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踏破せよ、世界を  作者: 一ヌキ末
人篇 北大陸
25/36

我の為すは

 夜空には白銀の三日月が浮かび、半ば崩れた城を照らしている。

 荘厳な居様を誇っていた城は、全体にして三割ほどが完全に消滅。

 更に三割ほどが半壊して、その内装を月光の許にさらけ出す。

 それが、後に『崩城事件』と呼ばれるようになる、この事件の顛末、その結果であった。




a-1

 いつもはうらぶれた男どもが集う場所といえど、今晩だけはその限りではなかった。

 女子供も男どもの輪に入り、これでもかと騒いでいる。

 そこそこの広さの酒場の席は残らず埋まり、酒の匂いを纏って喧騒を生していた。


「で、結局何があったんだ?」

「なにがあったの?」


 むさ苦しい男の声に、子供の舌足らずな声が続く。

 それに二つの声が応えた。


「さあな。だがあの城が吹っ飛んだんだ。ただ事じゃねぇ」

「噂じゃ、破片が当たって何人かおっ死んだってよ」


 その言葉に、男は顔を顰め、子供はその顔真似をしつつ、したり顔で頷いた。いやに満足げだが、おそらく言葉の意味もよく解ってはいまい。


「運がねぇな」

「うんがねえな!」

「まったくだ。だが━━」

「避けられねぇそいつが悪い!」

「わるい!」

「違いねぇ!」


 男たちの下品な笑いと、子供たちの甲高い嬌声が酒場に響く。

 国の象徴たる王城が吹き飛んだというのに、まるでお祭り騒ぎである。他国ならば不謹慎だと怒鳴られて当然の話だが、漂うのは依然和気藹々とした空気。

 これこそがセプレスであり、その国民性なのだ。

 そんな店内において、周囲とは異なる静かな空気を保った空間が在った。

 カウンターの右端二席に座った二人組。双方ともが外套で頭から足元まで隠していたが、背の高さはまるで違う。小さい方は外套以外何も持っていなかったが、大きい方は布を巻いた棒を背負っていた。

 黙々とした二人の周囲には、どこか気の抜けた空気が漂っている。例えるならば、二日酔いした寝起きの中年男のような。

 小さい方が食事の手を止めた。口端に付いた食べカスを赤い小さな舌で拭い、右の大きい方を見る。


「で、これからどうするの? お姉さんは」


 大きい方ことヴァレイアも横目に視線を返して、気怠げに返答した。


「どうしようか」

「考えてないんかい」


 レーヴのやる気のない突っ込み。

 ヴァレイアもまた覇気のない台詞で返す。


「そう言うお前はどうするんだ」

「僕、ねぇ……」


 レーヴは頬杖をつく。柔い肌同士が競合し、ほっぺたが負けてむにりと歪んだ。


「世界中一巡りはしたいから、とりあえず『地下都市』だっけ? ここから一番近い国。そこに行こうかと思ってる」

「すぐにか?」

「いいや。しばらくはセプレスにいるつもり。まだ食べ物屋さんも制覇してないし」


 ふうん。と赤茶髪の女は相槌を打つ。グラスを傾けた。


「そいつは良かった。今から荷造りするのは少し面倒臭い」

「……なんでお姉さんが荷造りするんだよ」


 レーヴの訝る言葉にヴァレイアは変わらず億劫な調子で、しかし当然のように返す。


「俺もついて行くからに決まっているだろう」

「……なんでお姉さんが僕についてくるんだよ」

「忘れたのか? いつでも俺と戦う……お前はそう言っただろう」


 ヴァレイアは欠伸をして、涙の浮かんだ目元を拭った。

 目も半開きで、焦点は虚空を捉えている。

 さもありなん。レーヴは思った。こいつ、今の今まで寝てたのである。

 レーヴは増して胡乱げな視線を斜め上方に送った。


「って、もしかして、ずっと僕についてくる気?」

「ああ」

「…………」


 レーヴは(かぶり)を振った。白髪が外套の中で揺れる。

 この話題は後でいい。王都に居る間に幾らかこてんぱんにのしてやったら、諦めるだろう。

 それよりも━━━━

 それよりも。

 レーヴの脳裏に浮かぶのは、目映い金色を髪に宿した美少女。のぼせたように紅潮した顔。蕩けて潤んだ目。まつ毛が接触するほどの至近距離。

 レーヴの、おそろしいほどに均整のとれた貌、その一部がさっと赤みを帯びる。


「…………はぁ」


 レーヴの唇から、ひどく淀んだ息が漏れた。憂鬱だった。

 リーヴィリアと顔を合わせられる自信が全くない。今会おうものなら、レーヴは恥ずかしさのあまり逃げ出すだろう。

 思い出すだに赤面してしまう。

 レーヴは頬に灯った熱を誤魔化すように、隣席のヴァレイアに話しかける。


「……ずいぶんあっさり王様の座を譲っちゃったけど、良かったの?」

「ああ」


 ヴァレイアは一言応えると、終わったとばかりに口をつぐんだ。

 その余りに無味乾燥な返答にレーヴが睨みを効かせると、ヴァレイアは補足をする。


「……俺が王に成りたかったのは、戦争を起こしたら強い奴と戦えるだろう、と思ったからだ。

 だが俺の知る限り最強のお前が無制限に戦ってくれるんだから、もうその必要はない」

「…………」


 それに、とヴァレイアは続ける。


「良く考えてみれば、王になったら四人も子供を産む羽目になる」

「四人?」

「ああ。その四人の中から次の王がでる」


 完全に他人事のようにヴァレイアは言って、口を閉じた。食事に専念し始める。

 王は四人の跡継ぎ候補をつくる。

 つまりそれは、新王となったリーヴィリアが子作りする、という事だ。それもレーヴの知らない男と。……知っている男とかもしれないが。

 名も知らぬ男と結婚するリーヴィリアの姿を想像して、レーヴは実に微妙な気分になった。

 ここであからさまに反駁するほどまでには金髪の少女に対して独占欲は湧いていなかったが、そんな家庭設計図を知って「ふーん」で済ませるほどにレーヴのリーヴィリアに対する好感度は低くはなかった。

 レーヴのあってないような、平たい胸の奥がぴりぴりとする━━有り体にいえば、面白くない。

 眉をひそめたレーヴは、機嫌を損ねた自分自身に気づく事なく、些か乱暴に食事を再開した。

 店主から次々と差し出される料理を、レーヴはあっという間に小さな体に収めていく。間断なく入っていく大質量と、その凹凸の少ない腹部の体積は全く比例していない。

 ばく。

 ばく。

 ばくばくばく。

 食べながら、レーヴはふと思う。自分はこんな大食らいだったか。

 少なくとも前世では、レーヴはここまでの大食漢ではなかったはずなのだが。

 レーヴは首を傾げたが、疑問は数多の食事を平らげる内に霧散した。

 少しして、うず高く積まれた皿の山を前に、レーヴはふぅ、と息を吐いた。

 ほんの僅かに気が晴れた、ような気がした。

 レーヴは己のなだらかな腹を小さな手のひらでぽんぽんと叩きながら、もの思いに耽る。


━━漸くこの幼女ボディに慣れてきたかな。


 背は低く、手足は短い。再び人の身を得るのに十数年も間隔が開いていたこともあって、レーヴは身体を動かす事が上手くない。もし十全にこの肉体の能力を発揮できていれば、王位を巡る決闘の際も、手こずる事なくヴァレイアを瞬殺していただろう。

 中々勝手の解らない身体だが、今日一日激しく運動してたレーヴは、だいぶん感覚を掴めてきていた。

 しかし女の子のカラダ、というのはレーヴにとって如何ともしがたい代物であった。

 幼い、というのはまだ良い。成長すれば始まるアレコレを考えれば、かえって子供で良かった、とさえも思える。

 だが、女の体というのものは、入浴を始めとした裸身になる場合にどうしても目の当たりにしてしまう。排泄の類を省略できるから良いものの、そうでなかったらレーヴは悶死していた事間違いない。

 では男に性別転換すればいいかといわれれば、それも宜しくない。

 男になろうと思えばなる事も不可能ではないが、今の幼女形態がレーヴにとっての最適なのだ。男になどなってしまえば、最低でもレーヴの能力は今日戦った『公魔』よりも一段階は弱体化してしまう。

 そしてそれは、一応『最強』を目指すところのレーヴにとって、堪えがたい代償であった。

 弱くなるくらいなら、幼女のままで良い。

 そしてなにより、レーヴは幼い女体に収まった現状においても、いまだ女性に欲情できていた。どのタイミングで、かとはいわないが。

 つまりレーヴの精神は男性的なのだ。前世では性同一性障害、なんて言葉があったぐらいなのだから、身体に引っ張られて心まで幼女に。なんて事は起こり得ない、とレーヴは強く信じている。


「……おかわり」


 思考に一段落をつけたレーヴは、更なるご飯を催促した。

 言い終わるか否かに、新たな皿がレーヴの面前に勢い良く置かれる。

 焦げ目の付いた、鳥類の脚かと思しき骨付き肉。おそらく、毛を毟って炙っただけ。この酒場の品々は、ほとんどがこの手の素朴かつ豪快な料理である。手のこんだ料理で前世の味を超えるのは至難の技であろうから、この世界でレーヴが好んで食すのは、その殆どが俗にいう『素材の味を活かした』料理なのだ。

 レーヴの注文との間隔は、かつてないほどに短かった。

 示し合わせたかのような早業に、レーヴは顔を上げる。厳めしい店主の三白眼と、白銀の瞳がぶつかった。

 肉体年齢も性別もまるで違う、二つの視線が交わる。


「…………」

「…………」


 黙しつつも、店主の目は「わかってるぜ」と語り、レーヴの目は「やるな……マスター」と返していた。

 それは確かに、漢同士(?)の言葉なき会話であった。

 ふとした拍子に張り詰めた緊張の糸は途切れ、二人は相好を崩す。

 不敵な笑みを浮かべる店主に、レーヴもふっと笑った。

 レーヴの白い手が閃き、皿の上の巨大な骨付き肉を掴み取る。小さな口をあらん限りに広げて……次の瞬間には、僅かな肉片と骨を残して、手中の骨付き肉はその存在価値を遂げていた。

 レーヴは顔を上げ、外套の下から店主に意趣返しの笑みを浮かべようとした。

 その時。

 不意に、レーヴの全身が総毛立った。白くきめ細やかな肌が、つま先から頭の天辺まで、余すところなく粟立つ。

 レーヴは悟った。

 己の背後に、何者かが陣取っている。

 柔らかく、それでいて強かな気配。目を凝らせば、漂うのは紅色の魔力の粒子。

 心当たりはある。あり過ぎる。

 びくりと身を竦ませたレーヴは、握っていた骨を皿に取り落とした。

 固まるレーヴへと、外套越しに澄んだ声が投げかけられる。

 

「レーヴ様……こんなところに居たのですか」

「う……げぇっ……」


 そもそも、レーヴが何故酒場で飯を食べているのか。

 『公魔』を空中で解体し、その魔力を『併呑』したレーヴは、その場から逃げ去った。

 驚愕の目で見てくる騎士たちに、どうにもいたたまれなくなったのだ。常のレーヴなら気にも留めなかっただろうが、リーヴィリアの『アレ』のせいでレーヴの精神的な許容量は深刻な水域にまで落ち込んでいたのである。

 注がれる視線に居心地が悪かった、というのも理由の一つだったが、あのまま居続ければリーヴィリアと顔を合わせる事になる、というのも大きかった。

 レーヴの精神状態ではそれはとても、厳しかったのだ。

 退散する道すがら、なぜか寝ていたヴァレイアに遭遇。寝ぼけまなこを擦る彼女に構わずに、この酒場まで引っ張ってきたのである。建前としては安穏と眠るヴァレイアに苛ついたためだが、本当のところは飯代をたかるのが目的だった。

 レーヴの計画では落ち着くまでしばらく身を隠した後、リーヴィリアとの『アレ』をうやむやにするつもりだったのだが。

 レーヴは小さく震えながら、背後に佇む人物におずおずと話しかけた。


「な、なな、なんでここを……というかリーヴィリアまだ動けな」

「あれだけレーヴ様のを中に注ぎ込まれたら、魔力欠乏もなんのその、です。むしろ調子が良くなったぐらい。……レーヴ様と私は余程相性が良かったみたいですね」


 明朗とした口調でレーヴの台詞を中断するリーヴィリア。今までになく快活な様子であった。こころなしか言葉選びが妖しい。


「さ、レーヴ様。一緒にいきましょう」

「く、ぅっ……」


 振り向かずとも、リーヴィリアが花の咲くような笑顔を浮かべている事が、レーヴには克明に解る。

 封印していた記憶が甦り、白い頬が紅潮する。レーヴの頭が、徐々に思考能力を鈍らせ始める。

 それでも、レーヴは回りにくい脳みそを必死で回転させた。

 案の一、羞恥のあまり暴走。酒場を吹き飛ばして逃げる。

 論外。

 その二、リーヴィリアを拘束して逃げる。

 向き合える自信がない。

 三、横のヴァレイアに助けを求める。

 我関せず、といった表情だ。

 ならば。

 ならば、全てを突っ切って逃げるしかない。


「さ、さらばっ!」


 レーヴは斜め後ろに椅子ごと倒れる。酒場の床をごろごろと転がったレーヴは素早く立ち上がると、リーヴィリアを視界に入れないようにして酒場出口へと吶喊した。

 そのまま飛び出していくレーヴを、リーヴィリアはぽかんとした表情で見送った。

 数瞬後に我にかえって、金髪の少女は外套の幼女を追っていった。

 些か乱暴な開閉を終えたばかりの酒屋の扉がもう一度開かれ、けたたましい音を立てて再び閉まる。

 酒場の視線を総攫いした少女たちは、盛大に跡を濁し、嵐のように過ぎ去っていった。

 








「これ、やはり俺が支払うのか?」


 皿の山を見上げるヴァレイアに、店主が頷いた。





11/20

数箇所修正。御指摘感謝

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