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踏破せよ、世界を  作者: 一ヌキ末
人篇 北大陸
32/36

我の生すは 5

4



 突如出現した青炎の槍に目を見開いた緑の少女は、"飛行"で姿勢に制動をかけた。体と首を全力で捻り、熱の凶器から顔を背けていく。その手から零れた障壁の斧が制御を失って虚空に溶けるように消え始めた。

 迫る青い螺旋に、逃げる少女の顔。緑色の瞳に青い光が映る。

 粘性を帯びた時間の末、速さ比べに勝ったのは後者だった。

 少女の肌と間一髪の空間に穴を開けて、青炎の槍は右耳後ろへと過ぎ去っていく。そのまま着壁━━せず、形を失い霧状に崩れる。その青い霧が壁をふわりと優しく撫ぜる。それだけで壁は赤く溶け崩れた。

 熱の余波に、浮いた汗の雫が蒸発し、緑色の髪が焦げて散る。常人ならばこれを回避せしめることは不可能だったろう。それほどの挙動だが、それだけでは不足だった。

 もうひとつ。

 緑の少女の背後には、敗死の呼び水が肉薄している。

 些かの余暇も許さず、その背骨を食い破らんと襲いかかる(つるぎ)。前方の槍と後方の剣、片方を避けた緑の少女に、もう片方を免れる暇はない。

 かさついた襤褸に光る切っ先が埋まり、貫く。その背肉に致命の刃がいよいよ触れた。

 肌に触れてしまえば、威力を抑える手立てはあっても完全に避ける手段はまずない。そして最小限に抑えられても致命傷を確実とするだけの殺傷力を、剣は持っている。

 緑の少女の命運尽きたか、そう思われた次の瞬間、彼女の姿が突如として━━ぶれた。

 ぶん、と音は鳴らなかったが、まるでそう聞こえたかのような一瞬だった。

 一体何が。その不可思議な刹那を捉えた者は固唾を飲む。だが、期待通りの予想外は起こらなかった。

 少女を、剣が貫く。

 姿勢を崩したままの緑の少女の腹部を抵抗なく、水を通り抜けるように飛び出して、老婆の剣は"我流式・龍火"の残滓を貫通した。炎を散らして矢のように突き進み、持ち主の前に音を立てて突き立つ。

 続いて騎士側第三発目の魔術が発動。

 応酬の間に触媒で描かれていた空中魔術陣から、炎纏う巨人の手が浮き上がる。半透明のそれは実体化すると同時に、緑の少女が浮く周囲の空間を根こそぎ圧搾するように握り込んだ。

 回避はおろか驚愕さえも許さない襲撃。「"燃え尽きよ我が拳で"」と騎士が言う。

 ごきばきめきめきりぱきぱききーーと、赤い拳は自壊する勢いで力を込めていく。破砕音が鳴る毎に、血のような炎が噴き上がった。渦巻く熱で周囲が歪む。

 赤黒い皮膚、漆黒の爪。轟々と炎を散らす巨人の拳は、実在する魔物の『性質』を用い、限定的にだがその破壊力を再現した大魔術である。ありとあらゆる物質を破壊する……とまではいかなくとも、人間の肉を炭へと変える程度の威力は十分ある。その中に巻き込まれた者の末期は、想像に容易い。

 しかし、攻撃はまだ終わらない。

 "我流式・龍火"、"燃え尽きよ我が拳で"という消費魔力の多い魔術を使った魔術師二人が後ろに下がる。入れ替わるようにもう二人が進み出た。

 二人の騎士は目を伏せ静かに唱える。


「"酷薄なる鼓動(クルエルハート)"」「"異・凍てつく鎖ゼウスチェイン・ヴァリアント"」


 声と共に魔術が発動した。

 極冷の波動を放つ鎖が現れ、巨人の拳を大きく囲むようにじゃらじゃらと空中を巡る。ややあって、鎖は立方体を展開した。辺は鎖、頂点は錘の骨組み状態。

 鎖の枠から空白の六面へ魔力の波紋が流れる。鎖ひとつひとつから広がった波は互いに共鳴し、膜を成す。膜はすぐに分厚くなり、立方体の内外を完全に隔離した。膜の両面とも触れた衝撃を増幅・反射するという、自身を囲んでも敵を閉じ込めてもいい便利な魔術である。

 次に、指先ほどの漆黒の点が牢獄内に現れた。この世全ての暗黒を凝集させたかのような黒点は、僅かに膨張。続いて同色の円環が、惑星とその輪のように発生した。

 円環は回転し始める。軸が定まらない出鱈目な動き。ぐるんぐるんと廻るそれは、黒点の全体像が透けて見えるほどに高速化した。

 黒点が震え、円環から黒い衝撃が放たれた。水面に波紋が拡がるが如く、虚空に黒円が描かれる。ほとんど厚みのない黒円は牢獄の内壁へとぶつかり、幾つかの弧に割れながら威力を増して内部へと舞い戻る。

 黒点が再び震えた。円環から黒円が生まれる。更にもう一度震える。生まれる黒円。もう二度。三度。四度、五度、六度、七度八度九度十度…………。

 黒点が震えるその度に、新しい黒が牢獄の中に生み出されていく。それらは途切れ途切れでなく、心臓が脈打つように連続した。

 角度を揺らして放たれ続ける黒円は牢獄の内壁で跳ね返り、巨人の拳を透過してその内部を蹂躙する。当たらなかった部分は再び反射させられ、何度も何度も牢獄内を跳ね回った。

 そのほとんどは縦横無尽に牢獄内を走り回ってから、思い出したように拳へと向かう。円環から直接目標に命中する黒はほんの一部だけだった。消費される黒よりも、生産の方が恐ろしく速い。

 脈打つ黒心。回る円環。

 何十対もの目が見つめる中、半透明の牢獄が黒く染まっていく。

 それから大した時間も経たず、宙に鎮座する黒い立方体が完成した。黒曜石の塊から切り出されたかのような静謐さを見せるその内部では、今も尚暴虐の嵐が吹き荒れている。

 巨人の拳も黒点円環も黒い海に沈み、もはや牢獄の中身は窺い知れない。


「…………」


 老婆は床に刺さった剣を抜く。

 『肉喰み』と呼ばれるこの三連魔術連携は、破壊力の高い拳で目標を拘束しつつその外殻を傷付け、黒の超多連撃で内部を抉る、というもの。きちんと命中すれば、傷口や身体の穴といった柔らかいところから雪崩れ込んだ黒が目標の中身を食い荒らし、すべてが終わった後には骨や外殻など一定以上の硬さを持った部位のみが横たわる。主に甲殻を持った蟲系魔物に使う攻撃である。

 そして、これは念押し。

 老婆が構える。血の一滴も付着していない刃に色の抜けた眉を僅かに顰めつつ、"身体鋼化"。"強化・改"。

 その構えには一部の無駄も存在しない。剣のための合理を究極にまで突き詰めた、天才が気の遠くなるような修練を積み重ねた果てに行き着く境地。

 対応性を重視した柔らかい構えは、徐々に一撃のためのものに推移する。それは鋭く、あるいは柔軟に引き絞られ、あるひとつの臨界点に到達した。

 魔法剣奥義試型、亜流斬宇(きりう)

 放たれた斬撃は、人々の目には映らなかった。

 ならば音はあったのかといえば、音も無かった。構えた老婆の姿勢がいつの間にか振るう前からその後へと変わっていた、見ていた者の目にはそのように映った。

 切断に至る過程はなく。ただ結果だけが、何よりも確かなものとしてそこに在った。

 縦に描かれた一線を境目として、黒い立方体が左右半分ずつ、滑らかに上下にずれる。本来固体状ではないはずのそれはしかし、艶やかな切断面を崩さない。

 一瞬の静寂。一切合切を分断する斬撃は、延長線上の壁をも紙屑のように引き裂いていた。鋭利な溝は装飾品の残骸を増やしつつ壁面をなぞり上げ、二階の天井にまで到達している。

 割れた黒い立方体が、崩れた。展開術式や魔力流通を"経絡"ごと破壊された魔術は制御を失い、曖昧な攻撃性のみを残した魔力へと一斉に解ける。魔術師固有の魔力色を反映した三色のもやが厚く、雲のように広がる。

 間を置かず、混ざった別魔力はバヂ、と反応。刺々しい害意を含んだ魔力はそれぞれに絡まり合い、弾け、爆発した。

 光。そして熱。広がる昼の属性が、月の光と夜の冷たさをほんの一瞬塗り潰す。

 眩さの跡には球状に逆巻く紅蓮の炎。

 赤々と輝く灼熱は、魔力を(たきぎ)に燃え盛る。反応した魔力は爆発に費やされた分を除いてもかなり多い。何せ大魔術三つ分である。特殊効果も何もない単純な炎は長々と続くだろう。

 魔力が消費されていくにつれ、炎が鎮まっていく。

 あれだけの連携攻撃に曝されれば消炭ひとつも残っていない━━という観客たちの予想は、しかし裏切られた。

 炎が消えて現れたのは、人ひとりが入りそうな緑色の箱。月光を取り込んだその表面は幻想的な淡さを帯びている。半透明だというのに中身が窺えないほどの分厚さで、左右を分割された後に修復されたような大きな傷痕があった。

 それは。超多重障壁の防護膜だった。

 何重もの視線が注がれる中、緑色の薄膜がぱらぱらと剥落していく。雪のように舞い落ちた薄緑の欠片たちは、宙空で溶け消えた。

 剥がれきった殻から現れたのは、案の定緑の少女。

 夜風に襤褸をはためかせての仁王立ちである。少し上気しているが、不敵な笑みは欠片も損なわれていない。剣が貫通したはずの腹部には、なんの変化も見受けられなかった。

 観客は、そして団長は信じられなかった。あれほどの猛攻、人間が食らえばひとたまりもないはずである。そして何より、黒い衝撃は防げても、障壁程度では幾ら積み重ねたところで巨人の拳には大して耐えられないはず。

 指間に挟んだ無数の小瓶━━おそらくは帯性魔力の容器━━は、もうその役目を果たしている。内蔵魔力は空だ。障壁の強化に使ったのであろう。

 ぽいと用済みの小瓶を放り捨て、緑の少女は髪を掻き上げた。


「いやあ、すごいすごい……あたし様じゃなきゃ死んでたよ」


 ふぅ、と息を吐く。


「さて」


 すぅ、と息を吸って、緑の少女は微笑んだ。捕食者が獲物に向ける笑みだった。


「お前ら十分攻撃したし、次はあたし様の番だ」


 反撃の兆しと受け取った騎士たちのうち、二人が即座に反応した。

 背が低い方が懐から三枚の魔術符を取り出し、一息に使用。魔術符の表面を魔力光が舐め、魔術が発動した。彼女の前に炎が立ち上り、左右と上下へ広がる。床面積の半分を覆うほどの薄い()幕が出来上がり、緑の少女へと襲来した。

 炎の幕に追随して、背の高い方が飛ぶ。風を集めて虚空を蹴り、宙を駆ける。炎を隠れ蓑にして、手には攻撃性の魔術。

 幕状の炎は、一方からのみ反対側が透けて見えるという特殊な代物だ。障壁での防御なり、魔術での突破なり、緑の少女が行動した直後の隙を突く算段だった。

 要するに、小手調べである。必殺といっていい連携攻撃を凌いだ緑の少女。彼女が見せた妙な回避の術を探るための誘導だ。

 対する少女は余裕の面持ちで首元に片手をやり、首輪を撫ぜた。指先の動きに従って、首輪の淵に光が宿る。


「"発動"」


 瞬間。

 歯車が、狂った。

 途端広がったえもいわれぬ不快感に、その場にいた全員が大小呻く。

 変化はそれだけに収まらなかった。

 少女に迫っていた炎の幕が、水に入った塩のように溶けて消えた。形を失った魔力が目標の周囲にさあぁ、と散乱する。

 炎の幕を追いかけていた背の高い方は足を踏み外す。「━━!?」というより踏み損ねる。固めていた空気の足場が、なかった。空中で踏み台を失った彼女は翼をもがれた鳥のように墜落するより他ない。

 虚空を足場にできないのは普通のことだ。しかしそれは常人の理屈であり、超級の達人である騎士にとってはすこぶる異常なことだった。

 ぐらり、と姿勢を乱した隙を、緑の少女は逃さない。一瞬で肉薄。首筋を狙う咄嗟の反撃を緑色の魔力剣でいなし、蹴り。

 肉体強化をされた渾身の一撃を腹部に受けた背の高い方は体を曲げ、凄まじい勢いで背の低い方に激突した。緑色の魔力剣が追尾して、衝撃に仰け反る彼女らの体を纏めて貫き、床に縫い止めた。客たちから悲鳴が上げる。

 慌てた老婆と四、五人目の騎士が半ば反射的に手を掲げ、一瞬で組み上げた魔術を次々と放った━━が、目標に届かないうちにすべて崩れて消えた。

 浅からぬ驚愕を浮かべる騎士たちに向けて、緑の少女が魔力剣を放つ。

 理解しがたい状況を前にしても、老婆の鍛え上げられた肉体は自然と反応した。前に出てその流麗な剣捌きで飛来する魔力剣を弾き、続いて放たれたものも粉砕した。

 背後の騎士に向けて、老婆は短く言う。


「解析。しとくれ」

「はい」


 魔力剣を細切れにしつつ、返答を待つ。

 老婆の額は皺を寄せていた。あからさまに手足の動きが鈍くなっている。妙な痺れとでも表すべき違和感が、老婆の体を襲っていたのだ。

 緑の少女にこのまま畳み掛けるつもりはないらしく、魔力剣を投げ放つばかり。目を細めて、騎士たちがどう動くのか鑑賞でもしているようだった。

 その余裕とも取れる態度に老婆は眉間の皺を深める。待ち望んでいた答えはすぐに返ってきた。


「ばあさま、おそらくですが、"結界"です。……魔力場がヘンです。効果は単純な魔力撹乱……と見るべきでしょう」

「……こりゃまたけったいなもんを。そんなの使うのかい」


 吐き捨てるが、表情に滲む苦味は消しきれない。それは騎士たちも同じだった。


「ご名答。ま、わかって当然だけど」


 緑の少女は、嘲笑うようにそう言った。



5



「"結界"…………」


 団長は呼気を漏らす。

 "結界"とは何か。それはいわば究極の陣地である。

 罠を設置し、建造物を聳えさせ、地形を変える。それが所謂普通の陣地だが、"結界"で変えるのはそういったものではない。

 力を司る物理法則と対をなす、魔力を司る魔理法則━━つまり『()()』を、時・場所共に限定的にしろ、自身の都合が良いように変更するという異様な術。

 世界を弄って味方につける魔術。それが"結界"だ。

 当然ながら、これを習得することは容易ではない。人外じみた魔力の操作能力と深淵なる魔の知識が必要で、まともな魔術師には使えない超高等魔術である。実際、精鋭中の精鋭を集めた紅騎士団団員でも使えるものは三人しかいない。補足するなら、実戦に活用できるほど熟練した者は皆無。


「これは……」


 今回緑の少女が使った"結界"の効果は、範囲内の魔法を掻き乱すこと。"結界"内では魔力がいつもとは違うように動き、いつもとは違うような性質を見せる。

 魔術に疎い人間はそういわれてもピンとこないだろうが、これは凄まじいことである。魔法がおかしい、つまり魔力が異常な動きをするということは、今まで培ってきた魔法学・魔術学が通用しなくなるということと同義なのだ。

 ただ、人間の魔力量で弄れる魔法の規模など程度がある。使うのが高位の魔物ならば、魔法を自在に変更することも可能かもしれないが、人間には不可能な話。ささやかな違和感を与えるくらいがせいぜいだろう。

 つまり魔法の変化は『ほんのちょっと』なのだ。学の通用しなさ加減はあくまで『ほどほど』である。

 しかし、その違いが致命的な結果を招く。驚くほど繊細な操作を極めて感覚的に行うのが人間の魔術というものであり、頼りになるのは積み重ねた知識と経験。その前提が僅かでも狂うとなれば、不発暴発は確実だった。

 強力な魔力で強引かつ大雑把に魔術を使う魔物相手に効果はないだろう。

 完全なる対人魔術だ。

 対人魔術━━人間殺しの魔術。あらゆる強さとは本来魔物を斃すための武器であるというセプレスの思想とは、相容れない主張そのもの。

 単純な戦闘力では緑の少女と騎士たちに大差はあるまい。しかし魔物斃しの技と人間殺しの技を操る人間同士が戦えば、後者が勝ることは必定だった。


「相性が……悪過ぎる…………ッ!」


 そして当然、術者は結界による魔法の変差を熟知しており、魔術の行使に問題はない。あるいは逆算用の魔術でもあるのかもしれない。

 どちらにせよ、あちらにだけ魔術が使える。

 魔術によって動く魔導具も動かないだろう。

 つう、と団長の頬に冷や汗が伝った。

 視線の先で、緑の少女が仰々しい仕草で胸に手を当てた。


「あたし様やお前達みたいな人間は、一挙手一投足に魔術を織り込んでる域に居るから……それが出来ないとなれば、さぞ動きにくいことだろう?」


 同じ魔術師として心中察するよ、と囁くように言った。

 老婆は吐き捨てるように返す。


「ちっ……馬鹿にしくさって」

「ふん。老いぼれはすっこんでろよな」


 侮蔑の視線と冷笑。完全に見下げている緑の少女。

 対する老婆は目を細め、


「アンタも儂と同年代だろう。ちょおっとばかり若作りだからって調子に乗りなさんな」


 お前見た目通りの年齢じゃないだろう。そう言っているのだった。

 "結界"は十数年で修められるほど生易しい魔術では決してないので、老婆の台詞は当然ともいえた。

 魔術師には、肉体の若さを保つ者とそうでない者がいる。寿命はほとんど変わらないが、その進め方は変わる。どちらになるかは魔術師本人の意思で選べるものではなく、両者の間には恐ろしいほどの確執があった。男には少々理解し難い感じの。


「やだやだ。これだから老いる者は……汚らしいのは見た目だけにしろ」

「この渋みがわからんたぁアンタ。目、腐ってんじゃないのかい」


 上から見下ろす少女と、見上げる老婆。両者の視線が熾烈な火花を散らす。

 ……などという応酬は勿論、時間稼ぎであった。緑の少女もそれを理解した上で付き合っている様子だが、油断するのは本人の自由である。痛い目に合いたいなら合いな、と胸中で吐き捨てて、老婆は背後を盗み見る。

 そこには二人の騎士。片方がもう片方を背に隠している。

 隠れた方は手を出し、その中で魔力を踊らせていた。魔力は高速で弾け、回り、振動し、発光する。それを何十回と繰り返し、その騎士は呟いた。


「把握」


 続いて、


「外魔力圧4.2上昇内魔力変質性微降下体内魔力干渉力低下ただし筋肉質のみ上昇性質定着率少上昇性質安定性大幅低下それにより第一公式不効化第三公式不効化第四公式不効化第七公式不効化第十三━━」


 時間を倍にしたかのような調子で、騎士の舌が回る。唇から覗く赤い舌がちらちらと瞬く度に空気が震え、騎士たちの耳に言葉が届く。


「━━総括、不安定化。まるくてぎざぎざ、ぬめった感じ」


 と、彼女は締めた。

 いつもの魔法と今の歪んだ魔法がどれだけ違うか、それを調べていたのだった。歪んでいるとはいっても歪み具合は中途半端で、通用する知識・経験と通用しないものがごちゃ混ぜ状態。完全に違うよりもむしろタチが悪いのだが、この騎士が今為したのは、感覚だけで通用するしないを正確に分別し通用しないものに関してはその違いまで調べ上げるという、世の魔術師たちが仰天してひっくり返る凄技である。

 隠す騎士と老婆は頷いた。非常に分かりやすい説明であった、と。

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