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踏破せよ、世界を  作者: 一ヌキ末
人篇 北大陸
28/36

我の生すは


a-6

 夕刻。

 担当の騎士に犯罪者たちをを引き渡したレーヴは、白い邸宅に戻って来ていた。

 レーヴを参考に拵えられたと思われる真っ白な玄関の扉を開き、足の白い履物を些か乱暴に脱ぎ捨てる。セプレスは家内裸足の文化であった。

 こければ相当痛そうな石畳の廊下をてちてちと歩き、レーヴは居間に繋がる扉を潜った。


「帰ったぞー」

「遅かったな」

「いやはや、終わったと思ってたら追加で注文が来てね……」


 顔も上げずに武器を弄るヴァレイア。その隣に空いた場所へ、レーヴはぽてんと腰掛けた。

 ヴァレイアとソファに並んで座り、ソファの上に危うげに置かれた皿からヴァレイア作ってもらった飯をつまむ。

 てっきりヴァレイアは料理など不得手だとレーヴは思い込んでいたのだが、その料理は中々の美味だった。本人曰く迷宮に入る冒険者ならば必須の技能だ、との事。

 武器を振り回す腕が作ったとはとても信じられないな、と顎を上下させながらレーヴは思った。

 咀嚼完了。ごくりと呑み込む。

 だが一方で、納得もする。ヴァレイアは筋骨隆々の男女、というわけではなく、ほど良く引き締まった体は、むしろ細い。

 それでいて、柔らかいトコロはちゃんと柔らかいのである。幾多もの『決闘』で、取っ組み合いの掴み合いまでしたレーヴは知っていた。

 ちんまい手をわきわきと開閉させ、頬を僅かに染めるレーヴ。白い少女の奇態に、ヴァレイアは眉を顰めた。

 と、壁にかかった鈴がりん、と震えた。レーヴやヴァレイアが触れていない。ひとりでに音をたてたのだ。玄関の鈴が鳴らされれると家内のそれが共鳴し、家主に来訪者の存在を伝えるという機能を有した魔導具である。

 レーヴは勢いをつけてソファから抜け出す。深く嵌り過ぎて、こうでもしないとレーヴはソファから立ち上がれない。

 壁に歩み寄り、鈴を指先で弾いて黙らせる。

 ヴァレイアもソファから立った。長髪を三つ編みにして、正装だ。着ているのは女装ではなく男装だが。


「時間か」

「ん、行こう」


 玄関を出た二人は御者に恭しく礼をされ、豪華な拵えの馬車に乗り込んだ。

 家のソファにも見劣りしない腰掛けに、レーヴとヴァレイアは座る。

 この馬車はセプレス王城行きだ。

 正確には、新王即位記念パーティーに、である。




a-6

 パーティー会場は城にある広間。この部屋も先の事件による被害を受けており、広間の左壁がなくなっていた。蓋のない四角い箱を横倒しにした状態によく似ている。

 天井から落ちる魔力灯の明るさと、横穴から入ってくる夜の暗さが混ざり合う。中途半端な暗さで、人が動く度に淡い残像が曳かれた。

 レーヴとヴァレイアが入ってきたのは、そんな場所だった。

 どうやら二人は比較的遅めに呼ばれたらしい。暗さと明るさが混合する会場には、既に何十人もの人間が集まっていた。女性などが色とりどりのドレスを身に纏っている事を鑑みるに、おそらくここにいるのは全て貴族なのだろう。

 巨大な部屋の中央部には長大な卓。その上には数えるのも面倒なほどの大量の皿が載っていた。

 肉類、野菜、魚介類。一目では判別しがたい謎の料理。そのどれもが、上等かつ新鮮とわかる色艶を魅せている。

 まさに垂涎。

 レーヴが目を奪われていると、ヴァレイアはレーヴの肩を軽く叩いて颯爽と歩き去っていった。

 赤茶色の三つ編みを揺らすその後ろ姿に、大方テキトーな酒でも持って、外で残り時間ずっと月でも眺めているつもりなのだろう、とレーヴは思った。

 

「おっと。危ない、危ない……」


 呟いて、レーヴは身体の周囲に、肌に密着するような形で極々薄い結界を張った。効果は魔力の断絶。レーヴが結界を解かない限り、魔力の一粒子たりともこの結界の外側に漏れる事はない。

 これで、大抵の人間はレーヴの存在を視覚情報なしでは感知できなくなった。

 この世界において気配や雰囲気の素になっているのは魔力である。魔法的な感覚が鋭い人間でも、今のレーヴは異様に存在感の薄いだけの、ただの子どもに見えているだろう。

 食事の山に喜び勇んで駆け寄るレーヴ。白い少女が小走りで人々の合間を通る姿を多くの人間が微笑ましそうな顔で見送った。レーヴの人外の美貌を真正面から直視してしまった人間はそうもいかなかったが。

 数人で談笑していた貴族の一人が、ふとした拍子にレーヴを見る。

 その男は何事もなかったように視線を戻して━━━━ぎょっとした表情でレーヴを二度見した。彼が件の事件に関わった騎士の一人であったが故の反応だが、レーヴにとってはどうでもよかった。

 今は、目前にその存在を声高に主張する、これら絢爛たる料理を存分に食する事こそがレーヴの命題、存在意義なのである。

 卓に接近したレーヴは卓の脇に盛ってあった、フォークによく似た食器の一つを取り、手近な肉にぐさりと突き刺した。

 食器越しに肉のずっしりとした重みを感じ、じきに味わえるであろう旨味を期待したレーヴの口中に唾液が溢れる。

 いざ。

 レーヴが肉をまるごと持ち上げようとしたその時、肉にもう一本の食器が刺さった。

 別方向からの力が加わり、肉が空中で静止する。

 一拍、ニ拍、三拍。しばしの時が経ち、事態を理解したレーヴの、きらきらと輝いていた白銀の瞳が一瞬で色褪せた。

 食器を辿り、無粋な闖入者をじろりと睨む。


「おう、久しぶりだな」


 全身包帯だらけの奇人がそこに居た。包帯の隙間から覗く眼光は異様に鋭く、触れれば切り傷を負いそうな危なかしい野性味に満ち溢れている。

 親しげに話しかけてくる包帯男に、レーヴは無表情で言った。


「誰?」

「俺だ、バーミットだ。忘れたのか?」

「人違いじゃないですか? 人違いですよね。あっちいってください。僕の肉返せ」


 表情筋を微動だにさせる事なく、レーヴは無感動に返答する。ただでさえ無機質なレーヴの造形が人形の如き真顔と合わさり、凄まじい圧迫感を放射していた。

 だが相手は怯まない。


「馬鹿言うな。お前みたいに上から下まで全身真っ白いヤツが他にいるかよ」


 包帯男は呆れたように頭を振った。全身包帯だらけなので、その表情はレーヴによく伝わらなかったが。

 包帯男の視線が逸れた瞬間に、レーヴはヴァレイアでも反応するのは難しいだろう超高速で包帯男の食器を跳ねあげた。

 ぎん、と包帯男の片腕が上へと跳ね、その手に握った食器が肉から分離した。

 目標を奪取せしめたレーヴは、即座に肉にかぶりつく。

 白い歯がパリッと焼けた皮を突き破り、タレの染み込んだ肉を深々と抉る。ひと噛み毎に、濃厚な旨味と僅かな血の味がレーヴの舌に齎された。

 咀嚼、咀嚼、咀嚼。

 口の中が埋まり、レーヴの機嫌は右肩急上昇で好転した。俺の肉が……などとバーミットが呟いているが、レーヴの知った事ではない。

 その白い頭の半分ほどもある肉塊を喰み、レーヴはあっという間にその四割ほどを呑み込んだ。

 先ほどまでとはまるで別人のように上機嫌になったレーヴは、歪に曲がった食器を見つめるバーミットに話しかけた。


「冗談だよ。冗談。死んだんじゃなかったの?」

「ひでぇな、おい」

「いやだって。リーヴィリアには殺されなかったにしても、崩落の下敷きになったんだろ?」


 そう。あの巨大骸骨が引き起こした崩壊……レーヴが結界を張り、リーヴィリアを助けたその時。ほっとして、ふと顔をあげたレーヴは、落下してくる瓦礫の隙間に転がる焦げ付いたバーミットを見つけて思ったのだ。

 あっ……、と。

 そしてこうも思った。ま、いっか。リーヴィリアの方が大事だし。

 てっきりレーヴは、あのままバーミットは圧死しているものと考えていたのだ。某悪い大臣みたく。


「崩落の下敷き……だからこんな怪我してたのか……」


 納得したように、バーミットはしみじみと呟いた。


「は?」

「それがなぁ、よく憶えてないんだよ、俺」


 バーミットは視線を上にやる。

 何やら言い出したバーミットに、レーヴは肉塊の最後の欠片を呑み下しながら、首を傾げた。


「クソ爺が新しい剣くれるって言うからルウム(ここ)まで来たんだが……」

「子供か」


 レーヴの言葉に、心外だとばかりにバーミットは頭を振る。


「いやいやいや……お前レムナ工房の剣だぞ」

「知らん」


 素手で鉄塊を粉砕できるレーヴにとって、武器の類など火力を抑える以外に使い道はない。


「まあ、それはいい。そんでクソ爺に会いにいって……」

「いって?」

「そこから先の記憶がない」

「……本当に?」


 バーミットの胡散臭い台詞に、レーヴは思わず反芻した。悪い大臣の片棒を担いだ記憶だけがないなど、調子が良さ過ぎる。

 ところがバーミットは、はぁ? といった顔を見せつつ(包帯に隠れてよくわからないが)、馬鹿にしきった口調でレーヴに言い返した。


「嘘なんか吐いて、俺になんの得があるんだよ」

「…………」


 レーヴは目を瞬いた。

 戯言である。自分は事態に関与していない、と言えば、悪者に与した事を糾弾されずに済むのは馬鹿でも解る事であった。実際に糾弾されるかどうかは置いといて。

 だというのに、言い終えたバーミットは額に手をやり、したり顔でやれやれ、などと呟いている。

 その口上を聞き終え、ぱちくりとしていたレーヴの目が、徐々に半眼へと細められた。


 ━━━━こいつ、真性のアホだな。


 レーヴのような幼い外見をした少女相手に出会い頭に決闘申し込むわ、玩具に釣られてほいほい出てきて悪事に利用されるわ。

 頭悪そうな顔だなぁ、初対面の時にも思っていたが、バーミットのアホ指数は大きくレーヴの見積もりを超えていた。

 包帯まみれの男を照準していたレーヴの視線が、食欲を掻き立てる芳香を放つ品々に、すうっ、と移る。

 色々尋ねたい事はあったが、それらへの興味より、バーミットへの鬱陶しさの方が(まさ)った。

 いざ新たなる食の開拓に勤しまんと、レーヴの食器が毒々しい色合いの肉に突き刺さる。間もなく赤紫色の肉はレーヴの口に収まった。

 うまい。見た目は悪いけど。

 そんな風にレーヴが思いつつ、話しかけてくるバーミットを無視していると、焦った声が飛んできた。声質は爽やかなのだが、随分と調子が荒れている。


「隊長! バーミット隊長! 絶対に安静だときつく言い含められていたのに、何故パーティーに来ているのですか!」

「おう、ミシェル」

「『おう、ミシェル』ではありません! まったく貴方という人は……」


 現れた青年は深く溜息を吐き出した後、レーヴに向き直って礼をした。


「ご無沙汰です。どうもウチの隊長がご迷惑をおかけしていた様で。本当に申し訳ありませんでした」


 青年は顔を上げ、レーヴの顔を正視。面食らった表情をした青年は固まった後、レーヴの顔からぎこちなく目線を逸らせた。

 誰だろう、と内心首を傾げていたレーヴは、ぽん、と手を叩いた。『防壁南部砦』の『防人』の一人だ。


「ああ……あの時の。

 いいよ、別に。君が悪いわけでもないし、そもそもバーミットは簡単に制御できる人間じゃないだろうし」

「そう言って頂けると助かります」


 『防人』ミシェルは苦笑する。

 クルセウスと似た苦労人の匂いがするな、とレーヴは思った。

 レーヴはバーミットに訊くつもりだった話題を、この男に投げかけた。


「思ったんだけど、この国、本当に大陸一つを支配する超大国?」

「ええ。その通りです」

「その割りにはアットホーム……じゃあ通じないか。和気藹々としてるんだけど、王族貴族がこんな調子でいいの?」


 レーヴが言うと、ミシェルは納得したと頷いた。


「あぁ、確かに他国の人間からはそう写るようですね。一セプレス人としては極々普通のことだと感じるのですが……」


 そういえば、とミシェルは手を叩いた。


「聞く話によると、他国では貴族同士が権威を求め、頻繁に争い互いを貶め合うとか。わざわざ婉曲的な方法を取らずとも、決闘で白黒はっきりつければいいのに、不思議な話です」


 ミシェルは繕う様子もなく、当然のように言った。本気でそう考えているのがレーヴにもありありと判った。

 負ければ譲り、勝てば得る。つまるところ、この単純な実力主義がセプレスでの常識なのだろう。

 だからというか、なんというか。セプレスに住む人々は、平民から貴族に至るまでがこれほど陽気なのだ。レーヴは得心した。強い者たちが生き残って血を成しているから、簡単な話、遺伝的なレベルでセプレス人は優秀なのだ。優れた心体を持つ彼らは、精神的にも肉体的にも余裕があるのだろう。

 ━━━━その分、弱者にはとことん厳しそうだが。


「もっとギスギスしてる印象だったよ」

「まあ、セプレスにもそんな輩は少数ながらいますけどね……。しかし殆どの人間はもっとサッパリしているのではないかと。それが一般的なセプレス人の気風ですしね」


 そんな輩とは悪い大臣ことリプルや、その一派のような人間だろうか。レーヴは推測する。

 確かに、リプルとその仲間たちは、セプレスで他に類を見ないほどに卑劣で粘着質だった。リプルなどがその代表格だが、他の人間もどこか病的な様相だった事がレーヴには印象的だった。

 話しかけてくるバーミットを省いて会話は進む。


「そもそも、なんでここに?」

「隊長が急に『ルウムへ行く』なんて言い始めたので、何とか説得して三人で来たのです」

「……どうやって? 僕が言うのも変な話だけど、ちょっと到着が速すぎるぞ」

「『転移符』ですね。ある程度の範囲内ならどこにでも瞬間的に移動できるという優れものですが、そんな破格の性能にも見合わないほどに高価な、恐ろしい値段の魔術札です」


 ミシェルはどこか虚ろな目をして続ける。


「それをですね、11枚も使ったんです。ええ。いくら世界最高峰と名高いレムナ工房の作品といえど……大盤振る舞いが過ぎます。

 あのごく短い間に消費された、『転移符』に相当するお金を想像するだけで……もう、私は気絶しそうですね」


 ミシェルはそう締めくくった。

 レーヴは首を傾げる。


「そんな大金あるのなら、それでその工房の剣を買えばいいのに」

「レムナ工房の主は気難しい事で有名なんです。金を積んで請うても、叩き出されるだけでしょう。オマケに、隊長は過去にしつこく店主につきまとって、相当嫌われています」

「なんとまあ」


 いかにもバーミットらしい話ではあった。


「で」


 レーヴとミシェルに会話から省かれて、どこか煤けた背中を向けているバーミット。

 レーヴはその後ろ姿を半眼で眺めた。


「さしずめバーミットは病院から抜け出してきたんだろう?」

「ええ。明日クルセウス殿が見舞いに来られるとのことで、安静にと言う医師の言葉に重ねて私も幾度も注意したのです…………したのですがね……」


 二人の呆れた視線を察したか察さなかったか。バーミットは振り返り、嬉しそうに口を開いた。


「美味いメシが食いたくてな」


 バーミットは、何故か胸を張る。

 どうやら、病院食の味があまりよろしくないのはどこの世界も同じらしい。

 しかし、そんな理由で病院を飛び出すとは。しかもまだ包帯も取れていないような状態で。レーヴの心は呆れ七割、納得三割だった。


「病院に戻るつもりないだろ、お前」

「わかるか?」


 わからないも何も、病院から脱走してくるような男が大人しく帰るとは、レーヴには考えられなかった。


「でも、クルセウスが明日来るんだろ?」

「親父、親父ねェ……。親父に会ったら絶対に結婚の話になるからな、嫌なんだよ」

「結婚、ね」


 男女が婚姻を結び、子どもをもうけるための儀式。レーヴには果てしなく遠い言葉である。


「親父が持ってくる縁談は、頭が良い女とか、賢いのとか、そんなばかりだからなぁ。俺と切り結べるぐらいが好みなのに」


 と、そこだけはいやに心の入った溜息を吐くバーミット。

 それは多分、アホなバーミットと釣り合いをとるためだろうな……。

 そうレーヴが思っていると、バーミットは口角を上げた。口元は包帯のない、バーミットの全身でも希少な部分である。


「俺が嫁にしていいと思うのは、ま、ヴァレイアとお前と、あそこの王サマぐらいだな」


 随分と勝手な言い様に、レーヴはこめかみをひくつかせた。

 王サマと戦った事なんてなかったはずなんだが、なんか良いんだよな……などとバーミットは呟いている。

 文句をたっぷりと溜めた口をレーヴは開こうとして……やめる。反論するのは何か負けた気がした。

 なので、僕に色目を使うんじゃない、このロリコン野郎。とは口に出さない。

 出すのは蹴りだけである。

 脛を抱えて悶絶する包帯男に、蔑みの視線をたんまりと贈ったレーヴは、ん? と首を傾げた。

 今、バーミットは『あそこのおうさま』と言わなかったか。

 レーヴは深く思案もせずに、先ほどバーミットが向いていたと思しき方向へと、その視線を巡らせた。




「それでね、思うのよ。次レーヴちゃんに会えたら、ペロペロしよう、って」

「ぺろ……ぺろ…………!」




 レーヴは自分の心が、ポキッと小枝のように折れる音を聴いた。

 咄嗟に床に膝をつきそうになり、しかしすんでのところで持ちこたえる。

 卓を挟んだ向こう側。冷ややかな金髪の美少女と暖かい金髪の美女がグラス片手に言葉を交わしていた。そう、リーヴィリアとバーミットの部下たるマルである。

 浮かべる表情も和やかで、一種の女性間にありがちな険しい空気など微塵も存在しない。貌のつくりは違うが、纏う雰囲気は似通っており、年の離れた姉妹のようでもあった。

 彼女らが、セプレスの新たなる女王と『防壁南部砦』有数の強者(つわもの)だと知ったところで普通の人間が抱く印象は麗しい、であろう。それほどに美しい二人組だった。

 そう、普通の人間ならば。


「あ……あああ……」


 レーヴの両の脚は産まれたての雛のように震え、ぷるぷると音が聞こえてきそうなほどであった。

 美しく煌めかしい二人から発せられた言葉は、常人とは異なる意味をもってレーヴを直撃した。

 地が傾いたように視界は揺れ、萎えた足元はおぼつかない。

 それらは肉体的な損耗の表れではない。精神的な打撃の結果である。

 かつての『夜刀神』との戦いでさえ、レーヴはこれほど戦慄した憶えはなかった。

 ぺろぺろ。

 ものを舐める擬音のように思われるが、それがどう自分に繋がるのか。舐めるにしても、一体何を舐めるというのか。レーヴには飴の類を常備していた覚えはない。

 ……いや、本当は理解している。あの二人に捕まれば、どんな目に会うのかぐらい。

 それだけは絶対に避けねばなるまい。レーヴは震える手を握りしめ決心した。

 深呼吸。

 どうにか動揺を抑え込んだレーヴは、視線を床に降ろす。これ以上見つめていれば、己の存在が露見するという、謎の確信がレーヴにはあった。魔力を遮断しているのだから普通気づけないはずなのだが、魔力無しの気配察知━━━━真の超感覚とでもいうべきもので発見されてしまう、そんな風にレーヴには思われたのである。

 幸いにして、現在二人はレーヴに背を向けている。距離も十分に開いており、音で察知される心配はなさそうだった。

 いける。今ならまだ、いける。

 そう胸中で念じつつ、レーヴはぎこちない動作で後退さった。

 少しずつ、少しずつ。

 不可解そうな顔をして話しかけてくるミシェルを完全に無視して、レーヴはじりじりと後退する。

 ゆっくりと回り込み、リーヴィリアたちとの間にバーミットたちを挟む。自身の体が、おそらく相手から見えなくなったと思わしき瞬間、レーヴは転身、壁の大穴に向けて駆け出した。

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