【レンタカー】
土曜の朝、駅前のレンタカー店。
名雪さんは予約画面を店員さんに見せながら、鍵の付いた大きなタグを受け取った。
「本日のミッション。“初遠征・道の駅でソフトクリーム”。——安全第一、撮れ高第二」
「了解しました。まずは車体のキズ確認ですね。……大丈夫そうです」
店員さんといっしょに確認をしていく。幸い傷はなく、手続完了。
「じゃ、運転は茨木くん、私は副操縦士」
運転席に座ると、新しい車の匂いがふわっと広がった。
名雪さんはスマホをBluetoothで接続し、スピーカーをカーナビ経由に変更、スマホからナビアプリを起動する。
「本日のナビは宇崎ちゃん! 頼もしく案内してくれるはず」
「先輩、大好きですもんね。では出発します」
駐車場から幹線へ。ウインカーのリズムに合わせて深呼吸。
「茨木くんの運転、音ゲーのグレート判定って感じ。ちょい早でも遅くもない」
「ありがとうございます。急がず、でも流れに乗っていきますね」
信号待ち。名雪さんがプレイリストを開いた。
“Eurobeat”がチラッと見えて、彼女は自分で首を振る。
「イニDごっこ、今日は封印。代わりに“晴れた朝のBPM120”」
「賢明な選択です。——そろそろバイパスに入ります」
合流の矢印が伸びていく。アクセルをじわり。
ETCがピッと鳴って、ナビが「安全な合流を」とやさしく言う。
バックミラーの中で流れていく街が、少しだけ小説の過去形になった気がした。
「ね、車って“自分の部屋の速度が上がった版”だね。音も匂いも選べる」
「確かに。内側の設計が外の景色を変えますね」
道の駅に到着し、ほぼ満車の駐車場をバックモニターのガイド線を頼りに駐車完了。
一発駐車に自分を褒めたくなる。
ソフトクリームはミルク味。名雪さんは紙コップのはちみつレモンを二つ買ってきて、片方を俺に渡した。
「運転手様、糖分補給。本日のミッション無事に達成だね、"撮れ高"的にはどうだった?」
「バック駐車の一発成功でしょうか。あと、合流のきれいなタイミング」
「渋い撮れ高! でも分かる。安全がいちばん気持ちいい」
店内をひと回りして、地元のジャムとステッカーを購入。
ステッカーはレンタカーに貼れないから、ノート用に。
帰路、夕方の光が斜めに差し、車内の影がゆっくり伸びる。
「帰る前に給油ね。“満タン返し”は律儀にやる」
店に戻ると、スタッフが車体を一周し、メーターと給油の確認。
「大丈夫です、返却完了です」と笑顔。鍵のタグが軽い音を立てた。
「ふー。無事故無違反、花丸!」
「本当に良いドライブでした。先輩も話してくれてたから、眠くならず助かりました」
「こちらこそ。——ね、今日の学び。“車は会話の道具”。ハンドルと言葉、両方で曲がる」
「名言ですね。次は夜景の時間帯に、短距離でドライブしましょうか」
歩道に戻ると、世界がまた徒歩の速度に切り替わった。
でも耳の奥には、ETCのピッ、ウインカーのカチカチ、ソフトクリームの甘さ。
はじめての遠征は、ちゃんと二人のノートに“満タン”で記録された。
次のページの端が、もう少しだけめくられやすくなっている。




