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茨木くんと名雪さん  作者: 橘悠


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【家庭菜園】

「芽が出た!」

放課後の理科準備室のベランダで、名雪さんが小さなプランターを覗き込んだ。ペットボトルを切って作った簡易鉢の土から、緑の双葉が二つ、ちょこんと顔を出している。

「観測できましたか。発芽三日目としては順調です」

俺も覗き込みながら、スマホで温度と湿度を記録する。ラベルには〈バジル〉と書かれている。

「これ、昨日の夜ちょっと冷えたでしょ? 朝に見たら葉っぱが縮こまってて、思わず“がんばれ”って言っちゃった」

「植物に声をかける行為は、心理学的には“自己投影による観察強化”です。世話を怠らない効果があります」

「はいはい理系くん。でも、たぶん“声をかける側”も救われてる気がするよ」

「双方向性の癒やしですね」


名雪さんは霧吹きで葉に水をかける。陽を受けた雫が、ちいさく光った。

「次は何を植えましょう。トマトは難易度が高いですが、成功すればテンションも高いです」

「じゃあ、ミニトマト。赤い実がなるのって、テンション上がる。あれ、プチトマトだっけ?」

「プチトマトはミニトマトの品種の一種らしいですよ。いまはもう無いとか」

「え、プチトマトってもう絶滅したの!?」

俺も知ったときは、正直ビックリした。


俺は百均の袋から竹串を取り出し、三本を三角形に組む。理科実験の延長みたいな手際で支柱を固定すると、名雪さんが感心したように言った。

「茨木くん、工作得意だね」

「構造物は条件を整えれば結果が出るところが好きなんですよ。人間より安定しています」

「それを聞いたら、トマトがちょっと人間っぽくなった気がする。気温も機嫌次第だし」

「確かに。人間も植物も環境要因の集合体です。……名雪さん、昨日の晩ご飯は?」

「唐突に管理アプリみたいな質問! 普通にカレーだったけど」

「では窒素は十分です。先輩の成長が期待できますね」

植物が育つには窒素が重要だ。そのための肥料でもある。

「息をしてるだけで窒素は十分だよ」

それは確かに。


数週間後。ベランダのプランターは青々としていた。バジルの香りが風に乗り、ミニトマトの実はまだ青い。

「ここまでくると、ちょっと“責任感”あるね」

「ですね。——ただ、問題が一つ」

「なに?」

「カラス対策です。彼らは赤い実を“信号”として識別します」

「信号……ってことは、赤くなったら“渋滞注意”みたいな?」

「そういうことです。なのでネットをかけて防御します」

俺が支柱にメッシュを張ると、名雪さんがトマトに顔を近づけて小声で言った。

「がんばれ。赤くなっても、誰にも取られないようにね」

「音声データ、励ましとして記録しました」

「勝手に記録しない!」


一ヶ月後、初収穫。掌に載ったミニトマトは、照明よりも鮮やかな赤だった。二人で半分に分け、同時にかじる。皮がはじけて、酸味が舌に広がる。

「……あ、ちゃんと“市販の味”する」

「糖度は低めですが、初年度としては上出来です。味より“成功体験”が肥料になります」

「うまいこと言うね。来年は何植える?」

「ナスか、ピーマンか……あるいは、“人間関係を穏やかに保つハーブ”でも」

「それ、ほんとに大丈夫なやつ?」


夕暮れの風が、プランターの葉を揺らした。青い香りの中に、爽やかな夏を感じる。

俺たちの小さな菜園は、確かに“生活”の延長線にあった。

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