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踏破せよ、世界を  作者: 一ヌキ末
人篇 北大陸
16/36

五日の余暇 4

10

 四日目。

 レーヴは外から聞こえてくる鳥の囀りで目を覚ました。ゆっくりと瞼を開き、朝日が窓から差し込み柔らかく室内を照らしているのを目視する。

 しばし虚空を見つめた後、レーヴはふらつきつつ寝台から降りて覚束ない足取りで歩き出し、寝室の出口に到着。扉を開ける。

 後ろ手に扉を閉めて、レーヴは顔を上げる。陽光に煌めく金髪。目に入ったのは同時に前の部屋から現れたリーヴィリアだった。


「……おはよう」

「おはようございます」


 寝間着姿のリーヴィリアは寝ぼけ(まなこ)のレーヴに微笑む。挨拶の後、レーヴはリーヴィリアに促され居間へ向かう。


「じゃあ、朝ご飯食べよう……」

「はい。朝餉の用意はできているようですしね」


 そう言って食卓に座る二人。

 レーヴとリーヴィリアが泊まっているのは二人用の部屋で、寝室が二つに台所、トイレと風呂まで完備している高級部屋だった。と言っても風呂はサウナ的なものだが。

 レーヴとリーヴィリアは居間に準備された朝食を摂ろうとしているのだ。

 レーヴは卓に肘をつき、柔らかそうな頬を左手で支える。残る右手で口を抑えて、可愛いらしくあくびをした。リーヴィリアが問いかける。

 

「ふわぁ…………」

「レーヴ様。レーヴ様は結局、昨日いつ帰って来たのですか?」

「ん……。……今日になってから」

「それはいくら何でも遅いです……今日はきちんと早くに帰って来てくださいね」

「……善処するよ」


 顔を逸らすレーヴにリーヴィリアはまったくもう、と頬を膨らませる。


「それで、肝心のイーリアちゃんは見つかったのですか?」

「いいや、まだ。手がかりの一つも掴めなかったよ」

「……何だかんだで聞いていませんでしたが、イーリアちゃん……どんな子なのですか?」

「僕も知らない」

「え…………? どういう事です?」

「顔も見た事ないし」

「…………」


 首を傾げるリーヴィリア。金の長髪が華奢な左肩にかかる。

 

「騎士さん……イーリアちゃんのお父さんから預かりものがあるんだよ」

「……なるほど。その方に頼まれたのですね」

「ん。そう。その人は娘の名前しか教えてくれなかったし」


 だから名前だけは多分合ってる……合ってるはず。とレーヴは心の中で補足する。


「その方とはどういった関係なだったのですか?」

「んー。……僕の名付け親、かな」

「そうなのですか。……レーヴ様の名付け親……」


 リーヴィリアは目を瞬いた。目線が上に移動する。

 騎士さんの人となりを思い描いているようだ。そのまま少しして、リーヴィリアの頬に汗が伝った。なにやら恐ろしげな想像をしているようだった。

 訂正するにもレーヴ自身騎士さんの事はよく知らないのでやりようが無い。

 小刻みに震えるリーヴィリアを放って置いて、レーヴは固いパンを掴んだ。




11

 赤みを帯びた茶髪が特徴的な人物が、石畳みの通りを悠然と歩いている。

 その長い足を動かす度に後ろで縛った長髪が左右に揺れて、まるで獣の尻尾のよう。

 夕方である。沈みかけの陽光は灰色の石畳みを橙色に染めていた。 

 茜色の光を浴びていっそう赤くなった髪を細い指先で弄くりながら、赤茶髪は通りに並ぶ扉の一つを開き、入る。

 赤茶髪は酒の臭いが充満する店内を素早く移動。カウンターの右端の席に腰を降ろした。

 一息ついた赤茶髪がふと左手を見ると、外套を被った小さな子供が凄まじい勢いで食事をしていた。

 子供は頭まですっぽりと外套で完全に隠れているので一見性別は判断出来ない。

 しかし外套の裾から垣間見える、じかに肉や野菜を鷲掴む薄い桜色の可愛いらしい五指が、この外套の子供が少女である事を証明していた。

 もっとも、赤茶髪はこの外套を被った怪しい子供が女の子であるのは元から知っていたのだが。

 赤茶髪は秀麗な目を僅かに細め、特異な色をした己の髪を弄った。


「お前……」

「も?」

「何故居る」

「もしゃ、ももももまんまもいいしゃしゃまま」

「何を言ってるのかわからない」

「……んくん。そりゃ、ここのご飯が美味しかったから」

「……そうか」


 赤茶髪は外套の少女の前にうずたかく積まれた完食済みの皿と、その小さな手に握られた巨大な肉塊を見、嘆息する。

 返答し終えた外套の少女は手に持つ肉塊をその歯で千々と解体し始めた。通常の倍以上の速さで、と但し書きが付くが。

 赤茶髪の隣の席にちょこんと座り今も常識の埒外をひた走るこの超絶大食らいは、その実絶世の美少女なのだ。外套からちらちらと覗く、指先、口元。それだけでも外套の少女が珠のような完全かつ完璧な美しさの持ち主だというのがわかる。

 赤茶髪は昨夜この少女の外套を捲ってその貌を赤茶色の双眼で捉えていたから、この外套の子供がこの世ならざる美貌を誇る少女なのも、灰色の髪と双眸を持っている事も承知していた。


 ━━━━(ツラ)だけ見れば、神秘的な美少女……いや美幼女か? なのに。


 やけに喧嘩腰なのは何故なのか。赤茶髪は疑問に思うが答えは出ない。

 興味なさげに赤茶髪から目線を外し、とても物を噛む音とは思えぬ超高速の咀嚼音を再び鳴らし始める外套の少女。

 赤茶髪は自分の右手が縛っている髪を触っているのを自覚した。不機嫌な時などに出る癖である。

 赤茶髪は手を髪から離し、嘆息した。昨夜は『強』力な魔力を感じてせっかく抜け出してきたのに肝心の魔術師には出会えなかったし、二日後には面倒臭い行事が待っている。

 今日も逃げ出してきた赤茶髪は、お気に入りの店でお気に入りの酒を飲んで気を晴らそうと考えていたのだが。

 赤茶髪は、強面なので誤解されやすいが実は気の良い店長に酒とツマミを注文する。顔を左向けに戻して、相も変わらず食物を外套の下に消していく少女を見る。


「で、見つかったのか?」

「ふぁにが?」

「……お前イーリアかなんとかか探してなかったか」

「…………? ……おぉ」

「お前……」

「う、うむ! 今日も一日中探したけれど、結局見つからなかった」

「嘘をつくな」


 身体中から香ばしい匂いを発散する外套の少女。この状態で街の外に出れば、たちまちに獣か魔物に襲われるだろう。

 赤茶髪が呆れて髪を弄っていると、カウンターに注文品が置かれる。少し上等な品を頼んだので遅くなったが、それでも他店と比べると相当早い。

 上等な品といっても常はもっと良い物を食べているのだが、赤茶髪はこちらの方が好みだった。堅苦しいのは性分に合わない。

 

「そう言うお兄さんは酒なんて飲んでて良いの? 暇なの?」

「お兄さんはやめろ……。俺は暇じゃない。むしろ暇じゃないから逃げ出してきた」

「悪い大人だねぇ。暇じゃないって、近々何かあるの?」

「あるな。まぁ、それが済んで、あの爺さんをぶっ飛せば念願叶って……」

「念願叶って?」

「おっと。これは秘密だった」

「……なんだそれ」


 外套の下で憮然としている少女を想像し、少し胸のすく思いをした赤茶髪は酒を呷る。飲みつつ我ながら大人気ないなと自省した。


「ま、じきにわかる」

「…………。僕も大事な用がもうすぐある」

「なんだ?」

「秘密だ」


 この切り返しは予想していた。赤茶髪は苦笑する。割と本気の手刀を避けられた時は驚いたが、意外と外見通りの幼さも持ち合わせているようだ。

 赤茶髪が笑うのに、更にむっとした様子の外套の少女。


「大事な用か。探し人は良いのか?」

「イーリアちゃんね……。ルウムに居ればいいけど」


 昨日にも聞いたが、イーリア。知っているような……、と赤茶髪は眉をしかめ、思い出した。歯ごたえのあるツマミを微塵に噛み砕き、飲み下してから唇を開く。


「あぁ。イーリア。何処かで聞いたことがあると思ったら━━━━━━━━リーヴィリアと似ているんだな」


 赤茶髪は何気なく言ってから左を見ると、外套に包まれた小さな身体が固まっていた。肉に喰いつかんとする口は半開きのまま微動だにしない。

 

「おい」


 まるで石のようだ。

 赤茶髪が外套のフードを脱がすが、それにも気づいてもいない様子である。

 灰色の髪がふわりと揺れて、少女の顔が露わになる。浮かぶ表情は驚愕だった。

 ちなみに。

 この店『アツカベル』は荒くれ者が集うスレた酒場である。ただの酒飲みから人買いや剣客、果ては暗殺者なんてのもいる危険地帯。まともな神経を持つ者なら小さな子供など絶対に連れてこない。

 よって珍しい外套の子供は昨夜から注目されており。

 子供は昨夜と違って、その幼いながらも完璧に整った貌を周囲に晒した。

 木が木を擦る音がした。誰かが椅子を立ったのだ。

 ひょろ長い男が少女と赤茶髪が座るカウンター席右端に近づいて来る。柔和な笑みを筋張った顔に貼り付けているが、ギラついた蟷螂のような目は獲物を発見した時のそれだ。

 その男は猫撫で声で、動かない少女に話しかける。

 

「お嬢ちゃん……そんなに食べて、お金は足りるのかい?」

「…………」

「足りないだろう? おじさんが代わりにお代を払ってあげようじゃないか」

「…………」

「お嬢ちゃん?」

「…………」


 男がいくら言っても少女の視線は赤茶髪から外れない。


「おい、嬢ちゃん、聞いてんのか」

「…………」


 ひょろ長い男はまったく反応を返さない少女に業を煮やす。そしてその触れれば折れそうな細い肩に手を━━━━

 置こうとした瞬間、男は宙を錐揉み回転しながら飛び、カウンター席とは反対側の壁に突っ込んだ。上半身が木製の壁を貫通し、壁から生える下半身という奇妙なオブジェが誕生する。

 静かに事を見守っていた他の客は、その厳つい顔や卑しい顔、傷が目立つ顔などを一様に唖然とさせた。数名は開いた口から咀嚼途中の物を零し、また他の数名は持った酒を床に垂れ流している。

 店内の男どもが壁に突き刺さるひょろ長い男と突き刺した美しい少女を交互に見る中、外套の少女は顔を隠さぬままに席を立ち、店を飛び出していった。

 皆は出入り口の扉を見つめていたが、赤茶髪は笑みを浮かべていた。壁から突き出る妙な彫像を見やり、()()()()()でそれを()した少女を思い浮かべ、危険な笑みを深める。

 赤茶髪に幼子と剣を振り合う趣向はなかったが、そうでなければ今すぐにでも戦いを申し込んでいただろう。

 幼い少女の成長後を想起し、赤茶髪は武者震いをする。

 赤茶色の尻尾が歓喜しているかのように小さく揺れた。

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