二度目の黎明 後
5
もう少しで、『次』に到達できる、ような気がする。
二匹目の猿鬼の『もや』を呑み込んで、僕は思いを巡らした。
『次』が一体なんなのか、僕もよくわかっていないのだが、成って悪いものではないのはわかる。
『もや』は、どうやら意志に呼応する、という僕の分析は正しかったらしい。
僕は『もや』を『魔力』と呼ぶことにした。いつまでも『もや』では格好がつかないし、こんな摩訶不思議なものである。中々良い名称ではないだろうか。
僕が魔力に動くように命じると、魚群のように上に下にと運動し、回れと祈れば、波のように逆巻く。
一安心だ。これで次からは襲われても大事無いだろう。光の玉から飛び出すレーザーは、かなり高い貫通力を持っているようなので、大抵の敵は撃退することができそうだ。
僕が床を見ると、猿鬼が転がっている。前の個体とは違い、こいつは眉間に穴を開けて、絶命していた。
レーザーといっても、径は猿鬼の指ほどしかないというのに、なんの因果か脳天に直撃だ。
なんだか哀れに思われる--なんてことはなく、まったくもって胸のすく思いだった。
恨むのなら、出会い頭にヒトを殴りまくるなんて不躾な真似をしでかした、己の仲間を恨むがいい。
僕は廊下の先に目を向けた。
ついに、定規で引いたような真っ直ぐの道は終わりを遂げ、前方にあるのは壁面である。代わりに右の壁がない。
つまり待望の曲がり道だった。本音を言うと、ひたすら直線状に進むのには、辟易としていたところなのだ。
ここを曲がったら、部屋なんかあったりして……と、僕は新展開を期待する。
フヨフヨと角を右折した僕は、驚愕に目を見開いた。
6
よもや、本当に部屋が出てくるとは思わなかった。
僕は曲がり角の前まで慌てて戻って、ひとまず安堵した。
先程見えた、恐ろしい光景を確認するために、視点だけを先に飛ばす。
視点だけなので、察知される心配はない(と思う)のだが、入り口付近に転がる岩陰から大部屋を覗き見た。
部屋は正方形で、出入口は二つある。一つの辺とその対辺の真ん中だ。しかし重要なのはそこではない。
単純に説明すると、そこにいたのは大量の猿鬼だった。
五十は確実に居る。大部屋、というより大広間は、曲がりなりにも整っていた廊下とは違い、何かの肉やら、骨やら、死体やらが散乱していて、実に不潔である。
そして各々好き勝手に食べたり、寝たりしている猿鬼たちの中に、一際目立つのが一匹。
そいつは一匹だけ石の椅子に座っていた。明らかに周りの猿鬼を上回る体格の良さ。うろちょろしている猿鬼たちも、こいつの周辺にだけは近づかない。
--猿鬼の上位個体か。
推測するに、コイツがこの群れの王様だろう。何やらただならぬ風格を漂わせているし。
猿鬼将軍と命名しよう。
僕はしばらく猿鬼将軍を観察していたが、猿鬼将軍は周囲を威圧的に睥睨するだけで、ほとんど動きを見せなかった。
さて、どうしようか、と僕は考える。
引き返しても、行き止まりなのは知っているし、ここで進展を待っていても埒があかない。
それどころか、こんな薄暗いところでずっと一人だけだなんて、それこそ気が狂ってしまうだろう。
そうなると、もうここを突破するしか道はない。こんな低速では、部屋を突っ切って逃げ切るなんて不可能だ。つまりそうするために、レーザーで五十超の猿鬼を殲滅しなければならない。
ここで新たな展開を待ち続けるか、憎たらしい猿鬼どもを全滅させるか。二つに一つである。
--…………。
どちらを選ぶかなど自明だった。
心を決めた僕は、早速行動を開始する。
僕は素早く視点を本体付近に戻し、フヨンフヨンと部屋に向けて前進、進入した。
部屋に入ると同時に、猿鬼将軍へ狙いを定め、魔力を集めると同時にレーザーを撃つ。石の背もたれごと頭を貫かれ、数度の痙攣の後に、あっけなく猿鬼将軍は事切れた。
猿鬼たちはしばらくポカンと猿鬼将軍の死体を見つめていたが、同胞が次々に倒れていくのに気づくと、僕に襲い掛らんと石剣片手に殺到した。
猛然と突っ込んでくる猿鬼たちを見つめながら、僕は冷静に奴らを撃ち抜いていく。
猿鬼たちは、頭か心臓部を一匹ずつ、あるいは一直線状に並んで撃ち抜かれ、次々と斃れていった。
最後の一匹にレーザーを食らわせて、僕は部屋を眺める。そこには僕を中心とした扇状に死体が広がり、酸鼻な様相を呈していた。
我ながら流石にこれはやり過ぎである。
僕は、圧倒的強者として猿鬼を虐げて、興奮していたのだ。敵を倒すのは良いが、殺しに酔うのはあまりよろしくない。
僕は自分を戒めて、再び室内の惨状を直視した。意識を集中させ、大量の死骸から魔力を抽出する。
前回と前々回とは比べものにならないほどの多量の魔力である。これだけの魔力なら、間違いなく『次』に至れるだろう。
僕は期待に胸を膨らませながら、体に魔力を取り込み始める。
全魔力を収め終えた時、猛烈な衝撃が僕を襲った。
歓喜と恍惚が極まり、頭の中が真っ白に染まる。
そして猿鬼から奪った魔力と、僕の魔力が混ざり合った大量の魔力が噴き上がり、僕の存在の格を一つ『次』の段階に押し上げた。
すると更に多くの魔力が溢れ出し、水晶の体に絡まって、新しい身体を構築する。
凄まじい魔力の奔流が収まり、感情の波も引いてきて、僕は自身の姿を確認した。
ゴツゴツして不格好だっただけのフォルムは大胆に改められ、いまや正四面体だった。ピラミッドに似たような形と言えば分かりやすいだろうか。
少し鋭角過ぎる気もしないではないが、気に障る程ではない。
そして僕自身の魔力もはっきりと自覚できるほど、大幅に増大していた。
今までは空中の魔力を、一々集めなければレーザーは撃てなかったが、この魔力の量なら、直接撃つことが可能だろう。
それともう一つ、何やら新しい事が出来るようになった気がする。
まったく困ったものである。
このままの調子で『次』に到達し続けたら、僕は少々ミラクルな超生命体になってしまう。
心中でぐふふ、と気持ち悪く笑いながら、僕は力を込めた。
存在のレベルが上がるなんて常識外の状況の中、僕は妙なテンションだったのである。
--!?
何か別なレーザーでも出ちゃうのではなかろうか、と僕は己の正四面体の、新ボディを注視した。
すると其処には、猿鬼の右腕を生やした僕の姿があった。
僕は卒倒した。
というのは流石に嘘だが、それほどの衝撃を受けたのは事実だった。
なぜよりにもよって、猿鬼の腕が僕から出てくるのか。
最早魂にまで刻まれた嫌悪感やら何やらで、僕はほとんど反射的にレーザーを発射した。
鋭い閃光が腕を貫き、穴を開ける。しかし、覗けた穴からは血も肉も見当たらない。腕を形作っていたのは、何やら不明瞭な不思議物質だった。
そう、不思議物質である。
--うげ、何だこれは。
と思った直後、僕の脳裏に雷撃が走った。
一も二もなく魔力を出して、思い浮かべた形に凝縮させる。
つまりは猿鬼の腕の形に。
果たして、僕から発せられた魔力は渦を巻き、一本の隣に、もう一本の腕をにょきりと生やした。
やはりこの腕、魔力で出来ていたようだ。並んで生える二本の右腕を見て、僕は驚愕しつつも考察した。
これは殺した、もしくはその魔力を吸収した相手の、肉体を模倣する能力ではないだろうか(僕を殴りまくった相手、の可能性もなきにしもあらずだが)。
在りし日の人間の体や、その頃に殺傷した虫やらの体が再現できない事、猿鬼以外の肉体を構成するのが不可能な事。これらの点から鑑みるに、二つ目の可能性が高い。
つまり、仮説が正しければ、僕はこれからは斃した対象の魔力のみならず、肉体も得る事が出来るのだ。
ひょっとして、いやひょっとしなくても、これは相当強い。
油断しなければ、もう死の危険に瀕する事は少ないだろうし、『次』に近づくのも簡単になるだろう。
更なる未来への期待感を抱いて、僕は部屋の出口に向かって、フワンフワンと移動し始めた。