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踏破せよ、世界を  作者: 一ヌキ末
人篇 北大陸
17/36

五日の余暇 5

12

 夕闇迫る中、レーヴは石畳みの通りを疾走する。顔も隠さずに走っていたから、歩く人々がすれ違う幼い美貌にはっとして皆一様に足を止めた。

 押し退けられた風がレーヴの後方で渦を巻き、灰色の髪をなびかせる。

 頬をなぶる風圧も、払い忘れた食事代も遠く思考外に追いやって、レーヴは未だ冷めやらぬ驚愕の只中(ただなか)にあった。


 ━━━━イーリア、リーヴィリア、イーリア、リーヴィリア、イーリア、リーヴィリア……。


 ただでさえぱっちりとした二つの目が限界まで見開かれ、灰色の瞳には愕然の色が浮かんでいる。

 リーヴィリア……リーリア……リ、ィーリア……イーリア……。リーヴィリアが、イーリアちゃん…………。レーヴはごく小さく唇を動かし、二つの名前を口内で繋げた。

 頭の焦りに比例して足の回転は加速し、レーヴの小さな身体を前へ前へと押し出していく。

 リーヴィリアとイーリア。改めて検分すれば、この二つはかなりの近似を示していた。


 ━━━━……ぇえ……うええぇぇ……。ええぇえええぇぇ?


 自身の発想、その枠外からもたらされた話にレーヴは激しく混乱する。

 走りながら、レーヴは汚れたままの幼い手を無意識に舐め清め始める。鮮烈なまでの赤色が、処女雪の如き白を水音と共に幾度も往復した。

 ぺろぺろと手のひらを舐め上げながら、レーヴは今一度この考えを吟味する。


 ━━━━た、確かに響きはかなり似てるけど、イーリアちゃんはまだ五、六歳……大きくとも七、八歳のはず。


 猛烈な風に襲われつつも潤いを失わぬ小さな舌が、上下前後左右に動き食事の残滓をこそぎ取る。

 指の一本一本をどこか淫靡な仕草でしゃぶり、レーヴはそうだ、と肯いた。


 ━━━━現実にリーヴィリアはそんなに小さくない。大体、リーヴィリアがイーリアちゃんなら、色々計算がおかしくなる。


 話が真実だった時の自分の馬鹿さ加減を思い浮かべ、否定するべく考える。しかしこの説を棄却する寸前に、レーヴの胸中に一つの疑念が生まれた。


 ━━━━いや待て。そもそも僕はどれだけ『竜熱(りゅうねつ)(かまど)』にいた?


 前世から今世に生まれ直して数年間だ、そうレーヴは思い込んでいたが、考えてみれば『石精霊(リトスアーダ)』の時間感覚が人間のそれと同じというのも変な話だった。

 口端に付着したタレを舐めとり、慎重に思索を巡らせる。


 ━━━━もしかしたら……いや、間違いなく僕の感じてた通りの長さじゃないな。


 レーヴは石畳みの道路を抜け、直角に接続する大通りに出た。その小さな脚で急制動をかけ、左に折れる。

 無理やりに押し込まれた速度が石畳みを擦る不快な音に変換される。連れてきた風で細かな砂塵が舞い上がり、近くの通行人が顔を庇った。

 曲がり角以外の一時も速度を落とさず、レーヴは風のように駆ける。


 ━━━━僕が騎士さんに会ったのは結構始めの頃。あの時の騎士さんの口振りじゃ、娘が産まれたすぐ後みたいな感じだった。


 レーヴの目測ではリーヴィリアは十と四歳。

 前世で言うところの中学生か……とレーヴは感慨深げに、中学生にしては発育の良い金髪の少女を思い浮かべた。

 いや、リーヴィリアのカラダなど今は関係ない。左右に頭を振り、レーヴは逸れた思考を修正する。

 

 ━━━━騎士さんに会った時には赤ん坊だったリーヴィリアが今は14歳。それと騎士さんに会うまでに少し。


 一年はあったと考えて良いだろう。


 ━━━━って事は、え? あれから15年は経ってる?


 僕今何歳なんだ……? と考えて、慌てて中断する。柔らかな輪郭を冷や汗が伝い、風に捕らわれて後方に甘い香りを散らせた。


 ━━━━いや…………まだ、あのお兄さんの戯言だったという可能性も無きにしも非ず。リーヴィリアに確かめない事にはなんとも言えない。


 レーヴは前方に障害物がない事を確認してから、いよいよ夜に覆われてきた空を見上げる。

 この世界での就寝は地球のそれと比べると随分早い。『魔術光』の明るさがあっても特別な用事が出来事がない限り、皆日が落ちると同時に瞼を閉じる。

 加えてリーヴィリアは早寝早起きで、レーヴが帰ってきた頃には夕食を終えて眠りに就いていることが通例であった。

 おそらくレーヴが宿へ到着しても既に寝てしまっているだろう。別段今確認しなければならない事でもないし、そのためだけにわざわざ起こすのも忍びなかった。


 ━━━━……ふぅ。明日の朝、聞けばいいか。


 方針を決定したレーヴは軽く頷き、今も異様に距離の開いた足跡を刻み続ける両脚の駆動を止めた。

 ブレーキ代わりに白い靴裏を地面に擦らせ、速度を落とす。履物に押さえつけられた砂利が石畳みを削る音を通りに響かせた。

 ほんの一瞬のうちに砂利は砕かれ塵となり、聞こえる音がガリガリガリッという破砕音からズザザザッという摩擦音へ変わる。

 外套の少女が止まると、純白の履物から石畳みに薄く二本の線が引かれていた。

 摩擦によって熱せられ、少し焦げ臭くなった道路を道を歩く少年と母親が不思議そうに見る。

 少年の目線は地面に刻まれた線を追った。何か硬い物が擦ったような跡から相当重い物を引きずったような跡へと焦点が移動し、外套の裾を発見する。

 何を考えるでもなく、少年は視線を上げて佇む外套の少女の全身を視界に収めた。

 母親と二人して、つぶらな瞳を何度も瞬かせる。

 母親からは少女の顔が見えたようで、はっと息を呑む声が聞こえたが、少年の目には灰色の横髪しか入らない。

 と、少女が動きを見せた。白い手を組んでぐっと背伸びをする。

 涼やかな、頭に直接染み入るような声。


「……とりあえず、夕飯前のおやつでも食べよう」


 少年は同年代と見えるその少女の、『夕飯前のおやつ』という妙な言葉に隣の母親へ何がしかの感想を伝えようとした。

 しかし動作の拍子に髪の合間からあまりにも美しい横顔が覗け。

 それに気圧された少年は、喉元にまで出かかった言葉をすんでのところで飲み込んでしまった。

 少年の視線を背中に、少女は足早に去っていく。

 足を止め、その後ろ姿を茫洋と見つめ続ける少年。

 少年は業を煮やした母親に軽く頬をぶたれるまで固まっていた。




13

 趣味の良い内装の個室で、金髪の少女が仰向けに眠っている。枕元から広がる金糸に朝日が当たり、淡く輝いていた。

 眠る幼めの造形は整っていて、意識はなくも清楚な雰囲気を漂わせる、文句なしの美少女である。

 年齢にしては肉付きの良い身体を無防備に寝台に横たわらせて、少女は可愛らしい寝息を立てていた。


「ん…………」


 少女の規則正しい呼吸が僅かに乱れた。鼻がかった声を漏らし、二重の瞼を緩慢に開く。

 半分閉じた目で木製の天井をしばし見つめた後、少女は柔らかな寝台に手をつき、ゆっくりと体を起こした。


「ぁふ…………」

 

 小さな欠伸をして、リーヴィリアは散らばる金色の長髪を後ろへ流した。起き抜け独特の少し粘ついた口内に不快感を覚えつつ、寝台から降りる。

 頭があまり働かないのは、魔力を使い過ぎたせいでしょうか。そう考えつつ扉を開ける。

 リーヴィリアがゆっくりと食卓に向かうと、そこには既にレーヴが座っていた。いつもはリーヴィリアが先に起きるので、この五日間で始めての事だ。

 レーヴは卓に両肘を乗せ、白い十指を顔前で絡ませている。灰色の瞳は鋭くリーヴィリアを射抜いていて、金髪の少女は思わず総身を竦ませた。


「レーヴ様…………?」

「大事な話があるんだ」


 レーヴに促され、リーヴィリアはここ数日で座り慣れた椅子に腰を下ろした。


「リーヴィリア……リーヴィリアのお父さんって、一体どんな人だった?」

「私の父……ですか?」

「うん」


 突然の質問に戸惑いながら、リーヴィリアはどう答えるべきか迷った。なにせリーヴィリア自身父がどんな人物かは伝聞でしか知らないのである。

 リーヴィリアは数秒悩み、正直に話してしまおうと結論した。

 違和感溢れる灰色の瞳を、リーヴィリアの金色の瞳が見返す。


「えと……、父は『紅騎士長』だった……と聞いています」

「聞いている?」

「はい。父は私が産まれて、あまり経たないうちに『竜の試練』で『紅の森』へ向かいましたから……」


 たらりとレーヴの額に汗が垂れた。


「当時の王国内では屈指の実力を誇っていたとも聞いています。おそらく父は私と違って、『竜熱の竈』にまでたどり着いたでしょう」


 頬に大粒の汗を伝わせるレーヴを見て、リーヴィリアは心配になってきた。

 レーヴはごくりと唾液を嚥下すると、重々しく続きを問うた。


「…………そうか。つかぬ事を聞くけど……『紅騎士』って何」

「『紅騎士』とはセプレスの最も優れた者たちを集めた騎士団です。その名の通り、紅い鎧が特徴ですね。」

「………………」


 リーヴィリアの返答を聞いたレーヴはふっと目を伏せた。

 沈黙。

 しばし卓に視線を落とした後、レーヴは低く呻いた。といっても元の声が高音なので気にはならない。


「…………リーヴィリア」

「はい?」

「イーリアちゃん、見つかったよ」

「そうなのですか……!? レーヴ様、良かったですね!」


 リーヴィリアには何故今それを言うのかわからなかったが、探していたという人物を漸く発見せしめたレーヴに曇りなき賞賛を送った。

 年頃の男児であれば一目で魅了されるであろう微笑みを惜しみなくレーヴへと向ける。


「それで、イーリアちゃんとはどのような子だったのですか?」

「…………」


 レーヴは組んでいた指を解き、黙ってリーヴィリアの顔に白い人差し指を向けた。


「…………?」


 突きつけられた指を見つめ、目を瞬かせるリーヴィリア。後ろに向くが、当然そこには壁しか存在しない。


「…………?」


 レーヴに向き直ったリーヴィリアは首を左へ傾ける。

 レーヴの指先もつられて動く。

 右に傾ける。指先が追随する。

 それを三度繰り返して、リーヴィリアはレーヴが自分を指している事を悟った。


「私……?」

「うん」


 だがどうしてここで自分を指差すのか。リーヴィリアは理解できず、再度首を傾げた。

 そんなリーヴィリアを他所に、レーヴは手を懐に戻す。

 そして勢い良く、もう一度リーヴィリアに指を突きつける。

 その貌には一滴の汗も浮かんでおらず、何かを決心した……というより開き直ったかのようだった。


「リーヴィリア……君がイーリアちゃんだ」

「……………………………………………………ぇ?」

「君が、イーリアちゃんだ」

「…………!?」

「いや、正確には騎士さんの娘だな。……紅色の鎧で確信した」


 探していたのは実は自分だったのだ。

 そうレーヴが言っているのを、リーヴィリアは辛くも理解した。

 しかしそれは『騎士さん』とリーヴィリアの父が同一人物である事を示唆している。しているのだが、リーヴィリアの中で非常に強大な存在である(と思い込んでいる)レーヴの名付け親と父の印象とがどうしても合致しなかった。

 思わず反駁(はんばく)する。


「で、ですが…………!」

「ですがもヘチマもない。遺憾ながら、これは九割九分事実だろう予測だ」

「…………」


 実に深刻そうな視線をリーヴィリアに送るレーヴ。

 ヘチマ? と思ったのもつかの間、取り敢えずレーヴの言葉を信じる事にしたリーヴィリアの胸中に新たなる疑問が生まれた。

 レーヴはリーヴィリアの目測では齢二桁いくかどうか。となると、リーヴィリアの誕生からレーヴが産まれるまでの少なくとも四年ほどの間、父が『竜熱の竈』で生き残ったという事になるのではないか。

 それほど存命していたのなら、まだ生き延びている可能性もある。


「父様は私が産まれてすぐに『竜の試練』へ行ったと聞いています……。レーヴ様は何処で父様と……?」

「……『竜熱の竈』で」


 予想通りのレーヴの言葉にリーヴィリアの期待が高まった。急かすように身を乗り出す。


「…………! 父様は……?」

「……騎士さんは死んだよ」


 瞬間、リーヴィリアの心中で様々な感情が嵐のように入り乱れ、ついには霧散した。


「……そう、ですか」


 父の死亡を伝えられたリーヴィリアには、もう事の経緯や父の最期を知る気にはならなかった。

 なぜならその死が確定的になった今度こそ、リーヴィリアの中で『父』が完結したからだ。

 己の重要な部分を占めていた一つの事柄が決着したのを感じ、リーヴィリアはレーヴに疑問を投げかけた。


「父様は四年間『竜熱の竈』を彷徨って、赤ん坊のレーヴ様を拾ったのです……よ…………ね」


 途中で己の言っている事がおかしい事に気がつく。

 前半はいい。だが何故、『竜熱の竈』に赤ん坊のレーヴがいるのだ?

 それではまるで━━━━まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 いくつかの迷宮や準迷宮に潜った経験があるリーヴィリアは知っていた。迷宮は安全に出産できるような環境ではないし、赤児が一人で生きていける場所でもない。

 まして決死迷宮『竜熱の竈』である。弱々しい人間なぞ、極々浅い階層でしか生きられないだろう。

 だがそれは人間であればの話だ。

 個としての名前もつけられず、迷宮に生きる者たち。

 その者たちとは勿論、そこらの森を闊歩する通常の獣などではない。

 それは常とは異なる、異常の『魔性』。

 『魔性』の物、則ち魔物だ。

 今リーヴィリアの双眼にはレーヴの整った、整いすぎた貌が写っている。世界のどんな美人をどれほど磨き上げてもその(かんばせ)には届くまい。

 そう、異常なまでの美貌。

 『魔性』の美だ。


 幼い女、『人の姿』。

 匂い立つ『魔性』。

 そして『血染めの森』でリーヴィリアを救った時の、『圧倒的な魔力』。


 眼前の、灰色髪の少女が人には過ぎた能力を持っている事を、リーヴィリアはやっと正しく認識した。

 レーヴは人を超えている。超人ではない。間違(まご)うことなき人外だ。

 人の形をした人外━━━━魔物。

 やや専門的な知識だったが、リーヴィリアは空いた時間に本を漁るのが好きだったから、何度か読んだ事があった。

 人はそれらをこう呼ぶのだ。


「『(サタナス、マギ)……」

「……そこまで」


 半ば無意識で口にしていたリーヴィリアは、レーヴの声に瞬時に口を閉じた。叱責するような口調に、おいそれと口にして良い言葉でなかった事に遅まきながら気づく。ここはクルセウスの息がかかった宿。リーヴィリアの安全のために、監視されている可能性だってあるのだ。


「……僕が言ってもアレだと思うけど、リーヴィリアは年の割にはかなり鋭いね」


 呆れと感心を半々含んだ面持ちのレーヴ。困ったように頭を掻いている。

 鋭い。

 その台詞の裏を返せば、レーヴは認めている━━━━己は『人魔(サタナスマギサ)』なのだと。

 瞠目し、食い入るようにレーヴを見つめるリーヴィリア。

 自分で言った事とはいえ、にわかには信じられなかった。だがそう考えると諸々の事に説明がつく。

 つまり、リーヴィリアの前にちょこんと座る絶世の美幼女は、少なくとも『公魔』以上の力を有す正真正銘の魔物なのだ。

 逸る鼓動を抑え、リーヴィリアはレーヴを凝視する。


「……レーヴ、様」

「仕方ない。話すよ」


 そんなリーヴィリアにレーヴは両手を挙げると、観念したとばかりに嘆息した。

 その花びらのような手をさっと振ると、極々薄い魔力の膜が球状に二人を覆った。おそらく漏音対策だろう。


「まず……僕は『竜熱の竈』で生まれた『石精霊(リトスアーダ)』だ」

「『石精霊《リトスアーダ》』……」

「うん。信じられない? ……ほら」


 リーヴィリアが呆然と見ていると、レーヴが瞼を閉じ、片手で自らの短髪を軽く撫でた。

 明確な変化はすぐに顕れた。

 その白い指先に従って肩ほどの灰色髪が小さくなびき、根元からその色を変じていく。不自然な灰色から自然な白色へ、白色からまた別な色合いへ。

 一瞬後には、レーヴの髪は残らず摩訶不思議な色に変わっていた。透けるような白を背景に、燃えるような濃赤、若木のような薄緑、海のような群青……リーヴィリアには表現しきれぬ膨大な色がそれぞれに調和し、混ざり合う。

 開いた双眸にも白を基色とした様々な色がたゆたっていた。

 時折名状しがたき色がふっと現れては消えていく。リーヴィリアは思わず感慨の溜息を漏らした。


「ん……少し『魔』の配分が多いか。これでどうだ」


 リーヴィリアが揺らめく色彩に心奪われていると、眉根をひそめたレーヴがぽつりと呟いた。

 途端、多彩な色合いは一様に薄く、あるいは淡く霞んでいく。時を待たずして幻想的な色彩は白に沈んだ。

 レーヴの髪と瞳は銀色にも似た、どこか煌めく純白色になっていた。銀と白金を溶かして、夜空に浮かぶ星の光を流し込めば、ちょうどこんな具合になるだろう。

 今やレーヴは灰色の少女ではなく、全身純白の少女だった。足元から頭頂まで、服、肌、髪と系統の違う三種類の白が見る者に鮮烈な印象を与える。ギリギリの臨界まで完成されきった、正に珠のような少女。ここ何日かで見慣れつつあるはずのリーヴィリアでさえ、こうやって正視すれば同性であるというのに赤面せずにはいられない。

 リーヴィリアは消え去った彩りを少し残念に思いつつも、得心した。灰色に違和感を感じていたのは、この白がレーヴ本来の色だからなのだ。

 リーヴィリアは『石精霊』との直接戦闘は経験していなかったが、冒険者の知人が『石精霊』の核は虹色だった、と話していたのを思い出した。しかし先ほど見た髪と瞳の色彩は、七色どころではなかったが、より高位の存在である証なのだろうか。

 瞬きも忘れて注がれるリーヴィリアの視線にレーヴは居心地悪げに身じろぎした。


「……まぁ、こんなところ。それで試しに上の階に昇ってみたら、騎士さんに出会ったってわけ。騎士さんはもう瀕死で、少し会話して息をひきとったんだよ」

「な、なるほど……」

「レーヴって名前を貰ったのもその時だね」

「……そこって何階層目だったかわかります?」

「多分……二十階層前後、だったような」

「二十階層……」


 二十日ほどで進める深さだ。決死級なのでその限りではないかも知れないが。

 となると、リーヴィリアの父は四年も生き残っていない事になる。

 出会ってすぐ死別した事を憶えているレーヴには、そのとき既に十分な思考能力があったのだ。俗にいう『王魔の卵』というヤツだ。つまり赤ん坊であった、というのがそもそも間違いなのだろう。

 となると、


「あの、レーヴ様……もしかしてレーヴ様って私より年上なのでは……?」

「うぐっ…………確かに同い年以上ではあるだろうね」

「……こんなに小さくて愛らしいレーヴ様が……年上…………」

「……何?」


 顔を俯け、何かボソボソと言ったリーヴィリアをレーヴが不審がる。

 リーヴィリアは感じた胸のトキメキを隠すために大袈裟に手を振り誤魔化した。


「い、いえ、何でもないです!」

「ん。……それで最深層まで潜って、ヤトと会って、『血染めの森』……だっけ? から出てきたのさ」


 後はリーヴィリアも知る通り。

 レーヴは言って、肘を立てて頬杖をついた。柔いほっぺがむにりと歪んだが、人外めいた美しさは微塵も損なわれない。


「そういう事だったのですか」

「ん。そういう事。……ばれたら色々面倒そうだから、暫らくは黙っててくれ」

「確かに……『人魔』と知られたら、大変な事になりますね……」


 レーヴが『人魔』である事が白日の下に晒されれば、上を下への大騒動は確実である。

 セプレスは何としてでも味方に引き込もうとする人間と、全力で国外に排除しようとする人間の二つに分かれるだろう。

 レーヴの性格からいってそんな面倒事になれば早々に国から立ち去ると思われるが、無遠慮な輩が命知らずな真似をしてレーヴを激昂させてしまう可能性もある。

 そうなったらセプレスが真剣に危ない。『人魔』を敵に回せば、国の一つや二つ容易に滅ぶ。リーヴィリアは本能的に悟っていた。

 暫らくどころか墓まで持っていく覚悟でレーヴの秘匿すべし、という意見に同意し、リーヴィリアはふと感じた疑問を口にした。


「レーヴ様って、どれくらいの強さの『公魔』なのですか?」

「…………」


 目をパチパチと数度開閉させると、レーヴは悪戯っ子のような笑顔を浮かべ、可愛いらしく呟いた。


「秘密」


微修正。御指摘感謝。


更に修正。不自然な点を消すために一段落挿入しました。御指摘感謝。


極微修正


四度目の修正。

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