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茨木くんと名雪さん  作者: 橘悠


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【ポケットの中の小さな大学】

ゼミの休憩時間、名雪さんがポケットから丸い卵を取り出した。液晶の中で、点みたいな目がぴょこぴょこ跳ねている。


「見て見て。Wi-Fi対応――Tamaverseにつながってイベントやエリアを追加できるやつ」

「学務システムより先にネットに繋がるの、強いですね」

「えへへ。でもこれはカメラなし。Pixみたいに“撮れる機種”もあるけど、今日はWi-Fiの方」

「お世話、手伝いましょうか」

「もちろん。ゼミの共同研究“ケアの倫理・実地”ということで」


ボタンを押すたびに、ピピッと鳴る。授業のチャイムより素直だ。ごはん、おやつ、トイレ、あそび。昔の“おやじっち”に進化させたがる過激派もいるが、今日は健康志向でいく。進化分岐の条件は、いまや攻略Wikiが光の速さで解体済みだ。が、俺たちは見ない。見ない勇気も、大学の科目名にしていい。


「茨木くん、“毎日のお世話ボーナス”的なやつ、たまごっちにも似合うね」

「デイリーを落とすと、メーターがごっそり下がりますし」

「つまり“生活は毎日イベント開催中”。通知は控えめにして、続けられる難易度に」


名雪さんは、液晶の中の小さな泣き顔にスプーンのアイコンを連打した。鳴き止む。画面の外で、俺の肩も軽くなる。ゼミ資料の山が、少しだけ積み直される感じ。


「外にも“おでかけ”できるんですよね」

「うん。“たまウォーク”やTamaverseの“おでかけ”でイベントを引けるよ。図書館に行くなら、記念の写真はスマホで撮ろ」

「では、課題プリントをスキャンしたら行きましょう」


移動中、俺はつい理屈っぽくなる癖で口を開いた。

「たまごっちって、“選択の積分”だと思うんです。ごはん一回、遊び一回、叱る一回。その微小な面積の和が、性格に収束する」

「積分いいね。やり直しは効かないけど、次の微小区間はいつも目の前にある」


図書館の前で、名雪さんは“あそぶ”を選んだ。ミニゲームの玉入れ。リズムはBPM120、二人で分担してフルコンを狙う。惜しくも一度落としてB評価。液晶の向こうの彼(彼女?)はそれでも跳ねて、ハートが一つ増えた。


「次、トイレマーク出ましたよ」

「任せた!」

「了解しました。――掃除完了です」

「ありがとう。たぶんね、人生の半分は“トイレ掃除をすぐやる”でなんとかなる」


“ポイント”で帽子を買ってやると、丸い画面の住人はさらにご機嫌になった。最近はエヴァっちやきめつたまごっちみたいなコラボ機も多いし、ダウンロードのアイテムもある。財布が沈むやつだ。俺は深呼吸して現実に戻る。昼休みが溶ける前にゼミ資料の図表を仕上げる必要がある。


「ねぇ茨木くん」

「はい」

「愛って通知の頻度じゃなく、未読のときの静けさだよ」

「未読でも不安にならない関係が素敵ですね」


夕方。研究棟の非常階段で“おでかけ”をもう一回。今日の経験がまとまって“進化”の予感を漂わせる。俺たちは見守るだけ。パッと光って、帽子が似合う優等生系に変わった。条件は“だいたい”正しかったらしい。


「やった!」

「おめでとうございます。……でも、ここからが本番です。明日も、明後日も」


帰り道、名雪さんは本体をそっとポケットにしまった。布越しにも、小さな鼓動みたいな振動が伝わる。俺たちの大学生活は大して壮大じゃないけど、こうして“世話するべき小ささ”が一個あるだけで、世界は少しだけ特別な気がする。

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