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茨木くんと名雪さん  作者: 橘悠


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【透明な手袋の書き心地】

夕方のゼミ室。プリンタの横で名雪さんが、エントリーシートのテンプレを前に唸っていた。

「自己PR四百字。志望動機は三百字。——短歌のほうがまだ書けるよ」

「字数は制約ですが、設計図と思えば扱いやすいです。まず“何を伝えたいか”を一つに絞りましょう」


画面には、行動の羅列と形容詞が渋滞している。俺は椅子を引き寄せ、ノートに“STAR”と書いた。

「Situation、Task、Action、Result。順番に一行ずつ置いてみてください。まず状況」

「学祭の展示パネル制作。締切が短くて、情報量が多かった」

「課題は?」

「読みやすさが犠牲になってた。来場者が立ち止まらない」

「取った行動は?」

「伝える情報を三層に分けて、見出し・本文・図解で流れを作った。Notionでタスク分解も」

「結果は?」

「初日と最終日で平均滞在時間が二倍。アンケート回収率も上がった」

「良いです。数字が入ると、強いです。」


打鍵の音が早口になる。だが四百字の壁は高い。

「『工夫を凝らして』みたいな表現は削りましょう。具体的な対応に差し替えます。“見出しを七語以内に統一”“視線誘導をZ型にする”などです」

「んー、でもこれ、私の“良さ”がまだ伝わってない気がする」

「行動の中に“あなたしか選ばない判断”を一つ足してください。たとえば、来場者を見て思ったこととか」

「あ、そういえば、子ども連れを意識して、掲示位置をベビーカーの目線で合わせたんだった」


一段落したところで、志望動機に移る。俺はスライドの余白に三つの問いを書く。Why me/Why you/Why now。

「“なぜ私が”“なぜ御社で”“なぜ今年”の順に、小見出しをつけてください」

「“私の強みは情報の道筋を作れること”。“御社は公共向けUIで実績”。“来年の新規事業で、展示設計の知見を転用したい”。——こんな感じ?」

「十分に骨格が見えます。面接で深掘りされても守れます」


「それにしても、今年就活するわけでもないのに、茨木くんなんでこんな詳しいの?」

「以前に、バイトの応募の際に、色々と調べまして。でも、俺の言っていることはあくまで手法であって、中身が伴わなければ全体の印象は弱くなります」

手法はあくまで武器であって、その人の強みにはならない。武器を扱うスキルのレベルは、本人の経験によるものなのだから。

「日輪刀を持ってても、呼吸を使えないと鬼は倒せないようなものだね」


一息ついたところで、名雪さんが視線を落とした。

「エントリーシートって、未来と今の私が静かに握手するための透明な手袋みたい」

その一言が、紙の余白にすっと馴染む。俺は頷いた。なりたい自分のために、いまの自己を分析し、手を取り合うための作業。


最後に音読。読み上げると、余計な段差が見えてくる。

「『工期が短い状況で』と『締切が短く』が重複しています。どちらかを落としましょう」

「落とす。——あ、自己PRが四百ニ文字になった」

「数字を“約二倍”にすると三文字削減できます。事実の範囲で調整を」

「助かる……送信前にプリントで最終確認、だね」

「はい。紙で見ると、視線の流れが検査できます」


プリンタが温まり、紙がすっと出る。白い面に黒の行が静かに並ぶ。

「さっきまで“書けない”って思ってたのに、形になってる。不思議」

「手順があるだけで、迷いは減ります。明日の午前、志望企業のフォームに貼り付けて、表記の揺れを最終確認しましょう」

「了解」


帰り際、窓の外に夜風が走った。封筒に入れた紙が、カサと小さく鳴る。透明な手袋は、これで準備完了だ。俺はドアを押さえ、彼女が安心してゼミ室を出られるよう、静かに頷いた。

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