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茨木くんと名雪さん  作者: 橘悠


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18/42

【平和な新聞】

図書館に併設されたカフェスペース。様々な学生たちが、集まり、話し、勉強している。

目の前には、コピー用紙を二つ折りにしてホチキスで留めた、A4のミニ新聞。

一面トップの見出しは——


『本日の野音、平和』


「ふふ、創刊しました。“夕刊ナユキ”。創刊号の発行部数、5部」

「素敵な企画ですね。紙があるだけで空気が落ち着きます」

ちなみに、野音とは大学に存在する芝生広場のことで、昼休みによく学生が集まる。

学園祭の時には、学生バンドやミスコンなどが行われる。


名雪さんは机に広げ、指で余白をならした。

紙の匂いがインク無しでもちゃんと“紙”を主張する。


「新聞って、読み方にも作法あるじゃん。今日は“読む→作る”の二本立てで遊ぶ。

読む:見出しだけで世界を把握する訓練。

作る:自分の今日を“記事”にする訓練」


「了解しました。まずは見出しですね。五七調か体言止め、語尾は揺らさない、がコツかと」

「出た、編集長。じゃ、夕刊の一面いくよ。“本日のトップニュース”は——」


名雪さんはスマホの日付を見て、ペンを構える。


「『雨上がり、歩幅+0.3。』」


「上手いです。数字が入ると読み手の脳が止まります。本文は三行でお願いします」


『昼休み、廊下に差した光が細く強い。歩き出しの足首に軽いバフ。これにより午後の眠気指数、前日比-12%』


「我ながら完璧。次、社会面。“食堂経済”でよろしく」

「では、『豚みそ丼、価格据え置き』。——理由は“新入生による、売上好調”。」

「文化面は私。“図書館特集:帯の名言、今週の三選”」

「鉄板の社説ですね」


紙面を眺める時間が、やけに楽しい。

名雪さんはホチキスの針を補充しながら、ふと思い出したように言う。


「ね、新聞って“視線の導線”が設計されてるじゃん。上からZ字で読むと、情報が自然と入る。

ネットの無限スクロールと違って、ページの“終点”が最初からある。安心」

「同意します。終点があると、途中で立ち止まる勇気も出ます」

「じゃ、つぎ“号外ごっこ”いこ。ルール:短い言葉で、嬉しいニュースだけ。行間は広く」

名雪さんが白紙を一枚取り、太マジックで大書した。


『号外 テスト範囲、思ってたより狭い』


「最高ですね。心理救済の大見出しです。俺は——」


『号外 電車に置き忘れたハンカチ、駅から無事保護』


「それも好き。小さな“良いこと”を紙にすると、ちゃんと“ニュース”になる」


二人でしばらく、号外を増やした。

『靴ひも、結び直し一発成功』『コピー機、紙づまりゼロ日更新』『傘、帰りまで持った』

机の上は文字でにぎやかになり、カフェスペースが一瞬だけ新聞社になる。


紙面の下段に小さなコラム欄を作った。

タイトルは『視線は途切れない』。

名雪さんはさらさらと書く。


『新聞は未来の自分へのメモ。

ページの端に“今日のよかった”を挟んでおくと、後日読む自分が救われる。

だれかに読まれなくても効果は同じ。

紙は、時間の味方。』


「良いコラムです。読後の肩が下がります」


印刷といってもコピーと製本を終えると、ほんの少しだけ暖かい新聞を手に、外へ出る。

野音に行くと、見知ったゼミの女子生徒がベンチに座っていた。

『号外』を持った名雪さんは、照れ笑いしながら彼女に差し出す。

彼女は一瞬目を丸くして、それから声を出さずに笑い、「ありがとう」と口の形だけで言った。

名雪さんはにっこり笑って、野音をあとにする。


夕方の光が少し傾き、紙の白が柔らかく色づく。

『本日の野音、平和』

その見出しは、折り目のところで、やさしく光っていた。

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