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Escape 4

 目を開けると、白い天井が見えた。見覚えのない天井だった。


 身体に重力を感じる。1Gで減速しているのだろうか。なら、もう少しで宇宙都市に着くはずだ。早く、ちゃんとした病院にサライを連れて行かなければ。そう思って、飛び起きた。


 窓が、ある。窓の外には、桜の花(ソメイヨシノ)が咲いていた。立体映像だろうか。いや、違う。本物の桜だ。ソメイヨシノを咲かせるのは、L4独立国家群の中でも限られた都市だけだと聞く。


「サライ?」


 部屋を見渡したが、誰もいない。リリは、ベッドから降りて、窓の外を眺めてみた。やはり、見たこともない風景だ。


 リリは、自分がゆったりとした寝間着を着ていることに気付いた。血の匂いは全くしなかった。誰かが、着替えさせてくれたのだ。


 恐らく病院だろう。部屋の調度品が、如何にも病院という感じだった。


 考えた。気を失ってから、どれほど時間が経過したのだろうか。ここが病院なら、サライも手当を受けたはずだ。感染症には罹らなかっただろうか。腱は繋がっただろうか。本当に、助かっているのだろうか。


 不意に、扉の開く音が聞こえた。


「リリお嬢様、やっと目を覚まされましたな。御安心ください、総帥も御無事です」


 知っている顔だった。護衛の中ではリーダー格の男だ。名前は確か、オダギリ。


「そうですか。まだ、ちょっと混乱していて、状況が掴めないのですが」


 そう言いながらも、リリはサライのことが気になっていた。なぜか死にたがる、変わった殺し屋だった。父の無事は、素直に喜ぼう。


「今回、いちばん大変な目に遭われたのはリリお嬢様でしたな。血まみれのリリお嬢様が病院に担ぎ込まれたと報告を受けたときは、生きた心地がしませんでした」


 血まみれと言っても、リリの服に付いた血は、殆どがサライのものだ。サライは、どうなったのだろうか。


「シャトルには、私の他にも生存者がいたはずですが?」


 訊くのが、少し怖かった。


「ああ、奴ですか。うちの操縦士を二人も殺してくれた、『月天』の刺客。まさか、最初からシャトルに乗り込んで、待ち構えていたとは。不覚でした」


「彼は、どうなりましたか?」


「殺し屋ですからね、まあ、死んで当然」


「殺したのですか?」


「落ち着いて、最後まで聞いてください。私は死んで当然だと思いますが、奴が妙なことを口走るものですからね、生かしておくことにしましたよ」


 言われて、リリは自分が少し取り乱したことに気付いた。


「妙なこと?」


「私はリリ様に一生お仕えすることを誓った、と。リリお嬢様のお命を狙った張本人が、何を言い出すのかと思えば」


 途中から記憶が曖昧で、自分が何を言ったか正確には思い出せないが、ただ、サライを生かすことだけを考えていたような気がする。


「私が、そう命じました」


 嬉しさが、込み上げてきた。


「リリお嬢様、相手が何者か分かっていて、そう仰有られたのですか?」


「だから、『月天』の刺客でしょう?」


 サライが生きている、という事実の前には、どんなことさえ些細なことのように思えた。


「朔のサライ。『月天』の幹部です。心を入れ替えるような人間じゃあないんですよ」


 オダギリが、険しい表情を見せた。しかし、リリには現実感が伴わなかった。


 リリは、死にたがっているサライしか見ていない。そんな彼しか、知らない。『月天』の幹部だと言われても、どういうことなのか、あまり理解できなかった。リリにとってのサライは、べらべらと喋る、煩い男だ。


「彼に、会わせてください」


 もう一度、サライと話をしてみたい。話は、まだ途中だったはずだ。


「いいでしょう」


 渋い表情を見せたオダギリが、それでもサライを連れてきた。すぐに戻ってきたところを見ると、病室の外で待機させていたのだろう。


 二人の男に両腕を抱えられ、サライが入ってきた。まだ、血まみれの格好だ。治療は受けていないのだろうか。


「いや、こいつがね、リリ様が目を覚まされるまでは治療を受けない、とか言うもので。水を一滴も口にしないわ、一睡もせず立ち続けているわ、どうにも頑固な男で」


「オダギリ、至急、お医者様を呼んでください」


「はい」


 一瞬で、オダギリの表情が引き締まった。リリは頼んだつもりだったが、オダギリは命令として受け止めたのだろう。すぐに、オダギリは病室から出ていった。


 リリは、水を汲んで、サライの前に差し出した。サライは、一口だけ水を飲んだ。


「おかしな人ですね、あなたは」


「リリ様ほどではありません。あなたを殺そうとした私に、寝室の警護を命じるなんて」


 限界まで消耗しているはずだが、サライの表情はそれを微塵も感じさせない。むしろ、生気に満ちていると言っても良かった。生きることに対し、前向きになってくれたようで、リリは嬉しかった。同時に、疑問も浮かぶ。


「私が命じたから、治療も受けず、部屋の外で待っていたのですか?」


「治療なら、リリ様にしていただきました。問題ありません」


「あんなのは応急処置です。すぐに治療を受けてください」


「御命令なら、そうします」


「なぜ」


「リリ様の血を受けた以上、もはや純血種ではありませんから」


 皮肉だろうか。恨み言だろうか。サライの穏やかな表情からは、それらの意図を汲み取ることは出来ないが。


「純血種でないと、どうなるのですか?」


「もはや『月天』には戻れません」


「だから、私に仕えるのですか?」


「私は、大樹に寄生するヤドリギのようなものです。私を育ててくれた『月天』は、私にとって守るべき存在でした。自分の居場所だと思えばこそ、命懸けで守ってきました。しかし、血の掟を破った者に『月天』での居場所はありません。輸血が必要なほど失血した時点で、私に生きる道は残されていないはずでした。そんな私を、リリ様は救ってしまった。自らの血を分け与えるという無茶な方法で。あのときは、本当に頭がおかしくなると思いましたよ。ところが、ならなかった。意外なほど冷静に現実を見つめている自分がいました。そして、思ったのです。もしリリ様が私の宿主たり得る大樹なら、生きてみよう、と」


 どれほどの葛藤があったかは、実のところ分からない。それでも、サライは生きることを選んだようだ。


 リリは既に心を決めていた。仔犬を飼うつもりで、サライを側に置く。相手は年上だけど、なんとなく自分のほうがお姉さんのように思えてならなかった。


「オダギリは、あなたが心を入れ替えるような人間じゃないと言っていました」


「血なら、入れ替わってしまいましたが」


 サライが笑みを浮かべた。皮肉だろうか。それとも、冗談なのだろうか。


 意外な反応だったので、リリはまじまじとサライを見つめてしまった。


 今の、笑うところだったのだろうか。

初めて書いたSF(っぽい作品)です。

殆ど思い付きで書いてしまったので、詳細な設定はありません。



【オカダ・リリ】大雑把に高校生くらいの設定。どうやら、「三級の医師免許」は学生にも取得できるようです。


【百万級宇宙都市L403SUZAKU】ラグランジュ4の03「朱雀」という意味。地球-月系ラグランジュポイント「L4」の軌道上にある宇宙都市。


【Vシューズ】作品中では「19世紀の物理学者ヨハネス・ディーデリク・ファン・デル・ワールスが発明した靴」とされていますが、それはリリの勘違いで、正しくは「ファンデルワールス吸着を利用した靴」です。「V」はファンデルワールスの頭文字。


【ササ・サライ】漢字で書くと佐々。単に「サ」を連打したかったという安易なネーミング。


【オダギリ】決してオダギリジョーから取ったわけではなく。

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