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茨木くんと名雪さん  作者: 橘悠


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【窓際の風を洗う日】

11月の終わり、俺のワンルームは少し肌寒くなった。エアコンを点けた瞬間、かすかなホコリの匂いがして、名雪さんが眉を上げる。

「これは“風の大掃除”だね」

「そうですね。本体の電源を切って、念のためコンセントも抜きます。……よろしければ手伝ってください」

「もちろん。ベランダ側の窓、少し開けとく」


ゴミ袋を広げて床を養生し、踏み台をセット。前面パネルを持ち上げると、フィルターが二枚、うっすら灰色のフェルトになっていた。

「外します。――洗面台いってきます」

「どうぞ。私は本体側のルーバー回りを綿棒で攻めるね。アルカリ電解水、スプレーしていい?」

「軽めにお願いします」


フィルターはぬるま湯で流すだけで、煤の筋が気持ちよくほどけていく。台所の水切りラックに立てて、サーキュレーターの前で乾燥。名雪さんはハンディクリーナーを持って、熱交換フィンに向けて斜めからやさしく吸い上げる。

「この髪の毛、どこから来るんだろうね」

「積もる場所は風の通り道ですから。――あ、ここは力を入れすぎないでください。フィンが薄いので」

「了解、プログレッシブナイフで触れない距離感」


ドレンパンの手前は、キッチンペーパーに中性洗剤をほんの少し。ひそやかな黒い線が拭き取れる。俺は養生テープでリモコンの“誤作動防止”をして、名雪さんはルーバーの蝶番にシリコンスプレーを一滴。

「音が小さくなるやつ」

「助かります。――ところで、匂い対策に重曹を置くのは“気休め”ですが、置かないよりは良いですね」

「気休めの積み木、好き」


休憩に紅茶。窓際の光が床の養生袋で柔らかく跳ねる。

「茨木くん、フィルター乾いた?」

「はい。表がわは毛並みに沿って、裏から逆撫でするように戻します」

「説明がプロ」

「動画で学びました。分解は自己責任なので、今日はあくまで“手前まで”で止めます」

最近の動画サイトはなんでも教えてくれる。


組み戻しの前に、リモコンの電池も交換した。試運転は“送風→暖房”。フォン、と温かい風が出て、さっきまでのホコリっぽさは影も形もない。

「成功ですね。ありがとうございます」

「こちらこそ。――ねぇ茨木くん、風ってね、見えない皿に盛り付けられた料理なんだよ」

「たしかに、部屋の匂いも音も、少し美味しくなった気がします」


仕上げに室外機の前の落ち葉をどける。室内に戻ると空気が軽い。

「甘いものでも買いに行きますか」

「賛成。運転を一時間“内部クリーン”にして、出かけよ」


コンビニであんまんを半分こして帰ってくると、エアコンは静かに自分の中を乾かしていた。温度の輪郭がほどけ、窓のカーテンが小さく息をする。

「次は梅雨明け前にもう一回やろ」

「はい。月初のリマインドを入れておきます」


夜、アラームを“スリープ30分”に設定して横になる。新しい風は音が薄く、夢と現の境目が早く溶けた。俺は天井に向かって小声で「これからもよろしくた」と言って、温もり雲の中へするりと沈んだ。

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