【時計】
「見て見て、じゃーん。手巻き」
名雪さんの掌に、ちいさな銀色の時計。丸い風防の向こうで秒針がカチコチ踊っていた。
アンティークの雰囲気がある。……が、時間は明らかにズレている。
「先輩、それ、二時間くらい遅れてますよ」
「わびさびだよ、わびさび。ずれてるからこそ見える景色がある」
「講義は待ってくれませんけどねー」
「でもさ、機械式ってロマンじゃない? 毎朝ゼンマイを巻くとね、今日も時間が動き出すって感じがして」
「おしゃれなモーニーングルーティンみたいで良いですけど、生活は電波時計の方が楽ですよ」
「楽は正義、ロマンは悪、かね。私はどっちを取るべきかな?」
「両立できるならそれが一番です!」
名雪さんは得意げに頷いた。危険だ、この人はいま確実にロマン側だ。
「それにさ、短針ってかわいいよね。がんばってる中堅社員って感じがする」
「長針と秒針は?」
「長針は仕事できる先輩。秒針は新人。やたら動くけど、成果は一周してゼロ」
「新人に厳しすぎませんか!」
「それでいいんだよ、動いてはやくに色々経験するのが重要なんだから。まぁ、成果ゼロってことは流石にないだろうけど」
この人、自分は大学生でまだ働いたこと無いのになんで上から目線なんだ、、、。
「でも秒針見てると落ち着くよ。ほら、オタク的にはBPM120で推し曲を数えるメトロノームになる」
「『ワン・ツー・スリー・フォー』って心の中で数えるやつですね」
「そうそう。あと、ティアキンの“モドレコ”したくなる。針を逆回転させて『今のツッコミ、無かったことに!』って」
「ゲームの力で会話の履歴は巻き戻せませんから!」
名雪さんは笑って、リューズをくりくり回す。秒針が一瞬止まり、また動き出した。
その動きに合わせて名雪さんの口角もかすかに上がる。嬉しそうだ。
「ね、いいでしょ。時間を巻くって、なんか許された気がする」
「巻いてる間は止まってますけどね……」
「人生も一旦立ち止まって準備した方が、結果は進むのだよ」
「格言っぽいこと言ってますけど、遅刻の言い訳に使わないで下さいね!」
「大丈夫。今日は遅刻しないように、腕時計を五分進めてあるから」
「二時間遅れてるのに五分だけ進めても焼け石に水です!」
「まぁまぁ。じゃあ茨木くん、これ付けてみてよ」
「え、俺がですか?」
「似合うかテスト。私の後輩という役割的にも秒針ポジで」
「役割はともかく、付け心地は悪くないですね」
手首に収まった金属の重みは想像より軽かった。
カチ、カチと鳴るたびに、心臓の鼓動が少しだけそろう。
――あ、これ、ちょっとわかるかもしれない。時間を、握り直している感覚。
「ね? 世界の端っこで自分の時間を飼いならしてる感じするでしょ」
「言い方が厨二です!」
「厨二でもいいじゃん。時間はいつも私の前を歩いていくんだよ。たまには振り向かせないと」
俺の腕につけた時計をみてニヤリと笑う。
「ふーん、結構似合ってるね」
そう言ってくるりと回って俺の前を歩き出した。
ネタが非常に分かりづらくなっているための解説コーナー。
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■丸い風防
腕時計の“ガラス”(正確にはクリスタル)のこと。とくに昔ながらのドーム型(丸みのある)風防を指すときにこう言います。
■ティアキンの“モドレコ”
『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』に登場する能力「モドレコ(Recall)」。物体の動きを時間的に巻き戻す—落ちた岩を上空へ戻したり、動く足場の軌跡を逆再生したりするやつ。人や会話は巻き戻せない。
■リューズ
竜頭と書く、ケース横の小さなつまみ。手巻きなら毎日ここを回してゼンマイを巻き上げる




