表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
茨木くんと名雪さん  作者: 橘悠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/42

【五億年前の視線】

ゼミの掲示用ポスターを作っていたら、名雪さんがホワイトボードに大きく書いた。

「次回テーマ――アノマリカリス!」

俺は思わずペンを止める。

「一文字だけ訂正してもよろしいですか。“アノマロカリス”です」

「ロか……たしかにロだ。舌が迷子になるやつ」

「読み間違えるほど、形が想像の外側なんでしょうね」


今回の展示は“奇妙さのデザイン”。そこで俺たちは、古生物のぬいぐるみを一つ作って置くことにした。名雪さんはフェルトを切りながら、前部付属肢にあたるパーツを指で挟む。

「この“がしっ”ってする腕、メカっぽくて好き。可動域、増やしたい」

「ではベルクロで関節を増やしましょう。――複眼は透明ビーズを縫い付けると、それっぽくなります」

マジックテープってベルクロっていうと格好いい不思議である。

「わ、光の粒が並ぶ。五億年前に、ピン留めの光を見てた生き物がいたって思うと、急に現在とつながるね」


アノマロカリスはカンブリア紀の海にいた一属で、体側のひれで泳ぎ、頭の前に一対の付属肢、円盤状の口、発達した複眼をもっていたとされる。最近、「わけあって絶滅しました」で読んだ。


「名前も可愛いよね。“アノマロ”が“普通じゃない”、“カリス”が“エビ”。“ふつうじゃないエビ”。」

「命名からしてメッセージ性が強いです。――ところで、この子を“怖くない奇妙さ”にするには、どこを丸めるべきでしょう」

「うーん、口。円盤の歯は、フェルトだとギザギザが強すぎるから、刺繍で“点々”にしてみる。あと体色はサンゴピンクに寄せよ」

「賛成です。奇妙さを“拒絶の記号”にしないようにしましょう」


「ねえ、“複眼”ってさ、ゼミに似てない?」

「と言いますと」

「一つの正解じゃなくて、一人一人の小さいレンズで世界を少しずつ見る。全体像は、みんなの視線が並んだときに出る。そういう学び」

「良い比喩です。前足は“拾い上げる手”として、仮説を捕まえる役、口は“議論の口”ですね」

「つまりこのぬいぐるみ、ゼミのマスコットだ。某フレンズ的に言うと“やさしい捕食者”」


仕上げの糸を結ぶと、卓上の海に一匹の影が生まれた。目はビーズで、腕はベルクロで、口は刺繍の点々。怖さより先に、観察したくなる奇妙さが立ち上がる。

「完成。名前、どうする?」

「“アノマロさん”でいかがでしょう。親しみを優先します」


ポスターには「見たことのない形を、見慣れた手触りで」と書き足した。展示の隅には注意書き――「触ってよし」。

「触れる奇妙さって、安心する」

「未知は、手ざわりがあるほど怖くなくなりますから」


片づけを終えて外へ出ると、夕焼けが廊下を満たしていた。複眼が集める小さな光が、床のタイルに散っているように見える。

「……五億年前の視線が、ここにも届く気がします」

「うん。いま見えてる“ふつう”がどう映るのか気になるね」

俺はうなずいて、アノマロさんをそっと抱えた。奇妙さは、怖がるためではなく、世界をもう一歩広げるための合図だ。今日の展示も、きっとそれを伝えられる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ