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踏破せよ、世界を  作者: 一ヌキ末
人篇 北大陸
13/36

五日の余暇

1

 王都『ルウム』。

 日が沈みしばらく経った。今天上に座するは太陽ではなく、淡く輝く銀の月。

 もう夜である。子供は寝る時分だ。

 とは言っても、闇の帳が街を残さず覆い隠している訳ではない。まばらに立ち並ぶ『魔力灯』の橙色の光が道を照らして、今だ消えない人々の往来を助けていた。

 だから露店などもまだ開いていて、夜のルウムは仄暗いながらも活気がある街になっていた。


 外套を被った二人組が道を歩いている。片方は影が小さく、誰が見ても子供で、もう片方の影は更に輪をかけて背が低かった。

 面を隠した小さな二人にすれ違う人々は訝しげな視線をやるが、しばらくすると興味を失い、顔を背けて夜の街に消える。

 背高の方が先導して、外套の二人は何処かを目指して進んでいた。

 外套の更に小さい方、レーヴが目深に被ったフードを指で掴んで引っ張る。己の容姿が悪目立ちすると自覚しているが故の行動だったが、白魚のような指先が露出して闇の中で強い存在感を放っていた。

 レーヴとリーヴィリアが『防人』たちに別れを告げ、急ぎに急いで王都へ向かったのが二日前。

 二人は今、王都に居た。

 つまりたったの二日で王都に到着してしまったのである。

 二人はあと三日はかかるものだと考えていたから、王都を発見した時は少し、いやかなり拍子抜けしてしまった。

 そして二人はマセルダ家を訪ねようとしている。

 大通りを抜けると、リーヴィリアは路地裏に入った。

 レーヴも続く。狭く汚れた石畳みの上をしばらく進んでいると、袋小路に行き着いた。前右左の三方をイマイチ不潔な、石や煉瓦や木が囲んでいる。

 その中の正面に、木製の寂れた小屋に立て付けられている今にも外れそうな扉があった。

 リーヴィリアはおんぼろ扉の前で立ち止まる。


「こちらです」

「……なんでこんなとこ知ってんの?」

「昔おじさまとの『遊び』で秘密の部屋を作ったのです。…………こんな風に利用する事になるなんて思ってもいませんでしたが」

「…………」


 秘密基地ならわからんでもないが、実際に作ってしまうとは。金持ちの『遊び』は格が違うなぁ。レーヴは反応に困って頬を掻いた。


「確か『暗号』は……こうだったはずです」


 リーヴィリアは二拍、三拍、五拍と扉を軽く打つ。

 と、少し間を置いた後、驚いた事に内側から音が返ってきた。リーヴィリアは少し嬉しそうに微笑み、荒れた扉を更に数度叩き返す。

 リーヴィリアの手が一定のリズムを刻むと蝶番が軋み、扉が開いた。

 リーヴィリアは周辺を見回すと、レーヴと共に中へと上がり込んだ。

 扉を閉めると、街灯の『魔術光』も届かぬ室内は外よりも暗かったが、しかし仄かな光がそこにはあった。

 小さい『魔術光』が灯る傍には、黒ずくめの男が一人居る。

 男は二人に会釈すると膝を着いて、無言で土と埃に(まみ)れた床に触れた。慣れた手つきで手を動かすと床板が横に滑り、床下に続くと思しき穴が現れた。

 男は二人に手招きし、階段を降りて行った。

 レーヴとリーヴィリアは顔を見合わせ頷いた後、薄暗い階段に足をかけた。




 地下通路を暫らく進み、リーヴィリアの目が闇にも慣れた頃に先導する黒い男が足を止めた。

 男は二人に道を譲ると、先を示す。

 果たしてそこには見るも重厚な金属製の扉があった。

 驚くレーヴを他所にリーヴィリアはそれに近付き、『連絡符』の時のようにその鈍色の表面を指先でなぞる。紅色の燐光が闇の中で瞬き、複雑な絵を描いた。

 リーヴィリアの指が離れると紅い図が一瞬強く光り、重々しい閂が一人でに外れる。

 誰が押すでもなく、扉が開いた。


  ――――なんとまぁ


 レーヴは呆れ返った。リーヴィリアもクルセウス氏も存外凝り性のようだった。

 リーヴィリアは紅色の図式をさっと払って消すと、レーヴを促し、素早く扉の向こうへ抜ける。

 二人が地下通路に別れを告げると同時に扉は無音で勝手に閉まった。

 そのあとには小綺麗な壁があるだけ。ここに扉があるだなんて、言っても誰も信じないだろう。

レーヴは『遊び』のあまりの完成度に冷や汗を垂らしつつ、背後を見返り部屋を見回した。


「ここは?」

「クルセウスおじさまの書斎です」

「そんな場所に直結か。知られたら不味いんじゃないか……?」


 レーヴは外套を脱ぎ、灰色の髪と瞳を外気に晒した。

 リーヴィリアも頭を露出させる。

 レーヴは埃っぽかった地下からおさらば出来て清々した表情だが、金髪の少女は顔を綻ばせ、まるで悪戯が成功した少年のような笑みを浮かべていた。

 彼女の幼い頃の『遊び』が思わぬ形で役立ったのが嬉しいのだろう。


 ――――気持ちは分からんでもないが。


 レーヴがそんなリーヴィリアに苦笑いしていると、不意に部屋の扉が開いた。当然二人が通った扉ではない。

 レーヴはその幼い面貌に乗る大きな双眼を鋭い眼光で彩り、現れた人物を注視する。

 入って来たのは白髪の偉丈夫だった。厳粛そうな面はリーヴィリアを認めた途端に緩められる。そこには堪え切れない喜びが滲んでいた。


「おぉ、リーヴィ……」


 男はリーヴィリアを前に思わず、といった様子で口を開いた。

 しかしその名を大声で呼ぶべきではないと(すんで)の所で気づいたらしい。


「……お嬢様、無事でなによりです」

「はい、おじさま」


 クルセウスの言葉にリーヴィリアも相好を崩し答える。

 白髪の偉丈夫は金髪の少女に傷らしい傷が見当たらないのを確認すると、その横に立つ頭一つ低い灰色髪の少女に向き直る。


「そしてそちらが件の……。まさか本当にこれほど幼い少女だったとは」


 レーヴの姿をまじまじと見たクルセウスは思わず、といった様子でそう口にした。

 失礼、と言うクルセウスにレーヴは別にいいよ、と手を振った。


「改めて。クルセウス=マセルダです」

「レーヴだ」

「レーヴ殿、お嬢様をここまで守って頂き本当に有難うございます」

「僕が好きでした事だし、気にする必要はないよ」

「そう言ってくださると有難い。しかし、実際に僅か二日で『防壁南部砦』からここルウムまで……。お嬢様が語ったレーヴ殿の実力に誤りはなかったようですな」


 頷くと、クルセウスはリーヴィリアに視線を向ける。


「根回し等は着実に進んでおります。あとはいつ決行するかですが…………各手配が終わる頃合いや、最も効果的な瞬間を鑑みるに……いっそのこと王座継承の儀に突入するのが良いやも知れませぬ」

「王座継承の儀に」

「突入する?」

「え、……ええぇえぇぇ」


 クルセウスの大胆な発案にリーヴィリアは驚愕したが、レーヴはその(おとがい)に指を当て、その案を口の中で転がした。


「……良いんじゃないの」

「れ、レーヴ様!?」

「あっちゃこっちゃ回るのも良いかもしれないけど、そうするのが一番分かりやすいんじゃ」

「そうですな。この際、細かい事は無視して構いませんかと」

「じゃあ決まりだ」

「ええ」


 当の本人であるリーヴィリアを置き去りにして、幼い少女と壮年の男性は刃のように鋭く微笑んだ。



2

「んぁっ………………」

「むふ……レーヴは柔らかいな……」


 聞き覚えのある、艶めいた声が耳元に吹きかけられて、レーヴは重い瞼を開いた。

 目に入った黒と薄紅く色づいた白に焦点を合わせる。

 眼前に広がるは目も眩むような美貌の女。その髪は夜を溶かし込んだような黒。

 女は傾国どころか『傾世』と呼んでも差し支えない面貌をニヤつかせ、至近距離からこちらを見つめてくる。


「ん…………ヤ、ト……!?」

「ふふ……」


 どうやらレーヴはヤトに正面から抱き締められ、横になっているようだった。

 レーヴの平原をヤトの巨山が圧迫する。

 後ろに回されたヤトの腕が、レーヴの背中及び尻をくすぐった。


 ――――なんでヤトが……というか、なんで僕また抱き締められてんの!?


 まったくもって理解不能、意味不明な状況にレーヴは混乱した。

 目を白黒させていると、ヤトの唇が開く。柔らかで甘やかな吐息がレーヴの顔に当たった。


「……レーヴの寝顔はじっくり堪能したし、次は」

「つ、次は……?」


 ヤトは無言で妖艶な笑みを浮かべる。

 問い正そうとしたレーヴの背を服越しに何かが這い上がった。それは背筋をなぞりつつ、ゆっくりとレーヴの神経を蹂躙する。

 レーヴの全身に鳥肌が立った。


「うひゃぁ!?  ひぅっ!」


 何か……恐らくヤトの腕と思しきそれは実に緩慢な動きで首に向かう。もう片方の腕はレーヴの腰に絡まって、時折辺りを愛撫する。

 ゆっくり、ゆっくりとヤトの掌がレーヴの背を撫でていく。ヤトの触れた箇所から体中にえも言われぬ快感が走り、レーヴはヤトの腕の中でゾクゾクと幼い肢体を震わせた。

 手が首にまで到達すると、突如レーヴの視界が回った。ヤトに前後を反転させられたのだ。

 すっかり骨抜きにされていたレーヴに抗う術はなかった。ヤトの貌が視界から消え、代わりに背中に柔らかすぎる塊が押し付けられる。


「ぅ…………な、何をうゃあっ!」


 かぷり、と。

 レーヴの左耳が暖かく、湿った何かに包まれた。


 ――――こ、これ、もしかしなくても耳噛まれ……


「ひゃ……う……ぁ……」


 耳朶を何かがなぞり、レーヴの背筋に電流が走る。図らずしも嬌声めいた声が漏れた。

 ああ、舌だ。絶対にこれヤトのベロだ。だって今僕の耳すんごい舐め回されてるし。

 水音が漏れるほどに激しくしゃぶられ、レーヴは耳がふやけてしまいやしないか、などと見当違いな事を心配した。

 混乱に次ぐ大混乱で、レーヴには最早まともな思考能力はなかった。そして残った意識は全てヤトに吸われる左耳に集中し。

 それ故にレーヴは服の隙間から侵入する二本の魔手に気付く事が出来なかった。

 レーヴの着ている純白の服は貫頭衣、つまり肩から先に布がない。そして下は何も履いていない。著しく防御力の低い装いであった。

 ヤトはレーヴの耳を甘噛みしつつ、左手を袖なしの左脇から、右手を腹の下から潜りこませる。

 五指を備えた二匹の不法侵入者がレーヴの地肌を侵略していく。

 レーヴの混濁した頭は漸く非常にヤバイ存在を己の服の中に認めたが、時既に遅し。


「そ、そこは、やめ――――」




「――――‼」


 朝日差し込む部屋の中、一人の少女が寝台からガバリと身を起こす。

 全力疾走した直後のような激しい呼吸をしつつ、周辺を見回す。ベッドと他数点の寝具の他には何もない寝室。唯一窓からは弱い陽光が入り込み室内を照らしている。

 全身に冷汗や何やらを垂らしたその少女は、零れんばかりに目を見開いていた。


「………………」


 少女はおもむろに左耳に触れる。雨漏りがした訳でもなし、当然濡れてなどいない。


「………………。………、……夢か」


 仰向けに枕へと倒れる。


「~~~~!!」


 少女は暫らくその小さな身を寝台の上で悶えさせていた。




3

「あ、レーヴ様。おはようございます」

「……おはよう」


 あの後、マセルダ家書斎を後にした二人は、クルセウスの息がかかっている宿屋で体を休めた。

 貴族が利用するような高級宿だが、今は二人の貸し切り状態である。

 リーヴィリアは一週間ぶりの心から安心出来る場所だったから、存分に身体を洗って早々に布団に(くる)まった。

 レーヴは『睡眠』など『食事』と同じく久方ぶりのものだったから、量の入らない己の腹を恨めしく思いながら就寝したのだが。


「どうかしたのですか?」

「…………何でもない」


 パンを咀嚼し飲み込んだリーヴィリアは青くなったり赤くなったり、百面相のレーヴを見て首を傾げる。

 レーヴは答えつつ、席についた。卓上に並ぶ朝食の、リーヴィリアと同じパンを手に取る。


 ――――なんて夢を見たんだ。あろう事かヤトにあんな事を。いや、絶世の美女と絡まるのは僕も吝かではないけれど、アレは弄ばれているだけというか、男としてなんというか。


 レーヴはパンをその小さな口に突っ込み、もぐもぐと口内で粉砕する。


 ――――そりゃ今は完全無欠に幼女だけど、男となんかと番うつもりは毛ほどもないし。あれ? ……そう考えると女の方が良いのかもしれん。


 粉々にしたパンを唾液で湿らせ、レーヴはそれを嚥下した。

握ったパンを齧り、付いた歯型を上書きする。


 ――――……ヤトの第一印象があんなだったからアレな夢を見たのか? それとも、もしかしたら僕にヤトに弄くり回されたいだなんて願望が


「…………!」


 この思考は危険だ。そうレーヴは断じ、こんがらがった考えを急遽頭の隅に追いやった。

 手中に残ったパンを丸ごと頬張り、水で流し込む。

 ふぅ、と一息ついて。

 レーヴは食べるというのは良い事だと改めて思った。

 王都ルウムに着くまでは、リーヴィリアの食事のために休憩はしても、なんだかんだでレーヴは何も食べていなかったし、一睡もしていなかった。

 それだけで全身を駆動させられるほどの大量の魔力を持つレーヴにとって、タンパク質や各種ビタミンの補給など必要ない。なので食事はレーヴにとって完全に嗜好品である。

 体力なども常人とは比ぶべくもないほどに高く、睡眠等も特にレーヴには不要だった。

 嗜好品だから満足いくまで味わいたいのだが、いかんせんレーヴの身体はちんまい幼女ボディ。詰め込むにも限界点は低い。

 パン三つと少しのお(かず)だけで早くも膨れた腹を、レーヴはもどかしく思った。


「……むぅ。満腹だ」

「レーヴ様、食事は終わりですか?」

「ん。じゃあ僕は王都観光に乗り出すから、リーヴィリアは大人しくしてて」

「はい」


 『王座継承の儀』まで、今日を合わせての五日間、レーヴとリーヴィリアにはやる事が一つもなかった。

 やるべき諸々はクルセウスが進めていたし、事情が事情なので手伝える事も少ない。

 有り体に言えば、二人は『王座継承の儀』までの五日間、完全に暇だった。

 なのでレーヴは騎士さんの娘であるイーリアちゃん探しも兼ねて、王都観光に行く事にしたのだ。

 しかしリーヴィリアは曲がりなりにもセプレスの姫である。『防壁南部砦』のような僻地ならまだしも、ここ王都では顔馴染みもいるし、遭遇しては大変まずい。

つまりリーヴィリアは宿屋でずっと留守番であった。



 小鳥が(さえず)っている。まだ朝も早く、人影も少ない。

 宿を出たレーヴは外套を羽織って通りを歩いていた。

 ここ数日人間として生活してまともな感性を取り戻していたレーヴは、己が幼女といえど、ただならぬ美幼女だと理解していた。

 ヤトと確認した時は女の性である事に気を取られていたが、宿屋で改めて確認した際は自分の顔を前に、思わず頬を赤らめてしまった。

 美しい事は良くも悪くも目立つ。

 そしてリーヴィリア程ではないが、レーヴもあまり知られるべきではない。

 だからレーヴはフードを目深に被って歩いていた。


 ――――我ながら、朝っぱらから辛気臭い格好だ。


 さて。

 レーヴは歩きながら思案した。今は何処に向かっている訳でもない。ただ心の赴くままに足を動かしているだけだ。


 ――――今日はどうやって過ごそうか。


 宿屋の壁に展示してあった、簡素な地図を見るに、王都ルウムは王城を中心とした放射状に街並みが築かれている。だからこのまま通りを進んでいれば、いつかは王城に辿り着くだろう。


 ――――そうだ、服を新調しよう。


 今着ている白い貫頭衣もそれなりに気に入っているのだが。

 レーヴは先の悪夢を思い出した。


 ――――これじゃあ、防御力が低すぎる……。


 何の防御とはいわないが。

 せめて下着だけでも手に入れたい。

 迷宮脱出直後はこれで満足していたが、良く良く考えればレーヴは外套を除くと貫頭衣しか身につけていない。

 平たく言えば、レーヴはノーパンだった。

 あれこれ案じていると、レーヴは段々これは不味いんじゃないか、と思えてきた。

 例えば『王座継承の儀』で派手に突入し、件の王子に飛び蹴りでもかましたとしよう。

 王子の目に映るのは、下半身を盛大に曝け出す露出系幼女である。

 露出系幼女。新ジャンルだ。まったくもって宜しくない。


 ――――やはりこれ(ノーパン)はのっぴきならない事態だ。


 早急に改善せねばなるまい。

 レーヴは目を皿のようにして、服飾店を探し始めた。




4

 正午を過ぎて更にもう暫く経った後、レーヴは『サリエゴル華服屋』と少々ゴツイ名前の看板が掛かった店を発見した。

 建物の合間に王城の天辺が覗ける距離まで歩き倒し、時が経つ毎に増加してきた人たちに奇異の視線を向けられつつも、レーヴはついにそこを見つけ出したのだ。

 『サリエゴル華服屋』は両隣の建物に挟まれて、今にも此方に押し出されてしまいそうな、そんな店だった。

 レーヴは『開店中!』と書かれたプレートが貼り付けられた扉を迷わず触れる。

 捜索中の長時間、あまり良くない方向に煮詰められたレーヴの思考は、やはりあまり良くない事になっていた。

 則ち、


 パンツ欲しい


 である。

 己はノーパンだ、と悟り、己が現状を十全に把握したレーヴは、こんな往来で僕どんな格好してんの? 馬鹿なの? 痴幼女なの? ノーパン健康法なの? とひたすら多大な羞恥と自虐に駆られ続けた。

 フードに隠れた目をぐるぐるに回し、顔を真っ赤にしたレーヴの頭は良い感じに煮だっていた。

 最低限残った理性で手加減されたレーヴの腕が『サリエゴル華服屋』の扉を破壊しない程度の強さで乱暴に開く。

 木製と思しき扉は(たわ)み、軋みをあげながら幼い珍客を店内に招き入れた。


「いらっしゃ~~いいっ!?」


 店の奥から妙に甲高い声が送られてくる。元から違和感を感じる声音は後半から裏返り、輪をかけて妙ちくりんなものに変わった。

 僕がドアを開けた音に驚いたんだろうな。レーヴはふやけた脳みそでふと思った。


「は、は~い、チョット待っててね~!」

「…………」


 奥から騒がしい音が聞こえる。

 レーヴは人目の無い環境下に置かれて、少しづつ落ち着いてきた。

 フードを脱ぎ、額に浮かべた汗を拭う。

 『サリエゴル華服屋』は、外から見た時よりも広々とした印象を受ける店だった。思ったよりも奥行きがあるからだろうか。

 高級感溢れる服から、其処らに落ちていそうなボロ切れまで、服と思われる物が色とりどり、種類様々にずらりと並んでいた。

 レーヴが店の品々に目を奪われていると、慌ただしい足音と共に店員が寄ってくる。

 美しいドレスを纏った人物だった。

 否、それだけではその人物を形容するには全く足りない。

 正しくは美しいドレスを纏った筋骨隆々の大男だった。


「!?」

「お、待、た、せ~」


 名状しがたき感覚がレーヴを襲い、その小さな総身を鳥肌立たせた。

 女装の大男は見事なウインクをキメると、唖然とするレーヴを正視した。途端、顔を(ほころ)ばせる。


「まぁ、まぁまぁまぁ!」


 何故か化粧の施された満面の笑み。趣味の良い香水の香りが漂ってくる。


 ――――な、何!?


 いや、実のところレーヴにも分かっていた。何故女装なのか、何故化粧しているのか。

 詰まるところ、オカマである。

勿論レーヴにはオカマな人たちへの差別偏見はない。

 だが、だがしかしだ――――こんなわかりやすい、テンプレートな『オカマ』が存在して良いのか!?

 店員は動揺するレーヴなど全くオカマいなしに、厚く口紅を塗った唇を動かす。


「なんて可愛らしい子かしら!」


 くねくね身体を捻りつつ、慈愛の目でレーヴを見る。大男なので、違和感が凄い。


「小さなお姫様、当店に何の御用なの?」


 完全に子供相手の口調だったが、一々突っかかっても仕方ない。

 レーヴは何とも言えぬ悪寒に身を震わせつつも、何とか答えた。


「………………下着が欲しい」

「うふふ。わかったわ。じゃあ貴女にピッタリの物を見繕うから、まずはその外套を脱いでくれないかしら?」


 店員は微笑ましい、といった表情で言った。大男なので威圧感が凄い。

 レーヴが指示通りに外套を脱ぎ捨てる。純白の装いが露わになる。

 店員は目を細めて興味深げにレーヴの白い服を見つめる。


「質素だけど……中々の代物ね。編み込まれた魔力は相当の量じゃない」


 レーヴは履いていない事を意識して太腿をこすり合わせていたが、女装の大男は構わずレーヴを眺め回した。

 不意に並ぶ服の大群に太い腕を突っ込み、白い布切れを取り出す。


「服もお肌も真っ白だから、統一すべきね」


 レーヴは差し出されたソレを思わず受け取る。促されるままにそのまま脚をくぐらせ、上までずり上げた。


「ピッタリでしょう?」

「…………」


 本当にピッタリだった。レーヴ本人でさえ知らない腰回り等の正確なサイズがこの店員によって見抜かれたという事だろう。目測だけでコレとは、恐ろしい能力である。

 かつてないほどのフィット感に、ついに己がノーパンからの脱却を果たした事を知り安堵したレーヴは、己が重大な失態を犯した事に気づいた。


「…………あ。お金」


 迷宮で生まれ、そのまま王都までやって来たレーヴはそもそも一銭も金を所持していない。

 宿屋出発直後に頭の中がパンツ一色に染まったため、肝心の金銭問題はレーヴの脳内から綺麗に排除されていた。

 眉を寄せるレーヴに店員は事を悟ったらしい。レーヴの小さな肩に大きな手を置くと、にこやかに微笑えんだ。


「これは明日へと進む少女への、ワタシからの餞別よ」

「…………。……ありがとう」


 レーヴはいまいち店員の言っている意味が理解出来なかったが、親切心でくれると言っている事は分かったので取り敢えず頭を下げ、礼を口にした。

 その後店員に見送られて、困惑したままにレーヴはリーヴィリアが待つ宿屋への帰路についた。

 まだ日が暮れるまでには時間があるが、空を飛ぶ訳にもいかないので、そろそろ宿に帰らなければならない。

 通りの石畳みの上をぺたぺたと歩きながら、いつまでも裸足じゃアレだし、靴が要るな……後で作ろう、とそこまで考えた時、レーヴは愕然とした。


 ――――作、る……?


 視線を下に向け、お手製の白い貫頭衣を見る。


 ――――パンツなんて、自分で作れば良かったんじゃないか……ッ!


 道路に膝を着いて衝撃に打ち拉がれる可愛らしい少女を、道ゆく人々は物珍しそうに見ていた。


2015

1/6

修正。御指摘感謝。

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