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踏破せよ、世界を  作者: 一ヌキ末
人篇 北大陸
31/36

我の生すは 4

3


 パーティー会場は、王城の間取りの比較的中央に位置する地階の部屋である。

 国内の重要人物を召喚して宴を開く、という性質上非常に堅牢なつくりであったのだが、王城の半分近くが吹き飛んだ今では蓋のない木箱を横倒しにしたような有様。現在催されているパーティーの様子も外から丸わかりだった。

 当然ながら、警備面での強度は著しい低下を見せている。


 ━━見るのも幾度目かわからんが、ひどいものだ。


 映えある『紅騎士団』の団長は、会場を眺めつつ眉を顰めた。

 このパーティーは、王座継承の儀のようには絶対にしない。

 と、そんな風に考えている団長の意向で、今回は過剰なまでの戦力がこの場所に集められている。下部組織の『赤騎士団』に応援を要請し、抜けた人員の穴を埋めてもらう形で、王城には『紅騎士団』の36名全員が集結していた。

 警戒のため、団長は東塔の天辺から周囲を見下ろしている。王都中が一望できる東西南北の塔の最上階は、日頃から見張り番が置かれている場所だった。

 東塔は会場を見張るのには角度があまりよろしくないのだが、他の三塔が前回の騒動で全壊、あるいは半壊してしまっているのでそこは仕方がない。

 それにしても、と両手を擦り合わせる。寒い。

 天窓から外に乗り出すようにして王城を見下ろしているのだが、ここは見通しが良い代わりに風通しも抜群に良い。塔から出た身体の前半分にびゅうびゅうと寒風吹き荒び、団長の体温を容赦無く奪っていく。背後には火を焚いているが、この寒さを前にしては焼け石に水だった。

 かじかんだ手を口元に寄せて、はあぁ、と温い息を吐き出す。団長の息は真っ白な霧となって、指の隙間から零れた。

 夜空に白いもやが消えていくのを、何とはなく目が追った。

 白。

 白といえば、彼女だ。

 公魔を一撃で葬った幼女。確か、レーヴとかいったはず。

 今回のパーティーに彼女は招かれているはずだから、会場周辺に居るだろう。

 異様な美しさ。異様な魔力。異様な力。━━異様な『強さ』。

 彼女の存在は、団長の心に……いや、彼のみならず、あの場にいた全員の心へと鮮烈に楔を打ち込んでいた。

 名状し難い感覚だった。印象という名の刃は肉を透過し、精神を貫いて、魂にまで達していた。

 あの白い幼女のことはよくわからない。どうも上層部の人間が挙って隠蔽に協力しているらしく、情報が爪の先ほども流出しないのだ。

 団長の脳裡に、情景が浮かぶ。

 圧倒的な魔力。投げ飛ばされる公魔。

 白い閃光。消し飛ぶ公魔。

 彼女が引き起こした光景は、団長の常識から外れ過ぎていて、どうも現実味が薄い。

 何しろ彼女が斃したのは公魔、公魔なのだ。上級士魔というならまだわからないこともないが、公魔。

 公魔といえば、ある種の絶対的存在である。相対して、生き残ることができれば超僥倖(ラッキー)、儲け物くらいの相手。古ぼけた伝説譚には公魔を打ち倒した冒険者の話も幾つかあるが、それは夢のある虚構だからこそ連綿と語り継がれてきたのだ。

 人間が、公魔を斃す━━現実のものとして目の当たりにすると、それは薄っぺらい演劇の如き一幕だろう。

 というか、であった。

 しかしそれは焼き付いた。現実味が薄いなどというのは、大海を目の当たりにした蛙のように、認識しきれないあまりに巨大な存在を前に呆けていただけ。

 正直にいうと、団長は涙していた。その感動に敢えて注釈を添えるなら、セプレスが目指す『強さ』。その一端に触れた気がしたのだ。

 あの時居合わせた部下たちに印象を尋ねたことがある。どう思ったかと。

 返答は、

 「感覚が馬鹿になったのかと思った」「どう控え目に捉えても人間の魔力じゃない」「外道術使って人間やめてるな」「もしかすれば人魔では」「なんか……なんかヤバイ」

 ……などと、いまいち判然とせず。どの意見が正しいのか、それとも正解はないのか。それさえもよくわからなかった。

 ただ少なくとも、尋常の魔術師ではないことは確実。懸念は、その超的な攻撃力がセプレスに向けられるか否か。過去セプレスに公魔級の災厄が降りかかったことは幾度かあるが、文献で知ったそれを凌駕する危険性、というか爆発性を彼女からは感じる。

 しかし団長が一考するに、かの白い少女はそこまで危険な人物というわけではないだろう。お偉いさん方が情報を流してくれないのも、流す必要がないからだとするとどうだ。道理としては頷ける。

 とはいえ、気になることは気になる。人間というのは理屈だけでは納得できない面倒臭い生き物なのだ。まあ流石に、騎士の領分を越えた行いまでして知ろうとは思えないが。

 考え終えて、ふ、と笑う。益体も無い思考だった。

 その時、ぴり、と感覚に何かが引っかかった。緩んでいた団長の気分が瞬時に引き締まる。集中、対象を探る。

 答えは程なく出た。

 下だ。会場より少し離れた場所。

 何事かと目を細め、魔術を行使する。"遠見"。そして"暗視"。

 夜の帳に沈んでいた風景が鮮明に拡大される。


「…………」


 やはり、と団長は詰めていた息を吐き出した。

 視えるのは、先日戴冠したこの国の新王と、件の白い幼女だった。あと二人分ほど人影が視えるが、先の二人の影になっていて、その人相は判然としなかった。気安い様子であるし、こちらは問題あるまい。

 緊張の糸を緩めた団長の視線の先で、王と白い幼女の二人はぴったりとくっついたまま会場に向けて移動し始めた。抱き合っているようにも視える。

 随分と仲が良さそうだ、と団長は独り言ちた。白い息が微かに漏れる。この様子だと、白い彼女の破壊力がセプレスに向けられる可能性は低いだろう。

 二人はしばらく進んで、止まって、なにやら口論している様子だった。伝わってくる雰囲気も悪くなかったので、団長は視覚を強化するための魔術を解除した。

 僅かに混乱する遠近感を、目を揉んで修正する。

 暗闇に沈んだ世界を、団長は再び見下ろした。先ほどとは違い、視界にはうっすらと城周辺が写るのみ。魔術は便利だが、常用していると少ない男の魔力ではすぐに尽きてしまう。

 白い彼女の存在感は凄まじいものあった。団長の感覚が特別優れていることもあるが、しかしこの遠距離間において、魔術を使っているわけでもない人間一人の気配が伝播してくるなど異常である。『紅騎士団』いちの魔力を宿す団員でも彼女のこれには遠く及ばない。しかも威圧感とでも表すべきこの気配は突如として現れたり消えたりするのだ。何かの魔術でそうしているのだろうが、敏感な団長としてはたまったものではない。

 まったく、恐るべき風格、底知れなさだ。彼女がどれほど強いのだろうかと考えると、団長をして怖気を覚える。まず敵わない━━というか相手にもならないだろう。()()ヴァレイア王子を、掠り傷さえなしに下したというのだからまず間違いない。

 ヴァレイア=セプレス。彼女に勝てた人間は数多いが、負けなかった人間はいない。それはつまり、ヴァレイア王子が幾度も戦いを挑むうちに、ついには相手を超えたということだ。そんなことを何十回、何百回と繰り返しているのだから、相手の技術を吸収し、集めた技術を合成し、更なる高みに昇華させて。今の彼女の強さは尋常ならざる域に達している。おそらく、人間としては最も強い部類に入るだろう。

 目の前の相手を踏み台にして、階段を上るように強くなっていく。そういう性質を持った人間なのだ。かくいう団長も踏んづけられた一人である。

 しかし、白い幼女は足蹴にできるような低い位置にはいなかった。そういうことになる。

 一体、両者の間にはどれだけの実力差があるのだろう。まして自分とは、比べることさえ愚かしい隔絶が横たわっているに違いない。団長は考えて、肩を落とす。国内最強を標榜する『紅騎士団』団長が、王族でもない他人の強さに憧れてどうするのだ。

 複雑な内心を込めて吐息する。

 どんな息でもやはり白い。

 それは突然だった。

 一瞬、辺りが緑色に染まる。続いて爆音が鳴り響いた。振動が団長の足元に届く。方角は、当然のように会場だった。

 残響が消え去る前に、団長は動き始めていた。躊躇なく塔から身を投げ出す。猛然と迫る大地に、全身をなぶる風に、姿勢を調整する。地面との距離を見計らい、魔術と体術を駆使して猫のように軟着陸。四つん這いから身を起こすと猛然と駆け出し、無数に転がる瓦礫の影に身を潜めた。事件の様子を仔細に眺めるために。

 さて、何かしらの事件が発生したということは明らかだった。危惧していた事態が現実化したのだ。警戒した甲斐があったと喜ぶべきなのか、嘆くべきなのか。

 何はともあれ仕事である。

 とはいえ、団長の役割は部下の統括。自らが先陣切って戦う必要性は薄い。いや、効率を考えればむしろしないほうが良い。団員に指示を下すことこそが団長に課せられた使命。

 部下達に特別な合図は不要だ。事前に打ち合わせは完了している。区域を分割し、異常があった場合には五人の担当が向かう。時間が経っても解決報告がなければ、援助係りの手練れ五人が駆けつける。つまり、基本的に十人が一つの事件につき集結するのだ。囮作戦を警戒しているため、それ以上の動員は団長の判断次第である。

 瓦礫から頭を半分ほど出して、会場の様子を窺う。

 落下中にも見えていたが、目に映るのは濃い緑色の煙。それも会場を丸ごと覆い隠す規模だ。漂ってくる魔力から、相当強力な魔術による仕業であることがわかる。犯行は魔術師によるもの。

 これだけの爆発、魔術の予兆が感じられないはずはない。しかし実際は感知できなかった。さながら太陽の下の灯のように、魔術行使の気配はあの白い幼女の強烈な存在感の影に隠れてしまっていたのだ。予想だにしていなかった事態である。流石にここまでのものとは思っていなかった。

 何とも間が悪い。それとも狙ってやったのか。

 いや、と団長は頭を振る。今考えても仕方のないことだ。優先すべきは現在直面する問題の方である。

 担当の部下は既に突入しているだろう。団長は下手人の捜索を始めるが、煙の魔力と白い残影のせいで他の気配がまるでわからない。まるで魔物の血飛沫を浴びた後に嗅ぐ淡い花の香りのようだ。

 騎士の誰かが魔術を使ったのか、それとも自然のものか。強い風が轟と吹いて、異様な色の煙を散らす。舞台の全貌が露わになった。


 会場が広くなっていた。縦に。


 会場と、その真上の部屋とを隔てる天井兼床が、綺麗さっぱりなくなっている。

 当然、会場には大量の瓦礫が降り注ぎ、華やかな内装は見るも無残な廃墟に変じていた。今日のために用意された、職人たちの手掛けた華美な装飾たちが見る影も無く破壊されている。

 思わず目を覆いたくなるような惨状。しかし人死にはないだろう、と団長は予想した。実際、不幸中の幸いながら死人はいない。

 『強さ』こそを美徳とするセプレスである。文官といえど、護身術程度は身につけているのが当たり前なのだった。王城に仕えるほど優秀な人間でありながらその『強さ』の尽くが肉体的方面から外れているという人間も少数ながらいたが、そういった運動音痴は『紅騎士団』が危うげなく守っている。

 さて問題の下手人は━━宙に浮いていた。幸運にも割れずに済んだ魔力灯の光を受けて、その人影は傲岸に胸を張っていた。

 この時点で、団長の警戒は『危険』から『超危険』に推移した。空中浮遊。おそらくは"飛行"系の魔術だろう。団長の額にじんわりと冷や汗が滲む。優れた感覚と特殊な才能が必要で、その習得難度から使うのは一部の熟練魔術師のみとされる、謂わば魔術師の実力を測る基準の一つである。

 "飛行"系統の魔術を使いこなすようなのは、完全に戦闘能力に特化した魔術師だ。

 気取られないように己の魔力を制動しながら、団長は下手人を観察した。

 少女だ。擦り切れた襤褸のような緑の服を纏っていて、勝ち気な印象がとても強い。目尻は鋭く釣り上がり、周囲を威圧する眼光を放つ。肩ほどの髪は、眼は、魔力は、すべて鮮やかな緑。性格悪そうだな、と団長は思った。

 首元は太い銀色の首輪が嵌っていて、魔力灯の光をぬらりと照り返している。おそらく魔術を補助する機能を持った魔導具だろう。普通ならば魔術のお供といえば杖であるはずが、両手を自由に急所を守る形での『杖』。ガチガチの戦士の発想だ。


 ━━紅騎士団ウチの魔術師と同格。


 もしくはそれ以上かもしれない。

 厄介者だ。一筋縄ではいかない。団長はそう感じたが、すべてはこれからの戦闘風景から判断すべきこと。戦いにおいて敵の過小評価は自殺行為だが、過大評価もすべきではない。

 参戦ではなく統率。戦闘ではなく分析。それが団長の仕事だ。

 指揮能力を買われて彼は団長として抜擢された。団の長と呼ばれはすれど、戦闘能力はむしろ団の中でも最弱の部類に入る。だから無闇に戦わない。一瞬たりとも目を離さない。

 会場は、少女の真下を中心にして瓦礫と人が円状に吹き飛ばされている。出席者たちは、壁に添うようにして事態を眺めていた。突然の事態に戸惑い、負傷に血を流している者も多いが、無理もない。このパーティーが釣り餌としての側面を持つことを知っているのは本当に極一部の人間だけである。

 意識している人間は少ないが、セプレスにはおおよそ七十年周期で大事件が勃発する。それまで溜まった澱が噴出するかのように、汚れや腐敗は一気に表層化。それらが一掃されることで、事件は毎回収束を見る。そして事件収束後の宴は、『消し残し』を誘き寄せ潰すための常套手段なのだ。

 不安気な大多数の出席者たち。厳しい面持ちで事態を見守る少数の出席者たち。そして彼らの視線の先には、団員達が居た。


「やっぱり、最初っからこうすれば良かったんじゃん」


 五人の団員は倒れ伏していた。顔面から粉塵塗れの床に突っ伏しているのが二人。壁に叩きつけられたと思しき団員が二人。そして、その中間地点で蹲るのが一人。

 懸命に立ち上がろうとするが、震える足は用を為さない。団長が瞠目する中で、彼はくずおれた。

 熾烈な戦闘の末、彼らは敗れたのではない。爆発が起こってから煙が晴れるまでの時間差から考えて。

 一蹴されたのだ。


「内部崩壊とか回りくどいんだよ。失敗したんだからさっさと方向転換しろ。なーにが『まだ動く時ではありません』だ……馬鹿にしくさってさ。はっ!」


 下手人はぶつぶつと呟く。その愚痴は小さく、口の中に響かせるような囁きだったが、抜け目なく聴覚を魔術で強化していた団長の耳にはしっかりと入っていた。

 ふう、と息を吐き出して。緑の少女は晴れ晴れとした表情を見せた。


「……ま、いいか。済んだことだ。寛大なるあたし様は赦してやろう」


 緑の少女は周囲を見下ろす。口端を釣り上げた。


「さあて、やるか」


 懐から取り出した小瓶を二本指で挟む。魔力は小瓶の蓋に複雑な模様を描いた。

 緑の少女は気軽に小瓶を放り投げた。

 緩やかな弧を曳く小瓶。

 それが危険な物であることは誰の目にも明白だった。出席者の中でも聡い幾人かが血相を変える。

 しかし。小瓶は宙空でぴたりと停止した。

 続いて小瓶を囲むように半透明の幕が次々と出現し、何重にも巻きついていく。幕の塊は形を整え巨大な団子となり、団子は圧縮されて拳大の球になった。

 勢いをなくした球が重力に囚われる。落ちた球は皺だらけの手にぽすりと受け止められた。

 なんらかの攻撃を阻止した人間、老婆はその皺だらけの面貌に不敵な笑みを見せた。


「随分と好き勝手やってくれるじゃないか。ええ?」


 握り潰す。

 球は小瓶ごと圧壊して霧散した。老婆の拳からさらさらと魔力が零れ、消えていく。

 彼女の姿を認めた団長は、ふぅと息を吐いた。

 この老婆は魔法剣士という、かなり稀有な種類の戦士であった。生まれついての魔術素養が必要な魔術師は普通魔術師としてのみ研鑽していくのだが、ときたま魔道以外に浮気するものがいる。

 彼女は浮気が本気になってしまった、剣士としての技能を併せ持つ魔術師なのだ。

 更にいうなら、双方において一流以上の腕を両立した超戦士でもある。噂では『南部砦』に不詳の弟子がいるとかいないとか。なんにせよ、団長にとっては頭の上がらない人物の筆頭である。

 そんな老婆の背後に四人、団員が集結していた。いずれもただならぬ雰囲気を纏った女達。『紅騎士団』戦闘系最強の女達である。つまり、戦士という存在の頂点に属する者たちだ。

 追加の五人だ。規定の時間が経過するのを待たず、団長が先ほど呼んだのだった。

 老婆が問う。


「で、なにかい? あんたが黒幕かい」


 緑の少女ははんっ、と笑う。


「ちげーな。強いて言うなら『協力者』ってとこだ」

「そうかい」


 協力者。

 緑の少女はそう言った。耳を澄ませた団長は確かに聞きとっていた。彼女は彼女自身が黒幕であることを否定したが、黒幕の存在自体を否定しなかった。つまり、いるのだ。崩城事件を仕組んだ者が。

 老婆以下四人は、それぞれ得物を構えた。立ち姿からは微塵の隙も見受けられない。団員五名を打ち倒した緑の少女を警戒している。

 老婆は鋭い声音を響かせた。


「あんた強そうだからね。はなっから加減は無しだよ」


 それが、戦いの火蓋を切る言葉となった。

 言った老婆は、腰に下げた細身の剣を予備動作なしで、途轍もない速さで投げつける。

 瞬間、緑の少女は面白そうに目を細めた。老婆はたった一本だけの武器を、開幕早々捨ててしまったのだ。

 剣は回転もせず、猛然と直進。狙うは頸。

 対する緑の少女は僅かに姿勢を変えつつ、老婆たちと平行ではなく、垂直に近い形で魔術障壁を張った。

 自らの進行方向とほぼ同じ角度の障壁に接触した剣は障壁に突き立たず、その表面を滑る。障壁を浅く削って、その破壊力を存分に発揮することなく標的の後方へと過ぎ去っていった。

 しかし息をつかせる暇もなく、前方から火の玉が飛来する。触れれば焼死確定の"我流式(アレンジ)龍火(ドラゴンファイア)"。人間なら優に五人は飲み込めそうなほど巨大なそれは、大気を巻き込み焦がして猛進した。

 闇を切り裂いて、熱と光の塊が緑の少女に肉薄する。

 近い。大きい。回避が間に合わない。団長がそう感じたように、緑の少女もそう思ったのだろう。再度、障壁を使った。

 ただし、複数回。

 緑の少女はまず頭上に二枚の障壁を組み合わせた『<』型の障壁を何層も形作り、重ねて、分厚く合成。そして細い円柱状の障壁を作り、手元から頭上のそれへと伸ばした。更に合成。

 緑の少女の手元に障壁の斧とでも称すべき、魔力剣の亜種が出来上がった。斧は緑の燐光を発し、闇夜に浮かび上がる。幾人もの手練れを知る団長をして感嘆を隠し得ない一瞬の早業であった。

 緑の少女は障壁の斧を両手で握り、火の玉へと振り下ろす。切る、というより左右に割って、威力を散らす算段なのだろう。

 ━━衝突。

 緑と赤が接触し、弾かれた魔力が強烈な火花となって散った。見るも強烈な魔力同士の鬩ぎ合いが、接触部に渦となって回転する。

 連続かつ熾烈な応酬だが、緑の少女はまるで落ち着いた表情だ。この追撃も結果も想定内だとでも言いたげな余裕を浮かべている。

 障壁の斧は魔の熱に溶けつつも、火の玉を割り裂いていく。少し、もう少し、かなり、半分ほど━━

 火の玉の中心へと障壁の斧が食い込む。そのまま分断していく。

 負けてしまうだろう、普通なら。観戦する団長は思った。"我流式・|龍火"。見た目は完全にただの"龍火(ドラゴンファイア)"だが、中身は別物であり、その差異には消費魔力二倍の真価が秘められている。

 斧の刃が中心に到達したその時、火の玉の『核』が露になった。緑の少女の顔に初めて驚きの色が浮かぶ。本来ならば龍の炎を模した"龍火"は強力だが単純な魔力炎の塊であり、二重構造にもなっていない。だが、なっていた。さながら赤い目蓋の隙間から青い眼球が覗くように、それは姿を現した。

 しかし、気付こうともう遅い。

 青色の炎でできたそれは螺旋を巻いて瞬時に槍状へ変形し、最早抜け殻となった火の玉から飛び出した。

 青炎の槍は障壁の斧を容易く穿孔。あっけなく貫通した。

 斧を振り下ろすために前屈していた緑の少女の眼前に、致命の攻撃が迫る。

 それは、頭蓋に直撃して脳が蒸発する軌道だった。

 更にそれだけではない。老婆の剣が淡く魔力灯の光を湛えながら、背後に舞い戻ってきていた。予め仕込まれていた魔術により、剣は老婆の指示通り旋回・加速を繰り返し、緑の少女の脊髄を狙って後方より飛来したのだ。

 巧妙なことに、青炎の槍、老婆の剣、双方とも狙いを微妙にずらされて肉薄しており、片方をどう避けようともう片方が必ず命中するようになっていた。相手が次にとれる姿勢を察した上での完璧な連携である。団長は心中で快哉を叫んだ。

 二方向からの同時攻撃。回避してもしなくても、致命傷は必至。

 そして傷を負えば、生じた隙を突く形で続く攻撃で勝敗は決する。

 果たして、槍と剣は交差した。


2013/2/9

各所修正。

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