【ベンチの上のちいさな共和国】
昼休み、俺たちはゼミ棟の裏のベンチに陣取って、今日は「雑談だけする会」を開いた。議題はなし、結論もなし。ルールは三つ――研究の話はしない、未来の計画は立てない、反省会は禁止。
「最初の話題、“たい焼きはどこから食べるか問題”」
「俺は頭から派です。背徳感が少ないので」
「わかる。私は尻尾から。最後にあんこが来るとフィナーレ感が出る」
足元で鳩が二羽、ゆっくり行進している。名雪さんが真顔で言った。
「このベンチ、今日だけ共和国にしない?」
「賛成です。議長は鳩でよろしいでしょうか」
「異議なし。議題二、“コンビニのおにぎりは等級制度がある説”」
「ツナマヨは最強種です。梅は守護神、昆布は外交官ですね」
雲がちぎれて、空にアイスの形が浮いていた。
「見て、“ソーダバー型”」
「本当ですね。あちらは“最初から棒が抜けている型”です」
「悲劇……」
次の話題は“ポケットの中の小物選手権”。俺は消しゴムのカスを集めるミニケース、名雪さんは折りたたみのハサミ。
「このサイズで紙が全部従う感じ、権力を感じる」
「権力は切れ味に比例しますからね」
地面の白線に沿って、指でミニ四駆の真似をして走らせる。
「コースアウトしました。大破です」
「ならピットイン。ガムの包み紙でスポイラー作ろ」
スプラのギア、コログの落とし物、ワドルディのやわらかさ。全部、重くない角度で流れていく。
「ねぇ茨木くん、雑談ってね、地図の白地を散歩する靴音なんだよ」
「白地が減るたびに、世界が少し親しくなりますね」
ベンチ共和国の議会は続く。
「回転寿司で一皿しか食べないなら?」
「玉子です。コスパではなく、平和の味なので」
「私はえんがわ。噛んでる時間が長いから、世界が遅くなる」
アラームが鳴って、そろそろ教室へ戻る時間になった。
「本日の審議、結論ゼロで採択」
「議事録は心の中に保存されました」
「共和国の国歌は、ラムネのビー玉が鳩に当たらない音」
「平和そのものですね」
立ち上がる前に、名雪さんが空を指差した。雲のソーダバーはもう溶けて、ただの白い線になっていた。
「じゃ、解散。また白地を歩こう」
「はい。次回の議題は“サンダルの正式名称について”でいきましょう」
俺たちはベンチの背もたれを二回軽く叩いて、無意味の肯定みたいな合図を残した。肩の力が抜けたまま、午後のドアへ歩いていく。今日は意味がないから、ちゃんと楽しい。




