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茨木くんと名雪さん  作者: 橘悠


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【トゲの向きと優しさ】

ゼミの発表パネルを段ボールで補強していたら、指先に細い木片が刺さった。見えないのに痛い。

「うわ、トゲ?」

「そのようです。すみません、ピンセットをお借りできますか」

名雪さんは救急ポーチを出し、セロハンテープで軽く押さえてからピッと引く。小さな線が抜けて、血が一滴だけ浮いた。

「取れた。アルコールもしとこ」

「助かりました。ありがとうございます」


休憩のついでに、彼女は紙袋から小さなサボテンを取り出した。ホームセンターで見つけたという、ビー玉みたいな丸に白い刺がびっしり。

「ゼミ室の窓に置こ。見張り番ってことで」

「うわ、さっきトゲが刺さった自分にはタイムリーなやつですね」


サボテンを置きながら、話は自然に“距離の取り方”に移る。

「“ヤマアラシのジレンマ”って、今でも講義で出るよね」

「はい。近づくほど痛みが増える、けれど離れすぎると寒い。トゲナシトゲアリどちらにも葛藤がある」

「それにさ、呪術廻戦の狗巻“棘”って名前、ほんと象徴的」

このあたりの話の飛び方はもはや連想ゲームの域でもある。

「言葉に“トゲ”が宿る、という比喩ですね。――そうだ、グループチャットの連絡文、語尾を少し丸くしましょうか」


俺たちはゼミ用の告知文を見直した。「必ず提出してください」を「提出をお願いします」に、「遅れは迷惑です」を「間に合わない場合は連絡を」で置換。クッション言葉で刺を寝かせる。

「この感じなら、受け取りやすいです」

「うん。トゲは“相手に向く”と傷になるけど、“状況に向けて立てる”と境界線になる」


午後、サボテンの植え替えを試みた。軍手の上からでも細い刺が容赦なく通ってきて、痛っと、名雪さんが手を引く。

「すみません、俺が受け持ちます。鉢底石、お願いします」

「はい、投下~」

土を馴染ませるたび、針は規則正しく光った。モンハンの素材で“雌火竜の上棘”が全然出なかったことを思い出す。欲しいときほど出ない。痛いときほど、よく見える。


名雪さんが、俺の絆創膏を新しいのに貼り替えながら言う。

「ねぇ茨木くん、優しさって、トゲをなくすことじゃなく、“どこへ向けるか”を丁寧にそろえることだよ」

「……肝に銘じます。自分の都合の方向に向けないよう気をつけます」


夕方、窓辺の見張り番は西日を受けて影を伸ばした。俺はチャットの反応を確認する。返事は穏やかで、既読の増え方も静かだ。

「発表、明日だね」

「はい。境界の話、導入に入れてみます。刺さらない距離で、届く言葉を」

指先はまだ少し痛む。でも、その痛みが線を引いてくれる。俺たちが踏み越えない方がいいラインを、細く、確かに。サボテンは黙って立っている。見張り番として。

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