なのだから、同じ武器を使うこと自体はそうおかしいことではない。

 しかし、地下から衝撃波が襲ってくるあの魔法は、一般的な魔法ではない。たいていの魔法は座学でそらんじているが、呪文をとっさに思い出せないくらいに珍しい種類の魔法だ。

 あれを、ふたりとも使った。

 一緒に魔法を学んだのだと思えば無理やり納得できなくもないが、使える魔法の系統には個人差がある。

 同じ呪文を唱えて、同じ威力を他人が出すのは難しいはずだ。

 気のせいだろうか……?


「くっ!」


 ふたたび矢が飛んできて、わたしは手甲でそれを弾いた。

 剣で切ろうと思ったのだが、どうにも鎧が邪魔で振り抜けない角度だった。


 マナがざわめく。

 カシウス様の魔法だと、その感覚ですぐにわかった。

 槍穂から光の矢がランスに向けて飛ぶ。光の残像を見たときには、すでに目標に当たっている。

 なんという速さだ。


 ランスは光を肩で受けた。

 馬の進路がゆらぐ。それでも落馬もせず止まりもしなかったので、急所は外したらしい。

 その隙に、隊長の馬がわたしたちの前まで来る。


「あの魔法は」


 背後で、アルンバートが驚いたようにつぶやく。


「アル」 隊長のほうは、ここにいないはずの魔導師の姿を見ても、さほど驚いた様子もなく馬を降りた。「ニアを守ってくれ。部下がやられた」

「お、おう」

「ニアはアルを守れ。ふたりとも、死ぬな」


 それだけ命じて、隊長は走ってくるランスへと向き直る。

 わたしはアルンバートを一瞬見た。アルンバートもこちらを見、かるく首をすくめる。


「魔法でこの金具が切れるか?」

「やってみる」


 アルンバートはふたつ返事でわたしの鎧に手をかけた。

 音もなく肩にかかる荷重が変わり、ふと見たときには、鎧は前後真っ二つに分かれていた。


 ……彼の実力は知っていたが、こうして改めて見ると恐ろしい。

 詠唱もなければ音もなく、騎士の鎧を寸断するなど、どういう魔法ならできるのだろう?

 しかも、着ていた生身はおろか、鎖帷子にも傷ひとつない。

 赤毛の女の怪力にも驚かされたが、それに匹敵する才能と言えるだろう。


「きゃっはははハハハァ!!!」


 甲高い笑い声が上がって、わたしは思考を前方に戻した。

 ランスがふたたび馬の上から跳び、カシウス隊長に斬りかかる。隊長はふたたびそれを槍で受け流した。

 小柄な女の身体がくるくると回転し、近くの地面に猫のように着地する。


「おまえ、力、どうした?」


 面白くてたまらない、といった口調でランスが問うた。


「その力、使えない。前、そうだった。いま、使える。なに?」


 興奮のあまりにか、以前よりも片言になりながら、ランスが地面を蹴って走り出す。

 今度はこちらに向かってきている!

 剣を構える前に、アルンバートが片手を前方に突き出した。


 バン! と派手な音が上がって、ランスはわたしたちとの間に生じた見えない壁にぶつかった。

 勢いのままごろごろと後方に転がり、獣のように四足で地面に構え直す。


 魔力障壁(バリアー)だ。

 わたしも使える防御魔法で、物理攻撃を一度だけ完全に跳ね返すというもの。


「おっ!」


 ランスは目をぎらつかせて、アルンバートを見た。


「だれ? おまえも、へん。力、へん」

「光栄ですね」


 アルンバートは場違いなほどのんびりと答えた。

 ランスはなにかを言おうとして口を開きかけ、すぐに横に飛ぶ。

 その足元に、光の矢が刺さって霧散した。カシウス様の魔法だ。


「ははぁ! おもしろ! おまえら、おもしろ!」


 子供のように興奮した女が、みたび隊長に斬りかかる。

 一合、二合……今度は数度打ちあう。

 体勢を整えようとランスがすこし距離を空けると、隊長がすかさず光の矢が放つ。小さな体は、常にそれをぎりぎりでかわしている。


「あれって、なに?」


 アルンバートが、切り結ぶふたりを見ながら、呆然とつぶやいた。


「遠征先でわたしたちを襲ってきた謎の襲撃者だ。追って来たらしい」

「そうじゃなくて、カシウスの使ってるやつ」

「隊長の? わたしも初めて見た。先日、あの方の魔法の封印を解いたのだ。だが、いつの間にあんな魔法を体得なさっていたのか……」

「封印を、解いた?」


 魔導師の声に動揺がにじむ。

 それが意外で、わたしはアルンバートの横顔を見た。

 久しぶりに会う男の、本来なら優しげな目元が、険しく細められている。

 それに釣られるように、わたしは改めて隊長を見た。

 槍でランスの攻撃をいなし、距離が空いたら魔法を放つという動きを繰り返している。

 マナが周囲で光っているのは、はじめに見えたときと同じだ。その流れはシュルマ独特のものなのか、見慣れてはいないが、特に異常とも思えなかった。


「アホのひとつ覚えみたいに連発してる」


 アルンバートがわたしの疑問に答えてくれた。言葉は悪いが。


「たしかに」


 言われて、ようやく妙だと思った。

 隊長の戦いの定石を知っているわけではないが、覚えたての魔法を執拗に使う必要があるだろうか?


「なにか狙って――――うわっ⁉」


 言いかけたアルンバートの鼻先を、矢が鋭く行き過ぎた。

 わたしは急いで彼を背にかばい、矢が飛んできた方向へと剣を構えた。


「まったく、さあ」


 見ると、赤毛の女が低く唸りながら起き上がるところだ。

 全身に巻き付いていた根の拘束が、まるで紙きれかなにかのように千切られている。


「うっそ」


 さすがにアルンバートも予想外だったようで、言葉を失っていた。


「ランスに付き合うと、毎回毎回ろくなことがないんだよねぇ……面白いけど、痛いのは好きじゃないな」

「貴様たちの目的はなんだ? わたしの誘拐か?」


 わたしは時間稼ぎにならないかと、声をかけてみた。


「そうね、それもひとつ。でも、何度でも言うけどあんたに人質としての価値なんかないからね」


 女はにっこりと笑って応じた。思っていた通り、口が軽い。


「あんたが生きてさえいればいいの。息があればそこから回復することは難しいことじゃないもん。加減が難しいけど、そこはランスがいつもうまくやってくれる」

「ランスは、おまえよりも位が高いのか?」

「難しいのはわかんない。でも、ランスがいつもうまくやってくれるの。あたしはグズのルーチェでいればいい。ルーチェとランスはいつも一緒。王様に褒められるのも」


 そこまで話したところで、邪魔が入った。

 赤毛の女の首ががくんと横に倒れ、一抱えもありそうな石がこめかみにめり込んでいる。

 投げたのは、交戦中のランスだった。


「口閉じろ、馬鹿が! 脳ミソ、腐れんの、はえぇぞ!」

「やだあ、怖いこといわないで」


 仲間であるはずの相手から怒鳴られても、赤毛はやはりどこ吹く風といった様子だ。こめかみにも傷一つない。

 本来なら大けがを負って当然のことなのに、異様な光景だった。


「さっさと聖女、やれ!」

「はーい」

「そっちの緑も、殺すな!」

「ええー?」


 ランスがカシウス様の槍をいなした後に指したのは、アルンバートだ。

 赤毛の女は不満そうだったが、わたしは内心ほっとした。

 殺すつもりがあるのとないのとでは、攻撃の勢いも違う。殺さないよう手加減しにくるのであれば、わたしの戦闘能力でもなんとか相手ができるかもしれない。

 情けない妥協だが、明らかに異常な相手に対して警戒はしておきたい。


 奇妙な戦いが始まった。


 わたしとアルンバートで、ルーチェ、というらしい赤毛の女を。

 カシウス様がランスを。

 それぞれに相手して、そして互いができれば相手を捕えたいと動く。


「凍らせたらどうでしょう?」


 アルンバートが無造作に片手を振ると、飛びかかろうとした体勢のまま、赤毛の手足が氷の塊に包まれた。

 手足を結ぶように氷が互いにくっつき、巨大な氷塊へと変わる。


 氷の棺(アイシクル・コフィン)だ。


 その名の通り対象を魔力で作った氷のなかに閉じ込める魔法で、攻撃ではなく支援魔法に分類されるが、難易度は最上級で、わたしには使えない高度な魔法だ。

 知識では知っていたが、使っているところは初めて見た。


「ざんねん」


 赤毛の女は少しも騒がずに舌を出し、無造作に腕を振った。

 バキリとひび割れる音が大きく上がり、氷塊が一瞬で粉々に砕ける。閉じ込められていた女の手足は無傷だ。


「無茶苦茶ですね」


 アルンバートが隠しもせずに呆れる。


「カシウス・リオンタール!」


 その横で、ランスが大きく叫んで隊長に肉薄する。


「見せろ! おまえ、変わった! 地下で、おまえ、役立たず! いま、変わった! おまえ、エサ! おまえ、素質、あるぞ!」


 短い刃物で、ほとんど殴るように切りつけながら、ランスが訳の分からない理屈を叫んでいる。

 対するカシウス様はあくまで寡黙にそれらを受け流し、反撃し、隙があれば光の矢の魔法を放っている。

 マナのきらめく矢が飛ぶたびに、ランスはますます嬉しそうに笑った。


「いいぞ、いいぞ、いいぞ!」 叫びながら、ランスは後ろに飛んで魔法をかわす。「ルーチェ!」

「はーい!」


 ランスに呼ばれた赤毛の女が、水を得た魚のように活き活きと駆け出した。

 離れる間際に至近距離から弩を発射したのを、わたしが剣で叩き落す。


「試すぞ!」


 赤毛のルーチェが横手に来るのと同時に、ランスは片手を隊長に向けてかざした。

 その手指の先に、マナが溜まっていくのを感じる。

 そしてそれが、黒く染まっていく。


「重魔力!」


 ぞっとして、わたしは駆け出そうとした。

 しかしその腕を、後ろから掴んで止められる。アルンバートだ。


「来るな!」


 隊長が怒鳴る。

 ランスが放とうとする重魔力に向けて光の矢を放つが、それはまるで吸収されるように闇のなかに溶けてしまった。


「カシウス!」

 アルンバートが叫んだ。

「矢じゃなくて、盾を作れ!」


 盾?


 わたしが疑問に思う一瞬の間に、カシウス様は理解したようだった。

 ランスに対抗するようにかざした手の前に、光の粒子が集結して、障壁を作った。

 ついさっきアルンバートが使った魔力障壁(バリアー)のように。


 ランスが重魔力の黒い矢を放つ。

 重い弓を弾き絞るような、初めて見るぎこちない動作で。

 その横では、まるで引きずり込まれるのを阻止するかのように、赤毛の女がランスの空いた手にしがみついている。


 黒い矢と光の盾がぶつかった。

 音もなく、両方とも弾ける。

 そこを中心に、マナが爆発したように四散して、周囲に烈風を巻き起こした。


「くっ!」


 巻き上げられた砂や石つぶてに、まともに目も開けられない。

 わたしは籠手で目をかばいながら、背後のアルンバートを手で探り当て、引き寄せて抱き込んだ。

 細かい粒が帷子や兜に当たって、バチバチと耳障りな音を立てる。

 しばらくして風がおさまったが、あたりはもうもうとした土埃ですぐには見通せないほどだ。


 隊長は?


 わたしはアルンバートの身体に怪我がないことを確認すると、すぐに身体を離して剣を構えた。

 そうこうしているうちに周囲の視界がだんだんと開けてくる。


 ランスが倒れていた。

 まるで眠っているかのような静かな表情で地面に仰向けになっている。長い銀髪がその顔を縁どるように広がっているのが、まるでなにか呪術的な文様のようだった。


 そして、その向かい側では――


「カシウス様!」


 わたしは駆け出した。

 隊長は剣を支えのように突き立て、地面に片膝をついていた。

 息苦しいのか、疲労なのか、珍しく肩が揺れるほどに呼吸が乱れている。


「来るな。まだだ」


 隊長がそう言ったのが聞こえた。それで、慌てて足を止める。

 ざくりと土を踏む音がして、そちらを見ると、赤毛の女がふらつきながらランスの横に立っていた。


「ランス?」

 幼い子供のように、どこか舌足らずに赤毛が呼んでいる。

「どうしたの? ねえ、寝ちゃったの?」


 地面に膝をつき、遠慮もなしに倒れた仲間の身体を揺する。

 それでも、銀髪の女は瞑目したままぴくりとも動かない。

 赤毛は首をかしげた。不自然なほど首を曲げて、間近にランスの顔を覗き込んでいる。


「あらあ? ……あららぁ? ……もしかして……なの?」


 なにかをブツブツとつぶやいているが、よく聞こえない。

 カシウス様が、下がれ、と手振りで指示する。そのこめかみにじっとりと汗が浮かんでいるのが見えた。

 剣を構えたまま、わたしはじりじりと下がった。

 弱っているカシウス様の姿は、地下で重魔力を受けた時とも違った反応で、不安ばかりが膨れ上がる。


 大人しくこのまま下がっていていいのか?

 なにかするべきではないのか?


 常にない状況に動揺し、うまくマナの流れも読めない。


「そんなぁ!」


 ふいに、赤毛が叫んだ。

 それと同時に、消えてしまったかと錯覚する速度でカシウス様に迫る。

 バン、という、炸裂音にも似た音で両者が激突した。

 カシウス様の剣に、赤毛の曲剣が絡みつくようにぶつかっている。


「なんで、あんたは起きてるの⁉ ランスは寝ちゃったのに、あんたはぴんぴんしてる。あの黒いのを受けたのに! おかしいじゃん!」


 まるで子供の癇癪のように叫んで、赤毛は何度もがむしゃらに剣を打ち下ろす。

 ガンガンと耳障りな音を立てるたびに、どちらのものか、刃こぼれした剣の金属粉がきらめいた。


「あんた、嫌いよ!」


 赤毛が一度大きく跳び退った。

 それと同時に、周囲に地響きがし始める。

 地中から衝撃波が来るあの魔法だと、すぐにわかった。


 カシウス様が剣を足元に突き立てる。

 それと同時に、その身の回りに大量の光るマナがあふれ出した。

 それらは卵のようにカシウス様の身体を覆う。


 呆然とそれを見ているだけのわたしの腕が、後ろから引かれた。

 アルンバートだった。

 こちらも、周りに魔法結界が張り巡らされる。カシウス様のマナと違い、魔法陣が足元に浮かんで、その範囲内が見えない壁で包まれるたぐいのものだ。


 ドン、と足元が揺れた。

 だが、それだけだ。

 さきほどは馬ごと吹き飛ばされたほどに強力な攻撃だったのに、結界を介すとなんのこともない。

 それに、なにより……


「うそっ!」


 赤毛が驚愕した。

 無理もない。

 揺れたと思った大地が、カシウス様を中心にして一瞬で鎮静化したのだから。

 最初に揺れたほかは、それらしい揺れも、衝撃波も、なにもかもなくなっている。

 カシウス様を包んでいた光のマナも消えていた。


「感謝する」


 カシウス様は地面から剣を抜き、驚きに固まったままの赤毛に歩み寄った。

 その声はわずかに掠れていたが、弱々しさは微塵もない。


「おまえのおかげで、魔法というものを、少しは理解できた」


 カシウス様の片腕が上がり、その手に握られた剣がきらりと日の光を反射する。


 そのときだった。

 ふたたび地面が細かく揺れ出した。

 時間差で魔法が発動したのかと一瞬ぞっとしたが、そうではなかった。


 なにか近づいてくる。


 そう思って、わたしは目を周囲に走らせた。

 なにか、の正体はすぐにわかった。

 騎士だ。馬に乗った完全武装の騎士が複数、こちらに駆けてくる。

 その数は10ではきかない。


「あれは……」


 わたしは目を見開いた。

 見間違えるはずもない。ガルリアン王国騎士団の鎧だ。

 さらに、外套と、槍穂に揺れる団旗に刺しゅうされた紋章は、銀環騎士隊のもの。


 王都にいた、本隊の騎士か?


 赤毛もそれに気づいたのだろう。慌てた様子で倒れるランスを腕に抱えたが、それは助け起こしたというよりは、縋るかのようだった。そのまま、よろめくように馬ほうへと駆け出す。

 騎士たちも迫ってくる。

 カシウス様が掲げていた剣を横へと倒した。

 怒涛の勢いで駆けてきた騎士たちが、隊長の背後で一斉に停止する。

 一糸乱れぬ統制は、演武でも見ているかのようだ。


 赤毛はランスを馬の背に置くと、自身もまたがって急いで駆け出した。もともとランスが乗っていた馬もそれについて行く。

 弓を射れば当たるだろう。馬で追えば容易く追いつくだろう。

 しかし、騎士たちはそれを微動だにせずに見送った。隊長の指示がないからだ。

 襲撃者ふたりは、そのまま騎士隊の威圧から一目散に逃げていく。


 わたしは剣を手にしたまま、わずかに離れた場所でそれを眺めていた。

 まるで観劇の客のようだと、場違いに馬鹿なことを考えながら。



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