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茨木くんと名雪さん  作者: 橘悠


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【角を曲がるたび、空気が新しくなる】

雨が校舎の庇を細く叩いていた。ゼミ棟の談話スペースには古い将棋盤が置きっぱなしで、俺と名雪さんはコートの水を払って、その前に腰を下ろした。

「課題が重い日は、軽い勝負で手を温めたいね」

「では、まわり将棋にしましょうか。外周だけを進むやつです。サイコロではなく金の駒を投げるのが良いですよね」

4枚の金を盤上に投げ、表の枚数が出目となる。横向きに立った場合は+5、上向きに立った場合は+10となる。一応、下向きに立つ場合もルール上存在するがめったに起こらないので、考慮してない。


俺たちのハウスルールは簡単だ。外枠三十二マスをぐるっと回る。出目で自分の歩を進め、四隅にぴったり止まるともう一回。相手のマスに重なったら、その相手はスタートの角へ戻る。三周先取。

やり始めは、歩から始まって王将まで、でやっていたが時間がかかるので、さっくり終わるこのルールがいつの間にか定着している。

「先手どうぞ」

「ありがとうございます。——4、ですね。良い滑り出しです」

すべて表がでることは、かなり珍しい。

「雨の日の空気って、目に見えない摩擦が減る気がする。コマがよく回るね」


俺の歩は四マス進ませる。外周をなぞる足音が、盤の木目を柔らかく撫でる。

「角は“給水所”みたいな感触がありますね。止まると呼吸が整います」

「わかる。角って、進む理由をいったん言い直す場所だ」


二周目の半ば、俺は名雪さんの歩に追いつき、出目の5で重なってしまった。

「すみません、戻っていただくルールです。」

「はーい。——こういう戻り、人生にもあるよね。いけると思ったら、偶然のいたずらでやり直し」

「痛い例えです。ですが戻りがあるほうが、俯瞰して見えてかえって上手くいくこともあります」


雨脚が強まり、窓の外が白くにじむ。出目のばらつきが妙に面白くて、俺たちは何も賭けないのに手に汗をかく。角で“もう一回”が続くと、名雪さんが肩をすくめた。

「今の三連続、実況つけたい。『角で延命、まだ走る!』」

「確率的には低いですが、こういうことが起こるのも人生です。——6。追いつきました」

まさかの、横向き立ちがおこり、通常ではなかなかでない4を超える目がでる。

「うわ、バフ乗ってる。将棋ウォーズの“よろしくお願いします”のスタンプ出したい」


三周目、俺は一歩リードで最後の直線。ところが目の前の角を一つ残して、出目が1。余裕のはずが、角で相手に追加手番を与えるのが地味に怖い。

「最後の角、悩ましいですね。止まれば加速、行き過ぎれば相手に追撃のチャンスを与えるという」

「角は“ただのマス”じゃないからね」

名雪さんは金を振って、三を出した。一気に差が詰まる。もう一周ぶん戦う覚悟を決めたとき、俺に四が出た。角にちょうど、一気に加速し、その差のままゴール。

「やりました。俺の勝ちです」

「お見事。最終盤の角、綺麗だった。」


将棋の駒を集めて片付けている最中、彼女がふっと言った。

「まわり将棋って、負け道と勝ち道が一本の円になってることを、手触りで教えてくれるみたい」


その言葉が胸に残り、俺は頷いた。角で立ち止まるたび、ただいまと行ってきますが同時に響く感じ。戻されても、道が自分に対して丸く待ってくれる感じ。

「勝敗はつきましたが、良いゲームでした」

「うん。角で深呼吸するのが、今日いちばん役に立った」


片付けながら、俺は盤の香りを吸い込む。木の匂いは、講義ノートの紙より少し甘い。

「また雨の日にやりましょう。負け道も勝ち道も、同じ外周を回るという教訓つきで」

「いいね。角で給水、戻りで学習。——じゃ、コンビニで暖かい飲み物買って帰ろ」


庇の下で雨を見上げると、街灯の光が粒を丸く縁取っていた。角を曲がるたび、空気が新しくなる。俺たちは並んで、次の角へ歩き出した。

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