後編
「半田…。」
今、学校の友達に会ってしまったことを少し後悔した。
これで、また心残りになる出来事が増えてしまうかもしれないから。
「出発、明日か?」
「うん」
とりあえず、今思ってることを隠して平然と話すように努める。
半田とは中学になってから知り合いになった友達の一人だ。
去年の6月頃からだったか。
席替えで前後同士の席になり、話し始めたことがきっかけだった。
半田とは本当によく気が合った。
夏休みが終わるころには、一番の友達になっていた。
でも、友情は長く続かなかった。
10月の中ごろ…。俺のノートが落書きされ、さらに破られる、ということが起きた。
結局犯人はわからなかったし、それ以後同じことをやられたわけでもない。
だからあまり気にしてなかった。
でも、一つ思いだしてしまった。
半田が以前言っていた言葉を。
「ねえ高木、こないだの授業のノート見せて」
「いいよ、はい」
「まあ、お前のものなんか大切に扱わないけどね」
「どういうことだよ」
「たとえば、この場でブレークしたりとか…」
「もの使いが荒い井岡も人のものは大切に扱ってるぜ」
「はいはい」
これを思いだしたとき、ふいにこんな考えが頭を横切った。
やったのは、半田じゃねえのか…?
勿論、半田は否定した。
でも、俺はずっと「お前だろ!」と言い続けていた。
それ以来、俺たちはしばらく絶交状態だった。
12月頃に少しは回復したけど、せいぜい大人数のグループで一緒になった時に少し話すくらい。
以前のような関係には結局戻れなかった。
別にいいと思っていた。
理由は説明できないけど……。あきらめがつく、というか…。
そんなことをなんとなく思いだしていた。
雨はまだ止まない。
早く晴れてほしいと思った。
このままいても何も話すことはないと思ったから。
「高木。」
「……。」
何で話すんだよ。
なんて言っていいかわからないじゃないか!
そう思ったが、言葉にならない。
「俺、本当はお前とあの後も仲良くしたかった。」
「……。」
「勿論俺はやってないけど、さ。」
「いまさらんなこと言ったって!もう時間は取り戻せないだろ…。」
「人はね、悪い記憶はいつまでも忘れないんだ。」
「?」
いきなり何を言い出すんだよ。
「逆を言えば、楽しかった記憶はすぐに忘れてしまう…。」
「何が言いたいんだよ」
「お前に疑われたとき、本当に悲しかった。そして怒りもわいてきた。「もう絶交だ!」ってね。でも………。
ふとその前の楽しかった記憶を思い出したんだ。でも、時間がたつにつれて怒りと悲しみでだんだんかすんでいくようで…。」
「……。」
「だから、悪い記憶を取り除きたかったんだよ、俺は。」
半田…。
「ごめんね、俺の個人的な気持ちだから、」
確かに、その通りだと思った。
あの一件以来、それまでの思い出を俺は一度も思い出してなかった。
負の感情と記憶に飲み込まれてしまったかのように……。
最初に話した日。
趣味も合っていて、たくさん話すようになっていったこと。
夏休み、2人で出かけたこと。
仲たがいしてからも、半田はたまに俺によって来ていた。
テストでひどい点を取った時、「気にすることないよ」と言ってくれた。
筆箱を忘れたとき、何も言わずにシャーペンを貸してくれた。
半田は、あんなにひどいことを言われても俺を見限らなかった。
それなのに俺は、一方的にあいつを避けてたんだ。
気が付いたら、涙がこぼれていた。
半田を突っぱねてた後悔と、あいつの優しさで。
「半田……、ご…、めん…。」
「何だよ、いまさら……」
半田は笑っていた。無垢の笑顔だった。
そして、あいつも俺と同じように、涙をこぼしていた。
「ありがとう…こんな俺と、仲良くなってくれて…」
「気にすんなよ……」
気が付くと、雨は上がっていた。
「また、会えるよ…ね。」
「うん。」
そう言葉を交わし、俺たちはそれぞれの帰路についた。
俺の心のわだかまりは、まるで雨が洗い流してくれたかのように消えていった。
そして、新しい土地での生活の自信も、少しだけついたような気がする。