我の生すは 3
レーヴは逃走することを諦めた。
そう、逃走を諦めた。
━━いつかの酒場で逃げ出してから、レーヴは何度彼女から逃げただろうか。
どこからともなくレーヴの居場所を嗅ぎつける嗅覚。完全知覚域の手前まで気配を気取らせぬ隠密能力。そして全身から立ち上る、獲物を前に舌なめずりする狩人の如き雰囲気。
どれひとつとっても一般人の領域外にいる者の所業である。セプレス人にしてみれば甚だ遺憾であろうが、まさしく王族が長年に渡って練磨し続けた血の為せる業だった。
まったくもって恐ろしい少女である。年端もいかない今でこうなのだ。成長すればいったいどうなることやら。
空恐ろしいとはまさにこのことであった。
レーヴも本音を言えば近寄りたくない。
魔の王者たる存在なレーヴのはずなのに、彼女を目の前にして感じるのは下位存在を見下ろした優越感でもまして支配感でもなく、捕食者に相対する被食者の恐怖なのである。まったくもっていただけなかった。というか意味不明だった。
しかしレーヴは近々セプレスを発ち、地下都市に向かうつもりなのだ。立つ鳥跡を濁さず。去る場所に要らぬ禍根を残す気は無い。
新たなる旅立ちには、せめてこのおかしな関係を清算してから臨みたい。レーヴの飾らない本音だ。
だから、レーヴは立ち向かうことを今ここに決意したのである。
加えて、そういった理屈を抜きにしても、いつまでも逃げてばかりではこの先やっていけない…………というのは嘘でありレーヴに限ってはどんな甘っちょろい生き方でもおそらくやっていけるに違いないのだが、それはともかくとして。
所詮逃避は問題を先延ばしにするだけの姑息な手段に過ぎないのだ。
ならば彼女と相対するしかあるまい。そして超克し、敗走と勝利とを区切る境界線の向こう側へと飛び越えるのだ。
きらきらと輝く白銀の瞳に決意の色を滲ませて。
レーヴは乾坤一擲の気合で振り向いた。
「リー━━むぎゅっ!?」
まずは、という牽制は、声ならぬ声となって低く虚しくくぐもる。意志の響きは圧し潰され、むごむごむご、という言葉のなり損ないだけが残る。
「ヴァレイア、おじさま。レーヴ様をお借りしても宜しいでしょうか?」
「……はっ!? え、ええ」
「勝手にしろ」
振り向き放ったレーヴの覚悟はその本懐を遂げることなく、リーヴィリアの成長著しい胸に顔面ごと軟着陸していたのだった。
端から見ている第三者には、少女が童女を抱きすくめる微笑しくも麗しい光景だったのかもしれない。しかしレーヴからしてみれば突然視界が暗転したのである。混乱は必然だった。
壊れ物に触れるように、されど固く抱きすくめられ、呼吸と発声がリーヴィリアの胸部装甲によって遮られる。
柔く変形した両者の肌が、着衣越しの隙間を埋め合う━━相手の柔らかさが残らず解る恐るべき密着感。
体の前面を埋める言い知れぬ感触にレーヴが目を白黒させている、その間にもう事は終わっていた。
同席していた二人に了解を取ると、リーヴィリアはレーヴを抱いたまま平らな瓦礫の上から退く。そしてそのまま悠々と会場へと歩き出した。鼻歌まで歌っている始末である。
一方、レーヴは自分の顔面が何に埋没しているかをやっと理解し始めていたところだった。
━━うぇぇぅぃぁあ!? 何このやわっこいの!? 信じられないくらいふわふわしてるんだけど! そのうえはかり知れないほどいい匂いが…………
埋まったレーヴの顔は真っ赤に茹だち、瞳の中は渦巻もよう。元の肌が白いだけに、よけい紅潮は顕著である。
混乱の只中で、ただひたすらな柔らかさのみをレーヴは味わっていた。
それは未だかつて感じたことない感触だった。
がしかし、極めて類似したものをレーヴは知っていた。
恐るべき変態であり、このパーティーにおいてもリーヴィリアと接触、何やら良からぬことを吹き込んでいたマル。彼女がべたべたくっ付いてきた際に味わった、ふくよかなふくらみである。
つまりおっぱいであった。
おっぱいおっぱい。
おっぱいおっぱいおっぱい。
おっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱ、ぱぱ……ぱ……ッ!
若年14歳にしてあり得ざるリーヴィリアの超質量に、脳内が単一概念に支配されるーーのをレーヴは鋼の意志で抑えこむ。
おつ、おちゅ…………落ち着け僕。女の胸がどうした。今の僕にも付いてるじゃないか。
いや、付いてないけど。
そんなこんなでどうにかこうにか頭を冷やし、ようやく事態を把握してきたレーヴに、頭上から穏やかな声が降ってきた。
優しい声音である。
「やっとです。寂しかったのですよ? レーヴ様……」
━━しかし。その声は勝ち誇っているようでもあって、レーヴは己の抵抗が虚しくも失敗に終わったことを悟った。どうやら勝敗は既にレーヴの敗北で決しており、ここから何をどうしようともう負け惜しみにしかならないようだった。
レーヴは己の浅慮を嘆いた。
なぜ無謀にも挑もうなどと考えたのか……。鼻っから勝ち目などなかったのである。少し前の自分を叱ってやりたい。
そんなレーヴの脱力を察知したのか否か。
やっとリーヴィリアの拘束が緩み、無限柔らか地獄から真っ白い頭が解放された。
封じられていた呼吸が再開されて、レーヴの平坦な胸に外気が入る。冷ややかな空気の匂いが、慣れかけていたリーヴィリアの匂いを思い起こさせる。
落ち着きかけていたレーヴの顔は瞬く間に再び真っ赤に染まった。
顔を逸らそうにも、右には胸、左にも胸、前にも胸、後ろは腕。まさしく四面楚歌。まだ頭の上半分が自由になっただけのレーヴに逃げ道などなかった。
それでもレーヴは、抗いの言葉を腹の奥から絞り出した。
「……は……離せ……!」
「嫌です」
「な、んで……!?」
「……だいたいレーヴ様はなんです。私を避けてばっかり……」
必死の抵抗をすげなく粉砕したリーヴィリアは拗ねた様子でそう言った。
聞く耳持たぬ。そう言わんばかりの雰囲気である。
レーヴははっとした。今回までレーヴはリーヴィリアから何度も逃走してきたわけだが、その分抑圧され続けた欲求はもしかすると蓄積・増幅され、今という契機に爆発してしまうのでは……?
あまりにも不吉な想像をしたその時、レーヴに電撃が奔った。
レーヴの括れない腰に回っていたリーヴィリアの腕の片方が自然な動作で、しかし確実に下方に滑ったのである。
「ちょっ!?」
リーヴィリアの指先が、レーヴの貫頭衣の裾を潜る。
レーヴは硬直した。
丹念にふとももを撫で回したそれらは執念すら感じさせるじれったさで北上。
レーヴの全身が粟立った。
しかる後に、下着に包まれた臀部をこれでもかと握りしめた。いたいけなおしりに五本の指が食い込み、浅く沈む。どれだけ力を込めてもそれ以上は無理とみれば、揉み込む方向から撫でる方向に動きが変化する。
レーヴから奇妙な悲鳴が零れた。
リーヴィリアは己が胸の合間で悶えるレーヴの姿を蕩けた目で見つめている。一言で言い表すのなら、リーヴィリアは堪能していた。レーヴを。
それはあまりといえばあまりな手つきだった。レーヴの喉から珍妙な音が連鎖させられていた。
なでりなでり。さすりさすり。むにゅりむにゅり。……くいっ
そして五体の尖兵は、あろうことかパンツの布地を掻き分け始めたのである。
「わかった! わかったから! ひぁっ!? 変なとこ触るな! うひぇっ……に、逃げないから離せ! 離して!」
「いやです。レーヴ様ったら私のこと、嫌いなんですか?」
「別にそんなことないけぴぁ! こら、やめろ! そこは危ない!」
「いやです」
「ひゃん!? こらぁ!」
「えいっ」
「んぁっ!」
「━━」
「━━━━!」
暫く経過して。
少しの悶着の後、レーヴは拘束を更に緩ませることに成功した。
未だ半ばまで埋まっていた口元が解放されるも、依然として白く小さな躯体はリーヴィリアに抱きしめられたまま。レーヴには一息つく暇もない。
息が切れたわけでもないのに顔を赤くしてぜぇぜぇと荒い呼気を繰り返すレーヴに対して、リーヴィリアの方はまったく落ち着いている。
今まで歩きながらレーヴを弄んでいたリーヴィリアの足は止まり、彼女はといえば腕の中のレーヴをじぃっと見つめていた。
リーヴィリアの視線がふわふわと高揚した魔力を帯びて、そっぽを向いたレーヴの頬を焦がす。
レーヴは喋らない。リーヴィリアも黙ったまま、何やら物憂げな様子。
じっとりと湿った沈黙が、レーヴには気まずい。
沈黙。沈黙に次ぐ沈黙。
そろそろレーヴの色々な我慢が限界に達しかけてきたころ、リーヴィリアの唇が小さく開いた。
「私は」
その声音が推測していたものよりずっと真剣な色を載せているものだから、レーヴは少し驚いて、目を瞬かせる。静かに息を詰めた。
リーヴィリアはそっと息を吹きかけるようにして言った。
「━━私は、リーヴィリア=セプレスは……レーヴ様をお慕いしております」
ただでさえ近いリーヴィリアの顔が、レーヴの目の前にぐいい、と近づけられる。
互いの唇が触れ合いそうな距離。潤む瞳の碧にレーヴは息を飲んだ。
時刻はもう真夜中である。肌寒いくらいだろうに、リーヴィリアの頬は健康的な桃色だった。興奮で上気しているのではない。素でこれなのだ。いや、高揚もしているのだろうが。
冷えるようになってからレーヴも気付いたのだが、リーヴィリアという少女は寒さで唇を紫色にする、というのとは無縁の人間なようだった。
もとが可愛らしいリーヴィリアを更に磨き上げているのがこれである。いわばリーヴィリアは常時風呂上り状態。不必要なまでに艶やかで艶かしい。紅顔の美少年ならぬ紅顔の美少女だった。
か、可愛い……
などとつらつら心中で羅列していたリーヴィリアの脳内描写はしかしそこで途切れた。自身に投げかけられた台詞の意味を理解したのである。
「!?」
レーヴの口が半開きなって、魚のようにぱくぱくと開閉した。
そんなレーヴの様子を気にも留めずに、金髪の王女様は情け容赦のない追い打ちをかけた。
「好き」
「うぇ……!?」
「いえ、好き、です。愛してます」
「……ぅぁ……!?」
レーヴは目を逸らせ、呻いた。
言いたいことは沢山あったし、突っ込みたいことは山ほどあったが、結局のところ口から漏れたのは言い訳めいた言葉だった。
「………………い、いや僕たち同性だよ? お、おおお女の子同士だよ?」
「だからなんだというのです」
「せ、世間体とか……」
「それがどうしたというのです」
「というかリーヴィリアって女王様なんだからあとつ」
「自分のことを決めるのに、他人の意見なんて気にするものではありません! 現に私の師匠だって男性なのに女性の格好で周囲の痛々しげな視線など! ものともしていませんし!」
「うぁ……!」
猛然とまくしたてられて、レーヴは気圧される。理屈も道理もたいしてないが、声量だけは、迫力だけは相当あった。
そして概して、口論や言い争いで勝つのはより声が大きい方である。
もうレーヴの頭の中は支離滅裂だった。脳内をぴよぴよ小鳥が飛び回っていた。
何故僕はリーヴィリアに迫られているのか。
よしんば、彼女とそういう関係になったとしても、レーヴが迫り、リーヴィリアが動揺するのが正道のはずで、白幼女が戸惑う金髪碧眼少女を突き崩すはずなのに。
━━これではまるで攻守の立場が逆転している。
言い知れぬ屈辱感と恥辱感がそこにはあった。
レーヴの脳裏を当惑と困惑、混乱と羞恥の混合物が駆け巡る。それらはレーヴの頭から冷静さというものを余さず融解させていった。
レーヴが、きゅう……と目を回していた一方、リーヴィリアは気炎をあげて宣誓した。
「私は! 私が! レーヴ様を好いているのです! 女だとか、男だとか、そんなのは些細なことなのですっ」
至近距離でこうも叫ばれては、レーヴとて怯まずにはいられない。ひぅっ、と悲鳴じみたものを漏らして、そしてレーヴはそんな自分を深く恥じた。なんて情けない声をあげるのだ僕は。
取り敢えず茶を濁そうと、ぼそぼそと応じる。
「わ、わかったから……」
「私はレーヴ様のためになら魂でさえ差し出しましょう!」
「ち、近い近い近い近い……!」
しかしリーヴィリアには効かなかった。金髪の少女は脈絡なく思いの丈を告白する。何度かその唇がレーヴの肌を掠って、その度にレーヴはひどい羞恥に死んでしまいそうになった。
「━━ってなんでもう僕にベタ惚れ状態なの……!? 色々とおかしくない!? 早い! なんか早すぎるよ!?」
「むしろ私とレーヴ様が出逢うのが遅すぎたのですっ!」
振りほどきたい━━リーヴィリアを振りほどいて脇目も振らずに逃げ去りたい。そして誰の視線もない場所で叫びながらごろごろと転がり回りたい。
しかし振りほどけない。レーヴが全力で抵抗すれば脱出は可能だが、抵抗されたリーヴィリアは『ぼんっ(爆発)』となり『べちゃ(散乱)』となるだろう。
華麗に抜け出しつつリーヴィリアも傷つけない、なんて絶妙な力加減など不可能なのであった。最近になってレーヴは自分が不器用であることを自覚しつつあるのだ。多分大丈夫、なんて憶測に頼った不用意な真似はできない。
相手が男なら手加減無しの一撃が容赦無くぶち込まれ、めり込んだ拳は獲物の肉を四散させていたに違いない。しかしリーヴィリアは中身も見た目も正真正銘の美少女だった。
誠実だし、優しい。気丈で、しかも朗らか。
手を出すだなんてこと、想像こそすれできはしない。
詰みだった。二進も三進もいかない。レーヴには真っ赤になってあぅあぅ身悶える選択肢しかもう存在しないのだ。
いや待て。そんな、いくら美少女だからって。可愛らしさなら自分の方が上じゃないか━━宝石が、硝子玉ごときを傷付けるのを躊躇うというのか?
確かに、単純な外見の完成度ならレーヴの方に軍配が上がる。
が、なにぶん自分の顔だ。視点を体外に据えることができた石精霊の時とは違い、人化している今では自分の頭なんてせいぜい鼻の先とまぶたの裏ぐらいしか見えないのが道理というものだった。
見えぬ金より見える銀。絵に描いた餅より食べられる粟である。鏡の前ででしか確認できない己の美貌よりも、レーヴにとっては目の前の美貌の方が余程価値が高かった。
というわけで、レーヴにリーヴィリアをどうこうするのは無理だった。
何事かを耳元で囁き続けられながら、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。もう無理。僕死ぬ。レーヴは喘いだ。
僅かに残ったレーヴの思考能力がぶつ切り気味に働く。ああ、最初はもっとしおらしい子だったのに……あのころの清純なリーヴィリアはどこに。
自分のせいだとは薄々解っているのだが、目を背けたいレーヴであった。
2
何もなかった。
何もなかったのである。
「……そういえばさ」
「はい?」
だから何もなかったかのように話題を振るのである。誤魔化しとかでは断じてない。誓って。
「僕クルセウスからのお願いで、悪い大臣の派閥の残党の捕縛の手伝いしてたんだけど、彼らってどうなるの? 死刑とか?」
尋ねると、リーヴィリアはきょとんとした表情を見せた。ヴァレイアの容姿も秀麗だが、リーヴィリアも些細な仕草すべてが絵になる娘である。
ちなみに現在、レーヴはリーヴィリアの膝の上だった。腰掛けるにほど良い瓦礫の上で二人は休んでおり、両者の太ももは直角に積み重なっている。リーヴィリアの右手はレーヴの腰に、左手は太ももに置かれており、それらは時折蠢いて、レーヴをびくりとさせた。
この状況はレーヴの大人気ある妥協の結果であり、リーヴィリアのわがままを受け入れてあげた形である。
僕ってばおっとなぁ。レーヴは心の中で呟いた。
「死……刑? 殺す、ということですか?」
「うん」
レーヴが目を背けながら頷く。目線を合わせようとすると、顔の距離が近くなりすぎるのだ。唇が掠める至近距離なんていうのは、もうレーヴも懲り懲りである。
すると、リーヴィリアはまるでおかしなことを聞いたかのように微笑んだ。
「いえいえ! そんな勿体無いことは致しませんよレーヴ様。彼らは国家転覆罪という大深罪を犯したので、研究所送りです」
「研、究所……?」
レーヴは首を傾げた。
大深罪……その単語がひどい重罪を指すのだろうということはレーヴにも理解できたが、それと『研究所』という単語が結びつかない。犯罪は野蛮で、研究は理知。それがレーヴの印象であり、つまり真逆の概念で、なので関連付けは難しかった。
レーヴが頭を捻って黙考していると、リーヴィリアは頬に人差し指を添えた。
「主に医療系の魔術研究所ですね……その他にも生きた人間が必要だというところは幾らでもありますし。大深罪者の獲得権を巡ってどこも火花を散らしてます」
「…………。……」
察しがついた。
レーヴの前世では鼠やら小動物がされていた実験。そういったことに『使用』される、とそういうことなのだろう。
……そりゃあ、とレーヴは思う。人間を使った方が効率のよい研究や、人間じゃないとできない研究もあるのだろう。犯罪で発生した大損を、犯罪者自身の体で補填させるという理屈だ。でもやっぱり、ちょっとそれはどうなのかなぁ。
しかし道徳を効率と現実で塗りつぶした、ひたすらなまでに実利的な方向性である。
「浅罪で体罰、深罪で体罰に加え肉刑、大深罪で……まあ、直接的に言ってしまえば、実験材料です」
軽い口調でさらっと付け加えられた物騒な言葉を、レーヴはするっと無視した。話を逸らす。
「肉刑?」
「体罰は禁固や重労働、鞭打ちなど、肉刑は五感か四肢の剥奪、それと焼印ですね。専門の処刑人が担当するので、治癒魔術師でも快癒させるのはまず無理でしょう」
生々しいことを淀みなく言う。逸らしたつもりができてなかった。なんら悪びれない口調は、リーヴィリアがこのことを当然のことだと感じている証拠だった。
実際、レーヴから見れば残酷とも言えるそれらは、この国では至極当たり前のなのだろう。
レーヴには受け入れがたいものだが、否定するつもりはない。
レーヴにレーヴの考え方があるように、セプレスにはセプレスの思想があり、また別の場所にはそこの価値観があるのである。それらは尊重されるべきもので、自分のそれを他人に軽々しく押し付けることこそを暴虐と言うのだ。
レーヴは蹂躙者になるつもりはない。
「……更生施設とかは? 特別タチが悪い奴なんかはさ、また悪いことするかも」
「法を犯したから罰するのであって、悪いことをしたから罰するのではありませんよ。善い悪い、なんて人によってぶれる観点から刑を決めていたら、裁判官の性格いかんで違う結果になってしまうのではないでしょうか。それはきっと恐ろしいことです」
「…………」
「……所詮法律なんてのは『セプレスにいたいなら守るべき諸々の規則』ですからね。
まあ……国の立場としては、再犯したらまた捕まえるだけですし。セプレスの国法守護団は優秀なので、今回のような余程の混乱がない限り逮捕は確実ですからね」
レーヴ自らとっ捕まえた人間たちがそんな目に遭うというのはなんとも心地が悪かったが、本人たちも失敗すればこういうことになるのは承知していただろう。彼ら自身の秤に乗せて、やった方が得だと判断したのだ。そして失敗した。
レーヴが罪悪感を抱くのも変な話だが、だからといって後味の悪さは消えない。こういうのは理屈の問題ではなく感性の問題なのである。
「……ふーん。じゃあさ━━」
とレーヴが他の話を始めようとした、まさしくその時。
レーヴの右手、リーヴィリアの正面、つまりはパーティー会場から凄まじい轟音が鳴り響いた。
2013
1/18
各所修正。御指摘感謝




