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茨木くんと名雪さん  作者: 橘悠


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【口笛】

「ぴー……って鳴らしたい」

ゼミ室に入るなり、名雪さんが口をすぼめて空を切った。空気だけが滑っていく。

「練習中なんですか?」

「そう。“合図”に使いたいの。廊下で『戻った?』って聞くより、ピッで済むやつ」

「スパイ映画の見過ぎじゃないですか。——とはいえ、口笛は理屈です。口角を少し上げて、舌を浅いスプーン型に。息は“細く長く”でお願いします」

「……こう?」

「はい、そのまま——」


スッ、と音が混じった。かすかな高音。名雪さんの眉が上がる。


「今、鳴った?」

「鳴りました。フィードバックは重要です。今の角度を“セーブ”です」

「セーブ位置……記録っと。じゃ、次は指笛いこう」

「いきなり上位互換に行かないで下さいよ」

「RTAはショートカットから入るのが礼儀でしょ」


両手の人差し指と中指を三角にして口へ——ぷしゅ、と何度かトライしても空気が漏れただけで、本人が先に吹き出した。


「顔がつる……。あ、そういえば“夜口笛を吹くと蛇が出る”って迷信あるじゃん」

「ありますね。実際は“夜に大声や高音を出すな”という生活の知恵の擬人化だと解釈してます。あと集合住宅では純正律より近所の耳が優先です」

「ピアノの練習も気を使うもんね。電子ピアノは素晴らしい発明」


俺は机上の空きペットボトルを取り、口を少し潰す。縁を唇に当てて息を滑らせると、低い“ほー”が出た。

「これは“ボトル笛”。共鳴腔が一定なので音が安定します。入口の角で空気が渦になって、内部の空気柱が振動して——」

「理系くんの出番きた。つまり、口の中でも同じことを起こせばいい?」

「はい。唇——舌——息。三役を小さく動かして最適解を探索します」

「了解。じゃ、最適解オートラン——」


名雪さんは息を“すこし笑う”みたいに吐いた。今度ははっきり、澄んだ“ぴゅ”が立つ。

「出た! 今の、軽率に好き」

「成功です。メロディに行く前に、四分音符で“ピー・ピー・ピー・休”を八小節」

「……ぴー、ぴー、ぴー、休!」

音が揺れ、少し転ぶ。それでもリズムの枠に入って、前へ進む。


窓の外、風が抜けて、廊下の隅の掲示板がカタリと鳴った。

名雪さんはもう一度、短く鋭く吹く。廊下の向こうから、誰かがふざけて口笛を返した。


「世界、ちょっとだけ繋がった」

「音は線になりますから。——では本日のまとめ。“強く吹くより、細く笑う”。これを標語に」

二人で笑って、また口笛を一つ。音は小さい。でも、たしかにそこにいた。

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