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Escape 3

 自分の腕から採血し、血液交叉試験マッチングテストも行う。何もかもが緊急で、いったん考え出したら何も出来なくなりそうだった。


 首の付け根からの出血が酷い。恐らくナイフによる切り傷だ。顔からも出血は見られるが、こちらは縫うほどの傷ではないだろう。命が最優先されるにしても、顔は縫いたくない、という思いがリリにはあった。


 リリは、三級の医師免許しか持っていない半人前だ。外傷を縫うくらいのことは出来ても、傷跡が残らないような縫合は無理だった。


「馬鹿なことを考えてはいないでしょうね」


 馬鹿なことは考えていない。傷口を縫合して、輸血する。それ以外には何も考えていない。


「手許が狂うので喋らないでください」


 腱を繋いでいる余裕はないので、再手術が必要になるだろう。今は、出血を止めることが先決だ。


 リリは、黙々と縫合を続けた。


 麻酔を使わず縫合しているので、かなり痛みがあるはずだが、サライは、何も感じていないかのように平然としている。意識も、はっきりしているようだ。


 あとで、サライに謝ろう。手際が悪くて、相当な苦痛を与えているはずだ。


 なんとか縫合まで終え、リリは汗を拭った。だいぶ血も浴びてしまった。小さな傷は絆創膏でも貼っておけば問題はないだろう。


「お見事です。と言いたいところですが、私が殺し屋だったら、どうするおつもりですか? そんな人間でも、あなたは助けるのですか?」


「どうもしません。いえ、そんな稼業から足を洗うよう説得します」


 手当をすると決めた時点で、余念は頭から消えていた。どうでもいいことを喋る男だと、ずっと思っていた。


「説得されてみたいものですね」


 サライは笑ったようだが、声にはなっていない。笑ったら傷口が開くかも知れないので、リリとしてはサライを黙らせたかった。


 リリは、輸血の準備を始めた。無重力下でも輸血が可能な装置だが、実際に使ってみるのは初めてだった。


 それが輸血の準備だと気付いたのか、サライが目を見開いた。


「馬鹿なことはおやめなさい。ここで私が死んだとして、あなたが気に病む必要はないのですよ」


 無視した。本当に、煩い男だ。怪我人は、黙って助けられていればいいのだ。


 400ミリリットルの献血なら経験がある。800ミリリットルくらいなら、たぶん大丈夫なはずだ。体重から計算すると、1000ミリリットルくらいで限界だろうか。


 いよいよ血を抜こうとしたとき、サライが力を振り絞るような声で、やめろ、と言った。


「その不浄な血を、私に注ぐおつもりですか? 私が『月天』の人間だと知っても、あなたは」


 吸い込まれそうな黒い瞳に、烏の濡れ羽色の髪。洗練された顔立ちも、純血の日本人のものだ。サライが「月天」の人間だとしても、驚きはなかった。驚いている余裕がないのかも知れない。今すぐ輸血をしなかったら、サライは死んでしまう。そんな気がしていた。


 平然と喋っていることが不思議なほど、命の炎は小さい。どんどんと小さくなっていく炎が、見える。


 なんだろう。味わったことのない感覚だ。しかも、嫌な感覚だ。


 サライは、「月天」が送り込んだ刺客だ。二人の操縦士を殺した。だから、何?


 リリは、ためらわなかった。サライが何を言おうと無視して、自分の腕から血を抜く。800ミリリットル分だ。さすがに、身体から力が抜けてきた。大丈夫、ではないかも知れない。しかし、抜いてしまったものは仕方がないので、サライに輸血する。


「命を助けて差し上げますから、恩義を感じて、一生、私に仕えなさい」


 まずい。気分が悪い。吐きそうだ。いや、意識が飛びそうだ。どちらか、分からなかった。


「私のような人間を、飼い慣らせるとでも思っているのですか?」


「私の命を狙うつもりなら、私に仕えてチャンスを窺いなさい。あなたには、私の寝室の警護を命じます」


 一瞬、目の前が白くなった。数秒ほど、何も見えなかった。


「あなたと話をしていると、頭がおかしくなりそうです」


 世界が、消えそうだ。


「それは良かった。まだ、頭はおかしくなっていないのですね」


 もう、落ちる。そう思ったときには、目の前が完全に白くなっていた。


 どこか遠くで、微かな声が聞こえたような気がした。

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