前編
3月も終わりに近い。
少しずつ暖かくなった町を、俺は歩いている。
少しずつ遠ざかっていく、記憶。
友達と教室でふざけ合った。
同じ空の下で遊んだ。
先生に怒られた。
親友と喧嘩して一人で帰ったあの日。
「秘密だよ」と連れて行かれたあの秘密の場所。
一つ一つの思い出が重なり合って、できた記憶。
でも、このままの状態であるわけではない。
この世界で生きている限り、新たな記憶がどんどん積み重なっていく。
今までの思い出がどんどんかすんでいく。
俺は、4月から別の学校に行く。
親の転勤が理由だ。
ここは、見渡す限り住宅が広がる郊外の小さな町。
俺は今までここで育ってきた。
でも…先月、父から聞かされた言葉。
「和登…すまんな…。」
なんで転勤になったのかはわからないけど、両親の話からおそらく父は「左側の人」になったのだろう。
この近くには親戚はいない。俺も引っ越すことになった。
出発は明日。
今日でこの町の景色は見られなくなる。
今とおっているのはみんなでいつも下校した坂道。
この町に残っていたい…。
でも、今の仲間たちとは別れなければならない。
これも運命のいたずらというものか。
でも、中1最後の授業のとき、みんなに「今までありがとう」と言ってもらえた。
クラスの友達からも。
部活の仲間からも。
だから、みんなに対する心残りはない。
はずだった。
理由はわからない。
どこか、心の隅っこにわだかまりがあるような気がする。
なぜだろう…。
答えは何度考えても出なかった。
ビュゥゥゥ…。
風が強くなる。
空には雲が広がる。
雨か……。
そう思っているうちに雨が降ってきた。
雨脚はだんだん強くなる。
「雨やどりしよう…。」
俺は、閉店した店の入り口の前で雨やどりすることにした。
…もう雨が降る季節になったのか…。
「…高木?」
「!!??」
いきなり自分の名前を呼ばれ、びっくりした。
目の前にいたのは…。
「半田…。」
中学生になってから仲良くなった友達、半田健人だった。
後編は4月6日までに掲載したいです。