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茨木くんと名雪さん  作者: 橘悠


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【風通しの良い記憶の作り方】

ゼミ室に飾っていた花が、週明けにはぐったりしていた。オープンキャンパスの名残だ。片づけようと手を伸ばしたら、名雪さんが「待って」と言って、花瓶の首を支えた。


「これ、ドライにしよ。ゼミ室の壁、少し静かすぎるから」


俺たちは百均で麻ひもと木製ピンチ、それから乾燥剤の袋を買い足し、帰りに花屋で茎の短い枝をいくつか選んだ。ユーカリ、小さなバラ、スターチス。店主が「色を残したいなら暗くて風が通るとこ」とアドバイスをくれる。


「では、換気扇の近くにハンガーを渡しましょう。直射日光は避けます。茎は輪ゴムで束ねて、頭を下に」


「了解、職人さん。——あ、YouTuberのルームツアーで見たやつだ。壁にスワッグ、かわいかった」


ゼミ室の隅に物干しラックを立て、黒い画用紙で簡易の影を作る。花びら同士が触れないよう間隔をあけ、麻ひもでくるりと結ぶ。ユーカリには乾燥剤の小袋を近くに挟んだ。スターチスは強いからそのままでもいける。


「香りがまだありますね。——作業前に写真を撮っておきます。比較できますから」


「えらい。こういうの、ビフォアアフターが大事」


一時間もすれば麻ひもの結び目の位置を整えるだけの作業になる。俺はスマホでタイマーを週一に設定し、様子を見るリマインドを入れた。帰り道、名雪さんが小声で歌う。「ドライフラワー」のサビが、夕焼けの色に合っていた。


数日後。花の水分が抜けて軽くなる。茎は細く硬く、色は一段落ち着き、影が薄く伸びる。俺は指でそっと持ち上げた。


「良い乾き方です。形が崩れていません。——バラは、花びらの縁が少しだけ褐色化しましたが、これはこれで味ですね」


「うん、声が低くなったみたいな落ち着き。ユーカリは香り、残るんだね」


「ですね。揮発もゆっくりになりますし、室内の匂いが変わります」


俺は壁のピンに細い糸を張り、スワッグを三つ吊した。画鋲の傷が見えない角度で、掲示の余白と重ならないよう配置する。花の影がプリントの文字を邪魔しないか、距離も測った。


「視線誘導、完璧」


「ありがとうございます。スライド投影の時はカーテンを閉めますから、熱で脆くならないよう週一で位置を入れ替えます」


名雪さんは椅子に腰を下ろし、乾いた花を見上げた。ラベルには小さく日付を入れてある。これで変化が時間と結びつく。


「ドライフラワーって、水を失っていくんじゃなくて、色を置き直していく呼吸みたい」


その一言が、壁の影と一緒に静かに揺れた。俺は頷き、スマホの写真をもう一度確認する。最初の鮮やかさは眩しいけれど、今の落ち着きは目に優しい。ゼミの議論で声が少し尖った時、この壁が空気を丸くしてくれる気がした。


「学期末の発表、導入スライドで使いましょうか。『保存は記憶の風通しを良くすること』みたいなテーマで」


「いいね。乾燥って、切り捨てじゃなくて編集だって伝わる」


片づけを終え、エアコンの風を弱にする。吊るした花がわずかに揺れて、プリントの端が呼吸するようにめくれた。俺は最後に糸の結び目を指で確かめ、窓の鍵をひねる。色は少し静かになった。でも、静かになったぶんだけ、言葉が通りやすくなる。

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